↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/35

至り、穿ち、得たものは

『ブルワァァア!!』


 怪物の咆哮を耳にし、クーはゆっくりと、どこか温かい感覚を覚えながら瞼を開けていく。


「……庇われ、たのか。……まったく、自分の身をと言っておいたのに、素直なようで我が儘なやつだな」


 薄らを目を開けたクーは、右目側が赤く染まっている視界ながら、隣で倒れている金髪の美少女──ルルラルルを。そしてじわじわと近づいてくる灰色皮膚の怪物──ジャバウォックを確かめた折、状況を察した。


『ブルルゥゥゥ……』

「ククッ。余裕そう、だな、怪物。無理も、ない。こんな様の獲物を前にすれば、舌なめずりさえ、許されるだろうよ……」


 悪態をつきながら、クーはゆっくりと立ち上がろうとして、ぐらりとふらつき膝を突いてしまう。


「庇われてなおこのざま。気を抜けば今にも尽きそうな、蝋燭の如き生命(いのち)。……さて」


 クーは右の視界を赤く染める血を拭い、霞む視界の中で確かに見据える。迫り来る灰色肌の怪物を。或いは怪物を先にいる死の手招きを。


「──今なら、測れそうだな。己の器を。五つを御すに足るか、学園に進む運命か否かを」


 死の淵にありながら、クーはほんの僅かに口元を緩めながら、手のひらを怪物へ向ける。


『光(アラテ)は基礎五属性の中でも少し特殊な力。原理や難度、信仰の観点から、近年では基礎五属性ではなく四属性と光に分けるベき……などと提唱する魔法学者もいるほどですからな。まあ、私はそう思いませんですがな』


 ギンガロウの言葉が過ぎる。クーはどこか他人事のように思い出しながら、魔力を練る。


『内の声を聴くのですぞ。基礎五属性は万象の具現。この世に生を受けた貴方様に素養がないわけがないのです。いつか境を越えたとき、この言葉の意味を掴めるはずですぞ』

(この授業を聴いた頃、まるで意味が分からなかった今なら何となく理解出来る。……これが失敗したら、俺の死を看取る相手はギンガロウか。ククッ、尚更死ねないな)


 看取られるのなら美女か美少女がいいと。魔力の足りないクーは、尚のこと笑みを深めながら、魔力以外──己を構成する、削ってはいけない曖昧な何かを削り、魔法を作り上げていく。


「ククッ、掴んだぞ。──光よ(アラテ)」


 ついにクーの手に黒(・)い(・)光が宿る。五つ目の属性、掴めなかった最後の属性へ、死に際に手が届いた。


『ブル……ブル、ブルワァァア!!』


 怪物が一層けたたましく吼える。ただし先ほどまでと違い、纏う雰囲気のガラリと変えたクー・ズーハルトを警戒しているとでも示すように。


「……不思議だ。今はどうにも身体が……心が軽い。死に際に掴んだ魔法の感覚のせいか、どうも世界が清々しくすらある。嗚呼、たまらないな」


 けれどクーの怪物を見る目は先ほどまでの敵意と比べてどこか優しげで。両手を重ねる身体は、死に体とは思えないほど自然体で。


「なぜ黒いのかは知らないが、まあいいさ。……今なら、出来そうだな」


 ぽつりと零し、クーは魔力を集める。──光だけでなく、四つの属性が手の内に集まっていく。


『クー様も知っておられるでしょうが、五属性扱えることと五属性を複合は別物です。複合魔法は一つ属性を増やせば難度は段違いに上昇してしまう神業。有史において五属性複合を成し遂げたのは、伝説の魔法使い『マーリン』ただ一人だけであり、例え初級魔法(プラミカ)であろうと、魔印なき固有魔法と称されるほどの偉業。この老骨めは三つ、歴史に名を残る魔法使いと言えど四つで止まる者は数多く……クー様は果たして、魔法使いの悲願の一つへ辿り着けますかな?』

「ククッ、見せてやるともギンガロウ。四つの先を。魔法が最奥の一端を」


 再度ギンガロウの授業を思い出したクーは不敵に宣言する。試すような老人の笑みへ、生徒として正解を突きつけてやるとでも言うかのように。

 

「ククッ、暴れた所で無駄だ。──先ほど言ったはずだぞ。掴んだぞ、と」


 混ざり、乱れ、荒れ狂おうとする魔法を意志と感覚を以て捻り伏せる。クー・ズーハルトが死に際にて掴んだのは五つ目に至る契機ではなく、魔法の核心なれば、最早それは不可能にあらず。


「五色魔弾(マーリン・プラミカ)。五属性の完全な交わり。クー・ズーハルトの至らなかった魔法の最奥。……嗚呼、良い感覚だ」


 ──至る。五つの属性の複合へ。そのまま蠢き続ける虹の光は弾となり、クー・ズーハルトの意志に従い、怪物の左半身を呑み込み消失させた。


『ブル……ブル、ブルワァ……』

「……身体を半分失いながら、それでもなお耐えるか。見事だ、英雄試練の番人よ。今の魔法で俺は完全にガス欠だ。もう一振り出来るのであれば、潔く俺の負けを認めるとも」


 虹の光が消え、力なく腕を垂れ落とさせたクーは、なお辛うじて動く怪物へ称賛を告げる。


「だが……ククッ、既に幕引きだよ、怪物。──勝敗を分けたのは強さではなく、肩を並べられる友達の数だったな」


 そして、そんな怪物にあらん限りの力でゲス顔をしてみせる。限界なのか表情がほとんど動かず、ゲス顔というにはゲス度の足りなく、端正さのせいか様になった微笑になりながら。


「奥義、最高の一突き(ルルラルル)」


 煌めきはほんの一瞬、次の刹那にはもう、怪物に残った左目は穂先欠けた槍にて貫かれる。血まみれながらに最高最速を成した一撃は、限界を迎えた槍を大破させながら、それでも一分の狂いなく怪物へと確かに届いた。


「あっはは、勝った、勝ったぁ……きゅうー」


 ジャバウォックの半身から欠片の生気も消え、完全に力尽きたと確信したと同時。ルルラルルは仰向けに地面へ倒れ、クーもゆっくりとまたうつ伏せに崩れ落ちる。


「あっはは、もう動けそうにないや。あっははー」

「ククッ、少し離れているせいで、よく聞こえないが……ま、喜びは同じだろうな」


 互いに聞き取れることはなくとも、それぞれが思い思いに勝利の余韻に浸るばかり。


(……ククッ、ルルラは分からんが、少なくとも俺はここで終わりらしい。例のシーンをやれないのは心残りだが、まあ、この爽快感で満たされながら眠れるのなら、悪くはないか)


 急速に薄れゆく意識。何もかもを使い果たしたクーの瞼は落ち、そのまま眠るように──。


「スゴイスゴイ、スゴカッタ。フタリ、ジャバウォックタオシタ。ヨウセイノシレン、ノリコエタ。エイユウノウツワ。ユウシャノソシツ」

「ぶごごっ!?」


 命尽かせようとした、その瞬間だった。クーは口に押し込まれるように大量の液体が流し込まれ、その突然すぎる水攻めの驚き、つい身体を起き上がらせてしまったのは、


「げぼげぼっ! うええ何今の……ってえ、うそっ、どうなってるの!? 治っちゃったし戦う前より身体が軽い! あっははー!」


 同様に水を突っ込まれたらしいルルラルルもまた、全快だとばかりに飛び跳ねてみせる。


「なん……ああ、妖精か。観戦が終わり出てきたのだろうが……どういう絡繰りだ?」

「エリクサー。セカイノシズク。タマシイノマモウモイチコロ」

「なるほど、伝説の秘薬か。ククッ、流石は妖精。ジャバウォックを従えているだけはあってアフターケアもばっちりよな」


 クーは空を見上げ、満足げな顔で舞い降りてきた小さきヒト──二人を試練境に落とした妖精の到来とその説明に、腑に落ちたと小さく頷く。


(今のエリクサーかぁ。妖精のみが生み出せるという世界の力の凝縮。一滴で深い傷を、二滴で万病を、三滴で欠けた部位さえ治すとか、そんな大層な説明が【めがゆりTS】でもあったような……今飲まされた分だけで学費、何回払えただろうなぁ)


 クーは唇を指で擦り、手にこびりついたエリクサーの雫を心の底から惜しみこそしたが、もうどうしようもないと諦めるとペロリと舐める。ちなみに味はまるでなかった。


「ゴホウビ、ゴホウビ。アゲル、ナニホシイ?」

「ご褒美だってよクー君! 何にしよう!? 二人でお揃いの物にしようよ! あっははー!」

「いや、欲しい物を言うといい。妖精の品など、それこそ貴族が涎垂らして買い取ったり、一族の家宝となるほど貴重な品々。カップルのペアルックキーホルダー程度の扱いをするべきじゃないだろう?」

「キー……?? うーん、じゃあそうする! 何にしよう、あっははー!」


 歓喜のままクーへと抱きついたルルラルルは、


「あ、じゃあね槍! ほら、あたしの愛槍はさっきの戦いで壊れちゃったからさ! せっかくだし、あたしが一生使えそうな壊れない槍が欲しいな! あっははー!」

「ヤリ、ブキ。ウン、キマリ。アゲル、アゲル」


 妖精が頷き、空へ手を掲げる。するとどこからともかく深紅の槍が出現し、まるで主の下へ帰るかのように、クーから離れて手を差し出していたルルラルルの手へと握られる。

 

「う、うわぁ……すっご……」

「アナタセンヨウ。エイユウノブグ。アト、カゴモアゲル。アナタ、トクニオキニイリ」

「え、ひゃあ!」


 艶のある見事なまでな深紅の槍を食い入るように見るルルラルル。妖精がそんな彼女の頬へ優しく唇を落とせば、不意を突かれたルルラルルは愛らしい声を上げてしまう。


(加護。妖精に認められた者のみが与えられるとされる最上級の祝福。曰く、それを持つ者は必ずや何かを為し得るだろう。……妖精がお気に入りを同族を取られまいと牽制するためのマーキングだという一説もあるらしいが、まあ、人にとっては希少で特別な力に変わりはない。良い物をもらったな、ルルラ)


 頬を手で撫でながら「もー!」と妖精へ口を尖らせるルルラルルを、クーは素直に称賛する。


「良かったなルルラ。ククッ、では俺にも加護を──」

「ヤダ」

「……えっと、やだ?」

「ヤダ、トイウヨリムリ。オマエ、ハンブンベツモノ。セカイチガウ、メガミノチカラ」


 次は自分もと。意気揚々に加護をもらおうとして拒まれたクーは、妖精の容赦ない拒否に唖然と口を開けてしまい、一切の説明が耳から耳を通り抜けてしまう。


「アト、オマエソコマデキョウミナイ。ドウゾクゴロシノニオイ、チカイ」

「……なるほど。ならば仕方ないな。俺にとっては、そっちの方が大事だ」


 この場にいないクラシックなメイド服な女従の姿を思い出したクーは、少し嬉しげに頬を緩める。


「じゃあ金?」

「ヤダ。マエモソノマエモソノマエマエモミンナキン。モウアキタ」

「残念。そうだ、なら杖はどうだ? 俺も最上のが欲しいのだが」

「カゴトイッショ。カミアワナイ。ゴホウビニナラナイ」


 否定。否定。そのまた否定。幾度とないクーの要望も通ることはなく、妖精は首を振るばかり。


「……ならやっぱり金で良くない? オリハルコンとかミスリルとかそういうのでもいいよ?」

「ヤダ。ツマラナイ」

「……ムズカシイ。ヨウセイノチカラ、カギリアル。うーむ、どうしたものかね」


 クーはあんまりにも拒否されるので、妖精に釣られてつい片言が移ってしまいながらも、どうしたものかと真剣に頭を悩ませ──そしてふと思いつく。


「……そうだ、じゃあさっきのエリクサーはどうだ? 無理ならもう思いつかないから貸し一つにするしかないけど、どうだ?」

「……シカタナイ。ダキョウ、カシトキンヨリハマシ」

「……そ、そうか。金やら鉱石がなしでエリクサーはあり……分からんな、妖精という生き物は」


 ようやく呑まれた要望。手に手のひらサイズのビンがポンと落とされたクーは、伝説の薬の入手した喜びよりも、やっと通ってくれたという安堵でいっぱいだっ


(……ところで、どうして俺はご褒美なのに好きにもらえないんだろう。まあいいけどさ)


 不満はあったが言わぬが花。クー・ズーハルト、それなりには空気を読める男だった。


「ソレジャ、キョウハオシマイ。バイバイ」

「え、ちょ──」


 そうして報酬を受け取った二人の足下に再び扉が現われ、再放送のように落とされてしまう。


「天ブベっ」

「ブヒャ!」


 今度も魔法で着地しようとしたクーだったが、それより早く、そして最初とは違って転んだくらいに優しく地面に落とされてしまう。


「あったたぁ……」

「……高さ調節出来たのか。なら、最初もあんな高くから落とす必要なかったのでは……?」


 身体を起こしたクーは、色々と雑な妖精へと不満を零しながら、ひとまず周囲の状況を確認しようとする。

 

「クー様っ!!」


 クーが立ち上がった直後、どこからともなくクーの名が呼る女性の声が、エルキドの森へと響く。


「……ああ、ララ。さっきぶ──」

「良かった、ご無事で本当に良かった……!! 嗚呼、嗚呼……!!」


 すぐに声の正体に思い至ったクーはゆっくりと振り向こうとしたが、それよりも早くララは抱きしめる。それは迷子の幼子を見つけた、母親のような強い抱擁だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。