身の上話:家出令嬢と最後の晩餐メニュー(手土産)
ラジーのアニキ呼びの謎と、黒猫の里親探し。
最後なので長くなりました。
「あのね、おにーちゃ、『あにき』ってよぶ」
もうお昼に近い時間になっていた為、チヤが彼らに食べていけと言ったのが始まりだ。
さっき食べたばかりのラジーは、リリゴンの生搾りジュースを飲みながらテーブルに着いている。
料理の出来る間の一幕である。
「ん? 兄貴?」
まだ舌っ足らずな子供の言葉に、大人たちは顔を見合わせた。
「こんな子供から出るには、おかしな単語ですわね」
この店の評判を幼馴染みから聞いていたキャロラインは、さっきからソワソワと厨房の方を見ている。
付き合いの長いガライにしかバレていないと思うが。
「何で『兄貴』って呼びたいか、理由を言えよ」
柄は悪いが案外付き合いのいい男が、子供に目線を合わせて言う。
「とーちゃ、つおい、かった。むれのリージャーみたい。みんな、『あにき』って、よんでた」
そこに料理を腕いっぱいに乗せたチヤが帰って来た。
「ラジー、何の話だい?」
それをテーブルに置きながら、子供に話し掛ける。
「ガライを『兄貴』って呼びたいんだとよ」
ジャガルドがそう返すのに、チヤの動きが一瞬止まった。そのままガライが続く。
「何かお父さんみたいに強くて、群れのリーダーみたいだから、らしいけど」
普段の調子を取り戻した彼は、少し困り顔だ。
2人に命じてラジーを助け出し、連れてきてもらった時は(王族っぽく)凄く偉そうにしていたからなぁ、と考えているガライを余所に、彼の言葉を聞いたチヤは「やっぱりアルフの事なんだ」と思った。
マルゴール族の里でも、屈指の実力者で、みんなの中心で、『兄貴』と呼ばれて慕われていたあの人の事を、幼いラジーもしっかりと覚えているのだ、と。
「あたしの旦那がそう呼ばれていたんだ。
所詮、呼び名さ。嫌じゃなきゃ、好きに呼ばせてやっておくれ」
ちょっとウルッと来たが、そこは下町の女将さんっぽく何でもない風を装う。
今になってアルフを想って寂しく思うのは違うから。
「ど?」
ゆらゆら揺れる尻尾。
アルフはいないがラジーを守るのには変わり無い。今回、それの手が少々増えるだけだ。
「うん、いいぞ。兄貴なんて呼ばれた事なかったわー」
「兄上とすら呼ばれませんでしたからな」
判りづらく料理に目を輝かせているヴォルチャーが、気の無い相槌を打つ。
「みんな可愛くない弟、妹ばっかりだったんだもん」
妹は母親が違うせいで寄ってこなかったという事もある、とは後に聞いた話だ。
チヤでもあの頃の王族はヒリヒリしていたのを知っているので、思わずご愁傷さまとガライに手を合わせてしまった程である。
それにガライの母親一族の事も知っている。あそこは出汁を取り終わった鶏ガラよりも人として終わっている。人によっては『下品』と彼の母親を密かに称しているくらいだ。
「じゃあ、決まったところで食事にしないかい? 冷めても美味しいけど温い方がいいだろ?」
テーブルの上に置いたのは、仕込みの終わっていた今日のランチに出す予定だったメニュー。
今日は東の国風が多目で、ソイソイソースを使ったり、海鮮の発酵調味料が隠し味に入っていたりする。
流石この国の中心。
食料品も少量だが各地域から流れてきていたりするのを、帰ってきてから知った。お陰で各地の料理の再現もある程度出来る。
「じゃ、いただきまーす」
軽く食事前の祈りを捧げガライが言うと、全員料理に口を付けた。『王国の陽炎』一門の出だと知っても、そこに一切の躊躇いも無かった。
信頼してくれているのか、はたまたお腹が空き過ぎていたのか、判断が分かれるところだ。
「!凄く美味しいですわっ!」
男どもがガツガツとそれでも品良く食べているのを尻目に、令嬢がしっかりと咀嚼してから感想をチヤに伝える。
「それは、ありがとよ。十数年の修行の甲斐もあるってもんさ」
それに、自分用に淹れてきたお茶を飲みながら返すチヤ。
「王宮でも通用しますわよ。王宮料理人にはならないのですか?」
チヤの元の身分を考えれば王城に勤める事も出来るのでは、とキャロラインは考えたのだろう。それにとんでもない、と首を振る。
「今回の件で、あたしの実家の事は調べたんだろう? 裏の仕事を生業にしているような家だ。そんな疑わしい奴を厨房に入れるべきじゃない。それに、もう堅苦しいのは我慢出来ないと思うよ」
「もったいないと思いますのに」
残念そうに言う令嬢に、赤いムキムキが料理から顔を上げる。
「キャロのそれは何時でも食べたいってだけじゃん。食べたくなったら、またここにみんなで食べに来たらいいだけだし、持ち帰りも出来るぞ!」
彼女にしては食い下がった物言いに、ガラは彼女が何を言いたいのか大体把握した上で提案した。
その言葉に「え、持ち帰り出来るの!?」とばかりに、未来の舅と嫁(交渉は難航中)がバッと2人揃ってチヤを見た。
「容器は別料金だよ」
それに、コイツらはこういうノリなのだと判ってきたチヤは、サラリとそう宣ったのだった。
それからは、お店周辺での人攫いは一先ず収まり(全くの0にはなっていない)、騎兵団の来店という名の見回りは必要無くなった。
が、一部が我が家の様に寛ぎ出してしばらく経った頃。
昼過ぎにいつもの様にやってきた『大盛りシチュー』ことガライがメニューを持ってきたチヤに「あのさ、お願いがあるんだけど」と切り出した。
「なんだい、あんたがお願いなんて、嫌な予感がするね」
まあ、ラジーの後見なんだし基本拒否する事は無いが、ひとまず様子見のジャブを入れてみる。
「おい」
今日も護衛として付いてきているジャガルドが、眉間に皺を寄せつつ彼を止めようとしている。
「実はさ、部屋に入り込んだ黒い子猫を1匹捕まえたんだけど、俺の部屋では飼えなくてさー」
「子猫?」
ガライの部屋は普段騎兵団の宿舎を使っていると聞いている。
一応、王城にも部屋があるらしいが、王族として動く時ぐらいしか使っていないらしい。
ただ、どちらにしても猫が迷い込むというのはおかしい。
騎兵団の方は騎獣が沢山いるため普通の動物は近付かないし、城の方の部屋では数年前の王族が死亡する事件が起こったせいで、更に厳重警備がされているはずだ。
「どっちの部屋だい?」
「豪華な方」
その答えで、チヤは微妙な顔をした。
つまり動物の猫ではなく、そういう比喩が使える人間なのだと判ったからだ。そりゃあ、王宮でも宿舎でも飼えないだろう。
「目は緑色で、ちょっと天邪鬼なところあるけど、ここで飼ってもらえない?」
「親は探したんだろうね?」
それはその『黒猫』の両親は納得しているのか、という意味だ。
チヤが話を理解したと判ったのか、渋い顔をしているジャガルドを尻目にガライは1つ頷いて説明し始めた。
「親はちょっと訳ありだったから、その元締めにちゃんと許可を貰って来たぞ。俺の目に付く所に置くのなら、どこで飼ってもいいって」
それは恐らく逆だ。
王弟の監視を目的に側に置く事を許可したのだろう。
つまりそれを彼に条件付けた『元締め』は、彼を見張っていたい人物だ。そう国王やチヤの元兄バルナーノの様に。
……そう考えると、その『黒い子猫』の正体も大体判ってくるというものだ。
「あんたの所で飼えないからって、何であたしの所なんだい」
「チヤしか思い付かなかったんだ、お城の関係者以外って。大丈夫。何だかんだ言いながら、根はいいヤツだから」
笑いながら言うガライに、「引っ掻かれかけたくせに、よく言う」とジャガルドが突っ込んでいる。
「あんたの中で大体決定してんだろ、全く。1回連れてきな。話はそれからだよ」
他のところは似ていないのに、たまに強引なのは例の女の血を引いているからだろうな、とチヤは思った。まあ、悪い方には転ばないだろう、と許可を出すと今日はオリブー色をしている目が笑う。
「チヤに後悔させないからー。俺、今日はボアのステーキ、タギネーマソースで」
そうちゃっかり注文もしていく王弟殿下であった。
そして数日後、開店前に連れて来られたのは、黒髪のラジーより大分大きな男の子であった。
確かに緑の目は猫を彷彿とさせ、歩く足音はほぼしない。見ていると、こちらを睨んでくる。
「ほら、睨まない」
「睨んでません。元々こんな目付きです」
連れて来た本人にそう言い返す様に、彼女は動けなかった。
「貴方が僕の受け入れ先ですか。まあ、大人しくしておきますが、何かあっても責任は取りません。それを念頭に」
外見もさることながら、その毒を含んだ言葉さえ、ある人物を彷彿とさせた。
「自己紹介、忘れてるぞ」
茶色いムキムキに促されると、その『黒猫』はチヤに改めて向き直った。
「僕はレイニオです。某伯爵家の長男ですが、気にしないで下さい」
間違いなく親友のポローネの子供だ。
ガライが知っていたとは思わないが、彼女の遺言が不意に頭を過ぎる。
「で、この方はどういった関係なんです?」
レイニオと名乗った少年が隣のムキムキを見上げる。
「お前、言っていないのかよ……」
ジャガルドが護衛対象に呆れた目線を寄越す。
「だって、言っていない方が面白いかなって」
「はぁ!?」と言いたげな少年。
気持ちは判るが、こいつはいつもはこんなのだ。
説明する気が無さそうな王弟殿下を放っておいて、チヤは少年に何と言おうか考えた。
「あたしはここ『子犬のごちそう亭』の店主、チヤだ。こいつが隠していたのは、元々はチャトニール侯爵家コナツだったって事さ。ドレンシー家の縁者だったら、それだけで判るだろ」
ドレンシー家の一人娘と仲がよかったのだ。使用人が総入れ替えしない限りは、1度は話を漏れ聞いた事があると思う。
現にその言葉に少年は目を丸くした。
「確か、僕の両親の結婚に猛反対して、お母様の親友にも関わらず結婚式には一切出ず、そんな判断をした家門にも怒って家から離籍したと言われている人で、家門から10年以上姿を隠し続けていると聞いています。会えるなんて光栄です」
その言葉にチヤは連れて来た本人を睨んだ。
「説明」
「うちの自称ただの執事曰く「そういう事にして、ポローネ夫人は自分の結婚の不服を周囲に知らしめ同情を誘い、相手に牽制もしつつ、それと同時にコナツ様の出奔を正当化させた」らしいな!」
それを聞いて「あの娘は……」と思わず頭を抱えた。
だからあの時、頑なに花嫁衣装姿を見せてくれなかったのだ。親友の出奔すら利用するとは、本当にポローネらしい。
記憶の中の彼女が「当たり前じゃない!」と悪どく笑っている。
「あの娘が勝手に後付け理由を吹聴しただけさ。あたしがやったのは、うちの一門から隠れながら料理修行だけだよ」
そう『黒猫』に言い返すと、「それはそれで凄いんだけど……」と呟いた。
「それはそうと、この子はあたしの子でラジーだよ。そこのムキムキの庇護下に入っている」
チヤの足にしがみついて成り行きを伺っていた本日ウサミミフードの子供が、興味津々で少年を見上げた。
「ラジーはラジー。よろしく、ね」
「ラジーは俺と違って、魔法3属性使えるから守ってやってくれ」
そのガライの言葉に何か腑に落ちたように、その子供に目線を合わせる。
「ふぅん、それも含めて僕をここに連れて来たんだ……。ま、居心地はあのクソ親父の所よりは悪く無さそうだから、別にいいけど」
「あ、それとレイニオの父親だけど、今回勝手にやり過ぎたからって、ドレンシーから出されて元のソルティオ男爵家に戻されるらしい」
何か重要そうな事をポロリと言ったぞ、このムキムキ。
後でレイニオに聞いた話によると、あのろくでなしは『王国の陽炎』の決めた仕事以外を勝手に取ってきて、息子にさせていたらしい。
それの中に『王弟の暗殺』があり、その時に捕獲され事が露呈したらしい。恐らく、判っていたが優秀が故にある程度目を瞑っていたところもあるだろう。
レイニオ曰く「1回目は普通に寝込み襲ったら返り討ちにされて、2回目は何故か話をしようと待ち構えていて、3回目は幼馴染み勢揃いで歓待された」らしい。
何をしているのか、コイツらは。
そしてその3回目に「明日、お前の家に行くから、アポイント取っておいて」と言われて、逃げられない事を悟ったようだ。
事実、チャトニール家には最初の襲撃時に話を付けていたらしく、翌日にはドレンシー家に突撃して「この子を貰っていく」となったとの事。
キャロライン辺りの入れ知恵だろうか。よくやった、と拍手を送りたい。
「あのね、あにき、つおい。あんしん」
ラジーが目の前の少年がいじめられていると思ったのか、そう話しかけた。
「何? この人の事、アニキって呼んでるの? じゃあ、僕もそう呼ぼうっと」
「正式な場で呼ぶなよ、執事見習い」
ラジーの言葉を聞いて軽くそう決めたレイニオに、事の成り行きを見守っていたジャガルドが注意する。
どうやら、王弟の側には『執事見習い』として付くらしい。貴族の子息が行儀見習いで王宮に行く事は、不自然では無い。
「それくらい判っていますよ。揉め事は回避するに限りますから」
そう澄まして言うが、なるほど、対外的な猫を被るのが上手そうだ。
「とりあえず、チヤはレイニオを預かって貰えるのか?」
ガライが改めてチヤに問いかけてくる。
「あぁ。親猫から頼まれているからね。三食おやつ付きで面倒見てやるよ」
「親猫?」
そう不思議そうな顔をしたムキムキ2人に「ナイショさ」と彼女は言った。
食事を最後まで食べきったバルナーノは席を立った。
「ポローネの結婚式の時も思ったが、本当に美味しかった」
無表情だが、嘘は付かないのは十数年一緒に暮らしていたのだから知っているため、彼は本当に美味しかったと思っている事が判る。
実の兄である彼は、最初期のコナツの料理も食べた事があるのだから、尚更だろう。
「ふん、妥協はしないって言っただろう。あたしだって成長しているさ」
早く帰れと言いたげなチヤの言葉に、その通りだな、とバルナーノは出口へ向かう。
彼女はまだ自分の子供を攫ったのも、ポローネの結婚を賛成した事も許していないのが判るからだ。
扉に手を掛けた時、「ちょっと待ちな」と珍しく彼女から話かけて来た。
「あんた、何も持たずに帰るつもりじゃないだろうね?」
「何が問題が?」
その答えに大袈裟に溜め息を付いて、手の中の物をバルナーノに押し付ける。
「あんただけ美味しいもの食べて家族に何も無しじゃダメだろ、朴念仁が。奥さんと子供にヨイショすべきだ」
渡された物を見ると紙袋に入った焼き菓子のようだった。そういう所は元、と付くが兄弟でも全く違い、よく気が付く。
「……すまない。すまなかった」
「当たり前の事だ、謝罪は受け取らない」
2種類の言葉の意味をしっかりと理解した上で、力強く立つ妹は拒否をした。
扉を開け外に出ると、夜風が服の隙間から入り込んでくる。呼んでいた馬車の扉を馭者が押さえているのに、スルリと乗り込む。
「今度は家族と一緒に普通に来な」
許していないはずなのに、その言葉はどうなのだろうか。
そんな考えが浮かぶバルナーノを乗せて馬車はゆっくりと動き出した。
「おじさん、帰った?」
馬車を見送る彼女の後ろから、気配も無く声が掛けられる。
「レイニオかい。ようやくね」
そちらに振り向くと、親友によく似た黒髪の義理の息子。
預かった時よりも大分大きくなったと、改めて思う。性格もますますポローネに似てきたようだ。
そちらに声を掛け、そしてもう一度小さくなった馬車を見る。
「ホント、不器用だよね、あの人も」
聞いた話によると、バルナーノはポローネの死後もレイニオの事を気に掛けてくれていたらしい。
朴念仁なので判りにくい上、違う解釈をしたりもしていたらしいが。
「不器用なりにあいつはチャトニール侯爵家と一門を背負っているんだろうさ」
そう言って店内に入り、扉を閉めた。
今日はこれで店じまいだ。
まだ人のいた余韻の残る店内。テーブルの上には最後に出したお茶の茶器が下げられずに残されている。
「お母様は、結婚式の時の料理を「美味しい」って言っていたって、あの人に聞いた」
同じくテーブルの上を見ていたらしいレイニオがポツリと呟いた。
「また食べたいって僕も聞いた事がある」
それはどんな気持ちで言ったのだろうか。
しんみりしそうな気持ちを圧して、彼女は腕まくりする。
「それは光栄だね。……さて、片付けと明日の準備をしようか。今度来る事があったら、あの無表情を絶対に崩してやる」
……チヤ、よく思い出して。そこは今、トーニャのお店なんだけど……。
大体の謎が解けただろう所で、話自体は終わります。
200話以内で終わって、よかったー。
これまでお読み頂き、ありがとうございました。
これから全体的に手直しをして、終わりましたら、完結済みにする予定です。
誤字や表現おかしいなどあれば、報告下さい。




