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脳汚染  作者: 青空あかな
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第十七話

 タクシーは静かに夜の街を走っている。家々の窓や玄関は固く閉ざされ、人気が無いのがサニーの席からも見えた。以前ならまだこの時間であれば、ちらほら通行人がいたが今は人影がなく、いつにない不気味さが伝わってくる。街全体が死んでしまったようだ。通りを走る車も少ないことも普段と異なる雰囲気を出している。


 徐々に人間至上主義の本拠地へ近づくにつれ、サニーの心中には不安が渦巻いてきた。無論、鎌原に押し付けられたタクシー代のことではない。無言の時間に耐えられなくなり、サニーは隣に座っている鎌原に小声で話しかける。


 「ね、ねえ、何で彼も連れて行こうと思ったの?」イリヤは助手席ですうすうと眠っていた。鎌原は窓の外を見たまま答える。


 「あいつはね、私と同じで日本に囚われた過去を持ってる奴なのよ。そんな過去は清算できる時に清算しとくのが良いわ」道路が空いていたためか、予想より早く着いた。「着いたわね」鎌原は自分でドアを開けて外に出る。サニーが手際の悪い支払いを済ますと、鎌原とイリヤはすでに建物の入口前にいた。


 何の迷いもなく二人は奥へ進んでいく。「あっ、ちょっと待ってよ」慌てて追いかけるサニーを、二人は待ってはくれなかった。小走りに二人の後を追い、博物館風の展示室の途中で追いついた。


 暴徒にでも襲われたのだろうか、室内はガラスが割れ、植物や絵画などの装飾物も破損していた。歩くたびに靴が床に散らばったガラスの欠片を踏みつけ、パリンパリンと高い音を立てる。


 「随分と荒れてるね」「大方、被害妄想に囚われた人達が襲ったんでしょうね。でも、彼らを一概に責めることはできないわ」奥へ進むと人間至上主義の本部に続く通路が出てきたが、警備員の姿はもう無い。通路を曲がると、暗がりの中でも作業室が荒らされているのが何となく分かった。


 「ひどい有様だ……」サニーの呟きに二人は答えないまま奥へと進む。「それで、お前らはどうして日本に行こうと思ったんだ?」イリヤの声が聞こえてきた。雲が途切れ、その隙間から差し込んだ月明かりが辺りを照らす。


 「あなたが見せてくれた映像と、脳汚染病の流行、さらにはマイクロチップの被害妄想騒動。これらは全部日本工業社と結びついているわ」サニーが横にいる鎌原を静かに見ると、その顔は真っ直ぐイリヤを見ていた。月が雲に隠れ、周囲は再び暗くなる。


 「何か証拠でもあるのかよ」「僕達は日本工業社製のアンドロイドが、全ての原因だと考えている」静かに二人の会話を聞いていたサニーが淡々と話し始めた。


 「正確にはヤマト・プログラムがインストールされているアンドロイドだ。そのアンドロイドのみに自我の存在が確認されている。被害妄想に囚われている人々が装着しているマイクロチップ、これにもヤマト・プログラムが使われている。恐らく人間の自我とアンドロイドの自我が両方あることが、被害妄想を引き起こしているんだ」「ふっ……。結局、人間とアンドロイドは共存できないってことか」ひんやりとした心地よい風が、割れた窓から入ってくる。


 「ねえ、このまま過去に囚われたまま生きていくつもり?」鎌原が静かに言った。空から差し込んだ月光が、室内を明るくする。鎌原の眼は前方にいるイリヤを力強く捉えていた。


 「お前には関係の無いことだ。あまり、人の過去を引っかき回すな」イリヤの言うことはある意味正論だった。人にはそれぞれ過去という歴史があり、そこから人は学び、生きていく。


 「過去だけで生きる道を決めるなって言ってんの!」鎌原の大きな声が、空虚な空間にこだまする。「過去だけが全てじゃないのよ。あなたはもう前を向いた方が良いわ」サニーは鎌原の表情や仕草が、彼女が伝えたいことによって豊かに変化することに気付いていた。


 上から目線で高圧的な態度が多いが、本当は相手の立場に立って考えられる人間だということはすでに良く知っている。


 鎌原はサニーがしつこく詮索してこないことに感謝していた。あの映像のことは、サニーを含め他の誰にも話していない。鎌原は、サニーが他者の内面と程よい距離をとれる人間だということはとっくに気付いていた。


 しばらくの間イリヤは無言だったが、やがて口を開いた。「……確かに、お前の言う通りかもしれないな。だけどな、俺は俺の目的で行く。世界平和のためなんて理由じゃないからな」「あぁ、もちろんだよ。ありがとう」サニーはほっとして笑顔で答える。


人間至上主義がこのような設備を持っていることは、サニーも鎌原も知らなかった。以前サニーが来た部屋よりも、さらに奥に進んだ所に、非常に大きな倉庫がある。その中に堂々と王者のように飛行機が鎮座していた。


 目の前にある飛行機は、全体が三角形の形態で、背部に二つのエンジンが機体に乗っかるように装着されている。両翼は鋭く、その表面は滑らかだ。白い塗装が明るい印象を与える。今は、機体の下部から出されている車輪で床と接触していた。


 「へえ、随分とかっこいいじゃない」鎌原が素直な感想を口にする。その顔は興味深そうに機体を見上げている。「元々は軍用機だったのを改造してある機体だから、民間機よりは早く日本に着くはずだ」イリヤも鎌原と同じように機体を見上げながら答える。


 「イリヤが改造したのか?」サニーが質問をしながら会話に加わった。「あぁ、俺は傭兵だがメカニックも兼業していたからな。兼業と言っても、こいつを無事に飛ばせる自信はあるぜ」二人が話している間、鎌原が勝手にタラップを登ってしまった。「こらっ、ちょっと待て」慌てて追いかけるイリヤを、サニーは頼もしく感じながら追いかける。


 機体の中は思っていたより広くすっきりしていたが、規則正しく置かれた銃器類が重々しい雰囲気を放っていた。拳銃、小銃、機関銃、散弾銃、中には対戦車ライフルのような銃までが壁にかけられている。銃器類の他には、サバイバルナイフ、ダガーナイフ、マチェットなど近接戦闘用の武器も十分過ぎるほどあった。


 「やっぱり、こういう武器類はたくさんあるのね」大量の武器類を見渡しながら、鎌原が感心したように呟いた。「俺らは基本的に傭兵集団だったからな、武装は充実している。何があるか分からんから、全部持っていくつもりだ。で、いつ飛ぶ?」「最短でいつ飛べるかな?」イリヤの問いに、サニーも質問で返す。話しながら、サニーは少し緊張してきた。


 「そうだな……整備は入念にしてあるが、微調整が必要だから五日は欲しいな」イリヤは顎に手をやり、少し考えながら答える。「三日で飛ぼう。僕らも手伝うから」サニーはイリヤを見据えてそれより二日短い期間を言った。「うーん、二日かぁ。ま、お前らが手伝ってくれれば何とかなるだろ」作業は忙しくなるが、サニーの申し出がイリヤは嬉しかった。


 イリヤの手入れが良かったのか、思いの外機体の状態は整っている。微調整と武装の整備をしっかりやれば十分だろう。三人は早速作業に取り掛かった。「これならすぐに飛びそうだね」サニーのアンドロイド修理での技術が応用出来たので、思ったより作業が捗っている。


 鎌原もその豊富なコンピューターの知識と身体能力で十分に活躍していた。サニーはナイフや銃などの武装については門外漢だったが、機体の人工知能の調整や機材の整備は幾分簡単だった。今はイリヤと同じ場所の修理を行っている。イリヤは隣で働いているサニーの手際の良さに目を見張った。


 「お前、中々腕が良いな。それならいつ戦争になっても働き口には困らないんじゃないか」イリヤは冗談のつもりだったが、サニーはその発言が気に触る。「それは、どういう意味だ。このまま戦争が起きても良いっていうのか」「いやいや、ちょっとした冗談だって」「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ。ずっと戦争に参加していたから、そんなことも分からなくなったのか」「何だと、てめえ」イリヤがサニーの胸倉を掴み、いとも容易く持ち上げた。


 「ちょっと、あんた達何やってんのよ」鎌原が駆け寄って来る。「こんなことしてる場合じゃ無いでしょ。いつ戦争が始まったっておかしくないのよ。イリヤだって戦争は嫌だし、サニーもそのことは気づいているはずじゃない」「……くそっ」イリヤが荒く手を離した。「全く勘弁してよね」鎌原はさっさと持ち場へ戻ってしまった。


 若干の沈黙の後、二人は黙々と作業を再開する。「いや、何だ。さっきは済まなかったな」「いや、こっちこそ突っかかるようなことを言って悪かった」ぼそぼそと謝罪しあう二人を、鎌原は影から見ていた。その顔にはうっすらとした微笑みが見える。


 鎌原は三人の心が、最初に会ったときよりも打ち解けていくのを感じている。その後も整備は順調に進み、機体の整備を始めてから三日目の朝に日本へ発つことになった。それぞれ最終準備のため、一度自分の拠点へ戻る。

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