76:二人のお祭り1
前回のざっくりあらすじ:ニースはセラと仲直りした。
セラの誕生日は、穏やかな秋晴れとなった。グスタフは自分の部屋で朝早くから、ジーナとマルコムに話をしていた。グスタフの話を聞いて、ジーナは怒りに肩を震わせ、立ち上がった。
「そんなの、断れば良かったでしょう⁉︎」
「ジーナ、本当にすまない! だが、仕方ないんだ。分かってくれ!」
床に額を擦り付けるようにして謝るグフタフだったが、ジーナは腕を組み、仁王立ちで睨みつけた。
「信じられないわ! なんでよりによって今日なのよ! セラちゃんのお祝いは、どうするのよ⁉︎」
ひたすら謝り続けるグスタフだが、ジーナの怒りは止まらない。ジーナのあまりの剣幕に息を潜めていたマルコムだったが、小さくため息を吐き、声を挟んだ。
「ジーナ、そろそろ許してやれよ。それに、せっかくの祭りだ。ニースとセラちゃんのデートに出来るんじゃないか?」
マルコムの言葉に、ジーナの眉がぴくりと動いた。
「二人のデート……」
怒りに歪んだジーナの顔は、ニヤリと不敵な笑みに変わった。
「それはいいわね……。二人をくっつけるには、ちょうどいいわ」
キラリと怪しく目を光らせるジーナを見て、グスタフは慌てて立ち上がった。
「お、おい、ジーナ。二人はもう仲直りしたと、メグが言ってたぞ。もうそれでいいわけで……」
ジーナがギラリと、鋭い目をグスタフに叩きつけたので、グスタフは最後まで言いきる事が出来なかった。蛇に睨まれた蛙のように、グスタフはしゅんと肩を落とした。
「わかりました……」
グスタフの返事を聞いて、満足げにジーナは頷いた。
「そうと決まれば、早速計画を立てましょー!」
いつもの明るさを取り戻したジーナの声に、マルコムは苦笑いを浮かべ、グスタフは青ざめた。
明るい朝日に照らされた町では、これまでどこにいたのかと思うほど、たくさんの人々が活気にあふれて動き出した。朝食を食べに、ニースがラチェットと部屋を出ると、セラとメグに会った。ラチェットは穏やかに、二人に声をかけた。
「おはよう、二人とも。セラちゃん、お誕生日だね。おめでとう」
「ありがとうございます!」
喜ぶセラを見て、ニースは微笑んだ。
「おめでとう、セラ」
セラは頬を赤く染めて、にへらと笑った。
「ありがとう、ニース」
窓から差し込む朝日に照らされて微笑み合う二人は、キラキラと輝いて見えた。ラチェットとメグは、二人の姿に目を細めた。
「仲直り出来て良かったわ」
「そうだね。お疲れ様、メグ」
「ラチェットも、お疲れ様」
四人は和やかに会話をしながら、久しぶりに同じテーブルを囲んだ。小さな宿の朝食は簡単なもので、毎朝ほとんど変わりがない。籠に盛られたパンに、野菜の入った日替わりスープ。それから、ジャムとチーズという簡単なものだ。食事の内容はいつもと変わらないはずなのに、ニースには、ずっと美味しく感じられた。
楽しく朝食を食べながら、メグはグスタフから聞いた話を、ニースたちに話して聞かせた。ニースは食事の手を止めて尋ねた。
「お祭り?」
「そうなの。昨日雨が上がったから、秋祭りをやるらしいわ。お父さんが夜遅くに帰ってきて、言ってたのよ」
セラは、パンにたっぷりと赤い林檎ジャムを塗りながら、キラキラと目を輝かせた。
「どんなお祭りなんですか?」
メグは、いたずらっ子のような笑みを浮かべると、一転して、ふっと目をすわらせ、表情を暗くした。
「それがね……お化けのお祭りらしいわよ……」
「ひっ……」
おどろおどろしいメグの声に、ニースはテーブルにパンを取り落とした。ラチェットが苦笑いを浮かべてパンを拾い、表面を払った。
「メグ、そんなに驚かせちゃダメだよ」
「ふふ。ごめんね、ニース」
メグは楽しそうに笑うが、ニースは、おどおどしたままだ。ラチェットは、カタカタと小さく肩を震わせるニースの前に、新しいパンの入っている籠を寄せた。
「お化けって言っても、お化けになるのはニースたち、子どもなんだよ。だから驚かされるのは、僕たち大人の方。そんなに心配しなくて大丈夫だよ」
ラチェットが、拾い上げたパンを口に放り込むのを見て、ニースはごくりと唾を飲んだ。
「ほ、本当ですか? でも、なんでぼくたち子どもが、お化けになるんですか?」
メグが温かなスープを飲み、ニースに答えた。
「冬になると、寒さで体調を崩して亡くなる人が多いから、病魔を寄せ付けないために、子どもに仮装させるらしいわ。子どもをお化けだと思わせて、手を出させないようにするんですって。面白いわよね」
セラはパンを食べ終えると、また一つ手にとって、真っ赤なジャムをたっぷりつけながら、メグに尋ねた。
「でも、それでどうして、お祭りで大人を脅かすんですか?」
「町の色んな所から現れる、お化けの子どもたちに慣れて、大人は病への抵抗力を身につけようってことらしいわ。これも変わった風習よね」
「そうなんですね」
セラは頷くと、ジャムを塗ったパンをニースの皿に乗せた。ニースは、ほっと胸をなでおろした。
「ありがとう、セラ。……そのお祭りって、町中でやるってこと?」
「そうよ。夕方から夜にかけてやるみたい。鐘の音を合図に、子どもたちが大人を脅かして回るんですって。それで日が沈んだら、町の広場で踊るそうよ。楽しく騒いで、病魔を追い払うってことらしいわ」
ニースは、パンを千切りながら首を傾げた。
「そうなんだ。じゃあセラのお祝いは、いつやるの?」
メグはカップを置いて、肩をすくめた。
「それが問題なのよ。夜の踊りの時に演奏してほしいって、お父さんが頼まれちゃったみたいでね。朝になったらマルコムと相談するって言ってたけど……。たぶん今頃お父さんは、お母さんに怒られてると思うわ。今日は珍しく、お母さんが早起きだったから」
ニースは、怒るジーナの姿を思い浮かべ、ぷるりと身を震わせた。恐怖を誤魔化すようにパンを口に入れると、パンは甘くて美味しかった。しかし口元に付いたジャムは血糊のように赤く、口を拭ったニースは小さな悲鳴をあげた。
ニースたちが食後のお茶を飲んでいると、マルコムがやってきた。
「お、みんないるな。セラちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、マルコムさん」
セラが微笑みを返すと、マルコムは厨房から朝食を乗せたトレイを受け取り、隣のテーブルについた。
「いやあ、ジーナには敵わないな。あんなにグスタフが小さく見えたのは、久しぶりだよ」
おどけたように肩をすくめるマルコムに、ラチェットは苦笑いを浮かべた。
「マルコムさん、それで座長はどうするんですか? セラちゃんのお祝いは?」
「それなんだがな。祭りの舞台に、俺たちも出ることになった」
メグが驚き、目を見開いた。
「え⁉︎ どういうこと⁉︎」
「まあ、落ち着けお嬢。これはジーナの発案だ」
マルコムの言葉に、さらにメグは混乱した。
「意味がわからないわ。お母さんがそんなことを言うなんて」
マルコムは、はははと笑った。
「お嬢の言うことも、もっともだよなぁ。だが、本当の話だし、安心していい。舞台が終わったら、すぐにセラちゃんのお祝いをするから」
マルコムが、セラにパチリと片目を瞑ると、セラは嬉しそうに頬を緩めた。
「ありがとうございます。楽しみにしています」
マルコムはセラに頷くと、ニースとセラの顔を交互に見た。
「それで、二人にはちょいと頼みがあるんだよ」
マルコムの言葉に、ニースは首を傾げた。
「頼み……ですか?」
「ああ。新しい歌は、もう完成してるんだろう?」
マルコムがラチェットに尋ねると、ラチェットは戸惑いながら頷いた。
「ええ。完成はしてますが……もしかして、祭りで歌わせるんですか?」
「ああ。二人にも、一曲歌ってもらおうって話になってな」
ラチェットは、気遣うようにちらりとニースに目を向け、小声でマルコムに尋ねた。
「ですが、まだ歌い手は狙われてるんじゃ……」
「そこは心配ない。ちゃんと考えがある。それに、ただ歌うだけじゃなくて、新しい手品も加えることにした」
マルコムの言葉に、メグが訝しげな目を向けた。
「新しい手品って、まさか、私たちが練習していた……?」
マルコムは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。というわけで、朝食が終わったら、すぐに準備を始めるぞ。ニースとセラも、覚悟しておいてくれ」
ニースとセラは、不思議そうに顔を見合わせたが、ゆっくり頷きを返した。メグとラチェットが不安げに顔を歪める中、マルコムは黙々と朝食を平らげていった。
午前中のうちに、公演の準備と手品の練習を終えたニースは、ジーナの部屋へ向かった。ニースが扉を叩くと、ジーナは笑顔で部屋から出てきた。
「ニースくん、待ってたわー。はい、これ。ちゃんと出来てるわよー」
ニースは、セラのクリーム缶と同じ、小さな銀色の缶をジーナから受け取った。ニースが蓋をかぱりと開くと、中には花の香りのする乳白色のクリームが、ぎっしり詰まっていた。
「ありがとうございます、ジーナさん」
ニースが缶を懐にしまい、微笑むと、ジーナはひらひらと手を振った。
「いいのいいのー。無くなったら、いつでも私が足せるから、セラちゃんに伝えておいてねー」
ニースは、ぺこりと頭を下げると、マルコムの部屋に向かった。マルコムも、ニースがやってくると笑顔で部屋に迎え入れた。
「もらってきたか?」
「はい、マルコムさん」
ニースは、懐から缶を取り出した。マルコムは、テーブルの上にニースが彫った木板と、ニースが磨いた蛍石の首飾りを置いていた。
「ちゃんと紐はつけておいた。これでいいか?」
ニースは首飾りを手に取って、しげしげと眺めた。
「はい。大丈夫です。……セラ、喜んでくれるかなぁ?」
不安げに呟くニースの頭を、マルコムがくしゃりと撫でた。
「大丈夫だ。俺が今まで見た、どんな蛍石の首飾りより綺麗に出来てる。きっとセラちゃんも気にいるさ」
ニースは、マルコムを見上げて微笑んだ。
「そうだといいんですけど」
ニースは、そっと首飾りを置くと、用意したプレゼントをマルコムに手伝ってもらいながら、綺麗な紙で包んだ。最後に艶やかなリボンで結び、立派な包みが出来上がった。
「しっかり渡せよ、ニース。仕掛けを忘れずにな」
ニースは、きりりと表情を引き締めて、しっかり頷いた。
「はい。頑張ります」
ニースは包みを懐にしまい、部屋を出た。マルコムはニースの後ろ姿を、ニヨニヨと笑みを浮かべて見送った。
昼食を終え、ジーナの部屋に呼び出されたニースとセラは、困惑していた。セラは、震える声でジーナに尋ねた。
「あの……ジーナさん、本当にこれを着るんですか?」
ジーナは、当たり前だといわんばかりに笑顔を浮かべた。
「もちろんよー。そのために、大急ぎで作ったんだからー」
ジーナの言葉に、ニースは顔を引きつらせた。
「ジーナさん……。今日はセラの誕生日なのに、どうしてぼくまで?」
ジーナは当たり前だと言わんばかりに、ニースの肩に手を置いた。
「それはもちろん、お化けの仮装が必要だからだけどー。それとは別に、可愛いからよー!」
ニースに向けられたジーナの目には、強い意志が込められていた。ニースは逃げられない事を悟り、がっくりと項垂れた。ニースの目は、死んだ魚のようになっていた。




