第十話 二つの日常(4)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第十話 二つの日常(4)
午前中は、荷物を動かすだけで終わった。小型冷蔵便を二台確保。病院向けを優先して積み替え。チェーン店側の在庫を照会し、余裕のある六店舗を午後へ変更。個人向け荷物のうち、時間指定を変更できる客へ連絡。西部便は高速経由へ振り替え、遅延見込みを先に通知。誰かが得をしたわけではない。遅れが消えたわけでもない。ただ、困る順番を整理した。午前十一時四十分。病院向けの全便が出発した。篠宮が椅子へ沈む。
「撃ち合いの方が楽かもしれない」
「撃ち合ったことがあるような言い方をするな」
「ゲームの話です」
「チュートリアル中だろ」
「今日こそ撃てます」
宗一の端末へ、連携アプリから小さな通知が出た。
《第三七号・定時報告》
勤務中は緊急条件以外、通知をまとめる設定にしている。開くか迷う。会社の仕事と、ゲームの仕事。両方を同時に見れば、どちらも中途半端になる。宗一は昼休みまで待った。休憩室で弁当を開き、通知を確認する。
《管理代行報告》
《外周警報:異常なし》
《訪問者:なし》
《佐伯:容体安定》
《片桐班:外周警戒作業一回実施》
《新城透:通信室設計草案を提出》
《葛西正信:資材搬入口の追加補強を提案》
《高瀬結衣:管理責任者の帰還予定を二回確認》
最後の項目で、箸が止まる。
「何です?」
向かいで昼食を取っていた篠宮が聞く。
「何でもない」
「ゲーム?」
「定時報告だ」
「拠点持ってるんですか」
「仮の管理施設だ」
「本編入った初日で?」
「初日ではない」
「サービス開始からまだ三日ですよ」
三日。宗一には、もっと長く感じた。雨の訓練路。奇襲された車列。早瀬の死。第三七号の暗い機械室。灯り。最初の住民。
食料
水
新城。扉の前の命令。現実では、金曜の夜から月曜の昼までしか経っていない。
「ゲーム内と時間が同じだから、平日の管理きつくないですか」
篠宮が言う。
「一人で管理する仕組みではない」
「でも課長、全部やってそう」
「昨日から代行を置いた」
「昨日まで全部やってたんですね」
「必要だった」
「そう言うと思った」
篠宮は自分の昼食を食べながら、少し真面目な顔になる。
「NPCって、そこまで気になります?」
「どういう意味だ」
「ゲームじゃないですか。ログアウトしたら、普通は気にならないというか」
宗一は通知の最後を見る。
《帰還予定を二回確認》
「死んだら戻らない」
「NPCが?」
「記憶も、役割も、人間関係も消える」
「そういう設定?」
「そういう仕様だ」
「課長、もう人として数えてますよね」
宗一は答える前に、弁当のご飯を一口食べた。
「仕事でも、数字だけ見て荷物を動かせば事故になる」
「NPCは荷物じゃないですよ」
「だから余計にだ」
篠宮は納得したような、していないような顔をした。
「俺も早く本編行きたいな」
「焦るな」
「課長の拠点、探しに行っていいです?」
「所属も管区も決まっていないだろ」
「東側にしますよ」
「自分で決めろ」
「冷たいなあ」
「合流できる保証はない。それに、俺の場所は教えない」
「掲示板で探します」
「情報を漏らすな」
「本人しか困らない言い方」
宗一は残りの弁当を食べた。ゲームの話をしながら、現実の休憩室で昼食を取る。奇妙な感覚だった。だが、悪くはなかった。午後六時十二分。宗一が事務所を出た時、朝の配送問題はすべて片付いていた。遅延は残った。個人向け二十九件。チェーン店四店舗。だが病院向けは全件到着。冷蔵品の廃棄はなし。事故もなし。部長からは、追加費用について明日説明するよう連絡が来ている。完全な勝利ではない。誰も死なず、必要な物が必要な場所へ届いた。
それで十分な日もある。駅前のスーパーへ寄る。宗一は買い物籠へ、豆腐、魚、野菜、麦茶を入れた。保存水の棚で足が止まる。五百ミリリットルのボトル。二リットルの箱。非常用長期保存水。第三七号では、十五人分の残量を一時間単位で数えた。自宅の備蓄は、記憶にある限り二本だけだ。
「……現実の方も足りてないな」
二リットルを六本。レトルト食品。乾電池。簡易ライト。気づけば籠が重くなっていた。買いすぎたと思ったが、元へ戻す理由もない。防災用品は、ゲーム内へ持ち込めない。それでも、現実の自分が困る可能性はある。会計を済ませ、両手へ袋を持つ。ゲームなら、重量表示が出るところだ。宗一は左右の重さを入れ替え、片側へ偏らないように持った。自分で気づいて、少し笑う。家へ着く。保存水を収納へ並べ、夕食を作る。連携アプリには緊急通知なし。
会社端末にも急ぎの連絡なし。午後八時四十三分。宗一はフルダイブ装置の前へ座った。接続前に水分を取る。室温を確認。非常停止装置。翌朝の目覚まし。会社端末の緊急連絡設定。一つずつ確認する。若い頃なら、帰宅してすぐ飛び込んでいた。今は、戻ってくるための準備をしてから入る。
『神経接続を開始します』
視界が暗くなる。身体の感覚が遠ざかる。次に足裏へ戻ったのは、第三七号の硬い床だった。安全ログアウト区画の照明。発電機の振動。水が流れる音。
《管理責任者ROOK:接続》
《管理代行体制を終了しますか》
「終了する前に、引き継ぎを確認する」
誰にともなく言った。すぐに通路を走る軽い足音が聞こえる。高瀬結衣が、入口から顔を出した。宗一――ルークを見つける。昨日、練習すると言っていた言葉。結衣は少しだけ息を整え、はっきりと言った。
「おかえり、ルークさん」
ルークは、一瞬だけ返事を忘れた。現実の自宅では、帰っても誰も言わない。会社では、出勤すれば挨拶がある。この場所では、戻ると待っていた者がいる。
「ただいま」
答える。通路の奥から、カイトの声が響いた。
「課長、遅い!」
「その呼び方はやめろ」
「現実でも課長なんだろ?」
「誰に聞いた」
「自分で言ったじゃん」
管理室では、真壁、片桐、新城、葛西が待っていた。机の上には、通信室の設計草案。補強工事の資材一覧。東部管区監察回線から届いた封印通信。そして、第三七号地下接続候補の調査計画。一日分の仕事が積まれている。だが、昨日とは違う。自分がいない間にも、誰かが進めていた。ルークは管理端末を開く。
《管理代行報告:受領待ち》
《地下接続候補》
《反応変化:あり》
最後の表示だけが、黄色く点滅していた。
「何が変わった」
真壁が答える。
「壁の向こうから、三回叩く音がした」
機械室の方向。図面にない地下区画。誰も触れていないはずの壁の向こう。ルークは、帰ってきたばかりの拠点を見回した。現実では、明日も会社がある。ゲームでは、床下に誰かがいるかもしれない。二つの日常。どちらも、放っておけば勝手に片付いてはくれない。
「引き継ぎから始めよう」
ルークは言った。地下の扉を開けるのは、その後だ




