510:想い繋いで4
前回のざっくりあらすじ:ニースたちは研究所地下の制御室へ向かい、レイチェルの居場所を調べた。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現や描写が含まれます。ご注意下さい*
*本日の投稿、予定より遅くなりすみません。ちょっとまだ荒い所がありますが、今の体調だとこれ以上の推敲は難しいため、とりあえず投稿致します。
次話はもう少し余裕を持って書きたいので、5月13日(水)に投稿したいと思います。よろしくお願いします。
つるりとした白壁の通路を、ニースたちは全力で駆けていく。ココが通路を操作したため、立ち塞がる敵はそう多くない。エクシプナを追って、一行はひたすらに走った。
「ユリウスとジミーさんは、レイチェルの保護を優先して。それから、銃はあまり使わないでください。僕が合図をするまで、種を傷付けないようにお願いします」
ニースは走りながら、皆に念を押す。聖女の花の種は最終的に破壊しなければならないが、操られた人々を元に戻すには、種に解放歌を歌わなければならない。万が一にも、流れ弾に当たって壊れては困ると、ニースは話した。
真顔で言うニースに、エルネストたちは真剣に応える。そうしてレイチェルのいる部屋へ近付くと、ニースとユリウスは解放歌と火石歌をそれぞれ歌い出した。
「行くぞ!」
エルネストとジミー、三人の兵士が剣を抜き、室内へ飛び込んでいく。そこは部屋というにはあまりに広く、巨大な空間だった。
大型の古代兵器を収納していた格納庫なのだろう。広々としたその場所は、天井も高く向かい側の壁も遥か遠くに見える。
その広大な空間のどこかから、何発もの銃弾がニースたちに向けて放たれた。
「ぐあっ!」
「くっ……歌が届かない!」
ユリウスは黒を二つ持っているが、天の導きと比べれば歌の力はずっと弱い。ユリウスの火石歌では、遠くで構えられた銃を止める事が出来なかった。
同行していた兵士の一人が、銃弾を受けて倒れる。このままでは的になるだけだと、ニースたちは分散して、手近な柱の陰に隠れた。
「こんなに広いなんて……!」
想定外の広さに、ニースは唇を噛み締める。ニースと同じ柱に隠れたのは、エルネストだけだ。ニースの懐にいるココが、気まずそうに囁いた。
『ごめんなさい。この部屋がどういう所なのか、もっと詳しく話しておくべきだったわ』
「……仕方ないよ。さっきは急いでたし、それどころじゃなかったから」
落ち込んだ様子のココを責めるわけにもいかず、ニースは気持ちを切り替える。レイチェルの居場所を探ろうと音風を頼りに目を凝らせば、右の壁上方に床が張り出しているのに気付いた。
「レイチェル!」
まるでテラスのようにも見える張り出し床は、大型兵器の整備の際、足場に使われる場所だ。
しかしそこには、何本もの綱が繋がれた大きなガラスの箱が置かれている。双六角錘の水晶のように見える聖女の花の種を入れたその箱の前に、レイチェルとエクシプナの姿はあった。
「よくここまで来たね。驚いたよ」
レイチェルの腰を抱いて立つエクシプナの手にはナイフがあり、その刃先はレイチェルに向けられている。ニースとは別の柱に隠れているユリウスが、ギリリと歯噛みした。
「レイから離れろ……!」
「それは出来ない相談だ。私も命は惜しくてね」
エクシプナは、くつくつと愉快げに笑う。レイチェルを人質に取られては、身動きが取れない。ニースは眉根を寄せ、声を上げた。
「そうしているのは逃げるためですか」
「いいや。君たちと話をしたいからだよ。こうでもしないと、すぐに襲われてしまうからね」
「僕たちを銃で狙えるのに、ですか?」
「ユリウス君では無理だが、君の火石歌なら止められるだろう? そうされては困るんだよ。君が大人しく出て来るなら、レイチェル君を傷付けないと約束しよう」
エクシプナの話を聞いて、ニースは拳を握りしめる。共に隠れているエルネストが、ニースの耳元で囁いた。
「ニース、行ってこい」
「エルネストさん?」
「お前を生け捕りにしようとしたぐらいだ。お前ならあいつの注意を引き付けられる。俺とジミーなら、その隙を突けるはずだ」
「……分かりました」
エルネストに何か考えがあるのだと悟り、ニースは頷きを返した。エルネストは、ユリウスと共にいるジミーに目線で合図を送る。
ジミーがユリウスに何事かを囁き、ユリウスが苦しげに顔を歪める。ニースは大丈夫だと伝えるように微笑みを浮かべると、表情を引き締め、ゆっくりと足を踏み出した。
「これでいいですか。話って何です?」
「ココはどこにいる?」
目を眇めたエクシプナに、ニースは胸元からココを出した。
「僕と一緒にいますよ」
「そのままココと……それから、ユリウス君にも出てきてもらおうか」
エクシプナに名指しされ、ユリウスも緊張を滲ませながら姿を現した。
「オレも混ぜてもらえるんですね」
「言っただろう。私には必要ないが、君を欲している者もいるんだよ。……さあ、来たまえ。感動の再会といこうじゃないか」
揶揄うように大袈裟に言ったエクシプナを、ニースとユリウスは睨みつけ、ココを抱いて歩き出す。エクシプナは思い出したように、ジミーのいる柱に目を向けた。
「ジミー、分かっていると思うが、君たちが動けばレイチェル君の命はない。護衛諸君はそこから動くなよ」
釘を刺され、ジミーは目に怒りを滲ませ、エルネストは舌打ちする。怒気を背中に感じながら、ニースたちは迎えにきた二人の帝国兵と共に階段を上り、エクシプナの元へ向かった。
テラスのように張り出したその場所は、二階部分に相当する高さだが、作業の邪魔にならないようにか、手すりや柵は存在しない。
下を見れば、広間の壁際をぐるりと囲むように配置されている柱が死角となる程度で、他に身を隠せそうなのは所々に置かれている貨物箱と、古代兵器を運ぶための牽引車ぐらいだ。
ニースは歩きながら、火石の石音を頼りに敵の位置を探った。
――下に三人、上に四人。さっきは上から撃たれたのかな。
ニースたちのそばにいる二人の帝国兵以外に、広間には七人の兵士とエクシプナがいる。対する味方は、エルネストとジミー、同盟軍兵士二人だ。未だ柱の陰にいるエルネストたちは、帝国兵と睨み合いながら、動く時期を図っている。
人数的には倍の差があるが、エルネストとジミーは強い。レイチェルからエクシプナを引き離せばどうにかなるはずだと、ニースは自身を鼓舞した。
そうしてテラスへたどり着くと、足元から不気味な感覚が這い上がり、ぞわりと肌を撫でた。
――何だろう。この床、何かある……。
ニースの感じた違和感に、ユリウスも気付いたのだろう。ユリウスの眉が、ぴくりと動く。するとエクシプナが、ふっと笑みを浮かべた。
「そこで止まれ」
エクシプナの手には、ナイフが握られたままだ。ニースとユリウスは、言われるがままに足を止めた。
「来ましたよ。話って何ですか」
睨み付けたまま言ったニースに、エクシプナは穏やかに答えた。
「レイチェル君が目の前にいるのに、話さなくていいのかな?」
「今話しかけても、レイチェルは答えないでしょう」
「そうか。君たちは、これが何か知ってるのか」
エクシプナは、ナイフの刃先でレイチェルの耳飾りに触れ、黒っぽい石を微かに揺らす。それでもレイチェルは微動だにせず、無表情で宙空を眺めているだけだ。ニースは、拳を強く握りしめた。
「どうしてこんなことを? 人の気持ちを奪って、人形みたいに言いなりにさせるなんて……。これがあなたの求めていた研究成果なんですか?」
「まさか。これは皇帝陛下がお望みになったことだよ。陛下は世界を正そうとされているからね」
薄らと笑みを浮かべたエクシプナの目は、冷たいものだ。臣下としての熱意のようなものを何ら感じられず、ニースは眉根を寄せた。
「あなたは皇帝の願いに賛同しているわけではないんですか?」
「私にとってはどうでもいいことだよ。この世界がどうなろうと、知ったことではない」
エクシプナの目に、ゆらりと暗い色が揺れる。ユリウスが、静かに声を挟んだ。
「それは家族を失ったからですか?」
「なぜそう思う?」
「トリステの丘で、花を供えられた墓を見ました。あなたの妻と娘の墓なんでしょう?」
「私の家族まで知っているのか。パトリック会長から聞いたのかな」
「同情はしますが、亡くなったご家族に顔向け出来ないことはやめてください。復讐したいなら、音楽院に派遣した皇帝を恨むべきだ」
「復讐などする気はないさ。だがそうか。知っているなら話は早いな」
真顔で話すユリウスに、エクシプナは笑みを返した。嬉しそうなエクシプナを見て、ニースは不気味に思った。
「何で笑って……」
「笑いたくもなる。これでようやく、エリダを取り戻せるんだからな」
「娘さんを? 祈歌も聖歌も、亡くなった人には効きませんよ」
「知っているよ。俺を誰だと思ってる」
丁寧な言葉遣いをガラリと変えて、エクシプナは話を続けた。
「歌の力にも限りはある。だがそれを超える存在がいるのも確かだ。そうだろう、ココ」
エクシプナの獰猛な目から隠すように、ニースはココを抱き直した。
「あなたは何を知ってるんです?」
「君こそ、どこまで知ってるんだ。そいつらと通話できる機材は、国外にはないはずだ。どうやって意思疎通を図っている?」
射抜くように見つめるエクシプナに、ニースは無言を貫く。ココが、もぞりとニースの腕から顔を出した。
『ニース、手を離して』
「ココ……」
「ほう。まさか人のように話せるとは。それも白の力か?」
ココの声を聞いて、エクシプナの瞳が怪しく輝く。ココはニースの腕に乗り、エクシプナを真っ直ぐに見つめた。
『残念だけれど、ニースは関係ないわ。あれを読んだなら分かるでしょう? 私に指示を出せるのはカルデナだけよ』
「やはり、お前が聖女のココか」
ココの存在は、聖女の手記にも残されている。アグネスから奪ったそれを通じて、エクシプナはココの様々な秘密を知っていた。
エクシプナは、ニィと笑みを浮かべた。
「消えたお前が戻ってくれて嬉しいよ。お前は最初から異質だった。バード以上に」
『カルデナの日記に書かれていたからって、全てを鵜呑みにしない方がいいわ。あれは仮説に過ぎないもの』
「お前に言われなくても、鵜呑みになどしない。俺はそれの検証をしたいと思っているだけだ。まあ、だからといって、大事な娘の器をお前にする気はないがね」
一人と一匹の会話は、ニースとユリウスには意味の分からないものだ。ニースは困惑し、声を挟んだ。
「器って、どういう意味です?」
「ココの持つ心は、元は人のものだったと聖女は考えていたようでね。亡くなった人間の心……魂と聖女は呼んでいたが。それが機械に入り込んだのがココだと、手記にあった。もしそんなことが本当に出来るなら、試してみたいと思うだろう?」
「まさか、奥さんと娘さんの心を取り戻そうとしてるんですか?」
唖然とするニースに、エクシプナは微笑みを浮かべた。
「ココとバードが逃げたせいで、俺は家族を失った。だが音楽院での研究で、人の心に歌が作用することが分かった。聖女の仮説通りに、魂に形を変えて人の心が死後も残っているなら、それにも歌の力は届くはずだ。こうして心も消せるんだから、移すことも出来るはずだろう? 機械ではなく、心を失くした人にだって入れられるかもしれない」
レイチェルの頬に触れて話すエクシプナの声は穏やかだが、隠しきれない狂気が満ちている。現実味のないその願いに、ニースはおぞましさを感じて身を震わせた。
「意味が分からない。死んだら終わりだから、生き物なんですよ。それに、心を消すとか移すとか……そんなのおかしい。そんな歌があるわけない」
「ないなら作ればいいだけだ。君なら出来るだろう、ニース」
思いがけないエクシプナの言葉に、ニースは目を見開いた。
「なんで僕が?」
「君のセンスは素晴らしいものがある。誰も気付けなかった覚醒歌の秘密に気付いたし、歌を音楽にしたのも君だ。ぜひ研究に協力してくれ」
「断ります!」
ニースは思わず叫んだが、エクシプナの表情は変わらなかった。
「まあそうだろうな。だからこうさせてもらうよ。……レイチェル、歌え」
耳元で囁いたエクシプナの声を合図に、レイチェルが歌い出す。初めて聞くその歌に、ニースとユリウスは身を固くした。
「何だ、この歌?」
「響石の歌に似てるけど、歌言葉が違う……」
『繋鎖歌だわ! ニース、解放歌を!』
慌てた様子で上げられたココの声に、ニースは、はっとして歌い出そうとした。だがそれより早く、聖女の花の種が黒く染まり、ニースたちのいる床に紋様が浮かび上がった。




