人外魔境は草にとっての楽園、かもしれない。
薬草採取のはずなんですが、花畑に来ております。
アンゴラスウサギはようやく立ち止まった。振り返って髭をピクピクさせているが、それを見るまでもなく、判った。
そこが目的地であると。
キングの巨体越しに見えるのは、まるで絨毯のような花畑。
白から黄色のマーブル状になっているのは、花ごとに色が違っているから。草丈は少女の腰くらい。小さな花を沢山付けたそれは、遠目から見ると、ふわふわとしていて思わず寝転びたくなる。
「うわぁ、すごーい!」
1番に声を上げたのはルミだった。
「これは絶景だ」
ガライも驚いたように言葉を溢す。
先程疲れてきたのか黙ってしまったルミに筋トレも兼ねて「だっこしようか?」とラジーに言うように言っちゃったムキムキ。
前に胸ダイブを経験してしまった少女は当然のように激しく拒否。
その抵抗に「女性に言うことじゃなかった」と違うベクトルでしょげていたのだが、これにはそんな思いもふっ飛んでいったようだ。
「リューシ畑と似たものじゃない」
レイニオが水を差すように言うが、内心は2人と違ってどん引いていた。
アンゴラスウサギの視力が人間と同じと思ってはいけないと判っていたが、どこがリリ草と似ているのだろうか。
確かに花弁は6枚のようだが、色も違えば、咲いている形態も違う。
……人間だって、興味が無ければこんなものだろうが。
もしかして、草の味が似ているとかそういうのだろうか、と巨大なウサギを見上げる。
レイニオにしては意味の無い事を延々と考えているのは、ある意味現実逃避である。
視界にチラチラ入ってくる年長2人の反応が「あ、これ、ヤバいヤツだ」と思わせる不穏なものだからだ。
まず、アイスブルーの頭がプルプルと震えている。
そして、その横のキラキラおじさんが更にキラキラしている気がする。
ああ、絶対にレアな薬草だな、と思わずにはいられない光景から全力で目を反らしているのである。
視界のガライとルミが花畑に突入すると同時に、とうとう我慢が出来なくなった彼らは爆発した。
「素晴らしいです!」
「何じゃこりゃー!!」
片や感激が籠った、片や何処かハードボイルドな叫びに、突入した組が年長2人を振り返る。そして「何してるの?」「さぁ?」と顔を見合わせた。
「これって、あれですよね! マールドゴーラ!」
「おかしいでしょ! 何でこんなにあるの!? 山奥に自生してるんじゃないの!!」
「辞典でしか見た事なかったです! こんなに沢山!!」
「毎回山に登ってるのにー! しかもちょっとしか生えてないのにー!!」
「流石自然豊かな土地!」
「流石人外魔境未開の地! 魔素の濃さのせいなの!?」
最後重なった言葉に2人は「ん?」となった。
ニッコリ微笑んだ自称執事と、ギギギッとそちらを向いたギルド講師。そして引きつった笑いを浮かべる。
「魔素の濃さに気付くとは。……秘密、守れますよね?」
ある意味脅迫だよね、とはレイニオの弁。
彼にはバッチリ『人外魔境未開の地』が聞こえていた。美中年には聞こえていなかっただろうが。
「一応、ギルドには『口が固い人』って条件付けておいたんだけど」
数歩分戻ってきた筋肉ダルマが首を傾げながら、追い討ちとなるような言葉を吐く。
「は、はいぃー、聞いておりますぅー!」
見ても判る程だらだらと汗を出しながら見た目少年が声を絞り出す。さながら衛兵に問い詰められた犯人のようだ。
「うん、いろいろ秘密があるから、な」
それが見えていないのか、お茶目のつもりか、片目を瞑ってみせるムキムキ。
可愛くない。
「把握しきれていない薬草もまだまだあります。それらについて教えて頂きたいのです。黙っていて、くれます?」
ガライの言った『いろいろ』が、自分たちの身分についての事などを含む事に気が付いて、美中年は少しすまなそうな顔をして言葉を重ねる。
そうすれば話題の『秘密』は薬草の事にしたままになるし、自分の容姿をもって『お願い』すれば大体の人間は拒否する事が出来ないと、彼は知っていた。
現にローレンは拳を握って「は、はい!」と僅かに赤い顔で了承している。
それを見ていた主は苦笑し、弟子からは冷たい視線をもらった。
「じゃあこの花の説明をお願い出来ますか?」
自分でも使うのは恥ずかしいというよりも嫌なので、多用はしないつもりだから許してほしい。
そんな思いと共に薬草についての質問を投げ掛けた。
「先程、貴方が言った通りマールドゴーラの花です。珍しいのによく知っていますね」
少し落ち着いたのか、忘れていた深呼吸を一回。そして正解だとビフレットに返した。彼は花に視線を向ける。
「以前、王都の図書室で貴重な図鑑を目にする事がありまして。覚えていたのです」
図書館ではなく図書室、と言っているが、ローレンは気が付かなかったらしい。
「王都にはそういったものもあるんですね」と納得したような反応だけが返ってきた。
ガライはただ笑っている。
自称ただの執事は、ただではない事をもう隠すつもりはないらしい。それだけ信頼に値するという事だろうか。
「マールドゴーラは根の効用がよく知られていますね。滋養強壮、流行り病の予防、若返りの薬とかも聞いた事があるかもしれません」
「あー、よくあるなー。結局は気血の流れがよくなるだけって知り合いが言ってた」
凄く深ーく頷いている美中年を脇目に、ガライが同意する。
ちなみにこの美中年は何度か『若返りの薬』に関する事件に巻き込まれそうになった事がある。
口に出したくない類いの事件だった、とだけ言っておこう。
「そうなんです。それでも効果は高いと人気がある薬草です。普通は高い岩山の岩の隙間などに自生していて、分散していて非常に採りにくいものなのですが……」
「普通に森に生えていて、群生しているな」
「そうなんです……」
ガライの見たままの言葉に、採取専門冒険者はガックリと肩を落とした。
今まで苦労して採っていたのに、と顔にありありと浮かんでいる。
思わず「お疲れ様」と頭を撫でたくなった。いい位置に水色の頭があるのが悪い。
「採取はもちろん、根を折らないように掘るだけです。折ってしまっても効能は変わりませんが、鮮度が落ちやすくなり、純粋に量が減るため価値が下がります。
しかし根が少しでも残っていると、そこから再び成長するので、何本かに1本は残しておいてほしいです」
「暗黙の了解ってやつ?」
「そうですね。僕も先輩冒険者に教えて貰いましたし。……それから、採取する前に注意しなければいけない事がもう1つあります」
気を取り直して、ローレンは説明を続けていたが、ここでふと言葉を切った。そして、自称執事に目を向ける。
説明の続きを察したのだろう。ビフレットは1つ頷いて口を開いた。
「似た植物が同じ場所に生えているらしいのですが、その植物が曲者、ですよね?」
「はい、その通りです。その植物はマンドラゴラと言います」
「マン……!」
「なにこれっ!!」
その時、悲鳴が上がった。
抜いたら大音量の悲鳴を上げるというのが知られているマンドラゴラ、ではなく、一緒に来た少女のものだ。
ガライと花畑に突入してから、そのまま花畑に残っていたはず。
「ルミっ!」
そちらに振り向くと少女の姿はない。
花畑を何かが移動するガサガサという葉擦れの音が別の存在を示している。
「レイニオ、見たか!?」
先程まで話の外側にいた黒髪の少年に話を振る。
「しっかりとは見なかったけど、何かに引っ張られるみたいだったよ」
「キング、心当たりは?」
そう問われ心当たりがあったのか、鼻先を右手の方向に向ける巨体。
そちらを見据える。
花畑は広くない。
絨毯のような花の向こうは壁のように木が並び立っている。その絨毯の奥の方、黄色の花がガサリと揺れる。
「レイニオは、ここにいてくれ。行ってくる」
赤銅色の髪の男は、自身の強化された足で地を蹴った。
爆発的な推進力を得て翔ぶ。
レイニオの深い溜め息と、「ひょっ!?」というギルド講師の声を弾丸のように置き去りにして。
さて、拐われた(?)ルミの安否やいかに!(笑い)
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