一人の人間として
「アンタは結局、人間である棗を殺したかっただけなんだろ?だから人間の血を受け継いでる二亜を適当な理由をつけて殺そうとした」
唯斗の言葉に弟切は俯いたまま押し黙っている。その場を静かに見守っている二亜の目には困惑と僅かながらの殺意が燈っていた。
「……わしは人間が嫌いなわけではない。あの女が…『棗』が憎かったのじゃ!」
ようやく開いた弟切の口から出た言葉は亡き人間の娘への憎悪。
「棗は、山吹を……っ、わしの娘の許婚を寝取ったのだ!あんな醜女に……っ、娘の夫を奪われたのだぞ!!!だから殺す、あんな穢れきった女の娘なんぞ殺してくれるっ!!!!」
殺意をむき出して二亜へ向かってくる弟切。けれど二亜はそれを目にしたにも拘わらず、ゆっくりと剣鉈を収めた。
「……ふざけるな」
怒りの声で意向を示し、顔を上げた彼女の目元には群青色の模様が浮かび上がっている。
「二亜っその姿…!」
「! 仁、君の脇腹のところ!」
紫星の叫びに仁は自らの左脇腹を見る。そこには先程食らった弟切からの傷の他に何かが光っている。
仁は慌てて着物を脱ぎその正体を確かめると光の根源には「花の模様」。
「これは…」
「勿忘草……二亜の『印花』だわ」
「印花…?」
二亜の方を向くと彼女は襲い掛かってくる弟切に対して避けるのではなく、真正面から受けようとしていた。
「二亜さん!」
すると、二亜は拳を握り締め向かってくる老婆に狙いを定める。
「消えろォォおお!!!!」
「お前は……そんな己の欲のために、
どれだけの人間を傷つければ気が済むんだぁぁああああ!!!」
二亜の拳は弟切の顔面を捉え、反対側の壁まで殴り飛ばした。
今までの衝撃から限界を超えたのか、壁はみるみると崩壊し始め弟切の姿を瓦礫の中へと隠していく。
「僕はお前を許さない
……一人の『人間』として」
そう、僕は人間だ。
歪なカタチをした鬼人。両者の気持ちは僕にしか分からない。この身体はそんな想いが込められた両親からの最初で最後の贈り物。
右手を見ると今までにないくらい盛大に腫れていた。何故自身が苦手な拳にしたのだろうと今頃になって後悔するが不思議と清々しい気分だった。
「……母さん、人間でもちゃんと鬼に勝てたよ」
そう呟き二亜はその右手を高々に突き上げた。
弟切草
花言葉…恨み、秘密、迷信、盲信、敵意




