お嬢様の一仕事
その日彼女は早く起きた。
まだ暗いうちから自室でごそごそ準備をする。
今日は一仕事しなければならなかった。
必要な物を麻の袋に入れてひとまとめにしておく。
昼間、厨房からちょこっと、いや、わりとがっつりと拝借しておいた《例のブツ》である。
紐をくくりつけて窓の外に放り投げる。
この時間ならば誰も起きてはいまい。
大きさはそれほどないので庭園にそのまま落ちていても誰も気にとめないだろう。
そもそもあのさびれた庭園に誰かが行くこともないだろうが。
万が一にでも料理人のウッツやグンターに見つかるとまずいから、早めに回収せねば。
メルジーナはふふふと笑みを浮かべた。
事情を知らない第三者が見れば、白磁の肌の令嬢の神秘的な笑みと思うだろう。
しかし実際のところは物語の魔女でいう《キッヒッヒ》、つまりは何かを企んでいるときにこみあげてくる笑いであった。
ツァイデルの都にほど近い、ここエデルナッハの本宅はメルジーナにとって思い出深い場所だ。
それはもちろん幼少期の思い出としての意味合いではなく、転生の始まりの地という意味においてだ。
転生したメルジーナはこの部屋で目覚め、介抱された。
肉体をもつのは久しぶりだったので、最初は戸惑ってしばらくばんやりとしていた。
しかし、奇跡が起こったと涙を流しながら手を取り合う大人たちを見て、全力で甘えることにした。
昔は七人姉妹の末の娘だったので可愛がられることには慣れていた。
家族たちも使用人も、ちやほやとしてくれていたが、メルジーナは様子をうかがっていた。
自分の欲望を発現させる機会を。
すなわち、《絶対に男性と恋愛して結婚したいのよぉぉっ》ということである。
私利私欲はなはだしいのだが、一つだけ、メルジーナの名誉のために言うならば、これは極めて純粋な《欲》だった。
金持ちになりたいとか、周囲にうらやましがられたいとか、高価なものが欲しいだとか、普通、ひとつの《欲》にはさまざまな《欲》が付随してくる。
しかし、メルジーナの願いはただ一つだった。
(未来の旦那さんと、らぶらぶ、というのを……やってみたいのよぉぉっ!)
ここまで芯のある煩悩の徒も珍しかった。
メルジーナとしては未来の旦那様との《愛》という一点だけが重要であり、それさえ手に入れられればその他はどうでもよかった。
しかし哀しいかな、オンボロ屋敷は結婚に不利であった。
だから、改善しなければいけないと思った。
ここ数日、メルジーナは全力で頭をひねったのだった。
そしてひらめいたことがあった。
それを今日はついに実行にうつすのである。
(待ってなさいよ未来の旦那様! 私がきっと小金を産んで、このボロ屋敷を生まれ変わらせるわ! そう、せめてあの庭園くらいは、美しい憩いの場にしてみせるっ!)
メルジーナが厨房からちょろまかして麻の袋に入れた物。
それがリーメンシュナイダー家を、ひいてはリシリブール帝国そのものを揺るがすことになるとは、このときのメルジーナにも誰にも分かってはいなかったのだった。




