第十四話
イリヤは朧気な気分でいながら壁面に投影されたニュースを見ていた。画面では昨今の世界情勢が説明されている。「人間らしく生きるって何なんだろうな」誰もいない食堂にイリヤの小さな声が響いた。
現在、人間至上主義そのものの存在意義が問われている。組織の隊員は全員寮に住んでいるため、一人でも発症者が出ると爆発的に感染が拡大してしまった。イリヤが腰掛けている机には、大量の脱退届が積み重なっている。
「ずいぶんとしょぼくれているわね」ややハスキーで良く通る女の声が入口から聞こえてきた。イリヤは鎌原陽和の顔を一瞥したが、すぐに壁面のニュース番組に向き直る。
「これでもあんたのことが心配になってわざわざここまで来たのよ」鎌原がイリヤの近くへ来た。「敗者を眺めていて楽しいか」イリヤが正面を向いたまま話す。「あんた、これからどうするの?」「お前には関係のないことだ。もう帰れ、俺もお前もすでに感染しているかもしれないだろ」「あんたの敵って何?」鎌原の顔がイリヤを突然覗き込む。
「ぶぁっ、何だよ急に」「だから、あんたは何と戦っているの?」思ったよりみっともない声が出てしまった。鎌原は特に気にかけず質問を繰り返してくるが、そのことがじわじわと恥ずかしさを自覚させる。
「な、何ってアンドロイドに決まってるだろうがよ」イリヤは意識して強い口調で答えた。「それは、アンドロイドのことが嫌いだから?それとも憎いから?」下手に気を抜くと鎌原の漆黒の虹彩に吸い込まれそうだ。
「俺の両親はアンドロイドに殺されたんだ。戦闘用アンドロイドにな」鎌原はイリヤの隣に腰掛ける。「両親はロシア統一連邦の特殊部隊の一員で、どんなに困難な任務でも達成し生還してきてくれた。俺もそんな両親になりたくて、18歳になるとすぐに軍へ入隊した。いつか両親のいる部隊に入ることを夢見てな」
イリヤは首元にかけたペンダントから小さな写真を取り出して鎌原へ見せた。逞しい肉体の男性と、線は細いがこれも強靭な肉体であろう女性が、イリヤと似た一人の少年と写っている。全員軍服を着ており、少年の入隊祝いであろうことが伺えた。皆笑顔である。
「……」鎌原は無言で写真を返したが、少し寂しい気持ちでいた。「両親とも任務や宿舎で一緒になることがあったりして、しばらくは平和だったさ。でも、あの任務が両親の最期だった」大柄なイリヤの身体が小さく見える。「その日の任務記録を見せてやる。形見として軍がコピーをくれたんだ」
今までイリヤはそれを他人に見せたことは無かった。もちろん、軍からも誰にも見せるなと言われている。しかし、何故か彼は両親が生きていたことを、鎌原に見せつけたい気持ちだった。
鎌原は視聴覚室のような部屋に連れて行かれる。任務記録は今となっては珍しいディスク媒体で保存されているらしい。イリヤがディスクをパソコンに挿入すると、すぐに映像が始まった。




