エーヴァルトパパの憂慮
リーメンシュナイダー家は曲がりなりにも伯爵家の一族である。
先の海戦で武功をあげた先々代のおかげで伯爵領はずいぶんと広い。
しかし、現在当主のエーヴァルト・リーメンシュナイダーの悩みは尽きなかった。
エーヴァルトは顎髭を撫でながら、細く長くためいきをついた。
本家の書斎には書類がまだまだ高く積まれている。
書類仕事に慣れている身とはいえ、この量を毎日はさすがにうんざりする。
ここ最近はずいぶん多いのだ。
リーメンシュナイダー領は自然が豊富だ。
海沿いの美しい小さな港町、リンスター。
帝国の首都ツァイデルからほど近い、城砦の町、エデルナッハ。
ワインとクルミを特産とする森と渓谷の田舎町、セール。
これらの町を中心とした三地方からなるのがリーメンシュナイダー家の治める領地だ。
どれも歴史のある町である。
しかし当主・エーヴァルトは近年、悩みが尽きなかった。
何よりも深刻なのは、税収が見込めないことだった。
温情派で通っているエーヴァルトでもこの状況は見逃せない。
このままの状況が続くならば、増税もやむを得ないかもしれない。
それほどに領地の廃れは広がっていた。
先代から徐々に始まった領地の荒廃は、エーヴァルトに代替わりしてからも続いている。
自身も、その父も享楽にふけるようなタイプではなかったのにこの有様だ。
妻のカタリーナたちが避暑に行っているリンスターでは近年漁獲高が著しく落ちている。
仕方がないので漁業だけでなく林業も支援して土地を拓いたり、農地への塩害対策で水門を作ったり干拓をしたりとやっているのだが農民の暮らしは貧しいままだ。
今、エーヴァルトが留守番をしている本宅のあるここは、城壁の町のエデルナッハだ。
一応城壁という観光資源はあるものの、いまいち魅力に欠けるのか観光客は増えない。
ツァイデルに近いので物資はそこそこ豊富ではあるが、それだけだ。
可もなく不可もなくといった評価が一番適当だろう。
渓谷の町セールにいたっては帝国の中心部から離れているせいか、そもそも人口が少ない。
きわめて少ない人数で生産しているためか、特産品のクルミもワインも歴史はあるのに市場にほぼ流通しない。森の木々ばかりが元気で、対して人間は高齢化が進んでいる。
そんなわけなので、リーメンシュナイダー領は貧しく、ひいてはリーメンシュナイダー家の財政もひっ迫していた。
こうして書斎で頭を抱えるのもこれが初めてではない。
最近は白髪も増えてきたエーヴァルトは、帝国中央部から届く形式的な書類の山にサインをしながら、頭の片隅でどうしたものかと考える。
考えるが、良いアイディアなど突然思いつくわけもない。
貧乏貴族であるせいで、妻にも子供にも迷惑をかけている。
もう少し良いものを食べさせたり、与えることができればいいのだが。
エーヴァルト伯爵は避暑に行っている妻と娘のことを思った。
あの子は元気でやっているだろうか?
養子のシュテファンが慇懃なノックをして部屋に入ってきたので、エーヴァルトの思考もそこで中断された。
ああ、ランチまでに半分でも書類が片付けばいいのだが。




