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木霊と小鳥

 夕方、夏休みの初日のうちにやっておこうとした宿題への集中力が途切れてペンを放り出す。

 居間に向かうと祖父が座ってお茶を飲んでいた。

「あれおじい様。声かけてくれればよかったのに」

「初盆の打ち合わせを史緒とな。史緒が忙しいようだからの、うちの秘書を留守番させておくという話になった。親族は嫌がるからのぅ。嫁さんは身寄りがないから頼めないしの」

 しみじみと言うのだが、祖父もなんだかんだいって変わり者の数少ない理解者だった。

 ここらへんで有名な会田系列の病院をまとめる頭で忙しいはずなのに、両親が亡くなってから何かとやってくる。

「綾史はどうせなら研究道具よこせというだろうな。死んでからも研究のために病院開いてそうじゃ」

「母が横で笑いながらきっと手伝っていると思います。私は見たことありませんけど、姉が母はすごく手際よく働くって話してくれました」

「出来た佳人だった。そうだ、夏休みの小遣いをやろう。お前や史緒は他の孫と違ってスネカジリという言葉を知らん」

「どうせ毎年贈与税ギリギリでいろいろ贈ってくるんだからいらんって父が」

「あいつはあいつで病床データよこせだの、欲しがるものが違ったからな」

 それでも金品を渡すよりは数倍嬉しかったらしい。

 祖父からありがたく札束もどきなポチ袋をもらい懐にいれた。

「お祖父様、夕飯食べていかれます?すぐに用意できますので」

「おお、いただいていくよ。」

 父と母の葬儀関係の書類を取り出した姉はそれを祖父に渡し台所に向かう。

「史緒、仕事はうまくいっておるか?」

「まあお給料分ぐらいは。文はお祖父様の相手お願いね」

 エプロンを手にとったところで姉にそういわれたのでクッションの上に座りなおす。

「老公から件の男の話は聞いたぞ。面白い男を営業につかせていると話しておった」

「沙門のことですか?彼は見た目の派手さ以上に面白い男です。まあ、少々女にゆるいんですけど」

 祖父の湯のみに新しい緑茶をそそぎながら、二人の話を聞く。

「ふぉっふぉっふぉ、ちょうどいいわ。ワシも若いころはそうじゃった」

 妾さんが何人か今もいる祖父はそう大笑いする。さすがに皆中年女性で昔のお気に入りで今は時々食事に行ったり劇を見に行ったりする程度だと聞く。

 亡くなってはいるが、祖母と妾さんの関係も良好で父が忙しいときにはその衆で花見や茶会などを開いていたという話だからよくわからない。

 よく知らないが、祖母との子5人の他に妾さんとの子も何人かいるんだよな。

「文よ。いい男は見つかったか?」

「いい男だらけですよ、ええ」

 皮肉を彼らにこめてそういう。

「ふむ。同級生はどうじゃ?」

「いい子ですよ、皆」

「年上は?」

「少々強引で手癖が悪いのがそろっていますが、それなりに」

 そう言ってからふと思い出した。

「おじい様は母が父と結婚する前にどうして知り合ったかご存知ですか?」

 突然の言葉に祖父は怪訝な顔をしたがすぐにそれを納得した。

「そうか、文は元気なころの美有みゆうさんを知らんからの。史緒は知っておったか?」

「いえそういえば母が父の病院の看護婦をする前は何をしていたかは聞いたことがありません」

 姉は鍋を火にかけながら、首を横にふった。

「……|ブラッディ(血まみれ)・フローレンスと彼女は呼ばれておった。お前たちが勘違いしているから訂正するが、美有さんは医者だぞ?看護婦の免許は持っておらん。確かにフローレンス・ナイチンゲールは看護婦だが」

「え」

「お祖父様、それ初耳です。私てっきり看護婦だと……」

 史緒姉が驚きながらこちらを振り返る。

「まぁ医者としてはかなり変わり者で綾史といい勝負だったがの。医者になってバリバリ論文書いて外国での研究に呼ばれたりしていたんだが、ふっと発展途上国に行ってな。戻ってきたら綾史の病院に勤めていて、綾史の奴が史緒ができたから結婚したと言ってつれてきよった」

「……出来婚だったんだ」

「親族内では傑作の話題だったぞ」

「ひどいな、親族」

「そのあとの綾史の答えがさらに爆笑ものだったの。『私の生殖機能を奮い立たせた美有のほうが賛辞に値する』とかいって嫁につねられていたからな」

 なんだか父の親族は全員変わっている気がする。

 祖父はそこで言葉をきった。

「思えば、あれが美有さんの限界だったんじゃろうな」

「どういうことですか?」

 祖父は緑茶を一口すすって、今まで話にあがらなかったことを話す。

「ここだけの話じゃぞ」

「うん」

「身寄りがないのではなく、戸籍偽造だったのだ」

 なんでまたそんなことを母はしたんだろう。

「文もぞっとするほど綺麗だと言われたことはあるだろう?」

「まあ、それなりに」

「美有さんが話してくれたんだがな……とりあえずメシにするかの」

 いいところで話が途切れる。


 食後は緑茶ではなく祖父が持ってきてくれた紅茶をいれた。

「ふー。文のいれる紅茶は夏でもうまいのう」

「いろんな方に教わりましたから」

「それで偽造戸籍の話だったの」

「そうですそうです。母の偽造戸籍の件」

「……美有さんの父親と母親、つまりお前さんたちの母方の祖父母は双子の兄妹だったそうじゃ」

 姉と二人顔を見合わせる。

「何でも山奥の小さな村で神事に関わる一族らしくてな、近親婚を重ねることで代々同じ顔の女や男を次期当主として神の使いとして育てたらしい。やたら頭の良い美貌も優れた人間が生まれる代わりに近親婚の関係で精神疾患が多いそうでな、美有さんの姉も重度の疾患でほぼ狂人だったと聞いた」

 ただでさえ小さな村は血が寄りやすいのに、そりゃそうなるよな。

「それで、母はどうして村を抜け出したので?話のニュアンス的にそんな気がしますが」

「美有さんの姉が母を殺してしまったそうだ。父が美有さんにお前は比較的まともだからこの村にいるよりもっと広い世界に逃げなさい。この村はじきに崩壊する。と。偽造戸籍と共に美有さんは外に出された」

「……」

 けれど、母の心は外に出ただけではだめだった。

「遺伝による精神疾患は綾史もどうしようも出来なかった。それでも彼女と二人で家族になり子供を作ることをあいつと美有さんは選んだんじゃよ。史緒、文」

「……はい」

 史緒姉の返事を聞いて、少し考えてから口を開く。

「それでも、私は父のしてきたことを認めません」

「認められてもあいつが困るじゃろう。理解だけしてやれ。医者の仕事をしているとな、理論的な理屈では考えられないような決定に何度も立ち会うことがある。覚えておいて損はない」

 妙な含みのある言葉だった。


 翌日、煮詰まった頭をほぐしに駅前に遊びに行く。

 欲しかった本も手に入って百貨店の裏の公園のベンチでいそいそとそれを取り出した。

 近親婚の慣習と遺伝の疾患、私は気をつけたほうがいいかな。

 母に似ている体だ。

 どう遺伝が来ているのかわからないけれど少し納得した部分もある。

 父は治さなかったのではなく治せなかったのだ。

「やあ、カノジョ。暇そうにしてるじゃないか。よかったら俺らと遊ばない?」

「……」

 3人組の男性に絡まれる。

 人が本読みながらいろいろ考えているのを暇とな。

 しかも知らない人間にナンパされて中断されるのは気に障る。

 本を閉じて立ち上がると黙って歩き始めた。

「おい、ちょっと待てよ」

 しつこいな、人の腕を勝手につかむな。

「痛いです」

「逃げるなって、暇なんだろう?遊べばいいじゃないか」

「そうそう。ほらいこうぜ」

 ああ、もう。

「おい。お前らうちの生徒に何してんだ」

 声のほうを振り返ると笹部先生がこちらに駆け寄ってくる。

「先生」

「ほら、お前も何か一言言えばよかったんだ」

 笹部先生がひょいと私の片腕をつかんでひいた。

 このままだと綱引きの綱になると思ったが、あっさりナンパ男のほうの手が離れた。

「何だこれ。ハリ?」

 彼の腕になにか細い針状のものが刺さっていた。

 笹部先生は無言で公園を出て路地の見えない位置まで私を連れて行く。

 なぜかそこに赤沼さんがいた。

「あれ?赤沼さんだ」

「お前は本当に話題につきない娘だな文」

 あのハリが彼の作品のひとつだと何となく察することはたやすい。

 いたって技術開発好きだといっているからな。

「生守道具ありがと。お前ら知り合いなのか?」

「オレの協力している女の妹」

「姉を殺しに狙うぷろふぇっしょなる」

 お互いを指で示しながらそう話す。

「把握した。それにしてもどうした浮かない顔して」

「してませんよ?」

「お前俺をなめるなよ。伊達に中学3年間文と千里を鍛えていたわけじゃないぞ」

 笹部先生はため息をつきながら腕を組む。

「生守とは大学時代に付き合いがあってさ純粋にダチだから安心しろ」

「そっか。ちょっと母の過去で少し。考えて煮えてきたから外に出たのに」

 返事をして本をカバンにしまおうとした。

 それを赤沼さんがするりと取ってしまう。

「あー」

以往称山いおうしょうざんか」

 読んでいた本の作家の名を彼があげる。

「そう。ファンなのフィクションもノンフィクションも」

 ブックカバーをつけたそれを改めてカバンにしまう。

 ちゃんとお礼を言って二人と別れた。


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