警察官と小説家
最初からおとなしく喫茶店に入って読めばよかったのだ。
いつもの喫茶店の外に暑い中ご苦労様ですな黒スーツとアロハシャツな男性がたっている。
今日はお偉いさんの相談か何かに使われているのかな?
しかたがないこうなったらハンバーガーショップで飲み物買って読むか。
「どしたの?来ればいいじゃない」
喫茶店の扉が開いてレイが手招きして声をかけてきた。
「はいってもいいですか?」
「いいよいいよ。文が絶対会いたい人がいるから」
どういう意味だと思いながら喫茶店の中に入る。
「文?」
「今日は知人の遭遇率高いな」
篠原さんと湯本さんがカウンターでコーヒーを飲んでいた。
篠原さんの横に座りながら視線を奥へとずらす。
……おお?
奥で話している人の片方は見たことあるような人だ。
「レイ、あの人って……」
「以往称山。彼この県に住んでてさ、ノンフィクション系の取材のときよくここ使うんだ」
みたところは40代前半ぐらいだろうか。
どうみてもヤクザの親分さんと知的に話す姿は作家というよりは学者か何かに見えた。
昔の何かの賞をもらって一度だけ写真にうつったものが彼の公式な姿なのだが、それよりだいぶ老けているように見える。20年ぐらい前の写真だから当たり前か。
「ご注文は?」
「紅茶。アールグレイ以外で」
「はいはい」
レイは追加のコーヒーを入れているマスターの隣で紅茶をいれる準備をする。
「それで、何で刑事さん二人がいるの?暇なんですか?」
「お前と同じで以往さんのファンなんだよ、うちの署長が」
「ヒルもいなくなって事件がなくなって暇なんですね」
「文お前今日機嫌悪いだろう。仕事終わったらうちにメシでも食いにくるか?」
篠原さんのスーツを引っ張る。
「脱いで恋慈さん」
「……怒るな」
「怒ってないよ?ただボタンほつれてるからつけてあげようと思って」
袖のところの飾りボタンの糸がゆるんでいた。
「何があったんだお前は。その様子だと史緒の関係じゃないな。親父さんのことかお袋さんのことか」
図星で頬を膨らませながら篠原さんの袖を直すために裁縫セットを取り出す。
「何で恋慈にいはそう私や史緒姉の悩み事ポンポンわかっちゃうかな」
「10年以上の付き合いなんだぞ。ストーカーだけならともかくレイやトセの件で俺がどれだけ苦労をしたと思ってんだ。いたって文は相談するまで隠し事するから、それ読まないと悪化するんだよ」
「隠してない」
「嘘つけ。お前とか史緒とかがケガすると親父とお袋と会田のじいさんからお叱り受けんの俺なんだぞ?!」
「それでも素直に幼馴染のおにいちゃんとしての責務以上のことをまっとうする恋慈さんが私好きよ。どうしてお嫁さんが来ないのかわからないぐらい」
「その口でいうかお前は」
スーツを頭の上からかぶせられ、無造作にかき回された。
「あははは、篠原さんオレあんたを競売に勝手に出してもいいですか?」
「断る。聞いたぞ文に泣かされたってな」
「あんたがいなきゃ文と今頃楽しんでいたのになぁ」
スーツから抜け出して、繕い終わったところで紅茶をすする。
「そういえば湯本さん千里がお父さんの馬鹿ってぼやいてましたけど、一昨日何かありましたか?」
今まで無言でいた彼が口を開いた。
「いや、暑さにかまけてパンイチでいたらな」
「それはアウトですね」
「それだけだったのにドロップキックくらわせてくるぞ、俺の娘は……」
アザができたとぼやいていた。
そうこう話している間にヤクザの親分さんが立ち上がる。
彼はじっと私のほうを見てきた。
「?」
「お嬢ちゃん。どうだいうちの息子の嫁に来ないかい?」
「今のところカタギから落ちるつもりはないのでお断りします」
「表の二人のどちらがいいかと言おうと思ったが残念」
怖気ないところが気に入ったといわれた。
以往先生は少しだけメモをまとめてから、マスターにコーヒーのお代わりを頼む。
「湯本さん、篠原さん、ありがとうございました」
「いえ、仕事ですので。正直私たちがいないほうがよかったでしょうに」
「あはは。心配性なのも彼の長所です。よろしくお伝えください」
篠原さんたち二人が喫茶店を出ると彼が私の横に座り、マスターと話している。
本物もとい生以往先生だ。
この人があの本とか今日持ってる本を書いているんだよな。
いろいろ聞いてみたい。けれどファン丸出しは私のプライドが自重しておけと囁いてとめる。
「以往先生。この子文っていうんだけど、先生のファンなんだよ。オレにこれでも読んで勉強しろといって『双子』を投げてきたって前話したことあるじゃないですか」
「何で喋ってるのレイ?!」
「え、だって。あれで以往先生の本に興味持ったんだから。ただな、小5のガキが読む本じゃないとは思った」
「レイ君、あまり女性をいじめては駄目ですよ」
双子というのは以往先生の例の受賞作品だ。
この話は事実を元にしたフィクションという中途半端な位置にある作品なんだよな。
「ありがとう、こんなところでファンと会えるとは嬉しいです」
「いえ、あの。ファンで全部読みました。一番好きなのは未完ですけど『アイリスの君』です」
彼はちょっと驚いたようだった。
「あれは本にならなかったのに。もしかして雑誌で読んでくれたのかい?」
「はい。今も切り取ってもってます」
季刊誌に一年かけて連載されたそれは出版社が倒産しているから幻の作品になってるんだよね。
以往先生がいきなり私の手を握る。
「え、っと?」
「すまない、その切り取りを貸してほしいんだ」
彼がアイリスの君が幻の作品になった本当の理由を話してくれた。
「実は倒産ついでに原稿が紛失してしまってね、手元にあるのが第5回の原稿だけなんだ。あの出版社は雑誌は発行数がやたら少ない上に当時の見本誌もよこさないでね。大御所さんがキレてそのまま倒産してしまったから。4回までの流れは覚えているのだけど、書き加えるにしてもやはり完成原稿が欲しい」
「5回ってことは、実は完結しているんですかアイリスの君」
「もちろん。もし4回までの切り抜きがあるならそれと引き換えに原稿を読んでもらってもいいし、謝礼も出そう」
心の中でこぶしを作って握り締めた。
アイリスの君完結編が読めるなんてなんたる僥倖。
「いいですよ」
「ありがとう、文」
とても優しい笑顔に思わず私も頬を緩める。
「いいえ私も読みたいですから足な……」
口元に手を当てて言葉を飲み込む。
今、私彼のことを足長さんといおうとしたか?
「どうしたの文?」
レイが急に口を閉ざした私を覗き込んでくる。
男物のコロンの匂いにそれだと答えがいきつく。
花岡と同じ気づき。以往先生と同じ匂いの手紙を私は何度も受け取っている。
「……」
彼のほうを改めてまじまじと見つめると、彼が少し微笑んで指を唇に当てていた。
この人最初から気づいていたな。
「君の都合のいい日に渡してくれればいいよ。待ち合わせはこの喫茶店にしようか」
そういって彼は私に電話番号を書いたカードを渡してくれた。
今までなら以往先生の連絡先ゲットと浮かれていたかもしれないが、住所なら私はすでにそらで言える。
家に帰って、部屋に戻るとすぐさま彼に電話を入れた。
3コール目で彼が出る。
「はい、こちら足長さんですよ」
「私が散々以往先生のファンって手紙で書いてたの丸っと知ってたじゃないですか?!」
「いや、まさか文があの喫茶店の常連とは思わなくて」
足長さんは電話の向こうでくすくす笑っている。
「改めましてこんにちは、文。足長と君が呼んでくれたものだよ」
「……会田文です」
「あなたと文通をして声を聞くのはあのときが初めてだったよ」
「え、っと」
何を話せばいいのだろうか。勢いで電話をしてしまったのをちょっと後悔した。
「いい、思ったことを文は文章で表現するほうが得意なのは知っているから。僕がね、以往称山なのを黙っていたのは先にあなたが足長さんと呼んでくれてそれを案外気に入ってしまったのがひとつ。もうひとつは僕の兄に関わることなんだ」
「足長さんのお兄さんですか?」
「何度か僕にも話してくれたが、あなたの姉のまわりの人間の一人に兄がいる。双子と同じで双生児でね。それがご縁で会田夫妻に会いに行き、あなたの父親に文通を頼まれたのだよ」
姉ストーカーの一人ってことは亡くなった人のうちの誰かだったのかな?
覚えている中で彼と似ている人は見たことがないのだけれども。
「本当は会田夫妻が亡くなられたときに相談に乗ろうと思ったけど、兄とそっくりの僕が史緒さんの前に出るのは問題が多いと判断した」
「……だいたいわかりました」
「もちろんこれから以往としても足長としても文との付き合いは続けていこうと思うのだが、文にとって僕がこんな男で困るなら引こう」
「そんなことないです!あの、ただ今度お会いしたとき今までのお礼を言ってもいいですか?」
何かと気を使ってくれて、時にものを用意してくれた足長さんに。
感謝の気持ちをこめて。
自分の目で彼を見て、口から言葉を伝えたかった。
時間がなくて書けないので、いったんここで一部完結という形を取ります。
二部を書くならこの続きからになります。




