60:皇都の店
前回のざっくりあらすじ:皇都でルイサと出会った。
ニースたちが皇都に到着した日から、依頼の日である皇女の成人の儀が行われる日まで、十日あった。その日の晩餐会で、一座は演奏を行う予定だ。グスタフとマルコムは皇宮の侍従たちと打ち合わせを行い、ニースたちは舞台へ向けて練習や準備を行った。しかし、それでも十日という日は長い。ニースたちは、合間を見ては皇都内を見て歩いた。
ある日ニースは、メグ、ラチェット、セラ、バードと共に、町の中を歩いていた。バードの散歩という名目だが、バードは今では時折一羽で外に遊びに行く事もある。ニースとラチェットは、実際は荷物持ちのため、メグに連れ出されていた。メグはセラを連れて買い物に出かけるのが楽しくて仕方ない様子で、何軒も店を見て回っていた。皇都の店の多くはレンガや石造りの店で、入り口の前に布の庇を張り出している。そこに商品を並べ、客引きをするのだ。しかし、大通りの中心部にある店は、一風変わった店構えが多かった。通りに面した壁には大きなガラス窓があり、その内側に、様々な服を人形に着せて飾っていた。メグとラチェットは見慣れているようだったが、ニースとセラには初めての光景だ。人間が立っているのかと思い近寄ると人形だったので、最初は驚いた二人だったが、慣れてくると歩きながら左右に並ぶ店をキョロキョロと眺めて歩いた。
やがて、際立って大きな店の前に差し掛かると、メグが目の色を変えた。
「あ! あの服可愛い! ちょっと見てくるから、ここで待ってて」
メグとセラが店へと入っていくのを、ニースとラチェットは荷物を抱えて見送った。しかしその直後、ラチェットが小さく声を上げた。
「あ……。まずいかも……」
「どうしたんですか?」
ラチェットは、店をじっと見つめていた。ニースは、ラチェットが見つめているのが、店の看板だと気付いた。
「パトリック商会……。パトリック商会って、もしかして……?」
「ああ。あのパトリック商会だよ。うっかりしてた。ここは皇都なんだから、あって当たり前なんだ。パトリック商会の本店だよ。ここ」
ラチェットの言葉に、ニースの血の気がさっと引いた。二人は街路樹の陰へ移動すると荷物を置き、店の入り口を覗き見た。
「どうしたらいいんでしょう。もし、メグたちがパトリックさんと会ったら……」
「パトリック会長が何かするとは思えないけど、メグが何もしないとは言えない……」
二人の頭には、メグがパトリックに啖呵を切る姿が浮かんでいた。二人はぷるりと身震いをし、顔を寄せ合った。
「皇女さまのパーティの前に、問題になったら困りますよね?」
「ああ。パトリック商会は、皇都有数の大商会なんだ。歴史は浅いけど、規模は大きい。警備兵が呼ばれる騒ぎにならなければいいけど……」
木陰にいる二人のことを、誰も気にも止めはしない。しかしニースとラチェットは、囁くように話し合った。すると、バードがニースの肩に止まり、髪を嘴で引っ張った。
「バード、どうしたの? 遊んでほしいの?」
ニースが問いかけると、バードは土の地面へ降り立ち、足で器用に何やら模様を描き始めた。ニースはバードが遊び始めたと思い、すぐに視線を店へと戻した。しかしラチェットは、じっとバードの動きを見ていた。
「バード、君はすごいな。絵まで描けるのかい?」
ラチェットが感嘆の声を漏らすと、バードはラチェットの顔を見て胸を張り、くるっぽーと自信満々に鳴いた。そして、描いた模様を見ろとでも言うように、嘴で地面を突いた。
「ん? 何の模様だ?」
「ラチェットさん。それより、メグたちをどうにかしないと……」
ニースは、なかなか出てこない二人にハラハラした様子で、店の入り口を見ていた。そんなニースの足を、バードは突いた。
「いたっ! バード、ごめんって。でも、今はそれどころじゃ……あれ?」
ニースは、バードの描いた模様を見て、何かに似ていることに気がついた。
「ラチェットさん、これって、手紙みたいに見えませんか?」
「手紙……?」
ラチェットは、首を傾げてもう一度模様を見た。バードの描いた模様は、四角の中に十字の線が引いてあり、十字の中心から、何本も波線が引かれているという形だった。
「いや、手紙というより、僕には贈り物の箱のように見えるけど」
「そうですよ。だから手紙なんです」
「ニース、どういうことなんだい?」
ニースはラチェットに話しだした。
ニースが生まれ育ったアマービレ王国では、手紙は「言葉の贈り物」と考えられている。これは、単に気持ちを綴った文章を届けるからではなく、手紙の形が贈り物に似ているからだ。アマービレ王国では、国が発行した切手を使い、手紙が届けられる。切手はリボンのような長い紐になっており、経由する町で運送料として少しずつ切り取られるのだ。遠い町まで届けられる手紙には、投函直後は何本も切手がつけられているため、くるりと綺麗に手紙に巻かれ結ばれている。それはまるで贈り物の箱のリボンのようにも見えるため、大切な言葉の贈り物と、王国の人々は捉えていた。
「そう言われれば、確かにそうかもしれない」
「でも、なぜバードは手紙の絵を描いたんでしょうか」
「その理由は、僕には分かる気がするな。ちょっと待ってね」
ラチェットは、懐から紙切れと木の棒を取り出すと、何やら文字を書く仕草をした。
「ラチェットさん。木の棒で何をしているんですか?」
「これ? そうか。ニースは知らないんだね。これは、鉛筆という物だよ」
「鉛筆ですか?」
「そう。真ん中に絵具を固めたような物が入ってるんだ。インクとペンを持たなくていいから、出先だと便利だよ。……出来た」
ラチェットはにっこり微笑むと、紙切れをクルクルと小さく丸めた。すると、バードがラチェットの手に飛び乗り、丸めた紙を掴み飛び立った。バードが、するりと店の中へ入り込んでいくのを見て、ニースは呟いた。
「もしかして……」
「そう。伝書鳩だよ。それにしても、バードってすごいね。僕たちの話を理解してるってことだよ。それに絵も描けるし、頭もいい。誰かに躾けられていた鳥なんじゃないかな」
「誰かに……マーサおばさんかな……?」
マーサは、料理も掃除も何でもこなす、すごい女性だ。マーサが細かな芸をバードに仕込んでいたとしてもおかしくないと、ニースは思った。ラチェットは、関心しきりと頷いた。
「あとで忘れずに、座長とマルコムさんに言わないと。鳩が絵を描けるなんて、すごい演目が出来そうだし」
「バードって、そんなにすごい鳥だったんですね」
ニースはバードのことを、パンを食べるのが下手な、可愛いだけの鳥ではないと見直した。しばらくすると、バードを肩に乗せて、メグとセラが足早に店から出てきた。ニースたちはメグに手を振ると、荷物を抱えて宿へ駆けていった。
ニースたちは宿へ戻ると、真っ直ぐにグスタフの部屋へ向かった。メグがノックもせずに扉を開けると、グスタフは風呂から出た所だったので、小さな悲鳴をグスタフが上げた。
「メグ、頼むからノックをしてくれ……」
「お風呂に入るのに、部屋の鍵を閉めないお父さんが悪いんでしょ」
着替え終えたグスタフは、ぷいと横を向くメグに涙目になりながらも、濡れた髪を拭いた。ニースたちは苦笑いを浮かべつつ、メグに促され、椅子に腰を下ろした。グスタフは髪を拭き終えると、席に座った。
「それで? ニースたちも一緒に、突然どうしたんだ」
人数分の紅茶を入れたラチェットが、カップを並べながら答えた。
「今日は無事だったんですが、ちょっとお話しておいた方がいいことがありまして」
グスタフは、カップを持とうとした手を止めて、身を乗り出した。
「ずいぶん物騒だな。今日は無事って、どういう意味だ?」
「お父さん、あのダミ声のおじいさんよ。あのおじいさんのお店があったのよ」
メグの言葉にグスタフは緊張を解き、紅茶を一口飲んだ。
「ああ、パトリック商会のか。そりゃあるだろう。世界を股にかける大商会だっていうんだからな。あのじいさんに会わなければ、問題はない」
メグはグスタフの返事を聞いて、イライラした様子で、カップに砂糖を加えた。
「私とセラが、うっかりお店に入っちゃったのよ? まあ、会わなかったから良かったけど……」
「あの……ダミ声のおじいさんなら、私会いましたけど……」
「え⁉︎」
セラの呟きに、メグはカップを倒した。しかしメグは、こぼれた紅茶を気にするそぶりもなく、セラに詰め寄った。
「いつ⁉︎ いつ会ったの⁉︎」
メグに圧倒されたセラは、戸惑いつつも話しだした。
「あ、あの……お店の中で、メグさんがお洋服の試着をしていた時に……」
メグが店先で見つけた服を試着をしている間、セラは帽子の棚を見ていた。すると、後ろから声をかけてきたのが、パトリックだった。
「それで、そのおじいさんが、帽子を見繕ってくれたんですけど……」
パトリックは帽子の紹介と共に、セラに前髪を上げる髪留めを勧めてきた。セラは断ったが、パトリックはなかなか引き下がらなかった。
「おじいさんは、私に前髪を上げた方が可愛いって言って、私の話を全然聞いてくれなくて。目元に自信がないならメガネもって、メガネまで選び始めて……」
セラがほとほと困っていた所に、パトリックを訪ねる人が現れたため、セラは解放されていた。
「きっと、そのおじいさんですよね?」
こぼれた紅茶を片付けたラチェットが、セラに問いかけた。
「セラちゃん、おじいさんの服装や体型はどんなだったか覚えてる?」
「ええと……。お腹がすごく大きくて、背はちょっと低めで、すごく高そうな服を着ていて……あと金ピカの腕輪をしていました」
グスタフとメグは、顔を見合わせて頷いた。
「セラ、間違いない。そのじいさんが、パトリックだ」
「セラ、ほかに何か変なことは言われなかった? 隠しちゃダメよ?」
セラは少し考えたが、頭を振った。グスタフたちは、ほっと胸を撫で下ろし、メグは、しゅんと肩を落とした。
「ごめんね、セラ。私がお店の名前を気にしていなかったから……」
「いえ! 私、メグさんと一緒にお買い物出来て楽しかったです! だから、気にしないでください!」
セラはメグを慰めるように、まだ飲んでいなかった自分の紅茶を差し出した。メグは礼を言い、カップを受け取った。グスタフは、真剣な眼差しを四人に向けた。
「とにかく、二人に何もなくて良かった。しばらくみんな町には出るな。もうすぐ依頼の日だ。それが終わったら、すぐに皇都を出よう。世界各地を回っているはずの会長が皇都にいるとは、とんだ誤算だった」
グスタフの言葉に、皆一様に頷いた。話を終えて部屋を出ると、中庭に柔らかな夕日が差し込んでいた。ニースたちは、バードの特技について話すのを、すっかり忘れていた。




