寄り道はトレーニングにもなるし無駄じゃない
ガライの昔語り。
なお、キャロラインの言っていた『抜き打ちの捜査』に来たため、領都に向かっている途中の話です。
「俺とこの領地の関係? うーん……」
彼は、そう言ったきり唸ってしまった。
現在、彼らは馬車に揺られて、街道を更に南下していた。
馬車を御しているのは、体格の良い老人。
その荷台にいるのは4人。
その内の最年少、ルミが目の前の男に話しかけた。
「『講習1回分としますわ』ってキャロラインさんが言ってたから、暇だし、アニキとこの領地の関係と何で来たのか教えてよ」
講習とは、以前の罰ゲームとして定められた『1週間淑女講習(またの名をキャロラインズ ブートキャンプ)』の事である。
断続的に開かれている講習の5回目は、どうやら講師自身の主に任せる事にしたらしい。
確かに、いろいろあったであろう前王弟の話を聞くのは勉強になるだろう、と馭者台に座る彼女の祖父は納得しつつ、そのやり取りを聞いている。
現在、この馬車はプレートの町を出て、シルーバ伯爵領最大の町にして領都に向かっている最中だ。
あの時、葉霧の森でキャロラインがガライに告げたように、事態が動く兆しがあったため、こうしてあらかじめ護衛の代わりとして同行を打診をしていた屋敷の管理人家族であるレスさんちと共に出掛ける事となった。
最初は前王弟を止められる気がしない、と思わず断ったステンである。護衛とは。
「何よ、話したくないの?」
冒頭のセリフを言ったきり唸りつつ考え込んでいる筋肉ムキムキに、少女はズイッと身を乗り出す。
「ルミ、はしたないわ。『淑女講習』なんでしょう?」
その行動を見咎めたのは、彼女の母親のセラである。
最近体調が安定している、という事で、今回シルーバ領領都への挨拶(名目上)に同行する流れになった。
儚げな美貌はそのままであるが、寝込む日が少なくなり幾分血色がよくなったようだ。
母親の言葉に「はぁい」と元の位置に戻ったルミへ、ガライは困ったように笑った。
「話したくないとか、そういう話じゃなくて、どこから話したものかと思ってな……」
そう言って、しばらく考えた後「うん」と頷いた。そして顔を上げて、自身の隣に座る自称ただの執事に目を向けた。
「ビフレット。カールレーを名乗れる俺の兄弟って14人だっけ?」
「王子と認定されているのは、そうですね。それ以外のご兄弟は、確か出てくる直前にお1人見つかったので、男性15人、女性18人になったはずですよ」
「じゅ!?」
ビフレットの口から出た数字にルミが絶句している。
今のところ、合わせて47人兄弟だ。
しかもまだ増える可能性も、無いとは言えない。
事情を知っているらしい彼女の保護者たちは「まあ、多いよね」と言わんばかりに頷くだけだ。
多少社交の噂を耳にする機会のある者からすれば、それは今更な話なのである。
「うん。我ながら多いなぁ」
その兄弟の内の1人である本人も、笑いながら肯定しつつ話を進める。
「こんなに兄弟がいるのも、我が父上、前の前の王様だな、が女好きだったからなんだ」
何でもないように、さらりと真実が語られた。
社交に出れば女性を口説き、地方に行けば女性を見初め、見目麗しい侍女がいれば味見しちゃう、そんな人だった。
市井でも噂になる程に隠しようがない癖。それさえなければ、悪くない王だったと人々は言う。
「だから、それに見合っただけの数のお嫁さん、難しい言い方だと正妃や側妃だけど、そういう人たちがいたってわけ」
その時期王都オーモリューの後宮には、プレートの町に住んでいる人口の何倍もの人数の女性が生活をしていた。
「ある時、そんな所に仲間入りしたのが、ここの領主の一人娘スーン=シルーバ伯爵令嬢だった。
……ルミはスーンに会った事あるか?」
少し懐かしさを滲ませて、ガライは少女に聞いた。
ルミは顎に指を置き、慎重に記憶を辿る。
「小さかったからよく覚えてないけど、お屋敷に誰か住んでいたのは覚えている、かも」
その言葉に母親が頷く。
間違っていなかったようだ。
「まあ、覚えている歳じゃなかっただろうからなぁ。でもきっと、あの屋敷が凄く似合っていたんだろうなって思う」
「若様……」
何か言いたげな美中年を手で制する。
「彼女はな、領地のために王都にやってきた、と言っていた」
聞いた話によると、交換条件で領地に多額の支援金が出たらしい。前年の災害で苦しんでいた領地に。
身売りじゃないか、とそれを聞いた時、怒った覚えがある。
「初めてスーンに会ったのは、彼女がお城に来て数日後、俺が彼女を見に行った時だ。今度のお妃様はどんな人だろうってな」
あの頃のガライは、予定がほとんど無く野放しだった為、気軽に後宮へと遊びに行っていた。障害物の多い広い庭は格好の遊び場だったから。
……男子禁制だったはずなのだが。
「今でも覚えている。ふわっとした艶のある銀色の長い髪、ドレスは瞳に合わせたライトグリーン。少し見えた頬はモルモの実のようにおいしそうだった」
「何それ」
「子供の時の感想だから、目をつぶってくれよ」
彼女は妖精ではないのか、とガライは幼心で思った。
今まで見てきたお妃様とは、纏う雰囲気が違う。
他のお妃様はよく怒鳴ったりピリピリしていて、他の人を見下すような敵視するような、そんな雰囲気を常に漂わせているが、それがなかった。
当時、余り人前に出なかった警戒心の塊が思わず姿を見せる程に穏やかでふわふわとしていて。
生け垣から出てきた赤銅色の髪に金色の目をした子供の姿を見て、一瞬目を見張った彼女だったが、花が綻ぶように笑った。
「いらっしゃい、小さいネコさん。暇だったから、お話しましょ」
「思えば、初恋だったんだろうなぁ……」
穏やかに笑う筋肉ムキムキ。
後宮は男子禁制なのに突然現れた男の子に嫌な顔せずに、更に言うならば、一目見て誰だか判る容姿だったのにも関わらず、そこに何の言及もせず、笑顔を見せ、お菓子を振る舞ってくれ、自分の拙い話を聞いてくれた。
それだけで彼は嬉しかったのだ。当時の境遇からしてみれば。
「それだけで好きになったの? 信じられないわ」
少女が、物語じゃあるまいし、と訝しげに前に座る男を見上げた。このムキムキが誰かに心奪われる様が想像出来なかったから。
「ルミ。俺が引っ越ししてきてすぐの頃、俺に言った言葉、覚えているか?」
少女の疑問には答えず、逆にガライは問い掛けた。
「うっ。いろいろ意地悪な事言ったのは覚えている。あの時は……悪かったわよ……。でも、それ関係あるの?」
思い出さないようにしていたが、引っ越し挨拶から森に子供だけで入った件は、自分でも悪かったと反省している。
でも今、それを持ち出す意味はあるのだろうか。
「『魔法も使えないくせに』『王族の面汚し』。他にもいろいろあるが、当時、俺が毎日のように言われていた言葉だ」
話を聞いていたビフレットが思わず視線を逸らした。彼の耳には更に酷い言葉が入ってきていた事だろう。
「何でよ!? アニキ、ちゃんと王族でしょ。何でそんな事……」
ルミの言葉がおかしな事になっているが、言いたい事は伝わってくる。
「ここに兄弟が多い事が関わってくる。『1人くらいいなくても国は存続する、死ね』だとさ。言われ慣れているんだよ、もう」
ルミの憤りに反して、ガライの語り口は変わらなかった。
「でもそんな境遇だと判っている奴を、スーンは『普通』に扱ってくれた。それがどんなに俺を救ってくれたか」
その後も何度もスーンに会いに行った。
何度目かになると、丁度登城していたジャガルドとキャロラインを連れて遊びにいったりもした。
(尚、その時、ハーニッシュもいたが、置いていかれたらしい)
その度に子供たちの話を嬉しそうに聞いてくれた。
どんな些細な事でも一緒になって。
「ある時、スーンが妊娠した。もちろん、お腹の子は国王である父上の子。俺の新しい兄弟になるはずだった」
妊娠を知った時は、大好きなスーンを取られた気分になって、父親を妬ましいとも思わないでもなかったが、嬉しさの方が勝っていたように思う。
「でも、それを良しとしないのが他のお妃様たちだ。カールレーを名乗れる王子が生まれるのなら、自分の産んだ子の競争相手が増える。ならいっそ、産まさなければいい、と」
「ひぇぇっ」
ルミが小さく悲鳴を上げる。
後宮のドロドロは彼女にはまだ強すぎるようだ。
「もうちょっと我慢してくれよな。
……更に、何処からか俺が遊びに行っていると知られたらしい。毒を、盛られた」
誰に、とは言わなかった。
あの時、誰でもよかったのだと、後で知った。
「結果、一命は取り留めたが、彼女は流産。子供が産まれてくる事はなかった」
その淡々とした物言いに、馭者台の老人は歯を食い縛った。
領主の側でその報告を聞いた際、王都へと殴り込みに行こう、と領主に進言した程の衝撃を今、その身に思い起こさせる、そんな声に。
「それからスーンは体調を崩した。今思えば、毒を盛られ続けていたのかもしれない」
出来損ないの王族では、何の防波堤にもならなかったに違いない。ましてや、後ろ盾が保証されない身分では。
「日に日に衰えていく彼女を、俺は見舞う事しか出来なかった」
笑顔が減っていき、ベッドから出られなくなっていき……。
「俺は滅多に会えない父上、国王に直談判しに行った。『スーンを故郷に帰してやってほしい』と。
そして、彼女はシルーバ領へ帰っていった。
俺たちと後悔を残して」
父親が何故スーンを手放そうと思ったのかは判らない。飽きたのか、はたまた憐憫だったのか。
ただ、自分の言葉で動いた訳じゃないとは判っている。
「もうちょっと慎重に行動していれば誰かに知られなかったかもしれない、会いに行く頻度を落としていれば変わったかもしれない。でも、終わってしまった事だ」
それでも時間は流れ行く。
「そして、何年か後にシルーバ伯爵から『スーンが死んだ』と手紙をもらった。後『娘は貴方に感謝していた』とも書いてあった」
何もしていない。何もしてあげられなかった。
その思いは未だこの胸に渦巻いている。
「その時にスーンが遺言で『プレートの町の屋敷はガライに譲ってほしい』と言っていたのを知った。『絶対に気に入るから』と」
どうせ使う事はないだろうと、その時は『それまで代わりに管理をしておいてほしい』と返したはずだ。
「まさか、逃亡先に使う羽目になるとは。彼女も驚いただろうなぁ」
いざ逃げるとなった時にここの存在を思い出したのは、スーンの事が忘れられなかったからだろう。
「ま、そういう訳で、俺たちはプレートの町に来たんだ。
だから、ルミ。後宮は絶対に行っちゃダメだぞ」
ようやくガライの声に感情が戻ってくる。
「行く予定なんて無いわよ」
それに何だか安心したルミは、いつものようにムキムキに突っ込んだ。
田舎娘にそんな機会は訪れないはず。
「でもな、もし行く事になったなら」
彼の黄金色の目が馬車の幌を突き抜けて、何処かを睨んだ。
「俺や国王の名前を出してもいい。俺の母親だけには、絶対に会うな。何があっても」
「若様、それ以上は止めましょう」
少女が「何故?」と問う前に、事情を知る美中年が困ったような顔をして、主に飲み物を渡す。
「あのお方は、噂をすれば出てきますから」
話が終わったと判断したらしい彼は、飲み物の他にも少しだけお茶請けを皿に乗せ、少女に笑顔と共に手渡す。
そのままその話は有耶無耶になってしまったのだった。
あんまり暗くならないように&深く語らないようにしたけれど、笑うとこないよー。
ガライたちが屋敷に来た理由は、概ねこういう事です。
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