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因縁はここから始まった

 ちょっとしつこかった魔霊を祓い、無事に春からの新居を手にしたクー。そんな彼は学園の受験申請のため、そして初めての大都市を楽しむため、うっきうきに一人公都へと繰り出していた。


「ふんふんふーん♪ ふふふふーん♪」


 右手には屋台で買ったケバブっぽい料理。左手にはコーラっぽいドリンク。そして鼻で奏でるはアニメ版【めがゆりTS】のED(電波ソング)。ララと別れてまだ一時間弱、クーは公都という街をそれはもうエンジョイしながら、街の人達に学園への道を聞いてゆっくりと向かる最中であった。


「お、魔法店じゃん。ちょっと入っていこうか──ほう」


 だらだらと歩を歩み、両手の品を食べ終えた頃。ふと通りかかったお洒落で落ち着きありそうな魔法店を目にしたクーは、別段悩むことなく入店──しようとして、前のショーウィンドウが目に入ってしまう。


「トネリコの枝とカミナリの石製の杖、金貨三百七十枚。純度百%の黒雲の雫杖、金貨四百六十枚。Mr.アイロン作、No.72……金貨五百ぅ!?」


 ショーウィンドウに飾られた様々な杖。正しく言えば、その見本品に提示されていた途方もない額に、思わず大声を上げてしまう。


(魔法絡みの店はアンマルにもあったが、品も額も別次元だな。これが、公都っ……!!)


 恐れ戦いているクーには悪いが、この店は国内でも屈指の高級店であり、決して公都の平均というわけではない。当人がそれを知るのは、もう少し先のことである。


(……いいなぁ。俺もこういう杖で魔法使ってみたいなぁ。きっとすごいんだろうなぁ。自作のポンコツ杖じゃあ本気の魔法一回でへし折れちゃうからなぁ)


 クーは目の前の品揃えの中で一番好みの形をしていたたまに中でバチバチ光を放つする真っ黒な杖を古い、魔法を使っている自分の姿を想像してみたが、買えない現実の前では余計に虚しくなるだけ。クーが今日持参している金貨は十枚。約十万円ほどの、贅沢は出来るが豪遊は出来ない、若干言葉に困る額なので、どう転んでも手は届かないものは届かないのだ。


「……ま、まあいいもん。ギンガロウも言ってたもん。杖の性能に頼るうちは三流なんだもん。だから悔しくないもん。ふんだっ」


 クーはそっぽ向き、まるで自分に言い聞かせるように声に出す。ちなみにクーの自作杖はその辺の木を削って杖っぽくして雰囲気出しているだけの代物で、威力的な意味ではほとんど意味を有さない杖もどき(おもちゃ)。完全な負け惜しみである。

 

「それじゃあもう行こう。うん、惜しくなんてないから。だからレッツ学園へぐべばっ」


 後ろ髪を引かれる思いをしながらも、どうにか振り切って店前から去ろうとしたときだった。進もうとした瞬間、前方から何かに衝突され、倒れこそしなかったもののぐらついてしまう。


「いったたぁ……」

「す、すみません不注意でした。あの、大丈夫でした……あ?」


 クーが謝りながら、手を差し出し──そして尻もちをついた赤髪の少女を認識した瞬間、瞠目する。


「バーラ・クリアボム……?」

「なにあんた。もしかして私のこと、知ってるの? どこかで会ったことあるかしら?」

「あ、やべっ」


 クーの口からつい出てしまった名前。それを正しく聞き取れてしまったのか、反応した赤髪の少女──バーラ・クリアボムは、素直に取ろうとしたクーの手を撥ね除け、自分で立ち上がってから疑惑の目で睨みつける。


(バーラ・クリアボム。正しくはバーラ・P(・)・クリアボム。お馴染み【めがゆりTS】のメインヒロイン。そしてクー・ズーハルトが壁ドンして口説く対象。つまり、例のシーンの相手なのだが……はあっ)


 せっかくの【めがゆりTS】のメインヒロインとの邂逅。なのにクーはエステル様のときとは違い、そこまで高揚感を抱くことはない。

 

「なによ?」

(でもなぁ。やっぱり声これなのかぁ。別にキャラは嫌いじゃないんだけど、PV見たときからやっぱりちょっと解釈違いなんだよなぁ。もうちょいツンデレ強めというか、涼やかってより古典的なツンデレって感じだったんだけど……はあっ、違うんだよなぁ)


 傷心の理由はそこだった。悲しいことだが、いくら二次元が三次元になる奇跡が起きたとて、一番変わって欲しかった声帯はそのままだったのだ。


「ちょっと、聞いてんの? あんたまさか、私のこと舐めてんじゃないでしょうね?」

「……はあっ」

「ちょっと何そのため息!? 私ほどの美少女を前に失礼すぎるんじゃないかしら!!」


 プンスコと怒りを露わにしながら見上げるバーラ。クーは一つ大きなため息を落とし、それからようやく気持ちを切り替えられたのか、この追求にどう言い訳しようか考え出そうとした。


「ってやっば、もう三時!? ごめん、あんたのこと死ぬほど気に入らないけど、今はやらかしたら死んでも死にきれないほど急いでるから見逃してあげるわ! それじゃ!」

「ふうん、そんなに急いでどこ行くんだ?」

「学園の受験申請! 今日の十六時までなの! まいっちゃうわね!」 


 直後、街中へ鳴り響いた鐘の音。何の音かと一瞬身構えかけたクーだったが、バーラや他の市民は別段驚きをみせることはなく、むしろ急用を思い出したとバーラは走り去ってしまう。


「……なぬ?」


 一人ぽつり残されたクー。とりあえずほっと一息つこう──として、今し方あんまり合ってないと思っていたバーラの声で告げられた言葉を咀嚼し終え、つい首を傾げてしまう。


(あれ、締め切りまで確かまだ三日あったよな。……いや、俺はともかくララが間違えるはずない。そのララが言っていたのだから、きっと正しいのはこちらのはず……はずだ。うん)


 刹那の思考の末、間違っているのはあっちだと察したクー。自分のことをさして信用していないが、ララのことはとても信頼しているからこそ、バーラの焦りは間違いであると結論付けた。


「ククッ、下見の案内にはちょうどいいか。……天よ(デヴァ)、空を踏ませろ(プラミカ)」


 魔法を解放。足下に風を乗せ、空を踏みながら、クーは全力ダッシュでバーラの隣へと追いつく。


「なあなあ、期間までまだ三日なかったっけ?」

「はあ? 何言ってんのあんた……ってうそ!? どうやって追いついてきたの!?」


 わざわざ二度見してまで驚愕するバーラ。クーは空から地面に降り、並んで学園までの道をひた走る。


「ぜー、はー、ぜー、はー! わ、私の勝ち、よ……」

「はっはっは、俺の、勝ちだな。はっ、はっ、はっ、はあっ……」


 額を汗で濡らし、肩を弾ませ、手を膝につけながら呼吸を整えながら、横並びで学園前までゴールを果たす二人。どうしてか途中からどっちが先に着くかみたいな勝負が本命になっていた気がするが、当人達が満足しているのでさしたる問題ではなかった。多分。


「……にしても、本当に今日が期限じゃなかったとは。私としたことがらしくない勘違いしちゃってたわ。不覚、そして遺憾ね」


 登録を終えた二人。学園の敷地から出ながら、バーラは肩透かしを食らったと項垂れる。


「ククッ、まあいい、じゃないか。早いうちにやっておけたのなら、別段困ることもない。違うか?」

「……ふんっ、生意気なこと言ってくれるわね。返す言葉がないのが一番悔しい所よ」

 

 立ち直りの早いバーラ。そういう所が魅力だったなと、クーはかつて読んでいたときと重なる彼女の姿に、例え声は介錯違うだろうと、どこか胸が温かくなった。


「にしても、あんた中々やるじゃない。名前は?」

「クーだ。ただのクー。そっちこそ俺と張り合えるとは、流石はバーラ・クリアボムと言った所だな」


 握手を交す二人。まるで河川敷で殴り合った後のような、清々しい雰囲気が二人の間にはあった。


「そういえば、どうして私の名前知ってるのよ。まだそこまで有名じゃないのだけど」

「以前偶然見かけたことがあるんだ。これでも俺、ブロンズランクの冒険者だからな」

「あんたが? ……ふーん、貴族のボンボンが似合う面なのに意外ね。ま、私はシルバーランクだから私の勝ちね。はーっはっは!」


 勝利とばかりに口元に手を当て、これ以上なく上機嫌に笑ってみせるバーラ。扇子とドレスと縦ロールが似合いそうだなと。クーはどうでもいい感想を抱きながらひとまず誤魔化せそうなことに安堵する。


(バーラ・クリアボムは原作でもシルバーランクの冒険者と、初期から中々の実力を有している。今の俺が正面から戦闘したとして……まあ、勝てないとは言わないが、勝てると断言するのは無理だろうな)


 クーは冷静に、記憶の片隅にある知識と、目の前の彼女の表層にある魔力の片鱗を以てそう結論付ける。


(……だからこそメインで活躍した一巻から覚醒するまでの間、インフレに置いていかれつつあるパッとしない女なんて揶揄されることもあったが……覚えていて良かったな。流石は俺、ナイス記憶力)


 クーは自分を褒め称える。現物が手元にないのでちょっとずつ原作知識は薄れつつあったが、ちょっとだけ自信を取り戻せた。そんな気がしていた。


「ま、今日の所はそれで納得してあげるわ。それじゃただのクー、受験では互いに頑張りましょうね。言っておくけど、私と張り合える男が試験なんぞで落ちるんじゃないわよ?」

「ククッ。ならば俺はまったく同じ言葉を返すのが礼儀だと思うが……良いアイデアだろ?」

「……生意気! 上等!」

 

 華麗に去っていくバーラ。その背を満足げに見つめていたクーは、ふと「あっ」と声を漏らす。


(そういえば、原作だとクー・ズーハルトとバーラは入学まで親交なかったんだけど……大丈夫かな。なんかやらかしたような気がするが……ま、いっか。入学しちゃえばあとは流れでなんとかなるなるなっちゃんだ。……なっちゃんとは?)


 自問自答しながら自身もまた学園を去るクー。ちなみにこのバーラ・P・クリアボム。この世界ではクーと火花バチバチのライバルになり、学園内では事あるごとに張り合うようになったりするのだが、今は両者共に知るよしはなかった。

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