こいに おちて
もちろん漢字が違います。あしからず。
ちゃんとあらすじに書いた『恋愛なし』は守りますので。
下から出てきます。そして、おちます。
(何が、とは言わない)
「した」
警戒するジャガルドに、ごそごそとガライの背中側に自主移動したラジーがガライの肩越しに地面を指差した。
瞬間、ボコッと地面が音を立てる。
そのすぐ側を歩いていたスプリングルは振動を探知していたのか、その場から飛び退いた。
そこを別の個体のものであろう口が地中から飛び出して食らいつこうとする。
「やらせるか!」
突き出された槍からの高圧水流は、その顎を捉え貫いた。
「ジャイアントセンチピードか」
すでに奇襲がバレたと判っているのだろう、周辺の木の幹程ある体を半分地上に出し、昆虫独特のキチキチという警戒音を出している。
たくさん節のある体に、それに見合う沢山の大地を穿つ尖った脚。口の部分から飛び出ている牙は脚に比べれば長くないが太く、咬まれれば肉は抉られ致命傷になりうるだろう。
そんなムカデ型の魔物が確認出来るだけで3匹。
流石、魔素の多い『葉霧の森』の深部。
「……食べるところ、なさそう」
そんな魔物を目の前に、ガライは残念そうに呟いた。
「そこは「よく縺れないな」とか言うところではありませんか」
頭部を近付けてくる昆虫に手にしている棒を突き出しながら、キャロラインが苦言を呈する。
「ちょうちょむすびになったら、おもしろい」
ツッコミどころをラジーはスルーした。
「足が邪魔で無理なんだろうさ。むっ?」
傍に寄ってきたシンにヒラリと乗り、通りすぎる脚を槍で凪払うジャガルド。
そこに空気を震わせながら届く遠吠え。
まだ小さいそれは、それでも次々と伝染していく。
「グリーンウォルフっぽいな」
体を振りかぶってのなぎ払いに、避けるついでに飛び上がり、ジャイアントセンチピードの体にその落下の加重でダブルスレッジハンマー(両手を組んで振り下ろすパンチ)を食らわせ、その衝撃で跳ね上がった頭部を蹴り上げて、その落下で更に先程のパンチした場所に膝を叩き付けて戻ってきたガライが、宙を睨んだ。
「あの、みどりいろのいぬ」
スリリングなアクションをする人物にくっついているにも関わらず何ともない子供が、以前出会った魔物を思い出す。
子供にかかれば、オオカミも犬扱いである。
ちなみにガライのあの動きに対して、以前「乗れるか?」という話題に何故かなった時、キャロラインは「そんな事絶対に無理ですわ!」と豪語している。
「オレもだっつーの」とジャガルドがボソリと言ったのは秘密でも何でもない。
「戦闘の音を聞き付けたみたいだな。横槍を入れてくるぞ。このままじゃ挟み撃ちにされる」
土に潜った大ムカデに舌打ち1つして、別の個体に水流を撃ち出すジャガルド。
それは脚を数本、千切り飛ばしただけだった。
「ちょっと移動しよう。森は奴らのフィールドだ。囲まれると厳しい」
戦い慣れた男2人ならば問題が無いだろうが、今日は子供と護身用に足が生えたくらいの令嬢がいる。
事故は出来るだけ避けるべき。
ガライがそう提案すると、キャロラインが「判りましたわ」と棒を引き、ジャガルドが牽制のために周囲に水魔法をばら蒔く。
それに怯んでいる間に令嬢を騎乗させ、彼らは走り出した。ガライの言っていた渓谷目掛けて。
森は走りにくかったが、強化魔法ありきの筋肉ムキムキと騎乗用である二足歩行のトカゲには何の問題もない。
時に木を盾に突進を避け、時に胴体を伸ばしての噛み付きをいなし、木の根を飛び越え、走る事数分、目的地の渓谷が目の前に姿を現した。
突然、見慣れた薄暗い森が切れたかと思うと、頭上には太陽が輝く大空。
あ、今日、ピクニック……じゃなかった探索日和なんだっけ、と思い出させる青天。
そして足元には青々と草が茂り、その先には荒い断面を見せる岩の壁。
対岸だ。それが縮尺がおかしくなりそうな程、かなり向こうに見える。
「確かに、これは巨大なドラゴン等ではないと無理でしょうね」
キャロラインがスプリングルのシンから降りながら、幼馴染みの例えに同意した。
移動に邪魔だったため、1度仕舞っていた棒を素早く組み立てる。
同乗していた幼馴染みも「これは、すげぇな」と感嘆の声を上げている。
「高所恐怖症だと、近付くだけでも絶叫ものだな!」
もう一人の幼馴染みは、この場にいない人の心配をしている。そして高所恐怖症ではなさそうな追跡者に向き直った。
「ここだとウォルフに囲まれる事はないだろうけど、落ちないように」
「特にお前がな。センチピードと心中なんてした日にゃ大スキャンダルだぞ?」
動き回る前王弟に釘を刺す護衛。
「えー、ヤだよ。あの世で兄上に指差されて大笑いされそうだもん。後、父上は「流石、ワシの息子だ!」とか背中バシバシ叩きながら言いそう……」
故人を思い出し、げんなりしながら護衛に返す。
「それよりも陛下が悲しむと思いますが、それはいいのです、かっ?」
キャロラインが巨大ムカデの突進に、棒を構えタイミングを合わせて胴に叩き付ける。
「だから、落ちないようにするって! じゃないと、ラーが独りぼっちになるだろ」
絶滅寸前の一族の男はもう1人の王族を引き合いに出され、ムッとした。
2人とも、言い過ぎだ。
その間も彼は絶えず動いているし、背中のラジーも魔法を使っている。
しかし、地面を水中であるかのごとく出たり潜ったりしているジャイアントセンチピードには、致命傷を負わせられない。
「ちょっと動きがウゼェ」
その動きに、まるで幼馴染みのようだと思いながら、ジャガルドが溢す。
ヤツも踊るように格闘技を使い、跳んだり跳ねたりしているからそう言っただけで、ウザイからではない。たまに思うが。
「地面の中だと余り攻撃通らないからなぁ。キャロ、大丈夫か?」
「大丈夫、っ攻撃に、出なけれ、ば」
令嬢に声を掛けると、近寄らせないように防戦をしながら巨大ムカデの複数の脚を捌いていた。
令嬢の棒術はそもそも、身を守る術の延長上にあるため、攻勢よりも防戦の方が得意なのだ。
「地面に潜らせないようにしたいな。ラジー、出来る?」
「土、カチカチにしたらいい?」
地面から土の槍を生じさせていたウサミミフードが背中から前へ尋ねる。
カチカチと聞いて、キャロラインがちらりとガライの二の腕を見たのは気のせいだろう。
「それがいいかも。もうすぐ緑色の犬も来るだろうから、お願いしていいか?」
ガライはそう答えながら、子供を背中から降ろす。
地面が固くなれば、あいつらも早々飛び出して来られないだろう。そうしたら、先にグリーンウォルフたちを相手にすればいいのだ。
子供が魔法を使うために地面に手を付く。
木々が場所を譲り、そこからピシピシと音を立てて硬い石畳のように変化していく。
王宮の床ってこんな感じだったな……とジャガルドが変化途中の地面を跨ぎながら思った。
ピカピカの鏡面仕上げである必要はないはずだが。
ラジーのいうかれらが張り切っているのだろう。
だが、その変化を良しとしないジャイアントセンチピードが、まだ柔らかい土から飛び出してきた。
そして、立ち塞がるガライには見向きもせずに、変化を起こしているであろう小さい人間を狙う。
「相手は俺だって!」
その正面に回り、顎下をかち上げるガライ。
そこにジャガルドの相手していた巨大ムカデが自身の体を叩き付けて来た。
思わぬ行動に焦って避ける。
しかし、ガライがそのままでは終わるはずもなく、体の上に飛び乗り頭の方へ走り、触覚の間に拳を叩き込む。急所だったらしく、ピクリと痙攣した後動かなくなる。
「ラジーッ!」
その声はキャロラインだった。
振り向けば、ガライが頭をかち上げたはずのセンチピードが地面に蹲る子供に向かっており、その前に庇うように棒を構える蒼髪の令嬢。
「無茶だ、キャロ!!」
目の前で腰巻きの布が揺れる。
ガキンと昆虫にはあり得ない音がして、彼女の体が浮いた。そのまま突撃の勢いで、宙に放り投げられる。
その方向にはガライが『竜の爪痕』と称した渓谷が口を開けていた。
「きゃあぁぁぁあああっ」
「キャロっ!!」
チャンスは逃さないとばかりにジャガルドが、モーションを終えたばかりの1体を水流を利用して流し斬る。
「風魔法ぉーっ!」
この世界には魔法がある。
しかもキャロラインの魔法は風だ。
彼女の魔力は攻撃するには弱いが、補助には充分すぎる強さを誇る。
声を届ける音声魔法や音を遮断する防音魔法など、王宮勤め人ならではのものが多い。
そして、ガライが叫んだのは、短時間なら体を浮かせる事も可能だと思ったからだ。
崖の端に立つと下を覗き込む。
吹き上げてくる風に赤銅色の髪が踊る。
くらりと眩む程の高さ。その下には地面が確認出来る。川が枯れて出来たのかもしれない。底に青い点があるのが強化した視界に入る。
「ウォルフが来たぞ。キャロは?」
幼馴染みの男が声をかける。
ガライは崖下を見たままの己の視界に動くものを見つけた。
「あー、まだ無事だけど、行ってくる」
「は!? またかよ。オレが行くって」
意味は判らないが、とりあえず止めなければとジャガルドが口を出す。
「ダメ。間に合わない。ラジー連れて追いかけて来て!」
それだけ言うと、ガライは渓谷に身を投じた。
「アホかーっ!!」
護衛の男のツッコミを崖上に残し、筋肉ムキムキは谷底へと吸い込まれていった。
故意に、落ちるガライ。
通信簿に「落ち着きましょう」って書かれるタイプだと見た。
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