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この妹超怖い

 ズーハルト家別邸。その大きな庭にて四色の魔力渦が吹き荒れ、若獅子を慈悲なく呑み込んだ。


「ばたんきゅー……」

「四色魔流(クアトル・プラミカ)……ぜー、はー、ぜー、はーっ!」


 魔力渦が止み、獣から人へと戻りながら、仰向けで目をグルグルさせる金髪のレオネ・ズーハルト。そんな彼女を魔力渦を起こした張本人であるクーは、息を絶え絶えにしながら手を下ろす。


「うーん負けた、やっぱ強いねお兄様は!」

「はっはっは、そう、だろう? 兄は、強い。それは世の、理だとも、はっはっ、はっ……」


 すぐさま身体を起こし、ひょいと立ち上がり笑顔を見せるレオネ。まるで疲れなどないと言わんばかりの少女を前に、クーは荒く肩を弾ませ、消え入りそうな声ながら気合いで胸を張って答える。


(あーもう疲れたよぉ! レオネの相手疲れるよぉ! この天才、成長率高すぎだよぉ!)


 とはいえ、クーの内心はそれはもう悲鳴まみれ。本当にギリギリ、薄氷の勝利でしかなかった。


「これで三勝三十三敗! いやー、今日こそはいけると思ったのになぁ」


 勝負の後。自室へと戻ったクーはお茶と茶菓子、そしてチェス盤を挟みながら、レオネは今までの戦績を笑顔で語る。今回に限らず、いつも通りの流れだった。


(十歳の決闘後、どうしてかレオネは月一くらいのペースでこの別邸を訪れ、一年一回だったはずなのに毎回のように決闘を挑んでくる。戦闘訓練になるからと安請け合いし、今日までどうにか、どうにか兄の面目を保ってきたが……今回はいつにもましてギリギリだった。……次、勝てるかなぁ?)


 じゃれ合い程度のレオネに対し、クーはどうにか兄の面子を保とうと足掻くばかりの心境だった。


「でもすごいよねお兄様。いくら初級魔法(プラミカ)とはいえ、戦闘で四属性の併用と複合が出来る魔法使いなんてそういないよ。ボクだってほら、二つが限界だもん」


 レオネは一つ駒を動かしてから、これ見よがしに左手に炎、そして右手に風を宿す。


(……よく言うよ。魔印の補助ありとはいえ、お前のやっている固有魔法と基礎魔法の同時発動こそ、正しく神業に分類される側だろうに。怪物め)


 クーは目の前でこともなげに二つの魔法を扱うレオネに心底戦々恐々としつつ、本来のクー・ズーハルトに心からの同情を抱いてしまう他なかった。


「あーあ、ほんとマリアナお母様も阿呆だよね。初級とはいえ、基礎四属性の複合魔法が使える逸材を癇癪で手放すんだから救えない頭してるよ」

「……そもそも俺の魔法について知ってるのか? 最近の決闘は本邸ではなくこっちで消化されていて、マリアナは別邸に来たことなど一度もないのだが」

「知らないと思うよ。お兄様のことはボクが情報ストップさせてるし、ボクはお兄様の話をラービお母様にしか話さないからね。それにマリアナお母様もさ、決闘について触れられたくないのが露骨なんだよね。たった一回の敗北で、自分の娘が出来損ないに負けるのが耐えられないって。情けないよね?」


 レオネは裡を推し量らせぬにこやかな表情で、実の母であるマリアナの醜態をせせら笑う。


「──ねえお兄様。ボクが当主になったらさ、そのときはボクと結婚しない?」

「ぶべっ!?」

「あっはは。汚いなぁもう」


 唐突すぎる提案に思わず噴き出してしまうクー。レオネはそんな兄を面白がりながら、また一つ駒を動かす。


「……俺達、兄妹だぞ?」

「もー固いなぁ。どうせ腹違いで半分違うんだし、お兄様がズーハルトを捨てるのならもう完全に他人じゃん。ほら、別に問題なくない?」


 困惑に満ちた顔で否定するクーをレオネは笑うが、彼女の目は冗談を言うそれとはまるで違った。


(……いや、腹違いでも半分でも血が繋がってるならそれはもうアウトだろ。元の世界よりかはどうにでもなるとはいえ、流石にちょっと俺は受け止めきれないぞ)


 クーは顔に出ているとおり、心の中でも義妹にどん引きしていた。五年くらいで大分こっちの世界に馴染んだ自負はあったらしいが、それでも価値観の根本が近親相姦タブーな元の世界寄りなので、異世界ってすごいなと思わざるを得なかった。


「ねーねーしようよ結婚ー。確約してくれるなら学費出してあげるからさぁ。別に愛人何人囲ってもいいからさぁ。子供もお兄様以外と作るからさぁ。ねーねー?」

「……獣(ケダモノ)め。後者については、あわよくば自分がつまみ食いしたいだけだろ?」

「てへっ。あ、でももちろん本命はお兄様だから安心してよ。お兄様は群れを率いるリーダー。ボクはおこぼれに預ってる群れの一員。ほら、みんな幸せでしょ?」


 クーの冷たい視線に、レオネは舌を出して笑い、開き直りながらも逆に問いかける。


「……そもそもの話、血縁がどうであれ、マリアナが認めるはずないだろう? お前とてアリアンデルの胎、あの女より生まれ出でた女に変わりないのだから、平民なんぞと結ばれるなどという不利益を許容するわけが──」

「あーそれは大丈夫。マリアナお母様にはさ、お兄様云々は関係なく、ボクが十五になったら退場してもらう予定だから。ラービお母様のように穏やかにか、ちょいと荒っぽくなるかは別だけどね」

「……なっ」


 レオネがあっけらかんと告げた話に、クーは言葉を失い、持っていた駒を落としかけてしまう。


「アリアンデルの胎、確実に固有魔法を継いだ子を宿す特異体質は確かにすごいよ? でもさ、それボクに何か関係ある? ボクが当主になったとき、産んだ恩とか体質とか持ち出されるの本当に迷惑なんだよね。もう次の子を作るつもりも、特別有能ってわけでもないくせにさ」

「……お前は、それだけで実の母親を害すると? 害せてしまうのか?」

「それだけって、家の今後なんだから結構大事じゃない? マリアナお母様、いても邪魔じゃん」


 レオネは真っ直ぐクーを見据えながら、きょとんと首を傾げ、親の不要を断言してしまう。


「あ、でも勘違いしないで欲しいんだけど、マリアナお母様のことは普通に好きだよ? だからなるべく穏便に済ませたいなぁって気持ちは嘘じゃないよ。……ねえお兄様、マリアナお母様は応じてくれると思う?」


 まるで答えが分かっているかのように、レオネは試すような声色で、クーへと問いを投げる。


「……それを俺に教えて良かったのか? 俺がマリアナめに伝えない保証が、どこにあった?」

「え、言わないでしょ? だってお兄様、ボクがいなくなったら困るもんね?」


 クーは反論しようとしたが、その通りだと押し黙る。その反応に、レオネは口角を歪ませる。


「……はっきり言って、俺はお前が怖いよ。人ではない獣、獣化(ズーハルト)の体現。妹ではなかったとしても、女として見るなんて不可能だ」

「酷いなぁ。まあでも、ズーハルトにとっては褒め言葉だと思うよ。きっとお兄様には理解出来ないだろうけどね」


 ケラケラと愉快さを、けれどほんの少しだけ寂しげに、レオネは笑い駒を動かす。


「ところでお兄様、詰み(チェックメイト)だよ。ボクが当主になった時、現実はこうならないといいね?」


 見事なまでに囲われ詰まされた盤面。それがまるでレオネが示した未来の暗示のようだと、クーはチェス盤をひっくり返した気持ちでいっぱいになりながらも、大人しく詰みを受け入れるしかなかった。

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