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雛鳥のピッピちゃん

 それから半月経ったある朝、この日も僕はルナちゃんと一緒に小川ではなちゃんを洗っていた。


 すっかり日課になった水遊びで、はなちゃんは気持ち良さそうにごろんと横になって水を浴びている。


「昨日もお仕事お疲れ様。はなちゃんも良く頑張ったね」

「パオ」

「はなちゃん、本当にこれがお好きなんですね~」


 ギルドで受けた仕事の労を労いながら僕とルナちゃんの二人でその巨体をデッキブラシで磨いてあげると、はなちゃんは嬉しそうに鼻を上げた。


「そういえばセレナさんなんだけど、今朝も起きてから見てないんだよね~」

「お姉ちゃんなら朝早くから仕事に行きましたよ。今回も帰りが遅くなるって言ってました」

「そうなんだ。セレナさんも冒険者だもんね」


 セレナさんも腕利きの冒険者としての活動が忙しいのか、最近は僕もあんまり顔を合わせていない。


 そんなことを思い出していたら、はなちゃんが鼻から水を吹き出して僕にかけてくる。


「ひゃあっ、冷たい!」

「ブロロロ……」

「もー、やったな~!」

「ルナも一緒しますっ」


 僕たちはびしょ濡れになるのも構わないで水遊びを楽しんだんだ。


 一旦おうちに帰って着替えると、窓越しにはなちゃんが顔を寄せている。


「どうしたのはなちゃん?」

「ブロロロ……」

「何か気になることがあるんでしょうか?」

「あ、ルナちゃんっ」


 いつの間にか隣できょとんと首をかしげているルナちゃん。


 おうちの外に出るとはなちゃんがしゃがんで待っていた。


「乗ればいいんだね?」

「パオ」


 まず僕がはなちゃんの背中によじ登って、それからルナちゃんの手をとって上から引き上げる。


 毎日の筋トレが効いてきたのかな、前よりも楽にはなちゃんの背中に乗れるようになってきたかも。


「はなちゃん?」


 そんなことを思っていたらはなちゃんが僕たちを乗せて森の方に歩きだした。


 はなちゃんの揺れる背中も、今では慣れを通り越して心地よくさえなっている。


 のっしのっしと歩みを進めるはなちゃんに揺られていると、どこからかけたたましい声が聞こえてきた。


「何だろう?」

「ルナ、ちょっと怖いです……」


 背後からひしっとしがみつくルナちゃんに、僕は思わずドキドキしてしまう。


 ルナちゃんの髪からは花のような清々しい香りがするし、何より柔らかな身体の感触が直に伝わってくる。


 ていうかルナちゃん、お胸も少し膨らんできた?

 まだ小さいけど一際柔らかな感触まで感じるよ。


「どうしたんですかユウキくん?」

「ううん、なんでもないっ」


 キョトンとするルナちゃんの質問を僕が誤魔化すのをよそに、はなちゃんは森の奥までずんずんと足を速めていく。


 そして木々が密集して薄暗くなってきたところで、僕たちは大きなカラスのような鳥が騒いでいるのを目にした。


「クァー!!」

「カァー!!」


 僕が街中で見知っていたのよりも遥かに大きなカラスが円を描くように何かを取り囲んで騒いでいる様子に、僕は思わずビクッ!としてしまう。


「なんか怖いね……」

「ギャングクロウですね、ルナも初めて見ました……!」


 あの大きなカラス、ギャングクロウって言うんだ。


 だけど何をやってるんだろう?


 様子を見ているとギャングクロウの喧騒に混じって弱々しい悲鳴が耳に届いた。


「ピィ……!」

 この声は明らかにギャングクロウのじゃない。もしかしてっ。


「はなちゃん、あのギャングクロウたちを蹴散らして!」

「パオ!」


 僕の命令に応えたはなちゃんが大きな耳を広げ、トランペットのような声をあげてギャングクロウの集まりに突進する。


「パオーン!!」

「「「クァー!?」」」


 はなちゃんの突撃にビックリしたギャングクロウの何羽かが飛び退くと、取り囲んでいた中心にポワポワとした雛みたいなのが目に飛び込んだ。


「ピィ……、キェエ……!」


 ギャングクロウにつつかれても、雛は抵抗もしないでただうずくまるだけ。


「あの子、可哀想です……!」

「助けよう! はなちゃん!」

「パオ!」


 僕たちの意思を読み取ったはなちゃんが大きな耳を広げてギャングクロウを威圧する。


「ズオオオオ!!」

「クァー! カァアー!!」


 だけどギャングクロウたちもはなちゃんに怯むことなく、むしろ逆上したように突っ込んできた。


「ストーン・ショット!」

「パオオオ!!」


 僕の呪文ではなちゃんが鼻から石礫を弾丸のように乱射、向かってきたギャングクロウたちを迎撃する。


「クァーアア!?」

「クァー!!」


 はなちゃんの放った石の弾丸に、さすがのギャングクロウたちもたまらず飛び去っていった。


 たくさんいたから羽音もすごい!


 ギャングクロウを追い払ったところで、僕たちははなちゃんから降りて、襲われていた雛に歩み寄る。


 遠目で見ていたときはよく分からなかったけど、この雛意外と大きい。具体的には大型犬くらいはありそう。


 それに生え揃ったばかりの羽は色とりどりの彩色をしている。


 だけどそのきれいな羽も今はところどころ血で滲んでいた。


「可哀想……」

「そうだ。はなちゃん、お願い」

「パオ」


 もう一度はなちゃんに乗った僕が手当てのために近づこうとすると、雛は弱々しくも羽を広げて威嚇をする。


「ピィ……、キョエ……!」

「どうしよう、これじゃあ近づけないよ」


 警戒する雛にルナちゃんが立ち上がった。


「ルナに任せてくださいっ」

「ルナちゃん?」


 僕がキョトンとしている前で、ルナちゃんが雛にゆっくり歩み寄る。


「ピギィ……!」

「大丈夫、怖くないですよ~」


 優しく声をかけながら近寄るルナちゃんは、続いて雛の目の前に手を差し出した。


「ピッ!」

「うっ!」


 その瞬間雛がルナちゃんの手に噛みついたものだから、僕は慌ててしまう。


「ルナちゃん!?」

「ルナは平気です。よしよし、もう大丈夫ですよ~」


 噛まれても怯むことなく、ルナちゃんは雛の頭をなでてあげた。


「ピィ……」

「――今なら大丈夫ですよ、ユウキくん」


 ルナちゃんが雛をなだめてくれたところで、はなちゃんに乗った僕は改めて雛の手当てを始める。


「ヒーリング・シャワー」


 頭に浮かんだ呪文を唱えると、はなちゃんの鼻からチョロチョロと光り輝く水が流れて、雛の傷をたちまち癒した。


「ピィ? ピィ~!」


 元気になったのかな、雛が嬉しそうに鳴いているよ。


「良かった……、これでもう安心だね」

「はい!」


「ピィ~ピィ~!」

「よしよし、あなたも甘えん坊ですね~」


 すり寄って甘える雛を、ルナちゃんは優しく抱きしめる。


 ……ちょっぴり雛が羨ましい、なんて思ったのは内緒。


 そうかと思えばルナちゃんがなにか思い立ったのか顔をすくっとあげた。


「――そうだ、この子に名前をつけてあげないと! えーと~、ピッピちゃんなんてのはどうでしょうか?」

「ピィ!」


 ルナちゃんの提案を気に入ったのか、雛は嬉しそうに一声あげる。


「決まりですね! よろしく、ピッピちゃん」

「ピィ~、ピッピ!!」


 喜ぶピッピちゃんを優しくなでるルナちゃんだけど、僕はあることが引っ掛かっていた。


 よろしく、ってもしかして……。


「――待って、まさかその子を連れて帰るつもりなの!?」

「もちろんです! だってこんなあどけない子を森の中に放っておくわけにはいかないじゃないですか!」


 すっとんきょうな声を出す僕に対して、ルナちゃんは当然といったばかりに主張した。


 ホントに大丈夫なのかな……?

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