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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
冒険者講習編:脳筋も一種の筋肉だろ?
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そうだ、作ればいいじゃない

姿の消えたルミ、飛んでく肉団子。そして残された面々。



「で、どうしてそうなってるの?」

「何か楽しそうだったから、つい」


そんな会話より、どうにかする方が先でしょ!と囚われの少女は思った。




 戦えない美中年と戦えそうで戦えない少し戦える?冒険者を見習い執事に託して、文字通り飛び出したガライ。


黄色と白の花がその勢いに煽られて、ざわざわと騒ぐ。チラリと見えるその下の地面には、日常的に何かが這っているのか溝のようなものがあるのが見て取れる。


ルミを引っ張ったのも、これの製作者だろう。


その先を確認すれば、木々の中に緑のずんぐりとした胴体の人の倍ほどありそうな植物が。通常の植物よりも太さがある最早触手と呼べるような蔓が、胴体からいくつも飛び出しており、それがうにょうにょと蠢いている。


うん、魔物だな。

この花畑を縄張りとしているのかもしれない。


そう判断した時には、彼は元凶に辿り着いていた。

勢いで飛び込んだついでに、「とぅ!」と某物語の変身する戦士のような跳び蹴りを食らわせる。


「なるほどな、植物系の魔物は縄張りから動きにくいよなぁ」

ある種当たり前の事を呟きながら、地面に足をつく。


 ビフレットがギルド講師に語った、「この前の騒動で、魔物は一時的に少なくなっている」というのは事実だが、魔物が全くいなくなっているとは言えない。


その最たるものが目の前にある緑色にも当てはまる。それは移動手段が無いものや、縄張りを定めその場から動かない待ち伏せ型の魔物である。

どちらの特徴も持ち合わせているのだから、いても不思議じゃない。


「でも、キングなら知っていたと思うんだけど」


叩き付けられる蔦を避けながら上を見ると、足を蔦に捉えられ口を塞がれた少女の姿。


今日、スカートじゃなくてよかったな、と変な感想を持ちながら、違う角度から振るわれる蔦を半身を捻って避ける。

1体だけではないようだ。


いつの間にか傍にいた白いふわもこが、ふんっと鼻を鳴らす。

そんなザコ、眼中になかったぜ、と言わんばかりだ。

アンゴラスウサギの臆病な種属性は何処に行ったのだろうか。


「うーん、キングが攻撃されていないから、大人しくさせる方法があるのかも?」


どうやら緊迫した生命の危機ではないらしい、とその植物をある程度観察したガライは結論付ける。

その上で、本日の薬草採取の講義で覚えた『褒めたり貶したり、戦って格の違いを見せ付けたりする』っていうのが使えるかもしれないと思い始めた。

覚えた事は使ってみたい派のようだ。


果たしてウサギが植物を褒めたりするのかは謎だが。


 とりあえずやってみようとガライが口を開く。


「はっぱ、ツヤツヤだな!」


ルミの冷えた目線が突き刺さる。

もちろん、攻撃が止む事はなかった。


それに、褒め方が足りなかったかなぁ、と蔦を器用にいなしながら首を傾げるムキムキ。


「やっぱり本体か蔦を褒めた方がいいのか?」


褒めて育てる方針のようだ。

ルミが動きにくい中、必死に首を横に振っている。それを見つつ、しばらく悩んだガライは聞いてみる事にした。


「レイニオ、ローレンに「魔物も褒めた方がいいか」って聞いてー」

「何で褒める一択なの」

即座にツッコミが返ってきた。


どうやら声が聞こえる範囲まで花畑に入らずに外周を回って来たようだ。もちろん、美中年とギルド講師を連れて。


「ガラムさーん、そいつはトラップラントですー。捕獲した獲物を、吊り下げて、弱らせてから、食べまーす! 活きのいい内は、大丈夫ー」


ローレンが口に手を当て、声を張り上げている。活きのいいルミはそれを聞いて、蔦をびよんびよんしている。

酔わないのだろうか。


薬草採取の講師にひらりと手を振った筋肉ダルマが、何かを思い付いたらしい。

今まで避けていた蔦をむんずと片手で掴んだ。それを見逃す魔物ではなく、すぐさま手首に巻き付く。胴、足と蔦が殺到し、それを起点に宙へと引き上げられる。


「おー、結構高い!」


体重が重いからか、ルミの3倍程蔦を巻き付けたガライは、呑気に感想を言う。

何捕まっているのよ! と同じく捕まっている少女はジタバタ訴えている。そんな少女と同じようにガライも前後に自分の体を揺らし始めた。


そこにやってきたレイニオ他2名。

蔦を風の魔法で切り払いながらのレイニオの問いが冒頭の会話である。






 「絵面的に僕が職務怠慢したみたいじゃない。心臓に悪いから止めてよね、ホント」


 本日の護衛も兼ねている執事見習いの苦言に、その主はびよんびよんしながら謝る。そして、その後ろにいる自称執事にいい笑顔で視線を向けた。


「ビフレット、次、ハンモック作ろう!」


予想外の言葉に一瞬反応が遅れるが、すぐに微笑んだ。


「判りました。お手伝い致しますね」

「それなら僕の昼寝用も作ってよね」


今回の報酬のつもりなのか、珍しく要望を挟んできたレイニオ。

「うまく作れたらな」とガライは請け負う。


いや、そんな話している態勢じゃないと思うけど? と部外者のローレンは、必死な顔の少女を眺めながら思う。

助けてあげたいけど、自分でもギリギリだからなあ、と実力を見誤ったりしない冒険者。


「で、ローレン」


そんな彼に頭上になっている筋肉ダルマが話しかける。


「コイツの採取の仕方ってある?」

「あ、はい。ありますよ」


反射のようにそう答えていた。ルミの事は後回しになったようだ。


「トラップラントは、力の差を見せつければ大人しくなります。運が良ければ、実を差し出す個体もいるとか」


「へぇ、そうなんだ。キングもやった?」

そう下にいる白いふわもこに尋ねると、返事のように魔物の根元に行き、神速を生み出す驚異の脚で魔物をぽこんと叩いた。


恐らく、捕まる前に相手の懐に入り一蹴り入れた、と言いたいのだろう。魔物は恐れるかのように1度全体を揺らした。


それを見ていたガライはなるほど、と頷いた。そして「ふんっ」と力を入れたと思ったら、蔦を普通に引き千切って拘束から逃れるムキムキ。


は? という口のまま、ローレンが固まった。

それは引き千切れるものでは無いと思うんですけど……。と脳内でつっこみを入れているその横で、ビフレットが「当然です!」というように頷けば、キングも同じような空気を出している。


「ルミ、ちょっと待っててな」

一応、忘れられてなかったんだ、とルミは思った。


行動だけ見ると、飛び出してきて、はっぱを褒めて、判っていて捕まって、びよんびよんしていただけだ。

明らかに遊んでいる。


 一歩力強く踏み込んだガライは、次の瞬間にはトラップラントのずんぐりとした茎に拳を突き出していた。


ズドンと鈍い音が鳴り、魔物自体がくわん、と(たゆ)む。弛みは波が伝わるかのように全体に伝わっていき、ルミの体も上下に揺さぶられた。


その振動で弛んだのか、彼女の拘束が外れる。「きゃっ」と小さな声を上げて落ちる彼女を風が吹き上げる要領で減速させる、レイニオ。

しかし、それだけだったので最終的には尻餅をついてしまった。


「大丈夫ですか、ルミ」


恐る恐る近付いてきた美中年が彼女を気遣う。

恐る恐るなのは、トラップラントが倒された訳では無いからだろう。いくら先程までは元気だった蔦が、萎びたニンジールのようになっていたとしても、だ。


そして、正しく物語の王子様のように着地地点に滑り込まなかったのは、自分の瞬発力では不可能だと判っていたからなのだろう。

現実とはそういうものである。


「うん、って言いたいけど、何であそこで遊ぶのよー! アニキ!!」


と、先程までいたガライに文句を言おうとしたルミだったが、姿が見えず、あれ? となった。


「アニキ、どこ?」

「そういえば……」

ビフレットも周りを見渡している。


「あっち」


平然としたままの少年が指差した方は、花畑の反対側だった。

丁度、1本の木が揺れる。

鳥がけたたましく飛んでいく。

遅れてドンッと鈍い音が届く。


「他のも鎮圧してるんでしょ。……安全のために」


それを示すように、また違う場所で木が揺れた。


「私たちの為ですね。マールドゴーラを観察出来るように……」


そう自称執事が感激しているが、真実はどうなのだろうか?

さっき、とっさに付け加えた言葉の正当性に疑問を持つ黒髪の少年。




 「よっ、と。ただいま」


 数分もしない内に筋肉ダルマが文字通り跳んで帰ってきた。

腕には人の頭くらいの赤い球体が抱えて。


「4体中1体がこれをくれたぞ」


差し出されたそれを持つと、思ったよりも柔らかく、しかし潰れない程の固さ。見た目よりもずっしりとしている。

ローレンの言っていた『実』というものなのだろう。


「植えたら育つのでしょうか?」


受け取ったビフレットが、確認するように表面を撫でる。表面は意外とさらさらとしており、言われなければ果実とは思えない。


「育っても魔物じゃないの」

レイニオが現実的な未来を告げる。


「答えは、何も育たない、らしいです。昔、ギルドで実験した事があるらしくて」


ローレンも珍しいのか、美中年の手元を覗き込む。自分で倒すとなるとギリギリらしいので、こうなっても仕方ないのだろう。

キングも果実に鼻を近付けている。


「この実は果肉まで赤く、甘いそうですよ。僕は納品ばかりで食べた事はないですけど」


ギルド講師がそういうと、キングは「コイツ(くろいの)の母親の料理の方が旨い」とばかりにそっぽを向いた。

流石、この町のチヤの料理のファン第一号。


 「ともかく」


 ビフレットの手から赤い実を掴み、採取袋の中に入れるガライ。


「マールドゴーラの採取、するんだろ?」


その言葉に当初の目的を思い出した面々。「あっ」と顔を見回し、笑い合う。魔物の出現から、すっかり頭から抜け落ちていた。


「忘れてたのって、アニキのせいだからね」


ジト目で突発的な行動を咎めたレイニオに、


「いいじゃん、花畑は綺麗し、実も手に入ったし、作るものも決まったし」


と赤銅色の髪を揺らして前王弟は笑った。



結局、マンドラゴラどころかマールドゴーラの事まで触れず仕舞い。採取はどこにいったのだろう……。


キングの黄金の右足が唸る!とか、トラップラントの実ってどんな味?とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

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