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脳汚染  作者: 青空あかな
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第十五話

 映像は定点カメラのような一定の位置から撮影したものではなく、誰かが装備しているカメラの映像のようだ。画面が微かに揺れている。


 おそらく軍用飛行機で移動中だろうか、十名ほどの隊員が緊張した面持ちで待機していた。その中に写真で見たイリヤの両親もいる。画面の右下の日時は、二〇九一年十二月二十九日の午前十時三十二分となっていた。


 突如として張りつめた空気を切り裂くような鳴動が轟き、画面が激しく揺れる。鎌原は直感で砲撃されたと悟った。機内に緊急警報が鳴り響き隊員達が慌ただしく動き回っているが、墜落を免れるのは厳しいようだ。数秒後、画面が切り替わる。


 今度は隊員たちは機内ではなく地上にいるが、先程までのある意味生命力に漲っていた雰囲気はなく暗鬱とした空気が満ちていた。死亡したか単に映っていないだけなのか不明だが、人数が減っている。


 「命を落とした者達のためにも任務を遂行せねばならない」イリヤの父親が隊員を鼓舞した。「しかし、非戦闘空域で攻撃してくるなんて卑怯すぎます」隊員の一人が下を向きながら言う。「もうここまで来たらルールなんてものは無いわ」イリヤの母親が言葉を返すが、その表情から後悔の念が滲んでいた。


 「もっと安全な飛行ルートを選ぶべきだったわ。私の判断ミスよ」「いや、どこを選んでも変わらなかったさ」隊長と思しき人物が慰めの言葉をかける。彼もまた負傷していた。「こうしている間にもどんどん時間は過ぎる。彼らのためにも早く進もう」隊長の一声で隊員達が、かろうじて無事だった軍用車に乗る。


 次の映像は大型の研究所のような建物を捉えていた。徐々に建物が縮小されていき、隊員達は少し離れたビルの裏にいることが分かる。鎌原はその建物に見覚えがあり、面持ちが硬くなった。


 「あそこが例の研究所ですか、やけに警備が薄いですね」「ちょうど今、別動隊がアンドロイド製作所の拠点を攻めているはずだ。急ぐぞ」建物の正面口から五十メートルほどの位置まで来る。


 二体のアンドロイドが周囲を警戒している様子が見えた。外見は人間と大差無かったが、隊員達と異なり武器は所持していない。「これ以上近寄るとアンドロイドの索敵範囲に入ってしまうな」イリヤの父親が呟いた。


 「よし、ここから予定通り隊を二つに分ける。正面口から突入する隊と、裏口から突入する隊だ。先程の撃墜で班構成に変更が出た。ダリヤは正面口班に入ってくれ」「ええ、わかったわ」イリヤの母親が隊長へ返答する。「しくじるなよ」「あんたもね、イワン」ダリヤがイリヤの父親へ言葉を返したことから、彼の父親の名はイワンと分かった。イワンを含めた裏口班が隊から離れる。


 「よし、作戦開始」隊長の宣言が戦闘の始まりを表していた。二人の隊員が所持しているスナイパーライフルのスコープを目に当て狙いを定める。彼らの口元から……ッ……ッと互いに呼吸を合わせる僅かな音が聞こえてきた。全く同じタイミングで引き金を引き、同時に撃ち出された弾丸はそれぞれ一直線にアンドロイドを襲う。


戦闘用アンドロイドの外装は、炭素原子を付加させた微小な合金繊維が織り込まれて製造されていた。強い衝撃を受けると炭素原子の構造がシート状に変化し、非常に優れた耐衝撃性を持つ。そのため、並みの装備では内部まで損傷を与えることは厳しかったが、彼らの銃弾はアンドロイドの額を破壊しその身体を後ろへ倒した。


 しかし、完全に倒れきる前に二体のアンドロイドは体勢を立て直し、両の手の平を隊員達へ向ける。青白い凝縮された閃光が一本ずつ照射され、ビルに隠れた隊員達の頭部へ正確に狙い撃たれた。


 隊員達は四方に展開しながら閃光を躱す。閃光は爆発を起こさずビルを貫通し、その背後の建物の壁面を焦がして消失した。


 ダリヤがアンドロイドの片方に向かって、指向性兵器のプラズマ・ガンを放つ。放たれたプラズマはアンドロイドの額に吸収され、全身でショートを起こした。稼働しているもう片方のアンドロイドはダリヤに手の平を翳す。閃光が放出される直前に、隊員が再度額へ銃弾を撃ち込んだ。アンドロイドの頭部が飛散し、地面に倒れ動かなくなる。


 「……ふう」ダリヤがゆっくりと息をついた。「大丈夫か、ダリヤ」狙撃した隊員が近寄ってくる。「ちょっとヒヤッとしたわ」「お前に何かあったらイワンに血祭りにされるからな」隊員が笑いながら話す。「こらこら、まだほんの序の口だぞ」隊長が窘め、皆周囲を警戒しながら研究所へ向かった。


 映像が変わりイワンが先頭を歩いている。無事に裏口から侵入できたようだ。何度も見たのだろう、イリヤは落ち着いている様子だが、鎌原は心臓の鼓動が速くなってきたのを感じていた。


 彼らが進んでいる廊下は薄暗く長年使用されていない雰囲気を醸し出している。彼らは地下へ向かっているようだった。廊下の壁には数多の扉があったが、そのうちのどれも開けようとしない。画面に地下三階と書かれた壁が映される。


 廊下の半分くらいまで進んだところで、前方の暗闇に青白い光が克明に浮かび上がった。「やばい、伏せろ!」イワンは叫ぶも反応の遅れた隊員達の頭部が、特殊素材のヘルメットごと撃ち抜かれる。「……くそっ!」前方の暗闇から閃光の持ち主が姿を現した。


 正面口でダリヤ達と交戦していたアンドロイドとは様相が異なるのは一目瞭然である。人道的な見地からアンドロイドは成人後の外観をするように造られていたが、それは少女だった。頭巾を被っているため顔の前面しか見えていなかったが、何も映っていないような虚ろな目をしている。


 「こいつもアンドロイドなのか」イワンの呟きが画面から聞こえてくる。「こんな所で死んでたまるかよ!」生き残った隊員二人が少女に向けてマシンガンを撃った。少女は廊下の角へ隠れ、手の平だけ出して応戦してくる。


 「俺がプラズマ・ガンであいつの手を狙い撃つ」イワンが隊員達へ言った。弾切れを装い一人の隊員が銃撃を緩めると少女が手の平を翳してくる。すかさずイワンのプラズマ・ガンからプラズマが放出され、少女の手の平に直撃した。


 「……っぐ……ぁ!」遠くで少女の呻き声が聞こえる。銃撃を止めても手の平が覗いてくることは無かった。イワン達が慎重に進み廊下の角を確認すると、少女が浅い呼吸をしながら倒れている。


 良く見ると銃弾がかすったのか、腕の浅い傷から赤い血が流れていた。アンドロイドではなく、生身の人間の証拠であった。隊員が頭を撃とうとするのをイワンが止める。


 「止めとけ、こいつはサイボーグだがまだ子供だ」サイボーグ化したのは殆どが成人であり、子供は珍しかった。隊員達が少女を離れた所に寝かし、イリヤは廊下の突き当りにあった大型の扉の前に立つ。流れ弾が当たったはずだが、その表面は滑らかで傷一つ付いていなかった。アンドロイドの外装と同じ材質のようだ。


 「ついに此処まで来ましたね」隊員が言いながら戻ってくる。イワンが何かを取り出そうとした時、無線機からダリヤの声が鳴った。


 「イワン、作戦中止よ。……早く逃げてっ。……あ゛……」ダリヤの声が途切れる。「おい!ダリヤ!ダリヤ!」イワンが叫ぶが無線機は無言だった。「くそ!」「戻りましょう、イワンさん」「あと一歩なんだ。ここまで来て……」一瞬の迷いを打ち消すように青白い閃光がイワンの胴体を貫く。


 「ぐっ……」イワンが崩れると同時に隊員達も床に倒れた。「おい、大丈夫か。……っ!」隊員達はともに白目を剥き、目と耳から血を流している。脳に直接損傷を加えられたようだ。イワンは咄嗟に少女の方を向くが、床に寝たままで動いた気配は無い。


 廊下の奥の暗闇から一体のアンドロイドが姿を現した。検査着のような服装をしている。目や鼻といった顔のパーツが美しい配置で中性的に張り付いていた。「て、てめえがやったのか」イワンが息も絶え絶えに言ったところで画面が暗くなった。


 「この任務に参加した隊員で帰還した者はいない。もちろん、俺の両親もな」イリヤがディスクを取り出しながら言った。「任務地はどこだったの?」鎌原はもう答えを知っていたが、敢えてイリヤに尋ねる。


 「さあな。特に知らされていないし、今更知ったところで何も変わらんさ」「そう、辛かったわね。まさかとは思うけど、この後死のうなんて思ってないわよね?」イリヤの心臓が強く脈打った。


 「な、何言ってんだよ。んなわけないだろ」「そのダサいズボンの右ポケットの小瓶。その中身を飲めばすぐに死ねそうね」「……!お前、何故それを」薄汚れたカーゴパンツの右ポケットには青酸カリの入った小瓶がある。「私は人の心を読めるの」真顔の鎌原が言った。


 イリヤが呆然としていると、高らかな笑い声ががらんどうの食堂に響く。「あはははは!女の勘に決まってるじゃない!何腑抜けた顔してるの、馬鹿ねぇ」鎌原は笑い飛ばしたが、本当に人の思考が読み取れることが極稀にあった。


 「て、てめぇ」先程衣服を馬鹿にされたことも相まって、イリヤの心に憤怒の気持が湧き上がってくる。「あんたはその方が似合ってるわ」鎌原の一言でイリヤは正気に戻った。「ねぇ。あなたのご両親の任務地はね、日本帝国よ」「は?何でそんなことがお前にわかる」「幼い時、私もそこにいたから」「は……?」


 不意にガラスの割れる激しい音が二人の会話を断ち切る。入口が騒がしい。「くそ!ここにも来やがった。お前の笑い声がうるせえからだ」「なに、私のせい!?大体さっきまであんた死にそうだったじゃない!この恩知らずが!」被害妄想に囚われた人々が暴徒化する事件が頻発していた。おそらくここにもそのような輩が来たのだろう。


 「多分暴徒化した人間よ。中には被害妄想関係なく、便乗してただ暴れたい奴らも交じってるかもね。あんたはここで戦うの?」「ちっ、戦わねえよ。暴徒と言っても相手は人間だしな」「ここ以外にあんたの居場所はあるの?」「……あるわけないだろ。上手くやり過ごしてどっか行くわ」鎌原がにやりとしながら言う。「行く当てないんならいい所紹介するわよ?」

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