ハネルハズムハムストリングス
森を往く前王弟殿下+お供。
ケロケロペロリンの説明から。
しばらく走り、先程ウッドパイソンたちが襲撃してきた場所が見えなくなった頃、ガライたちはようやく足を止めた。
「何だったのですか? あれは」
唯一状況が飲み込めていない蒼髪の令嬢が、スプリングルから降りながらライトブラウン色の髪の幼馴染みに問い掛ける。
「ゲコゲコペロリン」
その問いに彼ではなく、もう1人の幼馴染みの背中で挙手をしながらウサミミフードの子供が答える。
「あー、正式名称ウッドペローフロッグっていうんだ」
それを正す赤銅色の髪の男。
「ウッドペローってところで最初に発見されたからウッドペローであって、ウッドをペロってしちゃうからウッドペローじゃないんだぞ」
「ま、そんだけデカイ蛙ってのは間違いじゃないんだがな」
何故か解説というか言い訳のような言葉を続けるガライに、ジャガルドが一言添える。
「あのへびさん、ペロリンってしちゃうんだって」
ガライの肩口から身を乗り出しながら、ラジーが母親から聞いた話をおねえさんに教える。
「丸飲みな、丸飲み」
「つまり、あのウッドパイソンたちをウッドペローフロッグなる巨大な蛙が食べに来ていたという訳ですわね?」
キャロラインは騎乗の振動でズレたメガネを押し上げながら話を纏めた。ウッドパイソンで2ナベル(4メートル)。それを丸飲みにするとは、どんな大きさなのだろうか。
「そう。高さが俺の倍くらいあるかな。そのカエルがさ、皮膚がブヨブヨでなかなか攻撃が通らないくせに、やたら固くて」
「時間をかければ倒せない事は無いんだが、今回はやるメリットが無いからな」
疲れたようにやれやれと肩を竦めるガライと渋顔を作るジャガルド。
「あら、貴方の天敵ですわね?」
令嬢は珍しい、と言いたげに赤い方の幼馴染みを見た。
ガライに魔法は使えない。現在無手で戦っている彼にとっては倒しにくい相手ではあるだろう。
「そんな事ないぞ。同じところを連続で素早く殴ればいいんだから」
「それ、お前くらいしか出来ねぇっての」
何だか含みのある言い方をしつつ、男2人が森の奥へ向かって歩き出した。
スプリングルもその後ろに付き従う。
「風魔法は効きますの?」
何となくスプリングルに並び、その首を誉めるように叩きながら令嬢は前を行く2人に尋ねる。
「そうだなぁ」
少し振り向いて、視線を彼女に向けるガライ。
「1度で広い面積を斬ろうとすると、皮膚の粘液っぽいもので逸らされる。針で突き刺すように一点集中すれば魔法も届くと思う」
ま、俺には使えないけど、と彼はまた前を向いた。
「水魔法はまだ効く方だ。オレの使うようなヤツなら攻撃は通る」
少し下がってきたジャガルドがガライの背中にいるラジーに言った。
「ん。水、ぐるぐる」
もう1人の水魔法使いはコクリと頷いた。
「ところでキャロ、おおよその地図持ってきているんだろ?」
ガライがちょいちょいと幼馴染みを呼んだ。
「ええ。以前、町長とステンさんに「知っておいた方がいいだろう」と写しを頂いておりました。書き込みが少なくて余り役には立ちませんが」
そう言いつつ、ガライの横に並び地図を広げる。
そんなに大きくないそれは、それでも半分程が白紙のままだ。
「ルド、さっき縦に裂けた大木の跡があったよな?」
その地図の一部をツーッと指で辿って、ガライは少し後ろにいる護衛の男に聞いた。
「ああ。蔦が絡まっていたから、二股の木にも見えなくはなかったが」
縦に裂けてから大分長い時間が流れているのだろう。
ジャガルドは口ではああ言ったが、その形は巨人が地面から顔を出し普通にブイサインをしているように見えた。
横に人の顔にも見えなくもない岩があったから余計に。
「だったら、もうすぐで未開の地って訳だ」
現在地だろう部分に指で丸を書きながら彼はニヤリと笑った。
「あら、現在地はこっちではありませんでしたか?」
「お前、その方向音痴、どうにかしろ」
採取で時折道を逸れる事があっても、概ねトラブルもなく(キャロラインがいつの間にか先頭に立っていて、違う方向に行きそうになったのはカウントしない)、木々の陰がその足元に収まる頃、見つけた倒木の回りで彼らは一旦休憩を取る事にした。
お昼ご飯は、チヤに作ってもらったお弁当を有り難く頂いた。
熊料理のレパートリーを大分作りきったのか、本日は熊肉をよく叩いて香料を混ぜたハンバーグだ。それと新鮮なベビーリーフ(恐らくビフレットの畑で間引きされたもの)を挟んでタギネーマのドレッシングをかけたピタパン。そしてリューシを細切りにして焼き固めたガレットだった。
後者は明らかにムキムキ2人用の嵩増しである。携帯しなくてはならないお弁当で、食べ応えを追求した結果とも言えるメニューだ。
それをペロリ(カエルではない)と平らげ、何なら食べあぐねた令嬢の残りも食べた後、ガライが切り出した。
「今、屋敷から真っ直ぐ東に来ているけど、どの辺りまで行けそうかな?」
今は無い陰を頼りに方向を目指していた彼の言葉に、キャロラインから奪い取った地図に目印になりそうなものを書き加えながら、ジャガルドが答える。
「帰りの時間も必要だからな。進むのは後2時間くらいだろ。帰る方は走って帰れるし」
先程のように、スプリングルにキャロラインと相乗りして、ガライがラジーを背負って走れば、結構な早さで帰れるはずだ。
そこで前王弟の扱いに疑問を持ってはいけない。
強化しているとはいえ、幻のような速さのアンゴラスウサギと競争出来るヤツなのだ。「自分で走った方が速いじゃん」と普通に言い出すに決まっている。
「そうですわね。暗くなると何が出てくるか判りませんもの。結構奥まで来ていますから、魔素も濃くなっている気がしますわ」
食後のお茶とラジーが見つけたヤマモーの実を食べていた令嬢が頷いた。
「うん。アニキの像、今ならいっぱい作れる」
ラジーも同じくヤマモーを食べていたので、口の回りに汁が付いたままだったが同意した。
ガライの像はいらないが。
いや、道標としてはアリなのだろうか。
「嬉しいけど、連発すると価値が下がるぞー」
そんな事はお構いなしでガライは、配給過多を心配している。
確かに王都にいる『殿下の筋トレを見守る会』の一部には需要があるかもしれない。後は筋肉フェチなどのコアな層にも。
しかし、売る気はさっぱり無いので、価値を心配する必要は無いはずである。
「かち?」
「一部売れそうな顔ぶれを思い出してしまった……」
意味が判っていないラジーと違って、キャロラインが呻きながら遠い目をしている。
「仕事のしすぎだろ」
地図から目を離さずジャガルドがツッコミを入れた。
「珍しくなくなるって事」
ガライが子供の疑問に答えて、うーんと顎に手を当てる。
「魔素がそれくらいなら、跳べるかも?」
その呟きが聞こえたジャガルドが何事かと考え、そして数秒後、バッと顔を上げた。
「おい、止めろ!」
そこには足に力を溜めるムキムキの姿。
つまり、
「ちょっと上から見てくるーっ」
力一杯地面を蹴って、ついでに地面を割って巨体が空へ打ち上げられた。
行動を予測してコップに手で蓋をしたキャロラインと風圧でコロリンと転がったラジーを見て、彼は片手で顔を覆った。
「あのバカ。着地どうすんだよ……」
「別の場所に落ちるのでは?」
守ったコップの中身を飲み干し、手早く片付ける令嬢。
「アニキ、ちっちゃい」
転がったまま空を見上げ口を開けている子供が笑っている。それをジャガルドが回収する。
「ガライが何処に落ちるか判らんからな。避けられるようにしておかないと」
「ラジー、魔法つかう?」
アニキの着地に何かサポートした方がいいのか、とルドおにいちゃんに問うと、彼は首を振った。
「いいや、アイツ自体はどうとでもなるんじゃねえか。着地場所の事を考えろ、とオレは言いたい」
「先程地面が割れた、という事は、着地する時にそれ以上割れる可能性がありますわね。もし当たれば一溜りもないでしょう」
何たって、あの巨体が豆粒ほどになる程の高さから降下してくるのだ。
蜘蛛の巣状にひび割れた地面を見ながら、キャロラインはどれくらいの規模の影響があるのか、と考えた。
どこの戦闘民族の戦闘だ。
「おっ、降りて来るぞ」
ジャガルドがラジーの服を叩いてシンに乗せながら上を指す。
豆粒が小芋ほどに大きくなっている。
「ラジー、ガライが落ちてくるところに浅くふかふかの土を頼む」
先程の幼馴染みの言葉に嫌な予感が過ったのか、ジャガルドが前言を翻しウサミミフードに頼んだ。
これ以上葉霧の森に広場が出来るのは是非とも回避したいところ。
ウサミミが縦に揺れる。
そして、3人は切れ切れの空を見ながら落下地点へと移動し始めた。
「たっだいまー。すっごいの見つけた! あと、これ、お土産!」
続きます。
ケロペロ、また会いそうな気がするぜ!とか、ガライってジャンプ力、スゴくね!?とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。