追い込んで、追い込まれて、筋肉
80話目。
ガライが領地軍の訓練に参加します。
「おはようございまっす。今日は宜しく頼む」
突然現れたように見える若い男の、人好きする笑顔に挙げられた手。ルメールは思わず二度見した。
「はぁ!?」
「どうやら彼は、ガラム様の姿が見えていなかったようでしてな」
驚きに固まった領地軍の現隊長を尻目に、ステンは戻ってきたガライへと事情を説明する。
「えぇー、いつもより強化弱めなのに」
ガライは微妙な声で返す。
「これでもゴブリンジェネラルと一騎打ち出来る程の実力はあるのですが、予想外だったのでしょう」
ステンがフォローとも取れる言葉を入れる。
「それはスゴいな。で、どんな感じだった?」
素直に凄いと認めた後の、主語を抜かした問い掛けにステンは顎を擦る。
「(魔道具を使っていない)1番最初の1本と比べ物になりませんな。先程の1本は踏み込みが甘かったので、目印のかなり手前で失速しておりました」
目印とは、ステンの足下の地面に引かれた線の事だ。
「うーん、久し振りだから加減がよく判らないなぁ」
そんなやり取りをしている内に、ルメールが復活した。
「ええっと、この方が今日の参加者で……?」
その声に、2人はニヤリと笑って彼に向き直った。
「改めて、おはよう。俺はガラ……」
「ムですぞ、若様」
「おお、そうだったな。新人冒険者のガラムだ。許可を頂き感謝する」
あえて『ガラ』で止めた台詞に、絶妙なフォローを入れるステン。
丁度、いつかのビフレットのような言い回しになったが、意図しての事だろう。
ガライは昨晩の内に領主から、手紙には『元騎兵団所属』の『冒険者』で、娘の『恩人』であるから、滞在中、訓練に参加させてやって欲しい、という内容が書かれていた事を確認している。
あの会談後、本人を呼び寄せたらしいのだが、その時も情報量は同じくらいで、参加出来るか否かだけを聞いたらしい。
つまり、ガライの名前にも正体にも何一つ言及していないのである。
よって、上位者2人の悪ふざけが始まった。
先程からのステンの畏まった話し方や、ガライの態度でどこまで察するかギリギリを試しているのだ。
そんな思惑を知らないルメール。
何か、案件が舞い込んできた!と恐々とし始める。
「こちらに滞在するにあたり、体を動かしたくてな。離れて久しい軍の集団での戦い方も復習出来るとあって、思わずその場で伯爵にお願いしてしまった」
「ガラム様は騎兵団におられたのでな。何、遠慮はいらんよ。人型の魔物とでも思ったらいい」
「魔物とは失礼だな。それに遠慮と言うなら、様なんて付けなくていいんだぞ、ステン」
「そうもいきますまい」
はっはっはっ、と笑い合う2人。
それを信じられない様子で見る領地軍の実力者。
『騎兵団』。
それは王都オーモリューに本拠地を置く、軍の中でも機動力に優れた実力派部隊。その名と武勇は国内外に広く知られている。
そして、身分は問わず実力のみで入団の可否が決まるという事も同時に知られている。
「騎兵団にいたって言っても、ヒラ中のヒラだったけどな」
意味のない『様付け論議』は早々に打ち切ったらしい。
実は幼馴染みに手柄を全部押し付けていたこの男は、軽く平団員を強調している。
それでもエリートには変わりない。
ルメールは気持ちを引き締めた。
恐らく騎兵団に所属していた貴族の子息なんだろう、と予想を付けたからだ。惜しい。
「それで、何をされていたのですか?」
言葉に気を付けながら、1番最初に聞きたかった事をようやく口にした。
「ああ、朝練前の自主練。ここから」
赤銅色の髪の男は、足下の地面に書かれた線を指差し、
「あそこの壁ギリギリまで、ぶつからないように猛ダッシュして、またここまで往復していた」
あそこの壁、と敷地内の端に存在するレンガと格子の壁を指差した。
つまりボッチでシャトルラン(というのには距離が長すぎるが)でチキンレースをしていたのだった。
余り速すぎると壁に突っ込むし、ステンに最初に見せた魔道具の負担が無い走りと比べて、遅すぎると彼から注意が飛んでくるというルールだ。
ガライにしてみれば、自主練は当たり前の事であり、最近使っていなかった変装用イヤーカフを装備しての強化に、どのくらい魔力を流せばいいのかを調節する一石二鳥の行動。
トレーニングも出来るので、三鳥だな、と心の中で追加しながらガライは頷く。
そういえば、その前森で取った鳥(フレスタータの事)も3匹だったな、という記憶と共に。
先程、ステンに「踏み込みが甘い」と言われてしまったので、強化を使う時はもう少し魔力を流してもいいかもしれない。
一方、ルメールは「これが騎兵団の実力の元なのか」と納得していた。
見回しても、領地軍の隊員はまだ誰も来ていない。
勿論、鍛練を怠ったりしているわけではないが、朝練の後に時間があればやる、くらいのものだ。1番の鐘の捨て鐘がなる前くらいに来れば、真面目だな、と皆に思われる。
朝練は勿論ハードであり、対人、対魔物共に手を抜いたりしていないがため、それだけでもかなりの運動量となる。
「そんなに動いて体力は持ちますかな? 遠慮はいらないという事ですが」
挑発も込めて、そう確認すると新参者は「そうこなくっちゃ」とばかりに笑った。
「女神オルスイースの名に懸けて、確実に」
始めの訓練所を20周している間に人は増えていき、ゴールする頃には全員が揃ったようだ。
ちらりちらりと「誰だ、コイツ」的な視線が送られてくる。
レスさん家の入婿は、最後の方に来て義理の父親を見止めて苦笑いをしていた。
きっと、朝からしごかれたのだろう。その後、すぐにこの訓練場へ出掛けたのを見送った彼は、よくやるよ、と思ったに違いない。
昨夜しごかれた、と言わないのは、妻子のプレートでの暮らしぶりを聞いたりしていた、と予想出来るからだ。
流石にステンでも、可愛い娘と孫の邪魔はしない、と思う。
常に襲撃を警戒して強化を切らさないようにしているが、訓練という事で出来るだけ弱くしていたであろうガライは、少し息を弾ませて、列に並んだ。
このタイミングで朝礼と連絡の申し送りをするようだ。
前に立ったルメールから呼ばれたガライは、前に出る。その後ろにはステンが控える。
「突然すまない。訓練に仮で何日か参加させてもらう事になった者だ。足を引っ張る事は無いと思うから、宜しく頼む」
オリブー色の目をキラキラと輝かせながら、簡潔に自己紹介した。先程の走りでライバル視をし始めた者を見回りながら。
ルメールが「それでいいのか」という顔をしているが、それでいいのだ。
ガライとて結束のある団体に態々入り込もうとは思っていない。精々、競争相手くらいになろうかな、と狙っているのだから。
それには何処の誰か、なんて関係無い。
後ろにいる「こいつら、鈍っているな!?」という顔をしている元隊長なんて、もっと関係無い。
現隊長の顔が僅かに青醒めているが。
「後、訓練って、全力でやらないと意味ないから」
ニヤリと笑って、ガライは燃料を投下した。ステンと同じく「温いな」と思っていたようだ。
領地軍だって、誰にでもなれるものじゃない。でも、なれたからといって、その役名に胡座をかいていてはいけない。
魔物の発生は少ないとしても、人通りが少なくない都市なのだから、犯罪が起こらない訳では無いのだ。
勿論、シルーバ伯爵領の他の町から出動要請を受ける事だってあるだろう。
その時「動けませんでした」では済まされない。
何の言葉も返っては来なかったが、視線は違った。
訝しげだった視線が明らかに敵視が籠ったものに変わっている。
そんな事思うくらいなんだったら、最初からやっておけよ、と彼は鼻で笑う。
実戦は待ってはくれないのだから。
護衛役が同意を示すようにうんうん頷く中、本訓練が開始された。
「いやぁ、楽しいなぁ!」
合流したビフレットが見たのは、訓練場の真ん中で彼の主がいい笑顔でフロントダブルバイセップスを決めているところだった。
周りには倒れている人々。
何をやっていたんだろう、と思わず呆れた顔になりながらも、黙って見ていた同行者の老年の男に声をかける。
「おはようございます、ステン殿。何が起こったのですか?」
朝から爽やかな風が吹き込むような相貌に、ステンは「いつ見ても見慣れないな……」と思いつつ口を開いた。
「挑発する。挑みかかる。返り討ちにあう」
「ああ、何となく判りました」
何故か三行になってしまった説明に、ビフレットは理解を示した。
倒れている人々は、主の挑発に乗ってしまった領地軍の隊員なのだろう、と。
「若様ー、朝食の準備が出来たそうですよー」
そんな人たちには全く触れずに、サイドチェストにポーズを変えた事で目が合ったガライに、口元に手を当て至って普通の用事を伝えるビフレット。
本日は領主の計らいで朝食が用意されていた。夫妻とは時間が合わないため、食卓は別になるが。
人が倒れている殺伐した風景に似合わない、和やかな内容である。
「判ったー。すぐ行くー」
ガライからも普段と変わらない調子で返事が届く。
そして、彼は側に倒れていた1人に何か伝える素振りをみせた後、グッと膝を落とす。
次の瞬間、筋肉ムキムキは人を飛び越えて、自称執事の前に着地した。
「……若様、近いです」
「近いな……」
ちょっと加減を間違えて、飛びすぎてしまっているが。
一歩分ビフレットが下がると、ガライは姿勢を正す。
「それでは、私は食事後、屋敷に行けば良いのですかな?」
大分加減がマシになっていたのに、と思いながら、ステンは次の予定を確認する。
「本当は俺から行きたいんだけど、場所知らないからな。大人しく待っておく」
アクティブな前王弟殿下は残念だ、と言わんばかりに肯定した。
その言葉を聞いた瞬間、「家の場所、知らなくてよかった!」と2人の心は重なった。彼はホイホイ出歩いていい人ではない。
彼らの脳裏に『鉄砲水』の青年が「ガライ、ちょっと待て!」と言いながら走っているのが思い出される。
いつもお疲れ様です。
「判りました。それでは」
クルリとステンが訓練場のガライのいた場所に目を向ける。
1人だけあからさまにビクッと肩が動いたのは、レスさん家の婿か、それとも……。
「私は用がありますので、しばらくここに残ります」
朝練参加者にとっての地獄からの通告が発せられた。
ガライは「そっか。また後でな」とあっさりとその場に背を向けた。国防能力に直結するんだから、止める理由はない。小さい事からコツコツと。
頭の半分は「朝ごはん、何だろうな」と考えていたが。
彼の後に続くビフレットは、倒れている人たちに歩み寄っていく老兵のちらりと見えた恐ろしい笑顔に、肩を竦めただけだった。
なお、ビフレットは彼らより遅起きだけれども、屋敷の仕事に交ざっていた模様。
寝坊じゃないですからね!? by自称ただの執事
ガライは絶対やらかすよねーとか、ステン……さん……、あの頃の何かが目覚めてるぞ!?とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。




