疑わしきは
「お義母さま! 今度こそ必ずアーロンの子どもを……、男の子を産みます! ブルーノ家には跡継ぎが必要なのですよね。絶対に私が産みますから、だからどうか……」
話し合いが再開されるなり、ケイティは跪いてグィネスに縋った。
「ケイティ。アーロンに子どもがいなくても、ブルーノ家は別に困りはしないのよ」
「──え?」
「親族から養子を迎えればよいだけのこと。実際、すでに養子縁組している子どもがいて、後継者教育も始めているわ」
「そんな、聞いていません。そんな嘘はやめてください。アーロンはまだ若いのに酷すぎる」
「嘘をついても仕方ないでしょう。幸いなことにアーロンには三人の姉がいて、それぞれ多くの子どもを成してくれた。例えその子たちが後継者にならずとも、ブルーノの血を引く者はたくさんいるの。アーロンの子どもに拘る必要はないのよね」
ふっと皮肉な笑みを浮かべ、グィネスはケイティとジェイクを見つめる。
「ハロルドを倒れされたなら、次の後継者。またその者が何らかの不慮の事故に遭ったとしても、次の血縁を据える。候補はざっと十数人あまりで国外で暮らす者もいる。それだけの人材が我が家にはあるわ。どうする? 彼らを一掃する手立てを考えるのは大変ね」
「…………っ」
「……まるで。彼の死に我々が関係しているとでも言いたげですね」
ケイティは力なく座り込みカタカタと小刻みに震え出し、ジェイクは慎重に言葉を選ぶ。
「レイチェルも先ほど口にしたけれど、確かに証拠は何もないわ。別邸の洗濯女も雑貨屋の女性店員も行方知れずですもの。あるのは、アーロンからのカードを添えて送られてきたクマのぬいぐるみだけ」
ビクッとケイティの肩が大きく揺れた。
「─クマのぬいぐるみ? ……ああ。義兄さんから聞きました。『ハリー』がとても気に入ってくれて」
「そう。『お気に入りだったから棺に入れた』。そうアーロンに告げるよう、フィリスに指示をしたのは私よ」
「母上? どういうことですか?」
アーロンが顔色を変えて立ち上がる。
「あのぬいぐるみが届いてしばらくして……。まずハロルドに異変が起きて。それから乳母のエマ、専属の騎士と侍女、フィリス、私……。ハロルドに接触した人ばかりが似た症状で苦しんで、最初は感染症だと思い込んだ。そんな中、何故かベッドメイクの侍女たちも重症になった。そこへ、エイダの元にいた家庭教師が駆け付けて、流行り病ではない可能性があると告げたの」
老教師、ベルン。
彼女は様々な貴族の貴婦人たちと関わる。
親密に接しているうちに、時には懺悔を聞くこともあった。
「『妖精の悪戯』」
「……え?」
ジェイクが虚を突かれたような顔をした。
「……昔、一部の貴族の間である秘薬がそう呼ばれていたそうよ。妖精にとっては『ちょっとした悪戯』だけど、人間には有害となる。そんな意味でね」
「母上、何の話です」
詰め寄ろうとする息子に、グィネスはその場にとどまるよう手で合図した。
「彼女の話を聞いて、ハロルドの身の回りの物を調べているうちにクマのぬいぐるみにたどり着いた。中を開けてみると、綿に『妖精の悪戯』がまぶされていて、ぬいぐるみに圧力をかけるたびに粉が舞い散る仕掛けになっていたわ」
「つまりは……どういうことですか」
「『妖精の悪戯』は無味無臭。その粉を吸った者は粘膜に炎症を起こし咳と鼻水とのどの痛みを訴え、発熱もする。一見、風邪の症状にしか見えないけれど、重症の人は衰弱して、呼吸がままならなくなる。大量に粉を吸い込んだのはもちろんハロルドだった」
「そんな……」
アーロンはハロルドの墓前でのフィリスとの会話を思い出す。
お気に入りだったと。
『ぼくのおとうと』と言って、いつも抱きかかえていたと。
そして、フィリスやグィネスはハロルドと一緒に過ごすことが多い。
昔は一緒に寝ていると聞いたことがあった。
「待ってくれ。そんなことって……」
血の気が引いて、立っていられなくなったアーロンを騎士たちが抱えて椅子に座らせた。
「ぬいぐるみに細工するなんて……なんてひどいことを。いったい誰がそんな事をしたのでしょうね」
まるで世間話をするかのようなそぶりのジェイクに気色ばむ人もいたが、グィネスは苦笑するしかない。
「まったくね。酷い人もいるものだわ」
問答の続く中、フィリスは両手を強く握りしめ堪えた。
このやり取りは、想定内だ。
しかし実際に目の当たりにすると、あまりにも辛い。
ハロルドや病床に就いた人たちの苦しみなど、全くの他人事のジェイクに殴りかかりたい衝動を何度も抑え、叫び出したいのを飲み込む。
「運と人。それと先例に助けられて、私たちは生き延びた。だからこうやって貴方たちと向き合うこともできるのね」
グィネスはゆっくりと周囲を見回す。
「まず、我々が罪に問うのは窃盗罪よ」
「く、首飾りはアーロンが私にくれたのです! だから──」
ケイティが即座に反論する。
「そうね。でも、首飾り以外はジェイク。貴方が盗んで金に換えた。アーロンが酔っぱらっていた時にくれたと言い訳するなら、偽名の必要はないわよね?」
「──そうですね。迂闊でした。転売したのは、私です。間違いありません」
「ジェイク!」
あっさり罪を認めた弟に、ケイティは高い声を上げる。
「ケイティ・ウエスト準男爵令嬢。貴方はブルーノ伯爵夫人に対する数々の無礼で罰を受けてもらうわ」
「そんな!」
「私は確かに、流産だけは絶対にさせてはならないと皆に言ったわ。子が流れたらそれを盾に何らかの要求をするのは目に見えていて、口実を与えないための苦渋の選択だった。だけどまさかここまで調子に乗るとは予想外だったわ。本当に好き勝手にやってくれたものね。まさかこの国の中心で愛人が正妻を召使にして髪を切り刻むなんて、正気じゃないわ」
ケイティは息をのむ。
グィネスだけでない。
この場にいる人々はみな、ケイティを怒りに満ちた目で見ていた。
「わ、私じゃありません! 侍女たちが勝手に……っ」
「そう。その侍女たちが進んで切り刻んだフィリスの髪を、誰かさんは使用人を集め、笑いながら暖炉の中へ投げ入れて見せたそうね」
「──あっ」
「私の命令で貴方を厚遇したけれど、貴族籍を書き換えたわけではない。もし生まれてきたのが本当にアーロンの子だったとしても立場が変わることはなかった。貴方に当主夫人の適性がないのは明らか。貴方の両親が爵位をはく奪された理由と同じくね」
言い訳を探しているのか、ケイティは浅い呼吸を繰り返しながら目を何度も瞬せる。
そして、アーロンはまるで抜け殻のように椅子に座り込んでいた。
「托卵を画策したかどうかはこの際どうでもいいの。そもそもケイティの子どもをブルーノの一員として認知しないと、国と家門の総意で最初から決まっていたから」
「そんな」
「だから、囲われの身で男を買って妊娠したことについて、私たちは罰しない。男女間の痴情のもつれに口出しするほど暇じゃないわ」
「母上」
アーロンが縋るような声で呼びかけたが、グィネスは応えることなく裁きを下した。
「ジェイクは騎士団へ引き渡し、ケイティは産後間もないので監視付きでここにとどめます」
フィリスは強く目を閉じる。
真実は目の前にあるのに、あと一歩。
手が届かなかった。
「ハロルド……。おかあさま……」
悔しさと歯がゆさだけが残った。




