1話
埠頭の真ん中。大型の倉庫が立ち並ぶ中、時代遅れの特攻服を纏った男が大勢のスーツを着た者たちと殴り合いの死闘を繰り広げていた。
何も時代遅れなのは服装だけではない。その髪型は斜め上向きの真っ赤なリーゼントだった。顔つきはよく見れば整っているハズなのだが、返り血と殴られた跡で見る影もない。
名前を「阿原 竜斗」と言い、この一帯では愚連隊「烈怒羅員」を率いる長だった。
「クソッ、たった一人に何人やられた!?」
スーツを着た大柄の男が吠える。
「こいつ本当に高校生のガキかよ。オイッ、応援まだか!」
「ヘヘッ、ヤクザっつてもこんなもんかよ。足りねぇな、全然足りねぇ」
真っ赤なリーゼントを上向きにして額に親指を突き立てるポーズを取る。
「ウチの新人君をいじめてくれたヤクザ屋さんにはもっとお礼をしねぇとなぁ!!」
「上等だ!クソガキ!!」
殴り、殴り、殴られる。どれだけの時間戦っていたのか、もちろん多勢に無勢である。アバラに勝ち目などない。
「うっ!」
後ろから大柄のヤクザに鉄パイプで殴りつけられ、もんどり打って倒れこんだ。
「手こずらせやがるぜ…。オイッこいつ立たせろ!山田組にたてついたらどうなるか教えてやる!」
左右から担ぎ上げられ、よく目立つリーゼントをふん掴まれる。
「さ…じゃ…ねぇ」
「あ?なんだって?」
「リーゼントに触んじゃねぇッつってんだッ!!」
声を聞こうとして顔を近づけていた大柄ヤクザの鼻っ柱にアバラの頭突きがめり込んだ。
「がぁ!!!こいつッ!!」
不自然に曲がった鼻から大量の血が吹き出す。
「へへへッ、随分とイケメンになったじゃねぇか」
自身が絶体絶命の状況にあってもアバラは笑う。この男の最も優れた部分は力でも愚連隊をまとめ上げる統率力でもなく、この胆力であった。
「……もういい、こいつ殺すぞ。幸いここは埠頭だ、死体を運ぶ手間もかからない」
不意打ちを受けて目からスッとハイライトが消え、大柄のヤクザは鼻から出る血を拭うと、鉄パイプを握る手に力を込めた。
「簡単に死ねるといいな……神にでも祈れ。」
振り上げられる鉄パイプを見上げ、それでもアバラは笑う。
「死なねぇよ、バァカ」
それが強がりだと理解していても。
死が振り下ろされる瞬間、突然アバラの周辺がビカッと光輝いた。
「なんだッ!」
大男は一瞬怯んだがそれでも構わず鉄パイプを叩きつけた。カァァァン!!!というコンクリートを叩く音が響く。
そこにいたはずの真っ赤なガキは血の跡だけを残していなくなってしまったのだ。
今にも鉄パイプが振り下ろされる瞬間だったのだ。さすがのアバラも目を閉じていたが、何時までたっても衝撃が襲ってこない。恐る恐る目を開けると突然の光に目を焼かれ、顔をしかめる。
見ればそこは薄汚い埠頭ではなく、荘厳な雰囲気につつまれた城の様な場所だった。大きな窓にはステンドグラスがはめ込まれており、間違いなく高価な調度品があちこちに置いてあった。
「(おいおい待てよ、俺はヤクザと喧嘩してたんだよな?じゃあここは天国か何かなのか…?)」
よく見れば自分と同年代くらいの男女20名程が状況が理解できていないといった様子できょろきょろと辺りを見回していた。
部屋の隅には数名のフードを深くかぶった男たちがなにやら「成功だ!」などと喜んでいる。
「おお!勇者殿ご一行よ!よくぞ来てくださった!いやいや突然の事で状況もわかりますまい。ささ、こちらへ来られますのじゃ」
ドアが開かれると、全身を高価そうな装飾品でこれでもかと着飾った初老で小太りの男がオーバーな手振りで手招きしてくる。
ひと際派手なアバラを見つけると、これまたオーバーな動きで近づいてくると
「おぉ、なんということだ!ケガをなさっている。おい、回復魔法士はいないか!早くヒールをかけて差し上げるのだ!」
そう叫ぶとフードを被った男の一人がサッと寄ってきて手をかざす。
「【ヒール】!」
「おい!何する気だ…って、あ?」
状況についていけないアバラは一瞬抵抗するが、身体からみるみる痛みが引いていくことで固まってしまう。
「おい、あれ、治ってるのか…?」
「そんな馬鹿な…魔法ってことなのか?」
周りの人がひそひそと話している中、一人の青年が近寄ってきた。
「立てるかい?大きなケガをしていたのは君だけみたいだ。何かあったのかい?」
自身の身体の様子を見ながらアバラが答える。
「いや、何かあったも何も状況が理解できねぇ…ケガは、たぶんこっちの事情だ」
アバラを助け起こすと青年は顎に手をあて、考え込む。
よく見れば優しそうな顔をしており、整った美形にそのしぐさはよく似合う。
「そうか……僕らもみんな同じ状況だと思う。気が付いたらここにいた。あ、すまない。自己紹介がまだだったね。僕の名前はキサラギ。キサラギアオイだ」
「俺はアバラだ、アバラリュウト」
「よろしくね、アバラ君。何はともあれ今はあの人の話を聞くしかなさそうだね」
オーバーアクションであちこち話しかけて回っている小太りの男、おそらく地位の高い人物なのだろうその男を見据えアバラはうなづいた。
「おう」
周りから口々に聞こえてくる声で、小太りの男はどうやら国王のようだとわかった。するとこの場所は王宮だろうか、贅の限りを尽くした調度品があちこちに置かれているがその手の審美眼を持たないアバラには「高そうなツボ」程度の認識しかできない。
そして王宮の中を進み玉座のある部屋へ通されたアバラ達は、国王の如何にも建前ですという様な演説を前にうんざりしていた。
この国王、おべっかばかりで全く話を切り出そうとしない。
早く自身の置かれた状況を説明して欲しいのにはぐらかされているようにも感じる。
「おい」
痺れを切らしたアバラが声を上げる。
「俺たちが知りてぇのは建前の話じゃねぇ。ここはどこなのか、どうして連れてこられたのか、だ。こちとら喧嘩の真っ最中にいきなりトバされて来てんだ。適当な説明してっと許さねぇぞ」
「おいっ、無礼だぞ!」
たまらず衛兵の一人が声を上げるが国王が諫める。
「よいぞ、異世界に来たんじゃ。仕方のない事じゃろう」
ウォッホンと咳ばらいをすると大仰に話し始めた。
「すでに察しの良いものは気づいておる様だが、ここは貴殿たちがいた世界とは異なる世界、異世界じゃ。 貴殿たちには我々の世界を救って欲しいのじゃ。おい、アレを持ってこい!」
「異世界って…俺たち異世界転生したのか…?」「それをいうなら異世界転移じゃないのか?死んでないし…」「ついに俺も勇者になれるのか」などと口々に話し始める。
理解している者、不安になる者、反応は様々だが、アバラはそもそも異世界転生物など知らないためよく理解できておらず頭に?を浮かべる。そこに見かねたキサラギが話しかけてきた。
「アバラ君は聞いたことないかもしれないけど、アニメや小説でよくある展開だよ。僕らはどうやら異世界のこの人たちに召喚されたらしい」
「んだそりゃ…なんのためにだよ」
「それはこれから教えてくれるんじゃないかな?」
キサラギが視線を国王の方に戻し、アバラもそれに倣う。
国王に指示された男がイソイソと半透明の板が付いた台座を持ってきた。
「これは他人の【ステータスプレート】を見ることができる魔道具じゃ。ステータスは本来他人には見えないものじゃが、これを使えば・・・そうじゃの、そこの大きい殿方。こっちに来てくれんか?」
「俺か…?」
選ばれたのは一際大きな体格をした青年だった。おずおずと前に出ると王様はそこでよいと手で制止する。
「【オープンステータス】」
そう唱えると半透明の板に何やら文字の様なものが浮かんでくる。
「こうしてのステータスを見ることができる。おぉ!【重戦士】じゃ!当たりじゃのう!この重戦士というのはお主の職業じゃな。これは生まれつき決まっておって変えられぬ物なのじゃ。」
話の先が見えずにイライラしているアバラが威圧する。
「それで、それが何なんだよ」
「まぁ焦るでない、赤い男よ。順を追って説明するからの。貴殿ら異世界から転移してきた者は3つギフトと呼ばれる物を貰えるとされておる。一つがこれじゃ」
そういうと国王は半透明の板を周りに見えるように反転させた。
高杉錬 Lv.1 重戦士
スキル無し
ステータス
・
・
と記載されているのが見える。見たこともない文字だったが感覚で理解することができた。
「強力な職業に就きやすいということじゃな。もう一つが言語理解じゃ。お主達にもこの魔道具の文字が読めるであろう?このように本来理解できないはずの異世界の言葉が理解できるようになる。最後の一つは人によりけりと言われておるの」
足早に説明すると一人ずつステータスのチェックをし始める。
「お主は…【商人】じゃの。革細工師や被服師の様に何かに特化している訳じゃないが行商全般に幅広く対応した良い職業じゃぞ、非戦闘職はあちらに並ぶのじゃ」
そう言って戦闘職とそうでないものを分けていき、キサラギの番が来た。
若干緊張した表情でおずおずと前に進み出ると魔道具から強い光があふれだした。皆が眩しそうに目をそむけた後、内容をみた国王が歓喜した。
「おぉ!これは!!勇者じゃ!!!ついに我が国に勇者が誕生したぞー!!!」
国王がそう宣言すると部屋にいた者たちがドッと湧きあがった。
「え、なにっ?えっ」
状況が理解できないキサラギはびくっとしてきょろきょろしてしまう。
「これで我が国も安泰じゃ!ささっ勇者殿はこちらにお座りくだされ!」
勇者だけは特別と言わんばかりに用意された豪華な椅子に誘導されていくキサラギ。
「いや、みんなも立ってるし僕も立ってようと思うんですが…」
「いやいやそんなわけにはいきませぬよ」
と無理やりに座らされてしまう。
「これで魔王軍にも対抗できますな」
「いやーこの国も安泰安泰」
とまわりの家臣達から声が上がる。
「魔王軍…私たちの敵は魔王なんですか?」
キサラギが王様に質問する
「そのとおりじゃ…我々は建国以来常に魔王軍の脅威に怯えて来ましたのじゃ…。なんせこの国【グラトニア】は魔王国【ドラゴニア】と最も隣接する国ですからの」
その言葉を聞いて異世界人達からざわざわと声が上がる
「そんな…じゃあ魔王はすぐそばに…?」
「いやいや、安心めされい。今すぐ戦いが起きるような状況ではございませぬからな、もちろんゆっくり経験を積む時間はございますのじゃ。またそこは追って説明させてくだされ」
その言葉を聞いて戦闘職に分類された者たちが一斉に安堵した。誰も冒険の始まりの町のすぐ横に魔王城があるなんて思わなかっただろう。
「さぁ、最後はお主じゃな。赤い男よ」
今まで黙ってたアバラは赤い男と呼ばれ前に出る。
「まだ肝心な事が聞けてねぇな」
「ん?何じゃ?」
「俺たちはお前らに勝手に呼び出された訳だが、もちろん拒否すれば元の世界に帰らせてくれるんだろうな?」
「いや、それはのう…」
途端に口ごもる国王、アバラはわからないながらも感づいていたのだ、この場に自分たちの自由意志など存在しないこと、そして異世界転移の混乱に乗じてそれに気づかせずに話を進めようとするやり口に。
「勝手に話を進めちゃいるが…この非戦闘職とやらに分けられた奴らは今後どうするつもりなんだ?今の話だと必要ないよな?」
非戦闘職の集団から声が上がる。
「そうよ!私たちにも家族がいるわ!お家に返してよ!」
「そうだよ!必要ないなら家に返してくれよ!」
アバラの発言で我に返ったのだろう。特に非戦闘職として分けられた自分たちがこの後どんな扱いを受けるのかわからないというのは不安を煽ったようだ。
ウォッホン!
国王の仰々しい咳で皆が注目する。
「もちろん、お主たちが帰る方法は探すつもりじゃぞ、うん。だが我々も仕方がなくやったことなのじゃ。これも全ては魔王のせいなのじゃよ」
ビキッとアバラ顔が歪む。この王、魔王のせいといえば何でも許されると思っているのだろうか。流石に異世界に無理やり呼ばれて人のせいとは他人事が過ぎる。この分だと帰る方法どころかいい様に使いつぶされる可能性すらあるのではないかという考えが頭をよぎる。
「ふざけてんのかてめぇ!」
気の短いアバラは国王に殴りかかろうといきり立ったがすぐに衛兵に止められてしまう。
「ガァ!てめぇっ離せっ…こいつら…なんて力だ!」
「おとなしくしろ!野蛮な男め!」
衛兵とのあまりの力の違いになすすべなく組み伏せられてしまった。これが異世界におけるレベルの差だということをアバラはまだ知らない。
乱暴に取り押さえられたアバラを見て転移者達は皆ざわざわと動揺し始めた。いくらアバラが先に手を出そうとしたとはいえ、怒った理由は真っ当であるし、とはいえそのせいで自分たちに矛先が向いても困る。
「怒りを鎮めるのだ、赤い男よ。とりあえずはステータスを確認してから順番に話を進めようではないか。【オープンステータス】!」
レベルの低い転生者など恐れる程でもないのかあくまでマイペースに事を進める国王。
その時ステータスプレートを見る魔法具がビカッと光輝いた。思わずそこにいた全員が今まで起こっていたことを忘れて魔法具を見やる。国王が覗き込んだが、しばらく考え込んだ末に顔をしかめてしまう。
「職業【ヤンキー】とはなんじゃ…?」
ステータスプレートには【阿原竜斗 Lv1 ヤンキー】の文字。
その見たこともない職業を学者のような男が分厚い本を片手に見やる。
「歴史的にも例はなく、これは例の…」
「うむ…」
国王はひどく残念そうな顔をした。
「ネタ職じゃの」
「あ゛!?なんだって!!?」
これにはアバラもたまったものではない。理不尽にムカつく相手を前に組み伏せられネタだの言われ残念がられる。これが冷静でいられようか。
「くそっ、離せっ、てめぇ!!」
恥ずかしげもなくじたばたと暴れるアバラをみて、ふぅとため息を付くと
「その赤い者は冷静では無いようだ。丁重に頭が冷えるまで奥の部屋にいてもらいなさい」
「はっ」
そういうと屈強な兵士たちはアバラをつれて部屋を出て行ってしまった。
微妙な空気になってしまった玉座の間で王様がパンッと手をたたき仕切り直す。
「それでは非戦闘職の者達には別途話があるのでの、あちら部屋へ行くのだ」
兵士達に先導される非戦闘職の異世界人たちは不安そうな表情で顔を見合わせた。




