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神官見習いの日常  作者: 伊代
一章
12/26

一ノ十一.眠れる美王子

 ファレスは細身でも割としっかり筋肉があるし背も高い。わたしと絵美佳の二人で運ぶことは出来ず、男性神官を数名呼び、彼の部屋へ運び入れてもらった。



「アタシが変なとこ蹴っちまったから? 打ち所悪かったのかな……」

 落ち着きなくウロウロと歩き回る絵美佳の表情を見れば、本気でファレスを心配しているのが分かる。

 言葉は悪くても、根は悪い子じゃない。


「大丈夫だよ。仰々しく倒れたけれど命に別状はないからね。曲がりなりにも王子だし相当鍛えているから、一般の女性に蹴られたくらいでは全く問題ないよ。

 それに、これは肉体的な異常ではないね。なんらかの魔力が作用しているようだ」

 昏々と眠るファレスを前に、ウトゥヌ様は自身の顎に親指を添えて何か考え込む。


「呪いみたいなものですか?」

「ああ。倒れた時の様子もそうだけれど、絵美佳に見せた反応も妙だったね。相当里緒に入れ込んでいたはずなのに、そう簡単に心変わりするものだろうか―――どうも何かがおかしい」


「ファレスがおかしいのは元からでしたけど―――でも、ファレスは女嫌いだと聞いてたので、変な感じはします。その―――今まで、わたし以外の女性には全く興味を示したことがなかった、って」

 自分はどんだけの女なんだ! と一人ツッコミを入れたくなるような、自意識過剰な発言にしか聞こえない気がする。

 ウトゥヌ様は「それか」と小さく呟き、思い切り眉をしかめる。


―――不快にさせてしまった!

 即「ごめんなさい」と謝ると「いや、里緒のせいじゃないよ」といつもの優しさ全開の笑顔に戻って頭を撫でてくれる。

「嫌な予感ほど良く当たるものだという事さ―――ねえ、君たち二人に共通していることは何だか分かるかい?」


 わたしは絵美佳と顔を見合わせる。

 共通点といえば、日本から来た黒髪黒目の異世界人だってこと?

 二人ともあんまり女らしくないのも共通してる。

 それから―――あ、そうそう。イサがあること?


「そう、君たちにはイサがある。王子が反応する女性は、イサを持つ里緒と絵美佳の二人だけということだね―――本来、イサに反応するのは神だけの筈なのだけれど」

「ん? どういう事だ? もったいぶらずに教えろよ」


「ちょ、絵美佳! ウトゥヌ様は神様なんだよ? ちょっと言葉に気をつけた方が―――」

「構わないよ。里緒も彼女のように楽に話してくれた方が我は嬉しいのだけれどね?」

「え、そ、そうですか? じゃあ努力します―――」

 恐れ多くてなかなか敬語は抜けそうにないけれど。


「うん、そうしておくれ。それで、王子の反応だけれども―――単純に考えれば、彼は神だと言うことになるね。

 けれど、彼にはそこまでの魔力を感じないし、我の姿も見えないのはおかしいね。

 何より不可解なのは、自分の神子以外にも反応しているということだね」

 首を傾げる絵美佳が「自分の神子ってどういうことだ?」と尋ねる。わたしにも分からない。


「我の印を持つのが里緒。ヴィエラの印を持つのが絵美佳。同じ神子だけど、我が求める唯一の存在は里緒だけだということだよ」

「へー! 成瀬、愛されてるじゃん。いいなー」

 は、恥ずかしい! ウトゥヌ様には羞恥心はないのかぁ! って神様に羞恥心は無さそうな気がするな……。


「これは単なる憶測でしかないから、もう少し様子を見る必要があるけれどね。

 もしかしたら、発作持ちの上、黒い髪と瞳の女性にフェティシズムを持っているだけかもしれないしね」


 お肉フェチ疑惑が消えたと思ったら、次は日本人フェチ疑惑が浮上した。

 どっちにしても常に変態的なイメージが付き纏う王子だ……。


「これ以上は考えていても仕方ないね。起きたら本人に聞いてみよう。現状は健康上の問題はないようだから、二人とも心配しないで大丈夫だよ」


 眠る彼の顔をのぞき込む。

 顔色は悪くない。

 スヤスヤと眠る綺麗な顔は、まるで魔法にかかって眠るどこかの御伽話の姫のようだった。

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