お嬢様、街へ繰り出す
例によって《お散歩》をしにいくと言ったメルジーナに、メイドのマリーはいい顔をしなかった。
「郊外とはいってもエデルナッハは街でございますから、会う人にはお気をつけなさってくださいませ。不埒な輩に絡まれないか、マリーは心配ですよ。まあ、ティモがいるなら少しは安心ですけれどね、それでもお嬢様は今までほとんど街には出たことがないんですから、本当にお気を付けていただかないと」
「マリー、ありがとう。いつも私のことを気にかけてくれて。私もそろそろ一人で出かけるのを増やさないとね。いつまでも屋敷に閉じ籠ってばかりじゃあいけないわ。少し怖くても……勇気を出さなきゃね。心も体も強くならなくては」
メルジーナが静かに言うと、
「あの、病弱だったお嬢様が……!」
と、マリーは瞳をうるませていた。
勝った、とメルジーナは思った。
この華奢で繊細な風貌をフル活用する術が分かってきた。儚げなのは見た目だけで、中身は強かなメルジーナである。
果たして、メルジーナの目的はエデルナッハの街にあった。
例によって護衛役となったティモだったが、今回はきちんと従者の身なりをしている。
メルジーナも目立たないよう地味で簡素なドレスを着ているが、今回はきちんと女性のなりをした。
「それで? 今回は何の御用ですか、おじょーさま」
問いかけるティモに答える代わりにメルジーナは目的の店を探す。
空気の精として漂っていたときの自身の記憶が確かなら、きっとこのあたりにーー。
「あった!」
洋服、小物、化粧品?
それとも菓子の類いか、歌の関連か、あるいは本かと狙いをつけていたティモの予想は全て外れた。
「……嘘でしょ?」
彼は呆然と呟いた。
メルジーナの白魚のような細い指が示していたのは、
「よかった!あった! ここに間違いないわ」
今にも朽ち果てそうな古びた酒場だった。




