温室にて
庭は異空間だった。
荘厳な館のしつらえとは違い、人工的なものの存在をほとんど感じさせない自然の庭。
咲きほこる花、すっくりと伸びた木々、修繕されたのだろうまだ真新しい煉瓦は欠けひとつなく、爽やかな彩りに噴水の水がきらりと華を添える。
見事なものだ。
しかし、メルジーナ嬢の姿は無い。
「どうぞ。お嬢様……じゃなかった。お姉様は温室にいるはずです」
(温室。ふうん)
前を歩いて案内するティモシーの細いうなじを見ながら、リアは思った。
(病弱ということしか記録になかった。メルジーナ嬢は社交界にデビューした記録もないし、容貌も定かでなかったな。どのような人物なのか)
「姉上様は、長い間ご病気でいらっしゃったとうかがいました」
と、リアが切り出す。
「ええ。そうなんです。僕が屋敷に来る前はよく体調を崩していたらしいです。だけど、昔高熱を出して以来は回復して、最近は具合もいいようです」
と、ティモが言った。伏し目になりながら、温室のドアに手をかける。
長い睫毛が少年らしいほっそりとしたかんばせに影を作る。
(そうですか。それは何よりですね)
「睫毛長い、可愛い……何この生き物」
「え?」
「あ、いいえ……何でもありません」
うっかり言葉と思考が逆になっていた。
危ない。
リアは初めて感じる《推し》への情熱に胸が締め付けられていた。
美貌の皇太子や年齢不詳の大公など、異様な顔面偏差値の中で生きていたリアだが、幼い頃からの耐性があるせいか、幸か不幸か男性にときめくことはこれまで一切無かった。
しかし、突然巡り合ってしまった美少年。
まさに天使という他ない、ティモシーの魅力に抗えなかった。
(これは街でもてはやされるのも分かる。分かるというか、誰かと共有したい、この感情を……いや、男として見てるわけじゃないのよ、落ち着くのよリア。世界一可愛い動物に巡り合ったような、そういう興奮というか……応援したくなるというか、もっと見ていたい、いろんな姿を見てみたいというか、ああ、どうしてこんなことを考えてしまっているの! 仕事よ! 仕事!)
「リアさん?」
硝子の温室の入り口の扉を開けながら、ティモシーは小首を傾げる。
(あああぁぁぁぁぁっ! 天使!)
リアは深く息を吸い込み、肺を空気でいっぱいにすると息を止め、興奮した脳が酸欠状態になるまで待った。
そしておもむろに息を吐きだすと、
「……大丈夫です。行きましょう」
心を鎮めて歩みを進めた。
帝国の懐刀と言われるリアの、全力の精神統一だった。
外よりも温かい空気がふわりとリアの体を包む。
上質そうなテーブルがちょこんと置かれ、黄色や緑の実をつけた幾本もの珍しい木や苗に囲まれて、彼女は優雅にお茶を飲んでいた。
金髪の絹糸のような髪がはらりと揺れて、陶器のような肌をした少女が顔をあげた。
少女の姿を見て、リアは息をのんだ。
透明感が過ぎる。
水の中から現れた女神のような一種の神々しささえ感じる。
今まで立場上、皇帝と共に様々なパーティや会合に出席してきた。
幾人もの令嬢を見たが、これほどの人には会ったことがない。
美しいという言葉では表せない、圧倒的な存在感がある。
(リーメンシュナイダー伯爵は隠されていたのだな。確かにご令嬢がこのような方ならすぐに評判になるはず。そうなっていないのはひとえに、伯爵の手腕のおかげということなのか? いや、案外食わせ者なのかもしれないな……)




