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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
583/647

499:決戦を前に1

前回のざっくりあらすじ:ニースたちは、飛空船でビオスタクトから飛び立った。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、4月9日(木)を予定しておりますが、都合により遅れるかもしれません。遅れる際は、活動報告にてお知らせしたいと思います。

 世界の中心に空いている大穴を避けて、夜空を渡った飛空船は、丸一日後には帝国中央部へたどり着いた。

 ニースたちが前線を離れて一ヶ月半ほどが経っており、帝国の短い夏は終わっている。すでに冬の始まりとなっているラソプノ大陸の夜空は、幻想的に輝くオーロラに包まれていた。

 緑や青、紫と色を変える光の帯の中から、巨大な鳥の船が姿を現す。バードが先に地上へ降り、ニースたちが空から来る事をフィリップたちへ伝えたため、同盟軍は驚いたものの、大きな混乱は生まれなかった。


 薄らと雪が積もり、寒さで凍りかけている大地に、飛空船はゆっくりと垂直に舞い降りた。興味津々といった様子で同盟軍兵士たちが取り囲む中、白い息を吐きながら外へ出てきたニースたちを、ユリウスは歓喜の声で迎えた。


「ニース、おかえり! うまくいったんだね!」

「ユリウス、ただいま。ラチェットさんたちのおかげだよ」


 ニースに続いて、ラチェットたちも姿を現す。懐かしい面々に、ユリウスは感極まった様子で頭を下げた。


「ラチェット先生! シーラ先生とジョルジュ先生まで。来て頂いて、ありがとうございます!」

「ああ。久しぶり」

「元気そうで良かったわ」

「ユリウス君も、よく頑張ったね」


 ラチェットたちと、にこやかに挨拶を交わすユリウスの傍らで、フィリップとアンヘルはニースに語りかけた。


「ニース殿、ご苦労だった」

「これが飛空船か。本当に鳥のようだね」

「はい。ただいま戻りました。こっちの戦況はどうなってますか?」

「包囲網の形成は進んでいる。元々の予定通り、あと十日もすれば完了するだろう」


 シシアでの攻撃を受けて大きく数を減らした同盟軍だが、帝国軍は帝都防衛に集中している。帝国中央部以外の守りは手薄になっているため、帝都を孤立させるべく、同盟軍は動いていた。

 フィリップたち混成軍には、主力部隊を失った皇国軍も編成されている。混成軍がシシア近辺に残り、カルマート国軍が帝都のある盆地北側から。聖皇国軍が盆地の南側へと展開していた。

 話を聞いていたセラは、ちらりとジョルジュを見て苦笑した。


「そうすると、アグネス先生も今はいないんですね」

「ああ。包囲網が完成次第、教授とミラン殿たちは、こちらへ戻る手筈になっている。イサク殿の怪我も、その頃には完治するだろう」


 動けないイサクの代わりに、聖皇国軍にはミランが加わっている。必然的にポルテもミランに同行するため、その介助とミランの()()もアグネスは担っていた。

 カルマート国軍では、ポールやハロルドと、アルモニア音楽院の学生たちが中心となって歌っている。ニースの代役となるユリウスは、混成軍として本陣で歌の力を使っていた。

 近況を話すフィリップに、アンヘルが声を挟んだ。


「司令。詳しくはテントで話されては」

「そうだな。総司令もこちらへ来られている。そちらの方々のことも聞きたいし、鳥の船を使った作戦案についても詳しく練ろう」


 フィリップとベンの叔父で、同盟軍全体をまとめているフォルスは、ニースと入れ替わるように前線へ赴いていた。

 アンヘルの話に、ニースは首を傾げた。


「ラチェットさんたちの紹介はもちろんしますけど、話は明日の方がいいんじゃないですか? こんな夜中に起こしちゃっただけでも申し訳ないですし」

「いや。夜のように見えるが、今はまだ夕食前だ。充分話す時間はある」


 夏と共に白夜の時期は終わり、冬が始まったラソプノ大陸は夜が長くなっている。思いがけない話に、ニースだけでなくセラたちも唖然とした。


「僕たち、向こうを夜中に出てきたんです。丸一日かけて飛んでた感じだったので、明け方なら分かりますけど。まさか夕方だなんて……」

「向こうとは、カルマートのことだな? 丸一日だと⁉︎」

「たった一日で、ここまで来たというのか!」


 アンヘルだけでなく、フィリップも驚き声を上げる。目を見開いた二人に、ニースは苦笑した。


「ええと……そうですね。かなり速いみたいで」

「空を飛ぶというのは、物凄いな」


 感心しきりといったアンヘルの隣で、フィリップが小さく咳払いした。


「取り乱して済まなかった。疲れているなら、詳しい話は明日にしてもいいが」

「あ、いえ。一応、交代で休んでたので、大丈夫なんですけど。みなさんも大丈夫ですよね?」


 飛空船を動かしていたラチェットも含め、ニースたちは船内で仮眠を取っていた。飛行高度や速度、方角などを予め指定しておけば、バードやココに任せてラチェットも休めたのだ。

 振り向いたニースに、ラチェットたちは頷きを返した。


「ああ。僕たちは大丈夫だよ」

「研究してる時は、何日も徹夜なんてしょっちゅうですしね」


 ラチェットとジョルジュの言葉に、シーラとジャンも同意した。


「私たちも平気よ。ね、ジャン」

「これでも一応、軍人だからね。それに、バーテンダーは夜に強いんだ」

「バーテンダー?」


 シーラに寄り添われ、肩をすくめたジャンに、ユリウスは、はっとした。


「もしかして、その人って……」


 警戒心を滲ませたユリウスに、ジャンは切なげに微笑んだ。


「パトリック商会のユリウス君だね。私のことは、司令たちにも直接お話させて頂きたいんだ。いいかな」


 意味ありげなジャンの言葉に、フィリップたちが眉根を寄せる。ニースは慌てて、声を挟んだ。


「ユリウス。ジャンさんは大丈夫だよ。僕が保証するから」

「……分かった」


 ユリウスは迷いを見せたものの、渋々ながらも頷きを返す。冷たい北国の風が、びゅうとニースたちの間を吹き抜けていった。



 フォルスの幕舎は、多くの将校と打ち合わせも出来るような広々としたものだった。火石の暖房器具で暖められた幕舎は心地良く、ニースとセラは肩の力を抜いた。

 ニースは、セラに先に休むよう言ったが、セラは頑としてニースたちから離れなかった。ニースとセラ、ラチェットたちと、ユリウス。そしてフィリップとアンヘル、総司令のフォルスが、テーブルを囲んで座る。

 エルネストとルポル、ベンの三人は、幕舎の片隅に立った。その傍らで、ジミーが皆に茶を入れ始めた。


「カルマートとこちらでは、気温差が激しいでしょう。どうぞ暖まってください」


 幕舎の外は凍えるような風が吹き荒んでいるが、内側には柔らかな紅茶の香りが漂っている。

 ジミーの入れた茶が皆に行き渡ると、ニースはラチェットたちを紹介しようと、口を開いた。


「飛空船の持ち主は、ビオス家になります。そのビオス家を代表して、ラチェットさんに来てもらいました」

「お久しぶりです、フォルス司令」


 共和国の戦いで、フォルスとラチェットは面識がある。フォルスは、にこやかにラチェットと挨拶を交わした。


「まさか教授が鳥の船の持ち主とは。驚きましたよ」

「すみません。あまり公にはしたくなかったもので」

「もちろん、それは分かっております。こうしてご助力頂けることが、どれだけ有難いか」

「レイチェル君は、僕たちの大事な教え子ですから。彼女を救うために、出来る限りのことをしたいんです」


 真剣な眼差しで語ったラチェットに、フォルスは申し訳なさそうに顔を歪めた。


「我々も、そのつもりです。あの話は帝都を攻略するために出た、苦肉の策です。進んで殺したいわけではありません」

「そう言ってもらえると、安心出来ます。僕たちに出来るのは、皆さんを運ぶことだけです。レイチェル君をよろしくお願いします」

「ええ。お力添え頂くのですから。必ず助け出しますよ」


 フォルスの言葉に、ラチェットは、ほっと胸を撫で下ろす。ニースは微笑んで、話を続けた。


「それから、こちらはシーラ先生です。カルマート国軍の諜報員の方ですけど、僕たちは音楽院の事務でお世話になりました」

「ああ。カルマート軍のインベル殿から聞いている。ニース様が動きやすいよう、調整して下さったとか。軍内での立場は大丈夫ですかな?」


 見定めるように話したフォルスに、シーラは、ふわりと笑みを返した。


「ご心配には及びません。ミラン様の件で、少しずつ変化しておりますので」


 ミランがカルマート国軍を離れた事は、カルマート国内で大きな問題となった。軍は情報を制限しようとしたが、カルマートは開かれた国だ。聖皇国を始めとする諸外国からの情報までは規制出来ず、軍務大臣や軍上層部にいる大将格の更迭に繋がっていた。

 インベルが、シーラとジャンにニースを頼めたのも、軍内の派閥勢力が変化したからだ。シーラは口元に笑みを浮かべたまま、キラリと瞳を光らせた。


「レイチェルさんの暗殺について提案したのも、我が軍の司令だったとか。知らせを受けた首相が、大変嘆いておりました」

「なるほど。今回の戦いが、彼の進退に関わるということかな」

「戦果の大小は関係ないかと。下手をすれば、国際問題になりますので」

「そうか。戦いの前に、自暴自棄にならないといいが」

「そうですね。今の話は、ぜひ内密にお願い致します」


 にっこり笑うシーラに、ニースは苦笑しながら、ジョルジュに目を向けた。


「それから、こちらがジョルジュ先生です。シモン先生のお弟子さんです」

「ああ、あなたがジョルジュ先生ですか。先生方の発明品には、大変助けて頂いております」


 シモンとジョルジュの発明品は、多岐に渡る。火石で動く戦車に、水中爆弾。砕氷船の機材も、二人がこの戦時中に生み出したものだ。どれが欠けても、同盟軍は帝国へたどり着けなかっただろう。

 穏やかに話したフォルスに、ジョルジュは照れくさそうに頭をかいた。


「つい色々と、試してみたくなりまして。お役に立てていたなら、何よりです」

「まさか、こちらまでおいで頂けるとは。何か新しい発明品をお持ちくださったのですか?」

「ええ。空から降りるのに必要な、パラシュートというものを」


 ジョルジュは鞄から数枚の紙を取り出し、フォルスとフィリップ、アンヘルに渡した。


「あの船はかなり大きいので、帝都の郊外の限られた場所しか降りれません。ですが、このパラシュートを使えば直接町中に兵士を降下させることが出来ます」


 配られた紙には、パラシュートの図案が描かれている。それは、バードとココから仕組みを聞いた上で、ジョルジュが改良したものだ。

 準備期間は僅か十日足らずしかなかったものの、ジョルジュは試作品で一度飛んでいる。ビオスタクト近郊の山から飛んだジョルジュは、試作品の成功に歓喜したものの、着地に失敗して骨折し、ニースの祈歌で治療を受けていた。


「百名分は、材料も用意してあります。パーツは出来上がっているので、こちらで組み立てれば使えます。もちろん、使用前に訓練は必要になりますが」


 ジョルジュは、身を張った実験を成功させると、出来る限り数を増やせるよう、エルトンに相談を持ちかけていた。そうして、ビオスタクトの町に住む女たちの手を借りて、パラシュートに使う布地の縫製を行ったのだ。

 型紙通りに布を断ち、頑丈に縫い付ける仕事は、用途を知らなくても出来る事だ。多くの人の手を借りて、パラシュートの準備は行われていた。


 興味深げに図案を見ていたフィリップとアンヘルが、感嘆の声を漏らした。


「なるほど。降りる方法が必要なのか。盲点だったな」

「これがあれば、作戦の幅がずいぶん広がりますね。その訓練は、どのぐらいの期間が必要ですか」

「ええと、それは……」


 アンヘルの問いに、ジョルジュは口籠る。その隣で、ジャンが静かに手を挙げた。


「訓練については、私から話させて頂いても?」

「貴殿は……」

「ジャンです。私は元々、帝国のスパイでした」


 はっきりと話したジャンに、フィリップたちが顔をしかめる。ニースは誤解を与えないようにと、声を挟んだ。


「ジャンさんは、今は味方なんです。レイチェルを攫ったエクシプナに、殺されかけたので」


 ニースは、簡単にジャンの経歴を話す。ユリウスが、ぐっと拳を握りしめた。


「シーラ先生を好きになったから、寝返ったってことですか」

「元々、不満があったのもあるが。彼女の存在が、最も大きいのは確かだよ」


 ジャンは、シーラの手を握る。シーラはその手をしっかりと握り返すと、切なげに口を開いた。


「彼のことは、私が責任を持って見ているの。私は彼の恋人だけれど、監視役でもあるのよ」

「シーラ先生が?」

「私は長年、音楽院で子どもたちを陰ながら守ってきたわ。それを軍は評価してくれてね。彼を任せてもらってるの。でもユリウス君は、恋人の私が監視役では信じられないかしら?」


 シーラの問いかけに、ユリウスはゆるゆると頭を振った。


「いえ……。シーラ先生のことは、信じてますよ。先生が大丈夫だと判断なさるなら、オレもジャンさんを味方だと思うようにします」

「ありがとう」


 二人の会話を見守っていたフォルスは、深く息を吐いた。


「シーラ殿のことは、我々は分からないが。ニース様が味方だと仰るなら、我々はそれを信じるしかあるまい。フィリップ、それでいいかな」

「ええ。私は構いません。参謀長は?」

「私ももちろん、大佐殿を信じますよ」


 フォルスとフィリップ、アンヘルの言葉に、ニースは笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。じゃあ、ジャンさん。訓練についての話を」

「ああ」


 ジャンは目を伏せ、気持ちを整えるように息を吐き、話し出した。


「期間がどのぐらい必要かは、実際にやってみないと分からないというのが、本当のところです。安全に降りるための姿勢を覚え、傘を開く高度を知ること。飛び降りに対する恐怖の克服など、やるべきことはいくつもある。ジョルジュ先生は百名分用意したと仰いましたが、実際、何名が飛べるようになるかも未知数です」


 真っ直ぐに顔を上げて話したジャンの話を、フォルスは考え込むように両手を組んで聞いた。


「まあ、確かにそうだろうな。何しろ、これまで誰もやったことがないものだ。実際に船から飛び降りる練習も必要か」

「訓練自体も命がけになります。飛んでいる船からの降下に失敗すれば、とても助からない。その失敗を減らせるよう、訓練方法は考えてきましたが」


 実際には、ジャンが訓練方法を考えたわけではない。しかし、バードとココの正体をフォルスは知らないため、ジャンは自分が考えたように話した。

 話を聞いていたアンヘルが、ふむと頷いた。


「訓練は希望者を募ってやった方が良さそうですね。作戦案は複数考えておきましょう。訓練が長引くようなら、パラシュートでの降下作戦は使えない」

「参謀長殿は、いつ頃が期限だとお考えですか」

「ジャン殿は帝国出身だからご存知かと思うが。あと半月もすれば、この地は丸一日夜の季節になると聞いた。その季節が終わるまでだな」


 ラソプノ大陸の冬には、極夜がある。帝国軍に気付かれずに空を飛ぶには、日中でも日の昇らないこの時期が打ってつけだ。夜闇に紛れれば、帝都の奥深くまで侵入出来る可能性も上がる。

 話を聞いたジャンは、なるほどと頷いた。


「極夜は、確かに紛れるにはちょうどいいですね。ですが、訓練には少々不向きかと。極夜が始まる頃の進捗次第で、使うかどうか決めましょうか」

「ああ。それでいい。希望者はすぐに募るようにしよう。明後日までに訓練を行う人員を決めておく」

「はい。よろしくお願いします」


 互いの紹介を終えたニースたちは、船の保管方法などについて引き続き話し合う。忌憚のない意見を交わすうちに、幕舎に漂っていた緊張感は程よく緩んでいった。

 疲れきったセラが、うとうとと船を漕ぎ出す頃に、ようやく会議は終わった。一行は、夕食を取ろうと揃って幕舎を出る。共に帝都攻略を目指す仲間として、ラチェットたちはすっかり打ち解けたのだった。

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