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第1話 あの日、私は守れなかった

私は今年で小学校教員3年目になる、佐倉さくら あおい、25歳だ。

最初は毎日が不安と緊張の連続だったけれど、ようやくこの学校の空気にも、子どもたちのリズムにも慣れてきた。朝の職員室でコーヒーを飲みながら「今日も頑張ろう」と心の中で呟くのが最近の小さなルーティンになっている。

特に、今担任している2年1組の子どもたちが大好きだった。

まだ幼さが残る彼らは、失敗してもすぐに立ち直り、素直に喜び、純粋に泣く。成長の瞬間を間近で見られることが、この仕事の何よりの醍醐味だった。2年生は本当に可愛い。1年生の頃より少し生意気になってきた分、愛おしさも増している。

その日も、5時間目の算数はいつものように賑やかだった。

教室に入ると、子どもたちが一斉に顔を輝かせた。

「先生、今日も掛け算やるの!?」

「うん! 今日は7の段をしっかりやろうね。先生もめっちゃノリノリでいくから、みんなついてきて!」

「はーい!!」

元気な返事が教室中に響き渡る。私は黒板の前に立ち、袖をまくって気合を入れた。

「よーし、みんな! 声出して一緒にいくよー! 7の段いってみよう!」

私は大きく手を叩きながら、明るい声でリードした。

「7×1=7!」

「7!」

「7×2=14!」

「14!」

「7×3=21!」

「21!」

子どもたちは体を揺らしながら一生懸命に声を揃えてくれる。後ろの席で少し照れながら唱えている子、前の席で大きく手を振ってノリノリの子、みんなそれぞれの個性が出ていて微笑ましい。

特に、いつも元気な大輔くんが立ち上がって「7×4=28!」と叫んだ瞬間、クラス中が笑いに包まれた。

「大輔くん、ノリ良すぎ! でも正解だよ!」

「やったー!」

そんな和やかな時間が続いていた。

私は黒板に次々と答えを書きながら、心の中で思っていた。

(本当に、この瞬間が好きだな……)

子どもたちの笑顔を見ているだけで、疲れなんて吹き飛んでしまう。3年目にしてようやく、そんな風に思えるようになった。

しかし——その穏やかな時間が、突然引き裂かれた。

ガタンッ!!

後ろの教室の扉が、ものすごい勢いで開けられた。

一瞬、教室が静まり返る。

入ってきたのは、私と同年代くらいの若い男だった。服装は薄汚れたパーカーとジーンズ。顔は青白く、目は血走っている。そして右手には、銀色に光る大きなナイフが握られていた。

「…………」

男は無言で教室を見回した。

私は咄嗟に黒板の前から前に飛び出し、両手を広げて子どもたちを背後に庇った。

「みんな! 後ろに下がって!! 絶対に動かないで!」

声が少し震えてしまった。それでも必死に叫ぶ。

「あなた! その刃物、下げなさい! ここは学校です! 子どもたちがいるんですよ!」

男はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。足音が教室の床に不気味に響いた。

子どもたちの何人かが小さな悲鳴を上げ、後ろの壁際へ逃げていく。泣き出す子、先生の背中にしがみつく子、恐怖で固まっている子——。

(武道の経験は確かにあるけれど……)

私は学生時代に空手を6年やっていた。黒帯こそ持っていないが、基礎はしっかり身につけている。でも、それは道場での話だ。実際の凶器を持った相手と戦うなど、想像したこともなかった。

それでも、逃げるわけにはいかない。

(戦うしかない……!)

私は深く息を吸い、左足を少し後ろに引いて自然体に近い構えを取った。心臓が激しく鳴っている。

男が突然、飛びかかってきた。

最初の蹴りを私は紙一重でかわし、カウンターで掌底を顔面に叩き込んだ。しかし相手はびくともしない。むしろ興奮したように笑いながら、ナイフを振り回してくる。

激しい攻防が始まった。

私は必死に距離を取り、蹴りで牽制しながら隙を狙う。相手の動きは荒々しいが、力とスピードは明らかに私を上回っていた。訓練された人間の動きではなかった。狂気と憎悪に突き動かされた、異様な執着を感じる。

「くっ……!」

腹部に強烈な蹴りが入った。息が一瞬止まるほどの衝撃。

体がよろめいた隙に、男はさらに迫ってくる。ナイフの刃が光る。

私は最後の力を振り絞って防御姿勢を取ったが——首元に冷たい感触が迫った。

(もう……だめかも……)

視界がゆっくりと赤く染まっていく。

遠くで子どもたちの泣き声が聞こえる。

「先生……!」

「やめてぇ……!」

(ごめんね……みんなを守れなくて……)

体が崩れ落ちる感覚と共に、私の意識は暗闇に沈んでいった。

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