届かなかった手紙
「……唯斗、紫星」
「ただいまっ二亜ちゃん!」
彼女を笑顔で迎える唯斗。けれど、相当な深手を負っていたのか彼は紫星の肩を借りながら歩いている。唯斗は元々自然治癒能力においては他の鬼より劣っているため治りが遅く、未だに痛みが残っているのだろう。
紫星も唯斗ほどではないが身体のあちこちに傷を負っていた。特に左手には包帯を巻いているにもかかわらず血が滲み出ており包帯を赤く染めていた。
「ひっ!!お、鬼だぁ!」
「いや、見ろ!よく見れば全員ボロボロだ……今のうちに鬼を始末しろぉっ!」
村人全員が各々武器を手にしこちらへ向かってくる。
二亜は慌てて止めに入ろうとするが、先に村人たちの動きがピタリと止まり数秒後に全員弾き飛ばされた。
「まったく、何もたもたしてんのよ!」
宙を舞う人々の間から見えるのは
―紅蓮の瞳―
その瞳には幼い頃の泣き虫だった面影はすっかり消え、闘う決意を表した紅蓮の炎が燈っている。
「「紫苑 (ちゃん)!」
何故彼女がここにいるのだろうか?その真意は誰にも分からなかった。
唯斗の命令には決して背かない紫苑が今自分の意志でこの場にいる。これは極めて異例だ。
「…お前、何でここに?」
「アンタの言うことなんて最初から信用してないわよ!」
腰に手を当て前にのめり出す紫苑。けれど不思議を苛立ちは感じない。むしろこの状況で現れたことに感謝するべきだろうか。
「紫苑ちゃんかっこいい~!」
そう茶化す唯斗に紫星が後ろから頭を叩く。そんな日常の風景に二亜は僅かに口元を緩めた。
「……これが、鬼」
そう呟いた仁の方を向けば、あの時ジンが初めて自分と出会ったときのように瞳の奥を輝かせていた。
そんな彼に二亜は驚くが、それはほんの僅かな時間でありすぐに元の顔に戻った。
「さて、後はアンタだぜ弟切」
視線のみを彼女へ向けると弟切は大層悔しそうな顔をしていた。
「おのれ…」
「よぉばあさん。こうして直接会ったのは六百年振りだな」
悔しそうに顔を歪める弟切とは裏腹に清々しいほどの笑みを浮かべる唯斗。
「貴様は唯斗か。ふん、あの時と変わらんな、その馬鹿にしたような目つき…実に気に入らん」
「アンタも相変わらず狡いことしてんなぁ」
『相変わらず』その言葉は長い間生きている二亜と紫苑にも引っ掛からなかった。ましてや、人間である紫星や仁に分かるはずもなく、その場にいる全員が首を傾げた。
「百年前、ジンを殺したのは二亜じゃねぇ……アンタだろ?」
「!」
唯斗の発言に二亜は驚愕する。
「あの時二亜とジンは駆け落ちしたんじゃない。アンタを探していたんだ」
「何?」
「体調を崩したジンを助けるため、二亜はアンタを捜しに行った。ジンはそれを聞いて二亜を探してただけだ。…アンタはそれを知ってて一人になったジンを殺したろ?」
唯斗の言葉に驚きを隠せない二亜。今まで知らされていた事実とは全く異なっている。それが今でも信じられない。
「……何言ってんだ唯斗?ジンは病気で死んだんじゃ…」
「確かにジンは病を持っていた。けど、そんなに重くもないし、医者に診てもらえばすぐに治るものだったんだ」
そう言って唯斗は、懐から一枚の和紙を取り出した。
その和紙は大分黄ばんでおり、おそらく相当昔のものだとうかがえる。二亜は唯斗の持っている和紙に気づき、酷く驚いていた。
「唯斗……なんでソレをお前が持ってんだよ?」
「ごめん、百年前に拾ってずっと持ってたんだ。……いつか真実を話す時までね」
彼の持っている和紙、そこには百年前の事件が起こる前の日付で記されたジンの手紙だった。
「これはジンの病名が書かれたアンタ宛の手紙だ、弟切。アイツはアンタを信じて二亜にこの手紙を渡したんだ。」
確かにあの日、二亜はジンからその手紙を受け取り弟切の元へと向かった。ジンが信じ、好意を寄せた大好きな老婆へと。
けれど、その手紙を渡す前にジンは息を引き取っていた。真っ白に冷たくなっていたジンを慈しむように寄り添っていた彼女を見て、手紙を持つ手が震えた。届かなかった手紙は静かに二亜の手から離れ地面に落ちた。
二亜は一粒の雫を手紙に残し、静かに姿を消した。
「あの時、この手紙は濡れていた。自分の命が惜しくて想い人を殺すような奴がこんな温かい涙を流せるわけがねぇ!コイツは病気と見せかけてジンを殺し、キミに罪を擦り付けたんだ」
聞かされた真実に二亜の頭はついていかない。一度に大量の事実を知らされ混乱し始めた。
「……亜さん、二亜さん!」
「!」
叫び声にハッと気がついた二亜は声の主のほうへ向く。そこには心配そうな表情でこちらを見つめている仁がいた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、お前は?」
「僕は平気です!こう見えて結構頑丈なんですよ」
彼はそういって笑っているが、衰弱しきっている身体で弟切の攻撃を受けたのだ。大丈夫、とは言い難いだろう。けれど、彼なりに心配させまいと思ってのことなのだろうと深入りはしなかった。
「ふん、お主はそれを知っていて敢えて言わなかったところを見るとお主にも知られたら困ることがあるのじゃろ?
『鬼人の両親は唯斗が殺した』と言う秘密が」
「……ああ、そうだ。山吹と棗を殺したのは俺だ」
前もって弟切に聞かされていたが、いざ本人の口から告げられると相当きついものがある。けれど、彼の真剣な表情に趣を感じ何かわけがあったのだと悟った。
「けど、それもアンタの策略だろうが」
―次回、唯斗と二亜の関係が明らかに!―




