第20話 魔法陣
二期生から魔法の実技授業が始まる。
授業は屋外で行われた。
校舎の裏手に、石畳の広場がある。
空が広かった。
教師が前に立った。
「魔法陣の形は、すでに学んでいますね」
うなずく生徒たちのなかに、エリオもいた。
「今日は魔力の通し方を学びます」
教師が細い杖を取り出した。
指揮棒に似ている。
「杖を使い、魔法陣を空中に描きます」
先端が少しだけ光っている。
「描き終えたら、杖を通して魔力を流す。それだけです」
それだけ、と言ったが、簡単そうには見えなかった。
空中に描く。
杖で魔力を流す。
言葉にすれば短い。
けれど、どうやって流すのかがわからない。
エリオは杖を握りなおした。
ひとりずつ前に出て試みる形だった。
貴族の生徒から始まった。
最初の生徒が杖を構える。
先端が動いた。
空中に、うっすらと光の線が引かれていく。
見えた。
魔法陣が完成する。
次の瞬間、小さな炎が灯った。
生徒は当然のような顔をして戻る。
次の生徒も、また次の生徒も、同じように描いた。
みんな慣れている。
家庭教師に教わってきたのだろう。
エリオは順番を待ちながら、前の生徒たちの杖の動きを目で追った。
描く速さ。
止まる場所。
魔力を流す瞬間の、わずかな間。
頭のなかで繰り返す。
「次、ミーナ」
ミーナが立ち上がった。
前へ出る。
杖を構える。
珍しく真剣な顔だった。
杖が動いた。
線が引かれていく。
途中で曲がった。
変な方向へ曲がった。
ミーナが首を傾げた。
やりなおす。
また曲がった。
三度目。
今度は線が途中で消えた。
「えー、なんで消えてまうん?」
ミーナが声を上げた。
くすくすと笑い声が起きる。
ミーナは振り返って肩をすくめた。
「むずかしいな、これ」
あっけらかんとしていた。
席へ戻りながら、こちらへ目を向ける。
「エリオ、がんばりや」
小声だった。
エリオは頷いた。
「次、エリオ」
立ち上がる。
前へ出る。
石畳のうえに立ち、空を見た。
ここへ描く。
杖を構えた。
動かす。
光の線が引かれた。
消えない。
そのままつづける。
曲線。
直線。
交差点。
頭のなかの図と照らし合わせながら、ひとつずつ描いていく。
やがて最後の線が繋がった。
魔法陣が完成した。
魔力を流す。
次の瞬間、小さな炎が灯った。
他の生徒と、同じ炎だった。
「……あ」
声が出た。
手のなかから、何かが出ていった感触があった。
水が流れるような、でも、それとも違う。
うまく言葉にならない。
ただ、自分のなかにあった何かが、外へ出た。
杖を握る自分の手を見た。
また炎を見た。
胸の奥が、静かに熱くなる。
魔法が使えた。
それが嬉しいというより、可能性が広がった気がした。
遠い場所にしか生息しない魔物がいる。
採取がむずかしい素材がある。
魔法が使えるなら、届く場所が増えるかもしれない。
まだわからない。
でも、昨日より少しだけ前に進んだ。
頬が自然と緩くなる。
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授業が終わったあと、ミーナが声をかけてきた。
「なあ、もう少し練習してもええ?」
「いいですよ」
「ありがとう。つきあって」
人が減った広場の隅で、二人並んで杖を構えた。
ミーナが描き始める。
線が途中で消える。
「あかん」
やりなおす。
また消える。
「なんで消えてまうんやろ」
エリオはミーナの杖の動きを見た。
描くこと自体は、それほど悪くない。
ただ、線が消える瞬間がある。
「魔力の通し方にムラがあるんだと思います」
「ムラ?」
「線を引きながら、いっしょに魔力を流さないといけない。でもミーナは描くことにいっぱいで、魔力が切れている気がします」
「……そんなん、いっしょにできるん?」
「できるはずです。前の人たちはできていたので」
「うーん」
ミーナがもう一度試みた。
今度は線が少し長く残った。
でも次の曲線で消えた。
「やっぱあかん」
ミーナが唸る。
エリオも少し考えた。
言葉にしようとすると、どこかが抜けてしまう。
感覚の話だから、うまく伝えられない。
「すみません、もっとうまく説明できればいいんですけど」
「ええよ別に」
ミーナはあっさり言った。
「エリオに全部教えてもらわんでも、練習したらできるようになるやろ」
「そうですか?」
「そうやよ。最初からできる人なんておらんやん」
エリオは少し考えた。
「ミーナは、できないことをあまり気にしないんですね」
「気にしてもしゃあないやん。できひんもんはできひんし、やったらできるようになるし」
「……そうですね」
「なんか納得いかん顔してる」
「してません」
「してるって。眉間にしわ寄ってるもん」
ミーナが笑った。
エリオは眉間に手を当てた。
寄っていた。
「……してましたね」
「正直でよろしい」
ミーナがまた笑う。
エリオも少しだけ口の端が上がった。
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廊下の掲示板に人が集まっていた。
前期の期末試験の結果が張り出されているらしい。
エリオは人の隙間から覗き込んだ。
一番上にエレオノーラの名前があった。
二番目に自分の名前がある。
エリオは掲示板から目を離した。
――特待生の資格はだいじょうぶだ。
魔法学園にいられる。
それだけでいい。




