舞台の準備は整った
交流会代わりになっている球技大会は、去年からの知り合いは当然先輩の中にもいる。
生徒会主導の応援合戦やらも含めて活気にあふれる一日だ。
「……英理なんで生徒会長やってんだ」
暑そうに学ランを着せられた彼女は東泉の応援が終わると席から立ち上がる。
そもそも西平はブレザー高校だし、下にズボンも何も履いてないし。
めんどくさいが主な原因だろうけど。
「すごいデジャヴが」
千里は昔の自分を見るような気分で呻いた。
英理は枯れ木のような腕に扇を持って小向先輩ら応援団の正面に立つ。
「東泉に健闘があらんことを!激励!」
いつものだるいかすれた声と異なるはっきりとした、男の人に負けない声だった。
目は死んでいたが、それが逆に気迫を生む。
彼女の扇の動きに合わせて後ろの応援団の動きと声が校庭に響く。
周囲の住人が思わず外に出て見学しにきていた。
「ようこそ、西山平安高校へ。さぁ、試合を始めましょう!」
何がそこまで彼女を変えたのか。
私にはわからない。
でもその一瞬だけは、彼女が健康体で笑っているように錯覚した。
私や千里の種目より先に一年男子の種目のほうが早かったので、先にそっちを観戦する。
久星ら3人組はサッカーを選んだので、外でその様子を眺めた。
「元気ですね、みなさん」
一人、ぼっちのようにゴール前で佇む大月はあきれたように騒ぎを見つめている。
私は私で、千里と共にいたゴール裏でその言葉に返した。
「同意見だ」
大月はそれほど運動が得意ではないので確率の低いゴールキーパーを任されたようだ。
「お昼、作ってきたけど食べる?」
「ええ。いただきます」
「千里は?」
「適当に登って食べる」
なら外でのご飯になりそうだ。
「大月ぼさっとしてんな!いくぞボール!!」
久星の声に飛んできたボールにギョッとして、大月は弾く。
「取れよ!」
「無茶言わないでください!」
しかし男子のゲームは何にしてもスピーディーだ。
「文」
「英理。何で生徒会長なんてやってんのあなた」
「彼氏と他の皆に言われて。死なない程度にめんどくさい」
ゆらゆらと彼女は制服姿でやってくる。
逆に運動服姿で来たほうが困るけど。
こいつがどの競技に出ても危なくて仕方が無い。
「文、知り合い?」
「うん。昔よく遊んでいたの」
「ども、元こちら側のお嬢さん」
さらりと言うなさらりと。
千里が完全に警戒しているじゃないか。
「……」
「うん、それでいい。こっちに戻ってきてはいけない。こちらは間違っている」
英理は満足そうにこくこく頷いた。
ちょっとだけ嬉しそうなその笑顔は私は好きだ。
「文、あとで体育館で待ってる。お昼の後がんばろう」
「英理は何がんばるの」
「……何だろう?でもきっと楽しいもの」
視線をどこかにさまよわせて、彼女は校庭から去っていく。
まるで居場所が無いように。
お昼の前に千里と学級長のバスケの試合がある。
「が…………っ」
「頑張れ学級長ー花岡も応援している」
最初の言葉で詰まっている彼女の代わりにそう声をかける。
練習したらしくなかなかのコンビネーションで、ボールをゴールに決めていく。
「お見事」
「また来たの英理」
「うん。だいたい予定通り。文が昔みたいに勝ちに来てくれて嬉しい」
それを聞いて思い出す。
彼女は時々わざと負けるために変な手を打つときがあった。
いや、負けるというよりは何かを変えるための一手と呼ぶべきだろうか。
誰かを応援するでもないが、予定調和を狂わす動き。
「……何かたくらんでる?」
「たぶん。頼まれたし。覚えてないけど、記憶を表に出すのは億劫で」
彼女は笑っていなかった。
ただつまらなそうに、バスケの試合を見ている。
「勝ちにいくってそういうこと。普通のことなのに、心がおどらないふしぎ」
「何がほしい?」
そういうと彼女はきょとんとしてから照れるように顔を背けた。
「べ、べつにもう子供じゃないから。欲しいものは友達からもらわない」
「友達だからこそ欲しいものがあるんでしょう」
英理の顔をこっちにむけさせて、間近に近づける。
「怒らない?」
「ものによる」
「体育館に来てね。最終の試合、うちの学校の最強とそちらの学校の最強がぶつかりあうから。見に来て、私がやっと踏みとどまれるようになった理由があるから」
やっと言えたと彼女は笑う。
ちょっとスキップ気味に帰っていた英理の背中を見ながら花岡がつぶやく。
「文さん、あの人」
「壊れてるよ。でもそれでも一般社会に踏みとどまって、今も危うい綱渡りしてる。花岡、普通って難しいね。どんなに頭がよくても体が動いても、不適合の印を押されると、廃絶される」
あれ以上に壊れた人間を病院でよく見てきた。
壊れた人間がどうなるかは、私はよく知っている。
彼らを待っているのは……。
「思いつめたら引き込まれるよ」
「そうだね。もっと楽しいことを考えよう」
一番いいのは、普通の人と共にいて合わせることだ。
バレーのスパイクだけは上手いと褒められた私はひたすらスパイク役。
昼食の食べ終わった皆がそろって応援してくれるので、負けたくない。
「負けるなアイちゃん!」
「会長も応援してますよ!」
「その気が散る応援やめれ」
バレー部員はいないはずなのに、妙に運動神経がいいのがそろっている。
「と、とれない」
「バスケ捨ててきたな。テニスも妙に強いのが揃っていた」
外野の話を聞きながら、どうしようか悩む。
点数はまだ追いつける範囲だが、これ以上開くと絶望的だ。
「ちょっとタイム」
女子バレーの部員がそういって、タイムを取った。
「どうする文。西平のメンバー中学の時バレーやってたのが多い。このままだと負ける」
汗を拭きながら、うなづく。
「今までの総合試合結果ってどう?」
「だいたいトントンかな。なんかね、妙にみんな嫌な相手に当たる」
予想がついた。あんたって奴は。
それでも健闘しているし、互角に持ってきている。
「よし、頭使おう」
戦うなら力いっぱいに。
「わ、わ、いいって」
「お前な、せっかくのチャンスだ声のひとつもかけてやれ」
小向先輩が他の先輩に押されてやってきた。
「いってあげたら文」
「え」
私もコートの皆に押されてそちらへと寄せられた。
「あいださん。あの、うん」
「……小向先輩、たぶん負けます。ごめんなさい」
「ううん。がんばってって応援しにきただけだから」
どうしてこの人は真正面から私と顔合わせるとまるで好きな子を目の前にした中学生ような反応をするんだろうか。
「ま、あきらめるつもりもありません」
「……うん」
「最終試合勝ってください。行ってきます」
彼が後ろで小さく笑った気がした。
バレー部との子に背は届かないが、フェイクぐらいはやれる。
差は縮めたがやっぱり負けた。
そのあと試合中に気になったことを体育委員に確認する。
他にもさっきのバレー部員やらに話を聞いたりした。
「やっぱり」
「え、何がやっぱりなの?」
「どこにどれぐらいの戦力が行くか読まれてる。つまりは読み負け」
それならこの妙な試合結果にも納得がいく。
「どういうことですかー」
わかりやすくするには時間ごとに書き出していくのが一番だ。
私がコートの隅でそれを書いていくと皆が黙った。
「これ午前中の結果」
「何これ、見事に開始時間ごとにお互い勝ち負け勝ち負けって続いてる」
○×○×が羅列される紙。
「しかも午後もその流れで来てるぞ」
久星が午後の分を見比べながら驚いている。
「で、もこれって半分は勝ってるよね?」
「違いますよ花岡さん。読み負けしているのでわざとそういうように勝利配置したんです、こちらが負けの時に勝っても西平が負けの時に勝っても、これを配置した人には負けなんですよ」
こんな遊び方をするなんて。
「なぁなぁ、これってどう決めたんだ?」
「試合予定は去年と同じ時間だよ。ただ、メンバーのほうは西平と東泉の生徒会は関与してない。このレジュメも先生がパソコンで打ち込んで印刷したものだから」
「……ということは完全に読まれてたんだ」
皆ですげぇと妙な関心をしてしまった。
「でもでも、そうなるとこれからどうなるんだ。最終試合は選抜メンバーのバスケだろ?」
「ちょっと待て、今数えてる」
「予定ではこちらの勝ち。一勝の差で西平の」
幽鬼がそこに立っていた。
花岡なんかは悲鳴を上げて学級長の後ろに隠れる。
「でも、最後までわからない。そういうもの」
一瞬、彼女の名前を忘れて声をかけるのをためらうほどだ。
ここにいることが異様で、一気に試合でかいていた汗が引くのを感じた。
「迎えに」
「ああ、私か。」
「特等席」
彼女は骨ばった指で体育館の2階にある席を指差した。
確かにあそこならば、試合をじっくりと眺めることができるだろう。
「文、行かないで」
千里が服をつかんで止めた。
檜たちも黙ってはいるが言葉が出ないだけで、同じことを思っていただろう。
必死な彼女を見て、英理は笑う。
「女の子じゃ駄目。文は性癖ノーマルだから」
「英理」
「また今度遊んであげるから。お友達さん」
千里は触れそうになった英理の指を跳ね除けた。
そりゃ怖いだろうよ。
私もどうして彼女がこうなったのか知ってなきゃ絶対近づかない。
「幽霊が誘拐」
「自分で言ってたら世話無いわよ」
目の端に固まっている小向先輩が見えた。
一度だけ彼のほうを見てから、英理のあとを追う。
千里は常識人なので、体の防衛反応が働きます
やばいものには怖がり恐れて近づかない
でもそれってきっと普通のこと




