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18. 私達が前に進むために

 お兄ちゃんと離れて暮らすようになってから、一ヶ月がたった。私の怪我もすっかり治って、エルマーのくれた言葉で元気を取り戻しつつあった。

 無情にも忙しく日常は過ぎていった。最初はお兄ちゃんの行方を孤児院の子供達も気にして根掘り葉掘り聞き出そうとしていたが、頑なに黙る私に早々に興味を失っていった。子供なんて日々興味の対象が変わっていくのもあるがアシルがいないことに、みんなが慣れていったようだった。教会と孤児院は別れと出会いの繰り返しの場所でもあるから、きっと感覚が麻痺していくのだろう。

 子供って残酷だなと思いながら、自分もいずれそうなるのではないのかと思うと怖かった。


 それを体現するようにエイミーが孤児院から卒業する日がきた。立て続けに別れがくるとは思っていなかった。

 エイミーを見送るために正面の門前に孤児院の大人達と子供達が集まっていた。エイミーとエイミーのお母さんは、見送りにきた人達にひとりひとりと握手をしたり抱き合ったりして別れを惜しんでいた。

 私はみんなの後ろに隠れて、顔を上げたら涙がこぼれそうで下を向き両手を握りしめていた。そっと背中に手を置かれて前へ進むようにと促される。

手の主を見上げるとエインズワース先生だった。


「ウルリーカの番ですよ」


 先生の優しい笑顔に涙がポロポロと溢れてくる。汚れるのを気にせずハンカチで涙を拭いてくれ、孤児院の花壇に咲く花で作った小さな花束を手渡してくれる。

 エイミーが目の前まで来てくれる。


「エイミー…」

「ウルちゃん…」


 お互い目が合うと一瞬で顔がゆがんで涙でぐちゃぐちゃになる。お互い一歩も動けなくなってしまった。そんな二人を見かねて神父様が声をかけてくれる。


「ウルリーカ、何か言ってやらねーとエイミーが心配して卒業できねーだろ。親友なら祝ってやれ」


 神父様の言葉にワンピースの袖でごしごしと涙をふいて、エイミーに花束を差し出す。


「エイミーそ、卒業おめでとう。私と仲良くしてくれありがとう。エイミーのことは、忘れない、絶対に会いに行くから」

「ウルちゃん!!」


 エイミーが泣きながら手を広げて抱きついてきた。二人の間で花束がぐしゃりと潰れる音が響いた。

 二人でわんわん泣いていると見かねたエイミーのお母さんが、私からエイミーを引き離してくれる。


「エイミー、そろそろ時間よ。これ渡すんでしょ」

「うん…、ウルちゃんこれ」


 潰れた花束と交換で渡されたものは、真っ白なハンカチだった。


「ハンカチ…?」

「うん、ウルちゃん、アシルさんに刺繍入りのハンカチ渡したいって言ってたでしょう?それ使って」


 エイミーのお母さんが私の目線に屈んでくれる。


「ウルちゃん、娘と仲良くしてくれてありがとう。白いハンカチを探してるって娘から聞いたの。良かったら使って」


 お兄ちゃんに自分で刺繍したハンカチを渡したいけど、綺麗なハンカチがないんだ…

 エイミーに何気なく呟いたことを覚えていてくれたことが嬉しくて、涙がハンカチに落ちそうになる瞬間、神父様に抱き上げられて乱暴に涙をふかれた。


「うー、ぐす…」

「あーあー、綺麗なハンカチに染みがついちまうぞ。アシルにやるもんなんだろう?」


 頷くと私を抱き上げたまま神父様が、エイミーのお母さんに向き直る。


「馬車まで用意してくれてありがとうございました」

「いえ、餞別です。こんなことしかできませんが…」


 最後に二人で頭下げて小さな馬車に乗り込む。馬車が走り出すとエイミーが窓を開けて手を振ってくる。私も両手で振り返す。お互いの姿が見えなくなるまで二人で手を振りつづけた。

 追いかけたかったが神父様に抱っこされていてかなわなかった。きっと、そうさせないように神父様が抑えていたのだろう。

 エイミーの乗った馬車が見えなくなると、孤児院の子供達はシスター・クラーラに促され孤児院へと戻っていく。

 門の前には私と神父様とエインズワース先生がぽつんと残った。

 ぐずぐず泣いてると神父様が頭を撫でてくれる。


「ウルリーカは偉いなあ」

「何が?全然えらくない…」


 神父様の肩に押しつけていた顔を上げると、悲しそうに馬車が去っていった道の先を見ていた。


「エイミーとの別れを惜しんで、目を腫らすほど泣いて…」

「うっ、子供だってバカにしてる…」


 違うと首を振って静かに見つめてくる。いつも、おちゃらけてくる神父様のはじめて見る表情だ。


「人と真剣に向き合ってるから、全力で泣いて悲しむことができる」

「……?」

「ここにいると別れに鈍感になるな…。シスター・ヘルマのことも気づけたはずなんだ。不満や悲しみも見てみぬふりをしてた。みんな、そんなもんだって。シス…いや、ヘルマに真剣に向き合ってたら何か変わってたか…なんてな」


 神父様にかける言葉が見つからずにいると、エインズワース先生が空気を変えるように神父様の肩に手を置いた。


「ウルリーカに何を言ってるんですか。戻りますよ。ウルリーカは病み上がりなんですから」

「そうだな…、ウルリーカ悪かったな」


 神父様も同じなんだ。後悔ばかりして前に進めないでいる。エルマーが私にくれた言葉をこの人も待っている。

 神父様の首にぎゅっと抱きつく。


「私が孤児院に来たとき、神父様がいなかったら死んでたんでしょう?お兄ちゃんから聞いたよ。ね?エインズワース先生?」

「そうですよ、初めて病院にのり込んできた時の顔といったら、土下座までしましたからね」


 エインズワース先生がいたずらを見つけた子供のような顔で同意してくれる。


「私もお兄ちゃんも神父様に感謝してるよ……、きっとシスター・ヘルマも。私の悪口は言っても神父様のことは悪く言ってなかったよ…」


 神父様が虚をつかれたような顔をして、今度は私の肩に神父様が顔をうずめてくる。肩がふるふると震えていた。


「ねー神父様、なんで私がなぐさめてるの?それに、お髭が痛いよ」

「まったく、子供になぐさめられるなんて神父失格ですよ」

「なんだよ、いーじゃねえか。もう少し感動させろよ」


 鼻を啜りながら顔を上げると、いつもの神父様に戻っていた。

 神父様が抱きあげていた私を地面に降ろす。


「よし!ウルリーカ競争だ!」

「は?」

「勝った方が、負けた方の夕飯のデザートがもらえる!よーいどん!」

「えっ!今日デザートがでるの?あっずるーい!」

「大人げないですねえ」


 神父様と孤児院に向かって二人で走り出す。その後をゆっくりとエインズワース先生が歩いてくる。 

 自然と涙が引っ込み、みんな笑顔になっていた。

 神父様との勝負には負けたが、夕飯に小さなカップケーキが二つ並んでいた。

 







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