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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
領都来訪編:剣を振るには上腕二頭筋が不可欠
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幼き憧憬はクネックネに揺れて動く

トレイトデーシュ平原へ行きます。






 領主の館から借りてきた馬3頭で、遠乗りをするが如く平原への道を駆ける。


ちなみに割り当ては、ガライ、ビフレットとルミ、ステンとコーフィー君(仮)である。

ガライは少年を引き取ろうとしたが、ステンから「無いとは思いますが、警戒のために」と1人乗りを薦められた。


からかってやろうか、と思っていたのにつまらない、とガライは内心溢した。


ちなみにビフレットは馬には普通に乗れるため、(まさ)しく白馬……ではないが王子様(10年後)スタイルになっている。





 国内の東回りの街道を少し(さかのぼ)り川を越えれば、そこはすでにトレイトデーシュ平原の片隅である。


見渡せば見える範囲全てが、丈の低い草と低木の絨毯。

遠くには林があるのか、木々が山の裾野にゆらりと立ち並んで風景に滲んでいる。


そしてこの平原の特有の、まるで空という天井を支えている柱のように(そび)え立つ高い円柱状の岩が、絨毯から所々突き出していた。


 「すごい場所だな」


 前王弟は馬を降りながら、自称執事に声をかけた。どこかに泉でもあるのか、水の気を含む風が吹き抜けていく。


「そうですね。地面の下はすぐに岩盤に突き当たり、背の高い植物が育たないようです」


ビフレットは物語の王子様如くヒラリと馬から降り、少女に手を貸しながら主に、地質について伝える。


「へぇ。それも魔法で判るのか?」

「そうです。土の分析なら任せて下さい」

「スゴいな! 頼りにしてる」


不思議に思い聞いたガライは、自称執事の答えに感心している。


本当は「魔法便利!」と言い足したいのであろうが、本日はガライの魔法を使えない事(じじょう)を知らない少年がいるため、口には出さなかったようだ。それくらいは(わきま)えている。


「うわぁ……。これって地面から出てきたんでしょ?」


ルミは馬から少年を下ろした祖父に、感嘆と共に疑問を投げ掛けた。


「そうだ。こういう地形になるには、洪水などで元あった地面が流れて出来るものと、地中の地面が横から他の地面に押されて盛り上がってくるものがある。ここの岩は2番目の方法で出来たものだ」


元領地軍隊長だったステンには地元の観光案内が出来る程、周辺地形に詳しい。旅行のパンフレット要らずである。


「ここはボンオネよりも少し広いくらいの面積がある。話題の魔物はここからだと微かに見えていると思うが、奥の林から出てくると言われている」


「魔物いるの!?」


その説明に少年が声を上げる。

そういえば、説明していなかったな、とガライが目線を合わせる。


「魔物は人の住んでいるところ以外、大体何処でも出てくるものなんだけど、言っていなかったな。すまん。俺たち、領主様から言われて、大型の魔物を確認しにきたんだ」


魔物は空気中に存在する魔素によって出現する。


町から出た事の無さそうなこの年頃の子が、それを知っているとは思えなかったため、素直に謝った。

大型の魔物の事は、言ったら付いて来なさそうだったから隠していたが。


「大型と言っても、遠くにいるだけらしいので、この辺りであれば問題ありませんよ」


ビフレットが掩護射撃する。本日の予定はあくまでもヒィルベリーの採取とピクニックなのだ。


「ま、来てしまったからには、やる事(採取の事)やってもらわないとなぁ」


顔を合わせたまま、悪どく笑う筋肉ムキムキ。


「な、何だよ……!」


魔物の存在に尻込みしたのか、筋肉ムキムキの悪い顔に(おのの)いているのか判らないが、トーンが下がっている少年にルミがやれやれと首を緩く振りながら近付く。


「あんた、ビビり過ぎ。私の町(プレート)だったら普通の事よ。それに魔物退治なんて私たちに出来っこないんだから、心配するだけムダ」


それは田舎だからだよ、と大人たちは誰もツッコミを入れなかった。

田舎の子供(ルミ)の常識は領都の子供(しょうねん)の非常識である。


「こ、これが、普通、なのか!?」


誰も何も言わなかった事によって、少年の『普通』のハードルは大分高くなってしまったようだ。「えぇー」とか「嘘だろ……」とか目を白黒させている。


「それよりも、ヒィルベリーって何処にあるの?」


そんな従兄弟の事は見向きもしないで、ルミは美中年に聞いた。「植物の事はビフレットに聞け」、ルミの中でもそうなったのだろう。


この場所の事は彼女の祖父の方が知っているだろうが。


「恐らく、岩の近くにあるはずですよ。行きましょうか」


馬は途中に何とか生えている背の高い木にくくりつけ、一番近くの岩の柱に近付く。

魔物が来ても、馬も蹴りで対抗するため、ある程度の小物なら心配いらない。


その途中で、ガライはようやく少年と挨拶を交わした。

もちろん、偽名の方だが。


「よろしく」と手を差し出せば、恐る恐るだが素直に応じてくれた少年ことコーフィー。

そして気になるのは、腕の中の本の事だ。


「その本はもしかして『旅ネコとお姫さま』?」


自己紹介しても、やっぱり警戒されているガライは、出来るだけ話を引き出そうと話し掛ける。


「何だよ!持っていたら悪いのかよ」


本を守るようにギュッと握りしめた彼は、大男を睨み付けた。高さ的に無理であったが。


「いいや。俺も読んだなーって」


 『旅ネコと~』シリーズはマルゴール族のような感じで、ネコの耳、尻尾を持つ主人公、通称『旅ネコ』がいろいろな冒険に繰り出す物語だ。

中でも『旅ネコとお姫さま』は、オオカミに浚われたお姫様を助け出す冒険譚で、シリーズの中でも人気を誇る。


「旅ネコはカッコいいだろ!僕は旅ネコみたいになりたいんだ」


言い切ったコーフィーをガライは眩しそうに見た。

『旅ネコ』は瘋癲(ふうてん)の旅人だ。風の吹くまま気の向くまま各地を旅する。

そんな人になりたい、と言われても、普通は止めるか何かすると思うが、彼は違った。


「俺は、お姫様が羨ましかった、かな」


助けられる方のお姫様に憧れた、と告白した。






 キャロラインと出会ったばかりの頃、彼女と本談議をする事があったのだが、その時にガライは『お姫さま』への憧憬をこう言った。


『何もしなくても助けが来て、回りも、何の価値もないのに助けようとしてくれるから』


お姫様なんて、政略の駒でしかない。

ガライでもそう思っていた。


 ライズ王国では、まだまだ女性の身分は低い。

助けを待っているだけのお姫様に価値はほぼ無いにも関わらず、回りは気にかけ優しく接しているのだ。


当時、罵倒だけされ、助けられる事などあまり無く、浚われでもすれば、それは命の終わりを意味したガライにとって、それはそれは美しく羨望を向けるに価する境遇であった。


ちなみにキャロラインはというと、

『捕まっているのなら、自分なりに脱出を考えるべきだと思いました。待っているだけでは建設的ではありません。それだけ周りをタラシ込めるのです。オオカミたちだって籠絡出来ますわ』と子供らしからぬ事を言っていた。


よく『タラす』とか『籠絡』とか知っていたなぁ、と今でも思う。






「3食昼寝付きだぜ?」


そう先程の言葉に付け加えると、少年は頬を膨らませた。


「そういうのじゃなくて、オレもお姫様みたいな人を助けたいの!」


ははーん、とガライはその言葉を聞いて、前を行くルミを見る。


彼女は、流石セラの娘、というべきか美少女の部類だ。

しかし性格の違いで、付き合うほどそのイメージからは離れていくような、パワーとガッツのある生命力に溢れる少女である。


しかし、コーフィーにとっては滅多に会わない従姉妹だ。彼がその本質に行き着くには、まだ付き合いが浅い。


だから、外見と親戚ゆえに遠慮したルミの態度から、そういう夢のような事を思い、お姫様代わりに彼女に構うのだろう。


「はーん、マセてるなー」


ガライのニヤニヤ笑いが深くなった事で、『旅ネコ』の真似をしていると知られたと判ったのだろう。少年は顔を赤くしてソッポを向いた。


まあ、そういうのに憧れるのは、判らないでもない。

今は王都で立派に国王の補佐をしているであろうハーニッシュも、そういう時があったからだ。


その時は幼馴染み総出で『お前には(運動神経的な意味で)無理だ』と宥めすかしたのだが。

事故しか起こる気がしない。


「ま、ルミには王子様とか騎士とか結構いるから、頑張れ」


そう言いながら、頭をぐしゃぐしゃと混ぜた。


祖父のステンはもちろんの事、ビフレット、ラジーとブツブツ文句を言いながらもレイニオ、ランツ君他プレートの町の子供たち、それとガライたちも。


思えば、彼女の周りには『旅ネコ』のお姫様並みに周りに人がいる。

ルミの場合、そのお姫様とは違い、浚われても精力的に動くだろうが。


それでも、コーフィーの思いは一過性であれ継続性であれ、人を守りたいというのであれば否定しない方がいいとガライは思う。


それが元で将来国防の仕事に就くかもしれないし、と現国王の叔父は頷いた。



アニキとキャロラインの理由が世知辛いっ!とか、大丈夫、それは常識じゃない……とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

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