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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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495:鳥の船3

前回のざっくりあらすじ:ニースたちが互いの近況を話していると、ジョルジュが屋敷に押し掛けてきた。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、4月1日(水)となります。

 二つの月が柔らかな光を落とし、穏やかな夜が更けていく。

 予定より早く到着したニースたちだけでなく、突然押しかけたジョルジュの事も、エルトンたちビオス家の人々は快くもてなした。

 天才発明家シモンの弟子であるジョルジュは、シーラとジャンがいる事に驚いたものの、すぐに打ち解けた。元帝国スパイのジャンは気まずそうにしていたが、ジョルジュは「許せないのはエクシプナだ」と話したのだった。


 楽しい夕食の時間を終えると、女性陣は酒盛りを始めた。遅くなったが、セラの成人を祝おうとジーナが言い出したからだ。

 女だけの話があると、授乳中のメグも茶を飲みながら参加し、幼い子どもたちはグスタフ、マルコム、エルトンとオリビアに預けられ、寝かしつけられた。

 そうして追い出されたニースたち男性陣を、ラチェットが屋敷の遊戯室へ誘ったが、ニースはそれに待ったをかけた。


「あの、良かったら僕の部屋で話しませんか」

「ニースの部屋で?」

「僕が遺跡でしようとしてることを、話しておきたいんです」


 翌日には早速、地下遺跡へ降りる事となっており、その件について話せるのは今夜しかない。しかし遊戯室で話していれば、子どもたちを寝かしつけたエルトンやグスタフたちも合流してしまうだろう。秘密の話をするには、ニースの部屋が打ってつけだった。


 ニースの提案に、ラチェットとイルモ、シーラ、ジャンが頷き合った。シーラはジャンのお目付役でもあるため、()()()を辞退したのだ。

 そんな中でジョルジュが、しゅんと肩を落とした。


「せめてアグネス先生の様子を聞きたかったのに……。私は一人か」


 寂しげに言ったジョルジュに、ニースは頭を振った。


「いえ。ジョルジュ先生も来てください」

「部外者の私がいてもいいのかい?」

「はい。先生の協力も必要になるので」


 ニースの言葉に、同行していたエルネストとベン、ルポルが訝しげに眉根を寄せる。ニースはそんな三人に、大丈夫だと目配せした。


 ――心配させてごめんね。でも、ココに頼まれてるんだ。


 ニースが部屋に皆を誘ったのは、ココの依頼があったからだ。ココは飛空船を飛ばすために、ラチェット、イルモ、シーラ、ジャン、ジョルジュの五人の手を借りたいと、ニースに伝えていた。


 ニースは心の中で謝ると、何も言わずに与えられた部屋へ向かう。エルネストたちは、ニースが決めたならと黙って付いて行った。


「これから話すことは軍事的な機密にもなるんですけど。僕が皆さんに話すのは、そういう意味だけじゃなく、誰にも言わないって信頼しているからです」


 長椅子やソファなど、部屋にある様々な椅子を寄せて座ったラチェットたちを見回し、ニースは口を開いた。

 壁際では、エルネストとベン、ルポルが話を見守る。シーラが真剣な眼差しで声を挟んだ。


「それは軍部にも知られたくない、ということですね?」

「はい。そうです。レイチェルを助けるのに必要だから、使うことにした力なので。それに……」


 ニースは、バードとココがいる胸元に手を当て、言葉を継いだ。


「使おうとしてる物以外にも、秘密を共有してほしいことがあるんです。そっちは、本当に誰にも言ってほしくなくて。守るために」


 ニースは、シーラとジャン、ジョルジュを見つめて言った。その目線を見て、ラチェットとイルモは、自分たちも知っている何かを、ニースがその三人に明かそうとしているのだと気づいた。エルネストたちもニースの意図に気付き、緊張が部屋に走る。

 深刻な表情で話したニースに、シーラとジャンは真摯な眼差しを返した。


「分かりました。何を言おうとしてるのかは分からないけれど、それはニース君が守りたい何かなのね。黙っておきます」

「私も、君を傷付けるつもりはない。必ず守ると誓おう」


 力強く頷いた二人を眺め、ジョルジュは戸惑いながら話した。


「さっきニース君は、私の協力が必要だと言ったね。その秘密の共有は、師匠じゃなくて私で本当にいいのかな」

「はい。シモン先生は研究熱心すぎて、ちょっと怖いので」

「……まあ、それは確かにそうかもね」


 真顔で言ったニースに、ジョルジュは苦笑した。ニースは表情を緩め、穏やかに言葉を継いだ。


「それに一番大きな秘密は、アグネス先生も知ってることなんです」

「アグネス先生が?」

「はい。アグネス先生にとっても、大事な秘密なんです。だからジョルジュ先生なら、黙っててくれると思うので」

「分かった。絶対に誰にも言わない。任せてくれ!」


 アグネスと秘密を共有出来ると聞いて、ジョルジュの目が輝く。ニースは、ほっとして微笑んだ。


「これでいいよね、ココ」


 ニースは言いながら、懐からココとバードを出す。姿を現した真っ白な二羽の鳥に、ジャンが目を瞬かせた。


「まさか……ココとバードなのか?」


 二羽の瞳は左右で色が違うため、特徴的だ。思わずといった風に呟いたジャンを、ココはじっと見つめた。


『お久しぶりね、ジャン』

「なっ……!」

「喋った⁉︎」


 息を飲んだジャンの傍らで、シーラとジョルジュが唖然とする。バードが困惑した様子で、視線を彷徨わせた。


『ココ、本当に良かったの?』

『ええ。エクシーとは切れてるし、もう向こうにつくこともないと思うわ。それに、ジャンも同行するんだから話すしかないでしょう?』


 三人に二羽の正体を明かす事も、ココが言い出した事だった。ニースが感じた通り、かつて帝国スパイとして使われていたココとバードは、ジャンと面識があったのだ。

 ビオスタクトへの道程で、ココはジャンの様子を探り、信用していいと判断したのだった。


 懐かしい知り合いと話すかのようなココの言葉に、シーラが不安げにジャンの手に触れた。


「ジャン、この子たちのこと知ってるの?」

「ああ。まさか喋るとは思わなかったが……。通信機があるわけでもないのに、どうして?」


 二羽が喋れるようになったのは、帝国を離れ、ニースたちの仲間となってからだ。帝国軍はココたちとの意思疎通に特殊な通信機を使用しており、直接言葉を交わした事は一度もなかった。

 驚くジャンに、ココは、ふふふと笑うような声を漏らした。


『理由は言えないわ。でも今はこうして喋れる。それだけよ』

「君が笑うとは……。感情は消去されていたはずでは?」

『それも取り戻したの。ニースたちのおかげでね』

「そうか」


 ココは帝国軍にいた頃、その意思を封じられていた。ただ指示通りに動く、機械人形にされていたのだ。

 その頃のココを思い出したのだろう、ジャンは申し訳なさそうに目を伏せた。話を聞いていたジョルジュが、ぐっと拳を握りしめた。


「ジャンさん。感情を消されていたっていうのは、帝国が使う歌や指輪と同じような感じですか」

「そうだね。エクシーさんも皇帝陛下も。心は邪魔だと考えていたから」

「だからあの人は、アグネス先生のことも平気で傷付けたんですね」


 ジョルジュは怒りを滲ませて呟くと、ニースに目を向けた。


「それでニース君。この子たちがここの地下遺跡に関係してるってことかな」

「はい。ココたちが教えてくれたんです。遺跡にある古代船を使えば、帝都まで行けるって」


 古代船と聞いて、ラチェットの顔が青ざめる。しかしそれに気付く事なく、イルモが興奮した様子で身を乗り出した。


「あの古代船の使い方を、そっちの子は知ってるのか⁉︎」


 イルモは、バードとは面識があるが、ココと会うのは初めてだ。興味津々といったイルモに、ココは頷きを返した。


『ええ。バードは色んなことを忘れてるけど、私は覚えてるから』


 ココはニースたちに話したのと同じように、古代船が空を飛べると話した。


『ここの飛空船を使えば、帝都へ行けるわ。それでジョルジュには、船の整備をお願いしたいの。発明家の卵なら、機械には詳しいでしょう? もちろん、やり方は私とバードで教えるから』


 ココに名指しされ、ジョルジュは真剣な眼差しで頷いた。


「ああ。任せてくれ。運転は誰がするんだ?」

『動かせる人は決まってるの。それでラチェットの協力が必要なのよ』


 皆の視線が、ラチェットに集まる。そこで初めて、ニースはラチェットの異変に気が付いた。


「ラチェットさん、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」

「あ、ああ……。協力っていうのは、その……」

『一つは動力源になる石を貸してほしいということよ。空石(そらのいし)という石は、この家に伝わってないかしら。赤い石なのだけれど』

「空石……いや、知らないな」


 困惑したラチェットの隣から、イルモが声を挟んだ。


「ビオス家の記録は私も確認したが、そういった名前の石はなかった。もしかすると、名前が違って伝わってる可能性もあるだろう。探すのは時間がかかると思うよ」

『そうなのね。まあそれならそれで、構わないわ。予備は用意してきたから』


 ニースは母クララの指輪を提供して良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。ココは淡々と言葉を継いだ。


『石はいいとして、二つ目は替えが利かないのよ。ビオス家直系の誰かに、絶対に手伝ってもらわないといけないの。それでラチェットにお願いしたいのだけれど……』


 ココの言葉に、ラチェットは苦しげに顔を歪めた。


「僕の……。それは、どのぐらい必要なんだい?」

『どのくらい?』

「必要なのは、僕の血だろう?」


 声を詰まらせながら言ったラチェットに、ニースは唖然とした。


「どのくらいって……ラチェットさんが血を流さないといけないんですか⁉︎」

「ああ。船の管理者である、王家の血が必要なんだ。そうだろう?」


 ラチェットは、苦しげにココを見つめる。ジャンとベンが深刻そうに拳を握りしめ、事の重大性に気付いたニースたちも緊張を滲ませた。

 しかしココは、不思議そうに首を傾げた。


『その通りよ。ここの船にはビオス家の血筋が必要なの。でも、血を流す必要なんてないわよ?』

「え⁉︎」


 ぽかんとしたニースたちの後ろから、ベンが戸惑い、声を上げた。


「血を流す必要がないなら、血の儀式は何なんだ?」

『血の儀式? それが必要だと伝わってるの?』

「ああ。皇国だけじゃない。古代船を信仰する者たちにも伝わっている。それで俺も狙われたことがある」


 真剣に話したベンに、ジャンも頷きを挟んだ。


「帝国も、王家の血筋と対になる船の存在をずっと探していたよ。帝都にも船はあるが、皇帝一族の血を流すわけにはいかないからね。ビオスタクトに船があることは帝国も知っていて、ビオス家の人間も狙われてたんだ。エクシーさんがもし、ラチェット先生の存在に気付いてたら、確実に手を出していたと思うよ」


 二人の話に、ココは呆れた様子で頭を振った。


『大崩壊から三千年経ったからって、あんまりにも適当に伝わりすぎね』

「本当に儀式は必要ないと?」

『必要ないわ』


 訝しげなベンに、ココは、はっきり答えた。


『血が必要っていうのはね、管理者の血を引いた人が運転しないと動かないっていう意味なの。きっとその儀式をしようとした人たちは、管理者の血を使うことで擬似的に動かせると踏んだんじゃないかしら』

「擬似的に……」

『実際、その方法も取ろうと思えば出来るでしょうけど。いちいち血なんか使ってたら、不便で仕方ないでしょう? 正当な血筋の人間が動かす分には、そんな必要ないのよ』


 ベンは驚いたものの、なるほどと頷いた。ラチェットは額を抑え、はははと乾いた笑いを溢した。


「なんだ、そうだったのか。てっきり、命をかけろと言われてるのかと……」

『不安にさせてごめんなさいね』

「いや、いいよ。僕たちが知らなかっただけだからね」


 ラチェットは深く息を吐くと、ゆっくり顔を上げた。


「僕が運転すればいいだけなら、いくらでも力になるよ。レイチェル君のことは、僕だって助けたいからね」

『ありがとう』

「他に必要なものは? そもそも、あそこは扉も中途半端にしか開いてないけど」

『扉は開けられるから問題ないわ。他には、そうね。船の出口の調査が必要なことぐらいかしら。湖になってるなら問題は少ないけれど、もし土に埋もれてるなら、出口を開く時に地震みたいに揺れが起きると思うし。出口の上に家が建ってるなら、そこに住む人たちに退去してもらわないといけないわ』

「そのあたりは、イルモ先生や父とも相談しないといけないね」


 ラチェットに話を振られ、イルモは頷きを返す。ココは、穏やかに話を続けた。


『シーラは、私たちが空へ飛び立つまで、カルマート国軍の横槍が入らないようにしてくれる? 邪魔をされると厄介だから』

「分かったわ。任せて」


 ふわりと微笑んだシーラから、ココはジャンに目を向けた。


『ジャンは、飛行経路を決めるのを手伝ってほしいの。出来る限り飛空船の存在は隠しておきたいから、町の上空は避けたいわ』

「いつ頃飛ぶかによると思うが、これからの時期なら帝国の夜は長くなるはずだ。国によって夜を迎える時間差もある。日の巡りに合わせて飛べるように考えた方がいいね」

『あと、帝国中部の地形情報も詳しく知りたくて。飛空船は結構大きいから、同盟軍の陣から少し離れた場所に降下地点を決めなきゃ。それから、帝都の情報も必要ね。もし帝都に直接降りられないなら、攻撃前にパラシュートを用意する必要もあるわ』

「パラシュート? 初めて聞いたな」

『空から地面へ降り立つ器具よ。綿毛みたいに、ふわふわと地面へ降りれるの。使い方の訓練は必要になるけれど、布を使って作れるから、あなたたちの技術でも作れるはずよ』

「分かった。船の大きさをしっかり確認させてもらうよ。もしパラシュートが必要なら、ジョルジュ先生に頼んだ方が良さそうだね」


 ジャンの言葉に、ジョルジュはトンと胸を叩いた。


「そのパラシュートっていうやつ、必要かどうかは別として、ぜひとも先に仕組みを教えてほしいな。何があっても対応出来るように、試作しておきたい」

『そうね。発明家のあなたなら、きっと作れるわ』


 ニースたちは、わいわいと今後の計画について話し合う。一気に活気付いた室内で、エルネストが、ふっと笑った。


「良かったな、ベンジャミン。杞憂に終わったみたいで」

「そうだな。使い方さえ分かれば、我が国でも飛ばせるというわけだ」


 肩をすくめたベンに、ルポルが首を傾げた。


「空石でしたっけ? 皇国にもそれはあるんですか?」

「あー。それはないな。今度は空石の争奪戦になるのか……」


 うんざりした様子のベンに、ルポルは苦笑した。


「空から攻撃出来るなんて、とんでもないことなのに。ベンジャミンさんは、あんまり乗り気じゃないんですね」

「まあね。強過ぎる力は何も生まないよ。船を飛ばしたら、どうあってもこの事実は同盟軍に伝わる。それを悪用されないようにするには、どうするか。そっちを考える必要があるよね」


 話し合いを続けるニースたちを、ベンはじっと見つめる。エルネストは小さくため息を吐き、ルポルは考え込むように口を噤んだ。

 静かな夜の屋敷で、火石のランプの炎が、ゆらりと揺れる。柔らかな明かりは、ニースたちの真剣な横顔を照らし続けた。

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