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病院の秘密

 花壇の影に隠れていてもいつかはばれそうだ。

 学級長と目線でアイコンタクトして、携帯電話をチェンジするようにジェスチャーをする。

 彼女はすぐそれに気づいてポケットから電話を取り出し、音を立てないように取り替える。

『たのんだよ、史緒姉に連絡』

『OK』

 危機時の対応能力は千里に負けるとも劣らずか。

 口パクだが伝わった。

 千里はいつものことのように、音も無く移動して東屋の反対方向にいつの間にか立っていた。

「おじさんとおねえさん。どしてここにいるの?」

 二人の視線がそちらに向く。

「よし、花岡。少し怖いかもしれないけどゆっくり歩いてこっち」

「巴ちゃんは?」

 小声で話しながらゆっくり歩いていく。

「危険度が一番低いからあのままで。リスク分散しないと」

 私は彼女の手を引いて中庭からの直接出入り口に向かう。

「で、出入り口に向かうなら」

「ああ、ここのオートロックシステムがもし奪われていたら……」

 重症病棟は警備用のシステムがゆるい。

 その代わり、柵があったり壁があったりするのだが。

 4月の頭に、予算が組めるから近々業者を入れて強化すると話していた。

 父と母が亡くなっておじゃんになったけど。

 カードキーを通すが開かない。

「こっち」

 2度たしかめ、見切りをつけると花岡の手を引いて別の場所に向かった。

 千里は大丈夫だと思う。

 彼女は力量を誤るようなことをしない。

「見つけた。あの馬鹿、無駄な仕事を増やしやがって」

 木の影からボディービルダーのような体型の男が飛び出てきた。

「出たな、不法侵入者」

「何を、お前らこそガキがこんなところでお茶なんかしやがって」

「悪い?」

「ああ悪いな」

 キッと男を睨んで、花岡を後ろへ隠す。

「カードキーは使えないのも、あなたたちの仕業?」

「病院関係者ってことか」

「あ…………」

 花岡が何かを言おうとしたのを耳にして振り返る。

「残り二人、ってことかしら」

 女だ、千里は男のほうの相手か。

「どうも。こんにちは」

「こんにちは、おちびちゃんたち」

 こっちのほうが話しが聞けるかな。

「会田と申します。祖父からは何も聞いていませんが」

「……もしかしてこちらの病院長の娘さん?」

「はい。友人らとお茶会をしていただけなのですが。業者の方ですか?そして、もう一人の友人は?」

 彼女の目を見上げ、淡々と尋ねる。

 派手な脱色した金髪をウェーブさせて風になびかせる女性は長い爪を私の頬に添える。

「鬼ごっこ中かしら。困ったわね」

「私もです。友人は血の気が多いのであなた方を泥棒と間違えたようで」

「あら、そのとおりなのよ?」

「薬品か何かを?」

 彼女はクスクス笑って、私の頬を爪で引っかいた。

 血がうっすらにじんだのを黙ってぬぐう。

「もっと価値のあるものよ」

「左様で」

 どんなものかは、今は聞かないでおこうかな。

「ついていらっしゃい。痛い目にあいたくないし、あわせたくもないでしょう?」

 コクリとうなづいて、花岡に微笑んでから女性の後を追う。

 花岡の手は決して離さない。


「コナカ、女の子二人みっけ。そっちは?」

「逃げられた。ロックは効いているから外には出れないはずだ。電話もここにある」

 コナカと呼ばれた男性は重症病棟の前の扉で女性とマッチョ男を待っていたようだった。

「何やってるの。私頑張ったのに」

「言うな。で、その二人の電話は?」

「ちゃんと貰いました。女の子の預かり物だから私が貰っておくわね」

 よかった電話チェンジ成功。

「うちの病院に用ですか」

 こういう時は空気に飲まれたら負け。

「会田綾史の娘か」

「ええ、それの娘です」

 父をソレ呼ばわりするのは嫌だが、この男の名を呼ぶニュアンスはそれに近い。

 彼は鼻でそれを笑ってから、言葉を続ける。

「父親の院長室が奥病棟にあるのは知っているな」

「母の特別病室の隣ですから。入れないでしょう?あの二部屋は父が特別にプログラミングを個人依頼で作ってもらった部屋だ。父と母しか開けられないし、二人はもういない」

 どうやらこの男は院長室に入りたいらしい。

「私がここに来るのは数年ぶりですが、変わっていないでしょうね」

「やはり、吹っ飛ばすしかないか」

「ああ、無理無理」

「何だと、お前調子に乗るなよ」

 マッチョメンめ、うちの父を知らないからそういえるのだ。

 大声に驚いて、体を縮ませる花岡の手をぎゅうと強めに握った。

「調子になんて別に。ここから先の病棟は通称で重病病棟と呼ばれた人たちの場所だ。それなりの強化をしてあるのを知っているのでそういったまでですが」

「そうか」

 ちょうどその声に呼応するように、病棟の扉が内側から開いた。

「お待たせ……しました……。すいません……」

 パソコンを持った男性がたんこぶを頭に作って立っていた。

 ああ、これが件の馬鹿か。

 ぼさぼさ髪と目の下のクマが特徴的な人だ。

「指定どおり院長室前までのロックは全部解除しました。外側のロックは今までの鍵で入れないようにしてあります」

 でもまぁ、仕事はできるようだ。

 4人……いや、5人だな。全員で。

 声がコナカというこの男と、先ほど女性と話していた男性と声の質が違う。

 さっきの男はもっとザラザラしている声だった。

「院長室は?」

「声紋と指紋とパスワードが2種30字以上の英数字です。それにここは普通の病院じゃない」

「どういうことよ、アイン」

「メイヤ、あの部屋みれば納得するよ」

 どの部屋かは一発で検討がついた。

 私が露骨に嫌そうな顔をしていたせいだろう。

 彼女が訊いてきた。

「ねえ、何なの?あの部屋って」

「父のコレクション部屋のことでしょう。院長室の隣にありますよ」

「コレクション?」

「主に脳。人骨や内臓のほとんどがプラスティネーション加工された人体標本や病理標本」

 想像しちゃった花岡が顔を青白くしている。

 実は想像以上にえぐいことは言わない。

 あそこで私や姉の大体のことは平気に思える精神が作られたのかもしれない。

「重症病棟は父の城でしたから。これ以上踏み荒らすのは止めたほうが良いと思います。こんなことが起こってたまるかなんて事態が起きても何もフォローできませんよ」

「例えば」

「幽霊とか」

 その場にいた大人たちは笑ったが、私は大真面目だった。

 出るよ、幽霊。


 夕闇に染まる病棟の中を歩いていく。

「コナカ、どうするつもりだ?このガキ」

「欲しければやる。証拠を残すのはまずいからな」

「あ、じゃあ私震えてるオチビちゃんもーらい」

「ならオレはそのオサゲのガキだ。アインもやるか?」

 ああ、男の人って本当に単細胞だなぁ。

「お、おれはいい。きれいだけど、好みじゃないし」

「もったいなーい。自分好みに調教して最後に殺すのが楽しいのに」

 女はもっとまずいほうか。

 千里と学級長はそろそろ姉と合流しているかな。

「メイヤ、頼んでおいた爆弾は?」

「ニックに頼んでおいたのだけど、遅いわね。女の子追いかけるのもほどほどにしておきなさいって言ったのに」

 千里に倒されてるだろうな、彼。

 ドンマイニック。

 階段を上ってたどりついた院長室のそばにある廊下。

 そこに床に座る人影が見えた。

「あ、ニックだ」

 アインと呼ばれていたパソコン男はその姿を見て人影に近づく。

「ニック、予定通り吹き飛ば……ニック?」

 床に座る、人影が自重を支えきれずに倒れてゴトリと音を立てた。

 柵の間から差す陽光のオレンジ色は短い廊下を妙に冷たい空気が流れた。

「ニック?ニック?!」

 アインが男の体を揺らしていると、彼は気づいた。

「コナカ!ニックの右腕が無い!!」

 ここからの位置ではわからなかったが、倒れている彼は腕をもがれたらしい。

 ……そこまで千里はやらないからな、来ちゃったか。

 私は花岡と二人廊下の窓際にピッタリと寄りかかった。

「幽霊は黄昏時に現れる」

 そう、低く囁いた。

 花岡の耳と目をこれ以上怖い目に合わせないために抱きしめて隠す。

 黒い影が、その場に音も立てずに現れる。


「飛んで火にいる夏の虫というか、何で今日みたいな人がいる日に」

 私がよく知っている女性の声がそういった。

「お前らは?」

「AI」

 マッチョ男の体が音も無く沈むと、そこには沙門さんが仕事着で立っていた。

 手に持ったスタンガンらしきものから感電させ失神させたようだ。

「遅いよ史緒姉」

 黒い影のひとつが小さくうなづいた。

「電話から確認取るのに時間が少々。他のメンバーが行くってうるさくてね。黙らせて家に縛ってきたの」

「姉さ。こっちに事務所構えたら?」

「私だって呼んでるわけじゃないわよ。来るのよあいつら」

 女性が私たちを人質にとろうと動いたのを沙門さんが後ろから抱きすくめる。

 彼は意外と荒事も動けるらしい。

 道具もいいのか手際が早い。

「悪いけど、侵入者さん。こちらの管理業務は今のところ、うちの会社に委託されててね」

「なるほど。最初からばれてたか」

「いろいろ形跡あったので。表なら表なりに対応したのだけど」

 姉の隣から這うように出てきた浅木さんがいつの間にかパソコンの人を捕獲していた。

「史緒ー、食べていい?」

「だめって言ってるでしょ。食べたら戻らないから」

 浅木さんの質問は言葉通りだ。

「史緒、食べてもいいか?」

 同じ質問を沙門さんが問いかける。

 姉はちょっと言葉をためてから、軽蔑のまなざしで沙門さんのほうを向く。

「好きにしたら?どっちにしても何かしら痛い目にあってもらう予定だから」

「どっちかって言えば沙門の場合、陵辱とかそっちのほうだよなー」

「まかせておけ」

 アダルティーな予想が出来たのでそれ以上考えないようにする。

 きっとその予想は当たってる。

「AIか。ここまで出張しているとはな」

「企業の地域拡大は当然のことよ。ただ人手が足りないだけ」

 浅木さんがパソコンの人を落としてからコナカと呼ばれた彼に攻撃をしかける。

 おお、なかなかの攻防だ。

 夕闇の中繰り広げられる蹴りと殴りの応酬も捨てがたいが自分たちの安全第一。

 沙門さんのほうへと歩いていった。

「……浅木さんががっつり戦っている横で、平然と見ず知らずの女の人にディープキスできるあなたは真性だと思います」

 沙門さんは喋ろうとする女性の口元を手で押さえながら笑う。

「ありがとう。ってどうした文ちゃん、頬の傷」

「その女性に引っかかれた」

「わかった、その点を加味して彼女の相手をしよう」

 この人やっぱり、姉を拾っただけある。

 浅木さんとか赤沼さんとかが濃いだけで、十分変人だ。

「別にどうでもいいですが。うちの友人二人知りませんか?」

「ああ、あの可愛い子二人か。出入り口のところに止めたバンに待っててもらってるよ」

「そちらに戻ってればいいですね。このあとの事情はあえて聞きませんから私たちの私物だけちゃんと回収してください」

「了解。ごめんねいつも」

 答えずに花岡の手を引いて来た道を戻る。


「あ、い、ださん」

「ごめんね、もう大丈夫だよ」

 中庭に出たところで花岡の頭をなでる。

「びっくりした?」

「……うん」

「こんなことばっかりだからさ、自分から誘うのためらっちゃうんだ」

 夜に染まりかけた中庭はまた素敵な趣があって。

 一度立ち止まって、風の音を聞いた。

 木々がざわざわと奏でるその音は、この暗さでも思ったよりも怖さがない。

「じゃ、あ、さ」

「うん?」

 ラブレターの君は私の下駄箱にそっと手紙を置くような表情で言葉を伝える。

 優しさとためらいが混じった思いの伝達。

「わたし、から、誘ってもいいかな?」

 心がざわついた。

「ありがとう。またこんなことが起こっても謝らないけど、それでもよければ」

「うん」

 彼女から視線をはずして、気づかれないように深呼吸をする。

 ちょっと、嬉しかったかも今の。

 千里にまた何か言われると嫌だから、早くいつもの表情に戻さないと。

 私ラブレターの君のこと可愛くて好きだな。

 男の人はこういう子を見逃して損している。

文は花岡や学級長がいたのでいつも以上に聞きません

犯人にも姉にも思っていることはあったのですが

そして普通の善意に弱い少女が一人


欄外人物紹介 (読まなくても問題なし)


花岡はなおか園子そのこ:東泉高校1年 女

通称ラブレターの君、吃音持ちの女の子で学級長と仲良し

優しくてちょっと気弱、趣味は全般的に少女らしいものを好み特に草木の香りを身につけている

文が気にしてないので描写は出てきませんが

茶髪に緑の目を持つ、オランダ人と日本人のハーフで人目につきます


戸谷とやともえ:東泉高校1年 女

通称学級長、純粋な日本人ですが何故かエセ外人喋りが特徴

愛満ち溢れる世界に世の中ならないかなと本気で思っている子

尊敬する人は某ザビエルなクリスチャン

花岡と仲がよく、よく二人で休日にボランティアへ出かけている


後書きで初登場な学級長の苗字

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