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走って、とんで、跳ねて、転んで、笑って。

「おかあさま。この子がハチミツで、このこがマーブルなの」


 屋敷へ戻って、ハロルドから紹介されたのは、耳が垂れて人懐っこい顔をした蜂蜜色の大きな犬と、オレンジと黒がマーブル状に混ざったふんわりとしたサビ猫。


「蜂蜜みたいな色だからこの子はハチミツなの?」


「そう。マーブルもね。マーブルケーキみたいでしょ」


「初めまして、ハチミツ。それとマーブル。二匹とも、ようこそ」


 地面に膝をついて両手を差し出すと、それぞれフィリスの手のひらをくんくんと嗅いで、ぺろりと舐めた。


「貴方のお友だちにようやく会えてうれしいわ」


 途端に、ハチミツは尻尾をぐるぐるまわし、マーブルも尻尾をたてて喉を鳴らしながら頭をフィリスの膝に擦り付ける。


「ふふ。ハチミツもマーブルも、おかあさまに会えてうれしいって」


「良かったわね、ハリー。ようやく二匹を紹介できたわねえ」


 後から次姉のエイダが声をかけてきた。


「エイダ様。今までお世話になりました。ヤング伯爵家の皆様には本当に……なんとお礼を言えば良いのか」


「いいえ。私たちもハリーが大好きだから。お役に立てて何よりよ。親子で暮らせるようになって本当に良かったわね」


 ハロルドとエマたち──アーロンには『亡くなった』と説明した人々はヤング伯爵領にある治療院へ移され、後遺症の治療を受けた。

 ハロルドが意識を取り戻した時に目が見えないことを知ったヤング伯爵が、早急に自領に滞在している異国の医師に診てもらった方が良いと提案してくれたためだ。

 使用人たちは適切な治療でみるみるうちに回復した。

 しかし、ハロルドの目の状態は思わしくなかった。


 ケイティたちがハロルドは生きていると知れば次の手段を講じるかもしれない。

 目が不自由な状態のハロルドが襲われたなら、ひとたまりもない。

 苦肉の策として、ハロルドと数人の使用人たちが亡くなったとアーロンに知らせることにした。


 そして、亡くなったことにされた使用人たちはヤング伯爵領にとどまり、ハロルドの専属使用人として働いてくれているうちに月日が経ち、更に別の医師を呼び寄せたことによりハロルドは次第に光と色を取り戻していった。


 ただ、アーロンたちを欺くためにも、フィリスはハロルドと離れて暮らさねばならなかった。

 幼い子どもを独り他家へ預けたままにせねばならないばかりか、それは長期に及んだ。

 機能回復の治療を介助できない自分は果たして母親と言えるのかと悩んだこともある。

 

 しかし、ヤング家の人々は心優しく、ハロルドを実の子のように大切に育ててくれた。

 ある日、動物好きでもあるエイダが試しに羊飼いから譲り受けた犬と猫をハロルドに会わせてみた。

 ハチミツとマーブルは生後半年ほどのやんちゃ盛りだった。

 しかし、二匹とハロルドはすぐに仲良くなって、その日から寝起きを共にして、一緒に転げまわるようになった。

 そうしているうちに、不思議とハロルドの治癒が早まったとヤング夫妻は言う。 


「ありがとう、ハチミツ、マーブル。これからもハリーをよろしくね」


 二匹は心得たとばかり、ハロルドの周りをぐるぐる回り、彼も嬉しそうに声を上げて笑う。


 なんて、幸せなのだろう。


 完全に治ったわけではなく、昔のように鮮明に全てが見えているわけではない。

 文字を読むときには眼鏡が必要だ。

 だけど、走ることが怖くない状態にまで回復したことを、フィリスは感謝してもしきれない。


「だけど、本当に良いの? もう危険なことは去ったのだから、ハロルドをお披露目しても構わないと思うのだけど」


「いいえ。アルフレッドはもう既に立派な当主です。お義母様の目に狂いはありませんわ」


 エイダの言葉に、フィリスは首を振った。


 誰もはっきり口にしないけれど、おそらくジェイクは捕縛されたのだろう。

 ハロルドがここで堂々と過ごしているのが何よりの証拠だ。

 アルフレッドと、義姉たちの夫や家臣たちが何らかの手を打って、もう幕を下ろしたのだとフィリスは理解している。

 幼い頃のジェイクの、何かを言いたげな顔が頭をよぎった。

 家族の毒に染まっていない頃のジェイクは頼りなげで、あの時弟として接することができたならと思ったこともある。

 でも。

 彼の犯した罪は決して許されない。

 フィリスは目を閉じて、十歳のジェイクに別れを告げた。


「私とハロルドはアルフレッドの家族として家臣として、皆さんに恩返しができれば、とても幸せだと思います」


 ケイティが処刑されたとタウンハウスの執事から知らせが届いた。

 本来なら、身内が犯罪者であるフィリスとハロルドは今すぐ出ていくべきだ。


 しかし、アルフレッドは学生の身であり、領地経営までは手が回らない。

 まだ十代半ばになったばかりというのに、貴族の当主としての重荷を背負わせて申し訳なく思う。

 フィリスはこれから出来得る限り彼を支え、せめて後任が育つまでは責任をもって仕事をしたいと願った。



「貴方が何を考えているか……まるまるお見通しだけど」


 エイダが深々とため息をついた。


「え?」


「まあ良いわ。すべては、おいおいね」


 エイダが軽く口笛を吹くと、ハチミツが一声鳴いてお座りをする。


「ほら、ハリー」


 侍従から結んだロープを受け取り、ハロルドに差し出す。


「うん、ありがとうエイダかあさま」


 かあさま、と呼ばれてエイダは相好を崩した。


「ふふ。可愛いったらありゃしない──ほら、お行きなさい!」


 エイダに背中を軽く押されてハロルドはハチミツの玩具を片手に走り出すと、二匹も興奮した声を上げて駆けだした。


「ハチミツ─! マーブル! 投げるよ~」


 毬が転がるように、ハロルドが芝生の上を走り回る。

 笑って笑って。

 とんだり跳ねたりせわしなく動いて、時には転んでまた起き上がって笑って。


 それを見守るフィリスとエイダも笑った。


 ブルーノ家の庭が一気に明るくなった。


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