14. 私達の行く末
主人公が意識ないため三人称?
月が厚い雲に覆われ、黒に侵食されているような暗闇のなか、裏庭の大きな木の上で孤児院の異変に気づかず呑気に過ごす三羽がいた。
『今日は月が隠れてて、真っ暗で不気味ねー。こんなに暗いんじゃ、何もできないじゃない』
『基本、鳥類は夜目が利きませんからね。夜は大人しく寝るもんです。トロワも遊んでないで寝なさい』
『まだ、ねむくないもん』
三羽の中でもひとまわり小さい真っ赤な小鳥が、自分専用の巣箱のなかでウルリーカが用意してくれた布団という名のぼろ布でじゃれて遊んでいた。他の二羽は巣箱などというものはなく、木の枝が寝床になっている。ウルリーカに自分達の巣箱も作れとせっついていたが、頼みのアシルは忙しくて時間を作れそうにもなかった。ウルリーカが、張りきって一度挑戦したが、危なっかしくてアシルから道具を取り上げられ断念せざるを得ない状況となってしまった。
『ほらみて!ここに“トロワ"ってぬって?あるんだよ』
トロワが巣箱から、ぼろ布を引っ張り出し、人間の文字などわかるわけもないのに、いびつに刺繍された自分の名前を嬉しそうに自慢している。
『あー、はいはい。よかったわね』
『いやー全然、上達しませんね。アシルさんにプレゼントできるのは、いつになるやら。ほら大事なものは巣箱に入れときなさい、トロワ』
『そうだね、ぬすまれたらたいへんだ!』
『誰が盗むのよ』
トロワがいそいそと大事そうに名前入り布団を巣箱に戻しているのを、二羽は苦笑いで見ていると大きな黒い塊が木の幹を伝って上ってくるのが見えた。八本の足を持つ生き物。一言で言うと…
『うわっ!気持ち悪っ!』
『失礼な、老体に鞭打って来てるんじゃ!何が気持ち悪いか!』
ドゥがよく目を凝らすと、自分達と体の大きさの変わらない物体が目の前でゼイゼイ息を切らしている。
『なんだ、蜘蛛のじーさんじゃないですか…また、大きくなりましたね』
『そうかのお、そろそろお迎えが…ってそうじゃない!大変なことになってるんじゃ!』
蜘蛛のため焦ってる表情はわからないが、いつも屋根裏から滅多に出てこない蜘蛛が息を切らしてることに、緊急事態が起こっていることがうかがえた。
このじーさんは、孤児院の子供達と巣の攻防戦を繰り返している蜘蛛だった。いつからか、むくむくと体が大きくなり、ドゥ達と変わらない体格になっていき、子供達が怯えるからと屋根裏から姿を表さなくなっていたのだ。
何が起こったのか聞き出す間もなく、裏庭に通じる孤児院の窓が勢いよく開き、小さな子供が地面に叩きつけられるように落ちてきた。
微かに自分達を呼ぶ声が聞こえてくる。
『あー、遅かったか…』
目を凝らさなくてもわかる。地面に倒れてるのは、いつも自分達を家族のように接してくれる少女だった。
『ウルリーカ!』
アンが悲鳴をあげるように鳴き、三羽が一斉に木の上から飛び立つ。
『ウルちゃん!ウルちゃん!』
『ウルリーカさん!』
三羽が三様に声をかけ、回りをぐるぐると飛ぶが、いつものように返事を返してくれず、目も開けてくれない。顔色もひどく悪かった。
『じーさん!何があったの!?』
カサカサと、急いで駆け寄ってきた蜘蛛にアンが捲し立てる。
『わしも、突然でよくわからんのじゃが。知らない男が孤児院に入ってきて、ウルリーカを拐おうとしてるみたいなんじゃ』
『なんですって!ウルリーカが何をしたの!』
『そんなの、儂がわかるか!蜘蛛だぞ!』
『みなさん、落ち着いてください!』
パニックになりかけてるアンをなだめるようにドゥが声をかける。トロワはウルリーカの頬に泣きそうになりながら起きて、起きてと体を擦り寄せている。
『アン、争ってる暇はないですよ。誰か助けを呼ばなくては。私達ができることをするんですよ。でも、おかしいですね?この騒ぎで誰も起きてこないなんて…』
『飲み物か食事に、薬が仕込まれたみたいじゃ』
『誰がそんなことを!小さな子供達の命にかかわるじゃないですか!?』
『…ここのシスターじゃ。お前達も知ってるじゃろうが』
蜘蛛がたくさんある目を曇らせて悲しそうに顔を伏せる。この孤児院に住み着いたときから覚えている。巣を張るたびに、怒りながら掃除する少女の姿を蜘蛛のじーさんは思い出していた。
ーわしが巣にいるときは、決して手を出してこない子じゃったな。こんなことをする子じゃなかったのに。
みんなに疎まれているシスターの優しい子供の頃を蜘蛛が思いだし、小さく胸を痛めた。
『あの女ね!』
アンがきーっと怒りでバサバサと羽を揺らしている。
『とりあえず、そこの窓から中に入って大人を起こしましょう』
ドゥが窓から侵入しようとすると、赤毛の男が赤くなった顎をさすりながら、ぬっと顔を出してくる。
「まったく、手間かけさせやがって。ん、なんだこの鳥は?どけ!」
イライラしているのか舌打ちしながら、ドゥを片手で払いのけ地面に叩きつける。
『うわっ!』
『ドゥ!』
男は長い足を窓枠にかけ、ひょいっと難なく裏庭に降り立つ。ウルリーカが倒れているのを確認するとポニーテールを乱暴に掴み顔を覗き込む。
「死んでねーな。ちっ、こいつは一番良いところに売ってやる」
獰猛に目を光らせ男がニヤリと笑う。その狂暴な顔に怯み、敵わないと思いつつもウルリーカを助けるため、アンがウルリーカを掴む手に襲いかかる。
『このやろう!ウルリーカから手を離せ!』
「さっきから、うるせーな。なんだ、この鳥は!」
『ぎゃん!』
ドゥと同様に片手で振り払われ壁に派手にぶつかる音がする。蜘蛛のじーさんは潰されたら、たまらないと早々に避難していた。トロワの姿はいつの間にか消えていた。
土を踏む音が聞こえるとシスター・ヘルマが暗闇の二人を照らす。その表情には少女に対する罪悪感は微塵も感じられなかった。
「顔には傷つけないでよ。大事な商品なんだから」
「わーってるよ」
ダミアンが荷物を抱えるようにウルリーカを持ち上げると、裏門につけてある幌付きの荷馬車に向かって歩きだす。慌ててシスター・ヘルマがダミアンの後を追いかける。
「私は、これからどうしたらいいの?」
「あっ?おらよっと」
荷馬車にウルリーカを乱暴に投げ入れると、中が見えないように幌の入り口を閉める。
御者台に座ると、シスター・ヘルマにおざなりに軽くキスをする。
「お前まで消えたら騒ぎになるだろ。何事もなかったように生活していろ」
「そうよね…」
「落ち着いたら、連絡する。あと二、三人見繕っておけよ」
「えっ…」
「大好きな神父様にばらされたくないだろう?なあ、俺の奥さん」
シスター・ヘルマがダミアンの言葉に驚いて顔を上げると、頬に手を滑らせてくる。頬を撫でる手は優しいのに、見下すような冷たい目線がヘルマを不安にさせた。
ーダミアンが脅してくるはずがない。
微かな違和感を感じ、ダミアンに手を伸ばすがもうこちらを見てくれなかった。手綱を操り荷馬車が動き始める。
「そんな…一人だけって…そんな、他の子なんて…」
孤児院の裏門の前には、汚れるのも気にせず地面にうずくまるシスター・ヘルマがいた。
その頃裏庭では…
『気を失ってる場合か、起きろ』
バシッバシッという猫パンチをくらって、アンとドゥの意識が戻る。目の前には偉そうに座る黒猫がいた。
『なんなのよ!レディを殴るなんて、もう少し優しくできないの!?』
『…レディだと?』
黒猫が忌々しそうに顔を歪める。
『そんなことよりも、ウルリーカさんは!?』
そうだったとドゥと同じようにアンもキョロキョロと辺りを見回すとウルリーカの姿はすでになかった。黒猫が立ち上がり、くいっと顎で裏門を指す。そこには走り出した荷馬車が見えた。
『行くぞ…』
黒猫が一言呟くと颯爽と走り出し、塀を軽々と駆け上がり荷馬車の幌の上に飛びうつる。
『あいつなんなのよ!行くって何処へ!?』
『アン、とりあえず追いかけましょう。二度とウルリーカさんに会えなくなるかもしれません』
ドゥが羽を広げて飛び立ち、荷馬車の後ろを飛んでいく。アンの同意を得るつもりはないようだ。
『もう行くわよ!行けばいいんでしょ!ウルリーカ助けてあげるから待ってなさいよ!!』
黒猫とドゥの後を追いかけるように褐色の羽を広げてアンも飛び立った。
月が案じるように雲から顔を出し、一匹と二羽を照らしていた。




