両親への挨拶!?あっ!?手土産、必要?(混乱中)
領都に到着と、領主への挨拶。
大分日は傾いているが、明るい内にその町は視界に姿を現した。
相変わらず回りには畑が広がっている。
が、プレートの町周辺とは違い、道には石畳が敷かれており、少ないが魔道具の街灯が設置されているのが判る。
町を守る丈夫そうな木の防壁の上から、町一番の背高のっぽの尖塔に備え付けられた時告げの鐘が、ぴょっこりと顔を出していた。
「あれが領都のボンオネかー」
筋肉ムキムキが馬車から身を乗り出して、その町を眺めている。
「はい、この辺りでは1番の大きさの町になります」
町に住んでいた事もあるセラが、そんな前王弟に説明をする。
「2つの街道が交差している事によって、南への玄関口のようになっています。ここで準備を調え他国へ行かれる方が多いと聞いています」
「へぇー」と相槌を打ったのは、娘のルミもだった。
「ん? ルミって、ボンオネの生まれじゃなかったっけ?」
そんな少女の様子にガライが首を傾げる。
確か親子で祖父の家に来たと言っていたはずだ。
「一応、産まれたのはボンオネらしいけど、赤ちゃんの時だけだから、全然覚えていないわ。お父さんに会いに来た事はあるけど」
肩を竦めた娘に母親が微笑む。
「私は生まれも育ちもボンオネでしたが、薬が手に入りやすいのと伝があったという事でプレートに」
後、空気が合わなかったのでは?と聞いていたビフレットは思った。
父親に似ず、おっとりとした気性のご婦人だ、という事は近所付き合いで判っている。何もかもが早い都会向きではない。
そう考えながら、少し前にゲンコツを落とされた頭を撫でる。
実はずっと馭者をしてくれていたステンと交代しようと、主の「止めた方がいいと思うなー」という言葉を受け止めつつ、彼はお昼休憩の後、馭者に名乗り出た。
しかし、しばらく馬車を進めた辺りで「危ないだろうが!」という老人の言葉と共にゴツンと頂き強制終了。
ちょっと「トバすぜー!」とか言ってみただけじゃないか、と彼は振り返る。
ガライに言わせると「ビフレットは手綱を握ると性格変わる」らしい。
実際はちょっとどころではなく、田舎道を馬車で大暴走していた。人がいないからこそ出来る荒業で。
土煙を巻き上げながら、かなりの速度、かなりの距離を走らせた後、ビフレットが顔に似合わない高笑いをし始めた。
変わりすぎだろう。
そして、限界を超えたセラの顔色が悪くなってきたのを見たステンによって拳で強引に止められた、というのが顛末。
ちなみに、ガライは普段から変な機動の攻撃をしたりしているので全く問題なく、ルミは馬車旅に飽きて、朝早かった事も相俟って昼寝をしていたので、その事実を知らない。
彼女の中の王子様像は守られた。
「一応、手紙は出してあるから、1泊して明日、領主に挨拶?」
そんな自称ただの執事にガライは予定を尋ねる。
「いいえ。キャロライン嬢から、そのまま領主館へ挨拶に行くように、と聞いています」
夕日に近い太陽と一緒に煌めく笑顔で、領主代理の言葉を伝えるビフレット。
たんこぶ出来なくてよかったな、とそれを見て思う。
「……うーん、怒られるかなぁ……」
意識を切り替えて、この後の事を考える。
シルーバ伯爵に直接会うのは、以前王宮で催された夜会に参加した時以来だ。
あの時だって、言葉を多く交わしたわけじゃない。軽い挨拶とスーンのその後の様子を聞いただけだ。
「尻込みするなんて、若様にしては珍しいですね」
微笑みながら様子を伺う自称執事。
「だってさー、好きだった人の親だぞ。緊張もするだろ」
顔に手を当てながら、唸るように言う。
残念ながら、その好きだった人は故人であるが。
「それに王族として応対しなきゃダメだろうし」
領主代理の代わりなのだから、いつも通りとはいかない。
最近、プレートの町でのびのび生活しているという自覚があるのか、堅苦しいと判っている対面が辛い。
「領主様は気になさらないと思いますが」
以前仕えていたステンが苦笑しながら、馭者台から後ろへ声をかける。
「キャロが気にするんだ」
ルミの頭の中で、キャロラインさんが「礼儀がなっていないより、なっていた方が印象がいいですし、厄介事を回避出来ますわ」とメガネを上げつつ言っていた。
「お世話になっているんだから、今回はちゃんとするよ。それがスジってものだろうから。ステン、有り難うな」
助言にお礼を言い、彼はもう一度町を眺めた。
彼女も、王都オーモリューにやって来た時はこんな気持ちだったのだろうか。
町の大通りを真っ直ぐに進み、突き当たりに領主館はある。
レンガ造りの2階建ての建物で屋根は黒。窓の桟、扉は白。庭も花より木の方が多く、厳格な印象を訪問者に与える。
その庭を横目に玄関ポーチに滑り込んできた馬車は、田舎町でよく見掛けるタイプの物だ。この領地では然程珍しくない物のため、誰も気にも留めなかった。
しかしそれは、幾人かの使用人と共に領主夫妻が出迎えに来ているのを見ていないからだ。
まあ、しょうがないだろうな、と付き添い兼護衛代理の老人はその光景を見ながら思った。
先程、町の入り口で用件を伝えたところ、伝令が走り、こうして出迎えに出てきているのだ。
事前に領主代理の令嬢が事情を説明してあると言っていたのだから、門番にもある程度の話は通っていてもおかしくはないのたから。
止まった馬車の後ろから、大きな体格の人物が降りてきた。
夕日に近い陽光にその髪を赤く染め、色を変えているのであろうオリブー色の目がこちらを向いた。
自然と背筋が伸びる。
そして二人揃って最敬礼をする。
「久しいな、シルーバ伯爵。顔を上げてくれ」
「はっ。お久しぶりでございます、殿下」
すっと頭を上げると、自分より大分上にある顔を見上げる。
「殿下は止めてくれ。どこで誰が聞いているとも判らないからな」
彼の後ろで見覚えのある馭者の男と馬車から降りた見目麗しい男が、女性たちに手を貸している。
「それよりも、礼を言わせてほしい。隠遁先としてあの屋敷を使わせてくれて有り難う」
ふっと笑ったその顔には、ここ数年であった王宮のごたごたが感じられた。
「あの屋敷は貴方様のものです。私どもは預かっていたに過ぎません」
「それでもだ。今、こうして快適に暮らせているのは伯爵のお陰だ。だから、今は何も出来ないが、礼だけは受け取ってもらえないか」
「……有り難き幸せでございます」
彼の後ろに美形の従者が立ったところで、領主は半身を下げる。
「部屋を用意しております。積もる話はそこで」
「判った」
彼は変わらず、感謝を忘れない方だ。それは嬉しくもあり同時に哀しくもある。
この性格のまま王宮という名の伏魔殿で暮らしていたのだという証拠でもあるのだから。
案内をしながら、ラリー=シルーバは妻のカトリに思いを乗せて目配せをした。
「はぁぁ……、緊張するー」
案内をされながら、筋肉ムキムキは斜め後ろを歩く自称ただの執事に小さく溢した。
動揺を悟られなかったか、不用意な事を言っていないか、動作1つにも気を使う。それも全て隙を作らないためだ。
「好きな人の親への挨拶は、大変ですね?」
ビフレットはその広い背中に微笑んだ。
「全くだ。ビフレットに、こういう経験は?」
「私はありませんが、実家の方に突撃して勝手に挨拶をしたご令嬢がいらっしゃいましたね。何人か」
返ってきた返事に片眉をピクリと動かしただけのガライ。
それを更に後ろで聞いていたルミは内心「うわぁ」と思った。
そんな事やったのが一人だけじゃないんだ……と、美中年に同情する。その心情が判ったのか、彼女の祖父が彼女の頭を撫でる。
「凄い度胸だな。俺にはムリ。多分、やる予定もないし」
半分くらい犯罪に足を突っ込んでいる。それをやるくらいなら、その熱量をトレーニングに使いたい、とガライは思った。
あー、トレーニングしたい。
「こちらです」
扉の前で控えていた使用人に扉を開けさせて、客人たちを部屋へと招き入れる。
そこはプレートの町にある屋敷のそれよりも、豪華だけれども一段と上品で統一感のある応接室。少女は感じられる格式に思わず身を竦ませる。
その様子に苦笑しながら、前王弟は勧められたソファに腰かけた。
ビフレットとレス一家はその後ろへ控える。
そして許可を得て領主夫婦が対面に座ると、ガライは持っていた封筒をテーブルに差し出した。
「まず、領主代理となった私の補佐官から手紙を預かっている。直接会えなくて申し訳ない、と」
そう言ってテーブルに手紙を残し、手を戻す。
「ポルタ侯爵令嬢でしたか。なかなか有望な方だと聞いております」
その手紙を手に取り、シルーバ伯爵は夜会で見た事のある蒼髪の令嬢を思い出す。気の強そうな、悪く言えば意地悪そうな顔の令嬢だったと記憶している。
「ああ、有り難い事にな。私は仲間に恵まれている」
口元に笑みを浮かべてガライは言った。
「ここにこうして来られたのは、皆のお陰だ」
仲間がいなかったら、プレートの町に来る事もなかっただろうし、こうして生きていられたのかすら判らない。
それらの事情をある程度知っている領主夫妻は、大きく頷いた。
「あれ以降、中央から距離をおいておりましたが、話は聞いております。苦労なさったのですね」
本来、目上の人物にかけて良い言葉ではなかったのかもしれない。でも言わずにはいられなかった。
あれ程いた王族が3人になってしまう程の事件だったのだから。
「否定はしない。だが、今は甥に全てを任せてしまっているから説得力がないな」
ラーチュカは今頃執務の真っ只中だろうか、と彼の叔父は窓に目をやった。
それは、王宮に1人置いてきた甥を思いやるように見え、夫妻の胸は締め付けられた。
自分でも苦労をしているはずなのに、それを隠し、更には現国王に心を砕いている。
「貴方様は働きすぎです。もう少し休んでも構わないのですよ」
思わずそう言ったカトリ夫人に、夫はその手を握る事しか出来なかった。
いや、十分休んでるし、何なら職務もほとんど放棄している状態だけど、とガライは何とも言えない気持ちになった。
キャロラインから回ってくる書類は、実際には期限のゆっくりしたものしかない。ただし量は多いが。
「あの屋敷でゆっくりさせてもらっている。そうだろう、ステン」
余りの行き場の無い感情に、思わず後ろに助けを求めた。
急に話を振られた老人は目を瞬かせたが、元主人と会話をさせてもらえるのだと分かり、対面の夫婦に騎士の礼をした。
「お久しぶりでございます、ラリー様。屋敷の管理人を任されておりましたレスでございます」
「懐かしい顔だ。忘れておらぬよ、ステン」
ここに勤めていた頃は距離が近いところにいたのだろう。そこには親密な空気が感じられた。
「ガライ様はプレートの町に来てからというもの、忙しなく動き回っております」
「おい、ステン」
ステンの言葉にガライが思わず後ろに振り向いた。
「事実です。何か反論でも? 若様」
それに自称ただの執事が微笑んで追い討ちをかける。
大方、シルーバ伯爵に釘を刺してもらって、自重を促すつもりだろう。
口をつぐんで座り直したガライに、領主は笑った。
「お元気そうで何よりですが、休息も必要ですぞ」
半分は冗談と思っているのだろう。本当に飛んだり跳ねたりしているとは思うまい。
その言葉に「善処する」とだけ言ったガライだった。
やっぱり貴族相手だと、幼馴染み組じゃないと喋りにくいようです。
ビフレットも貴族ではあるはずなのに。
ステンは領主のラリーに意見を言えるくらいには信用されています。
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