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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
593/647

509:想い繋いで3

前回のざっくりあらすじ:レミスの献身でベンはルポル、エリックと合流した。一方、研究所地下へ降りようとしたニースたちは、エクシプナの罠に嵌った。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、暴力的な表現や描写が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、5月9日(土)となります。

 煙の直撃を受けた同盟軍兵士二名が、どうと音を立てて床へ倒れ込む。狭い空間に煙は瞬く間に充満したが、ニースとユリウスは、咄嗟に動いたエルネストとジミーによって事なきを得た。

 驚き固まるニースたちの様子を、どこかから見ているのだろう。エクシプナの感心したような声が、エレベーターに響いた。


『反応がいいな。さすが精鋭と言ったところか。だが、いつまで息が持つかな』


 楽しげに笑うエクシプナの声に、ニースとユリウスは息を止めたまま顔をしかめた。未だ口と鼻は押さえられたままで、二人は緊張を滲ませたものの、エルネストが、ふっと笑みを浮かべた。


「麻痺と眠りの毒か。悪いが、どれだけ待っても俺たちには効かねえよ」


 エルネストは職業柄、様々な毒物の耐性を身につけているため、煙たそうにしながらも平気な顔で話した。その傍らで、煙の直撃を受けなかった同盟軍兵士三名とジミーは、毒ガス対策のために持ち歩いている携帯型の浄化装置を口元に装着した。

 浄化装置は筒状の発掘品で、筒の中程に吹き込み口が突き出ており、顔幅に収まる程度の大きさだ。ニースとユリウスの分も用意されており、二人はジミーから受け取ったそれを横向きに咥え、大きく息を吸った。


『なるほど。無策というわけでもないか。だがどちらにせよ、そこからは出られまい』


 思い通りにいかなかったからか、エクシプナの声音は僅かに落ちたものの、まだ笑みを含んでいた。しかし余裕そうなその声は、あっという間に変化した。


『所長! エレベーターに異常が!』

『何⁉︎』

『コントロールを奪われました! 何者かが、システムに入り込んでいます!』


 慌しげな声がエレベーター内に響き、ニースとユリウスは顔を見合わせ微笑んだ。ココがエレベーターの操作権を奪ったのだ。

 赤かった明かりが白に変わり、エレベーターが動き出す。何も知らない同盟軍兵士が驚いた様子で目を見開き、エクシプナの声に焦りが滲んだ。


『ココか! 機械の分際で……!』


 苛立たしげなエクシプナの声は、ぷつりと途切れ、エレベーターの扉が開いた。それと同時に、エルネストが声を上げた。


「走れ!」


 倒れている二人の兵士を残し、ニースたちは即座に駆け出す。出た先の通路は地下一階だ。操作権をいつ奪い返されるか分からないため、目的地だった地下五階まで降りる事は出来なかった。


「あの人は制御室にいるはずです。このまま階段で第五層まで行きます。ついて来て下さい!」


 浄化装置を外し、ニースは懐からココを放つ。ふわりと舞い上がったココに続いて、ニースたちは走った。

 通路には驚いた様子の研究員たちがいたが、一行は全てを無視して階段を目指す。しかし階段へたどり着いたニースたちの前には、多くの蛇が蠢いていた。


「何だあれは⁉︎」

「あれの半分は偽物です。本物は僕が止めますから、そのまま走って!」


 驚く兵士たちに、ニースはハッキリと言い放った。現れた蛇は、遺跡の防衛機構だと知っていたからだ。かつて砂漠の遺跡で目にしたそれらは、幻影と機械が半々で構成されていた。

 ニースは走りながら、蛇に向かって雷石歌を歌い出す。機械の蛇は、石がなければ動かない。目の前にある無数の石を、ニースは瞬く間に無効化していった。


「蛇が止まった……」

「まだ動いているのが偽物なのか」


 残った蛇は幻影ばかりとなり、兵士たちは感嘆の声を漏らす。ユリウスは、ほっとして笑みを浮かべた。


「ニースが味方で良かったよ。さあ、行きましょう」


 ユリウスに促され、一行は階段を駆け下りる。もう少しでレイチェルの居所が掴めると、ユリウスの目がギラリと光った。



 古代遺跡の通路はどこも似たような白壁で、一目では現在地がどの辺りなのか見分けが付かない。頼りになるのは、壁に浮かび上がっている古代文字ぐらいだ。

 だが機械のココにとって、その程度は何の問題もない。ココは迷う事なく、ニースたちを地下五階の制御室へ向けて先導していく。

 前方からやって来る帝国兵と鉢合わせしないように案内するココのおかげで、ニースたちは順調に階段を降り、通路を走った。


「ニース、このまま敵に会わずに行けると思う?」


 走りながら問いかけたユリウスに、ニースは頭を振った。


「さすがに無理じゃないかな。僕たちが制御室を目指してるのは、向こうも分かってると思うし」

「待ち伏せか。それもそうだね。銃で撃たれたら蜂の巣になるな。火石はオレに任せて」

「うん。よろしくね」


 ユリウスは前方に意識を集中し、火石の気配を探る。敵に撃たれる前に、銃を無効化してしまおうと、ユリウスは考えていた。


 ニースは解放歌に専念しようと、拳を握る。ここまで来れば、交戦は避けられない。エクシプナが罠を仕掛けていた事から、かなりの数の敵兵が待ち受けていると予想され、ニースは緊張を感じていた。

 そんなニースを安心させるように、ジミーが穏やかに口を開いた。


「そう心配なさる必要はないと思います。どれだけ大軍で来ても、通路は狭い。私たちは少数ですが、必ず勝てます」

「そうですね。ありがとうございます、ジミーさん」


 ふっと笑みを浮かべたニースの前で、ココが速度を緩め、警戒を促すように、くるっぽーと鳴いた。

 恥ずかしいからと普段鳴かないココが、鳥を真似て声を出すのは余程の事だ。エルネストたちが剣を抜き、ニースとユリウスは解放歌と火石歌を歌い出す。

 ココがニースのそばへ戻るのと同時に、通路の角から帝国兵が現れ、銃を構えた。


「弾が出ない⁉︎」

「残念だったな……!」


 帝国兵は発砲出来ないままに、エルネストの剣で斬り倒される。怪我を負っているとは思えない動きで、エルネストは次々に敵を屠っていった。


「エルネスト、あまり無理をするなよ」

「おうよ」


 ジミーや兵士たちも、エルネストに負けじと剣を振るう。ニースとユリウスは、積み上がる死体の間を、歌いながら駆け抜けた。


『ニース、このまま行くと十字路にぶつかるわ。そこを右に行って』


 肩に乗ったココが囁き、ニースは皆に指示を出す。ジミーの言った通り、数で押すには通路は狭すぎるようで、一行は着実に前へ進んで行った。


「見えた! あれが制御室です!」

「とにかく中に入るぞ!」


 ニースたちは制御室へ押し入ると、扉を閉ざし、瞬く間に敵を倒して制圧した。しかしそこに、エクシプナの姿はなかった。


「逃げられたか」

「きっとレイチェルの所に行ったはずです」


 通路には未だ多くの敵兵がいる。入り口を塞いでいるとはいえ、いつこじ開けられるか分からない。同盟軍兵士を扉のそばに立たせ、ニースは制御室の機械に手を触れた。

 兵士たちに気付かれないよう、ココが紐のようなものを伸ばして、壁に研究所内の様子を映し出した。


「レイはどこにいるんだ……」


 ユリウスとジミーが焦りを滲ませながら、同時にいくつも映し出された景色を食い入るように見つめる。その中に、数名の兵士を連れて通路を足早に歩くエクシプナの姿を見つけ、ユリウスは顔を歪めた。


「あいつだ! ほら、あれ!」

「本当だ。この通路の先を見た方がいいね」


 ユリウスの上げた声に、ニースは頷き、ココを見やった。ココは無言で、エクシプナの向かうであろう部屋を次々に映し出す。

 そうしてある部屋が映ると、ユリウスが声を震わせた。


「レイ……!」


 待ち望んだレイチェルは、双六角錘の水晶のようなものの入ったガラスの箱の前で、椅子に座っていた。

 ニースがレイチェルの姿を見たのは二年ぶりだ。緩やかに波打つ髪は長く伸びて、飾り気のない裾の長いワンピースを着せられている。その体付きは女性らしさがさらに際立っているが、顔には何の表情も浮かんでおらず、耳には黒っぽい石の耳飾りを付けていた。


「ポルテさんと同じイヤリングだ。ミランさんが言った通りだね」

「あの野郎……!」


 眉根を寄せたニースの言葉に、ユリウスはギリリと歯噛みする。怒りに震えるユリウスを横目に見ながら、ジミーが振り向いた。


「聖女の花の種もあります。何か動かれる前に、行かなくては」

「あの部屋はどの辺りなんだ?」


 ジミーと共に、エルネストも問いかける。ニースとユリウスも注目する中で、ココは壁に見取り図を映し出した。


『ここからそう遠くないわ。行きやすいように、少し通路を動かすわね』


 囁いたココに、ニースは小さく頷き、顔を上げた。


「問題は、ここからどうやって出るかです。何か色々と用意されてるみたいですし」


 壁には、ニースたちのいる制御室の外の様子も映されている。通路に集まった帝国兵たちは、ニースたちが出てきた所を一網打尽にしようとしているようで、用途の分からない発掘品がちらほらと見受けられた。

 考え込むニースに、ユリウスが語りかけた。


「さっきの蛇みたいなの、こっちからは動かせないの?」

「あれは……どうだろう?」

『動かすことは出来るけれど、残ってる数は少ないわ。他にも何か考えないと』


 ニースに目を向けられ、ココは囁き答える。エルネストが、ニヤリと笑みを浮かべた。


「なら、こいつを使うのはどうだ?」


 エルネストは懐から、薬の入った小瓶を取り出した。青緑色の禍々しい液体を、ココが見定めるように見つめた。


『揮発性の毒物だなんて、物騒なものを持ってるのね』

「さっきの煙よりはマシだろう。こいつは痛みを感じないで終わる」


 呆れたように呟いたココに、エルネストは淡々と返した。その物騒な言葉に、どんな効力のものなのか察して、ニースは戦慄した。


「ここは地下ですよ? そんなもの使ったら危ないんじゃ……」

「さっきのガスマスクを使えば平気だ。それにこいつは、そんなに長くは持たない。即効性はあるが、成分が変化しやすいからな。局所的にしか使えねえよ」

「でも……」


 戸惑うニースの肩を、ユリウスが掴んだ。


「ニース、頼むよ。早く行かないと、レイを連れて逃げられる。敵の命よりレイを考えてほしい」

「ユリウス……。分かったよ」


 切実なユリウスの言葉に、ニースはため息を吐きながらも頷いた。ココが全ての準備を終えると、ニースは扉付近にいる兵士も呼び寄せ、簡単に打ち合わせを行った。


 道順と作戦案を共有し隊列も決めると、一行は速やかに行動に移した。

 ココが防衛機構を動かし、多数の蛇を通路に出現させる。味方だったはずの蛇に襲われて帝国兵が動揺した隙に、扉を開いてエルネストが飛び出した。エルネストは間髪入れずに床に毒を撒く。不意を突かれた敵兵は、あっさりとエルネストの毒に倒れた。


「出てきていいぞ」

「もう終わったんですか?」

「まあな。固まってたから、やりやすかった。このアホ共のおかげだ」


 エルネストは局所的だと言ったものの、通路にひしめき合っていた敵は折り重なるように倒れ、ぴくりとも動かない。その中には、手伝いに駆り出されたのだろう、白衣を来た研究員の姿もある。

 エルネストに促され、ユリウスたちと共に制御室を出たニースは、その様に寒気を感じた。


 ――ここにいなかったら、この研究員は死ななかった。望んでここに来たなら仕方ないけど、もし脅されて仕方なく来ていただけだったら……。


 戦いの場に長くいるニースは、死体もすっかり見慣れている。しかし、一瞬にして作り上げられた多くの骸に、ニースは複雑な想いを抱いた。

 だがどれだけ憐んでも、失われた命を取り戻す事は出来ない。ニースは迷いを振り払うように前を見つめ、ユリウスたちと走り出した。

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