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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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491:止まない閃光4

前回のざっくりあらすじ:同盟軍の会議で、レイチェル暗殺案が持ち上がった。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月24日(火)となります。

 レイチェルを救いたい一心でニースが考え出した奇策は、とんでもないものだった。誰もが話を飲み込めず、ニースの幕舎は、しんと静まり返る。

 固い沈黙が降りる中、セラが愕然とした様子で、ニースの袖を掴んだ。


「ニース……。それって、レイチェルと、その……」


 不安げに声を震わせたセラの手を、ニースは、そっと握った。


「ミランさんみたいなことはしないよ。ただ種に近づくために、解放歌を歌うために行くだけ」

「でも、でも……」

「レイチェルを助けられる方法は、僕にはこれ以外、思いつかないんだ。でも、これなら絶対に近づける」


 安心させようと、ニースは努めて穏やかに話したが、セラは泣きそうに顔を歪めた。ニースは心苦しく思ったものの、そうするしかないと、ユリウスに目を向けた。


「ユリウスも僕を信じて。絶対にレイチェルには手を出さない。必ず無事に助けるから」

「別にオレは、ニースがレイに何かするなんて思わないよ。でもだからって、ニースを危険な目にはあわせられない」

「でも、ジミーさんが行くより確実だと思わない?」

「そうだけど、でもさ……」


 ユリウスにとって、レイチェルは何にも替えられない大切な存在だ。しかしニースも同じように大事な友人なのだ。

 どちらを取る事も出来ず、ユリウスは唇を噛む。すると、ユリウスの横から、ベンが声を挟んだ。


「俺も反対だよ」

「ベン……」

「ニースのそれは、可能性はあるけど絶対じゃない。もしそれでニースがレイチェルさんの二の舞になったら、それこそ手が付けられない」

「ううん。そうはならないよ。エルネストさんがいるから」


 ベンの意見に、ニースはその心配はないと頭を振った。


「エルネストさんなら潜り込めるんだし、きっと僕を追いかけて守ってくれる。それにもし僕がそうなった時は、エルネストさんが()()()くれるよ。そうですよね、エルネストさん」


 ニースに話を向けられ、エルネストは忌々しげに声を荒げた。


「いい加減にしろ。なんで俺がお前を殺さなきゃならない」

「僕を一度殺そうとしてるじゃないですか」

「あの時と今は違うだろうが!」

「でも、エルネストさんなら僕を止められますよ」


 エルネストに怒鳴られても、ニースは一歩も退かなかった。言い合う二人に、ルポルが眉根を寄せた。


「ニースはもっと自分を大事にしろよ。兵士でもないのに、死を覚悟するなんて……セラちゃんが泣いてるじゃないか」


 セラはニースの袖を掴んだまま、ぽろぽろと大粒の涙を流していた。ニースは、はっとしてセラに向き直った。


「セラ、ごめん。でも、他に方法がないんだ」

「わ、私だって、レイチェルを見捨てるなんて、嫌だよ。でも、でも、だからって、ニースが死んじゃうなんて嫌だよ……!」


 セラは時折詰まりながら話すと、わっと声を上げて泣き出した。ニースは胸が潰されるような痛みを感じ、ぎゅうとセラを抱きしめた。

 静かに話を聞いていたココが、はぁとため息のような声を漏らした。


『仕方ないわね。これはさすがに、言いたくなかったけれど……』

『ココ、あれを使うの?』

『ええ。このままにしておけないもの』


 唐突に話し出した二羽に、ユリウスたちがどうしたのかと目を向ける。ココは、ふわりと舞い上がり、泣きじゃくるセラの傍らに降り立った。


『セラ、泣かないで。ニースにそんなことさせないから』

「ココちゃん……」

『ニースも無理しすぎよ。さっきエドガーに、一人で背負うなって言われたでしょう?』


 ココに窘められ、ニースは気まずさを感じたものの、心の内を漏らした。


「ごめん……。でも僕は、レイチェルを見捨てたくないんだよ」

『その気持ちは分かるわ。だけど、そんな方法は取っちゃダメよ』

「僕だって他に方法があるなら、こんなことしようと思わないよ」


 セラの肩を抱くニースの手に、自然と力がこもる。セラがしゃくり上げながらも涙を拭うと、ココは穏やかに話を続けた。


『方法ならあるわ。みんなで帝都に行くの。そうすれば、レイチェルを正気に戻して連れ帰れるでしょう?」

「みんなでって……どうやって?」

『飛空船を使うのよ』

「ヒクウセン?」


 初めて聞く言葉に、ニースだけでなくセラやユリウスたちも、首を傾げた。するとバードが、バサリと翼を広げた。


『んもー。忘れちゃったの? モレンドの遺跡で見たでしょー!』

「モレンドの遺跡って、蛇穴のだよね?」

『そうだよー。俺っちが喋れるようになった時の遺跡! 鳥みたいな船があったでしょー?』

「あれって、ヒクウセンって名前なんだね」


 なるほどと頷いたニースたちと違い、ベンとジミーは表情を固くした。そこへルポルが、不思議そうに声を挟んだ。


「そのヒクウセンっていうのは、船なんだろ? ここには川なんかないけど、それでどうやって帝都に行くんだ?」


 遺跡に隠されていた古代船を、ルポルは知らない。ルポルの素朴な疑問に、バードは胸を張った。


『川なんか必要ないよー。飛空船っていうのは、空を飛ぶ船のことだからー』

「空を飛ぶ⁉︎」


 唖然とするルポルを横目に、ニースは、かつて見た古代船の姿を思い返した。


「確かにあれは鳥の形だったね……。でもあんな大きいのが、本当に空を飛べるの?」

『飛べるよー。俺っちたちと同じように、ピューンってねー』


 バードは羽ばたきもせずに、ふわりと舞い上がり、幕舎の中を縦横無尽に飛んだ。ルポルが呆気に取られ、エルネストが感心したように、へぇと声を漏らした。


「そりゃいいな。さすがの帝国も空から来るとは思わねえだろう。敵の裏をかけるなら、その分成功率は上がる」


 乗り気のエルネストを見て、ユリウスは期待を滲ませつつも、慎重にココに問いかけた。


「ココ。その飛空船だけど、まさかモレンドまで取りに行くなんて言わないよね?」

『ええ。行くのはカルマートよ』

「は?」


 ニースたちが今いるのは北のラソプノ大陸で、カルマート国があるのは南のバトス大陸だ。モレンド公国よりさらに遠い場所を示され、ユリウスは頭を抱えた。


「カルマートまで取りに行くっていうの⁉︎」

『ラチェットの実家がある遺跡に、飛空船があるそうだから』

「ラチェットさんの実家……ビオスタクト遺跡のことだね。そういえば歴史の校外授業の時に、ニースとイルモ先生が話してた気がする」


 ラチェットが生まれ育った町、ビオスタクトにあった古代船を、ココは直接見ていない。しかし以前、ニースがバードに話していたため、ココもその存在を知っていた。

 二人の話を聞いて、ニースは戸惑いながら声を挟んだ。


「確かにビオスタクトには、鳥みたいな古代船があったよ。でも遺跡の扉は、ちゃんと開いてなかったんだ。昔は小さかったから僕も入れたけど、今は無理だよ」

『大丈夫よ。ニースがいてくれれば開けられるから』


 ココの話しぶりから、ビオスタクトの遺跡がモレンドの蛇穴と同じ、白い天の導き(アルブム)隠れ家(オクルタ)だったのだと、ニースは察した。


『飛空船の存在なんて、本当は表に出したくないけれど。私だって、ニースとレイチェルを見捨てたくないのよ』

「ココ……」

『飛空船そのものは、たぶん他の国や町にも残ってるはずよ。でも悪用されたくないし、ラチェットなら私たちに色々協力してくれると思うから』

「そうだね。ラチェットさんなら大丈夫だと思う」


 真剣な声音で話すココに、ニースは頷いた。ユリウスが覚悟を決めるように、ぐっと拳を握った。


「それなら早く取りに行こう。フィリップ司令とアンヘル様に話せば、きっと待っててくれる」


 ニースたちがいる帝国中部からビオスタクトまで行くには、陸路と海路を使わなければならない。高速船で海を渡り、軍用車を飛ばしたとしても、往路だけで一ヶ月はかかるだろう。復路は飛空船で空を飛べるとしても何日かかるのか、ニースたちには見当も付かない。

 ユリウスは一刻も早く出発しようと話したが、ニースが応える前に、ベンが声を上げた。


「待ってくれ」

「ベン?」

「俺も鳥の船のことは知ってるけど、それを動かすには必要な物があるって、皇家に伝わってるんだよ。それはココも分かってるんだよね?」


 ベンの知る、古代船を動かすのに必要な物は二つある。一つ目は、船の動力源となる石。二つ目は、船の管理者たる王家の血だ。

 以前、共和国の首都ペルティナで、ベンはその身に流れるスピリトーゾ皇家の血を狙われた。その際、動力源となる石を共和国軍が手にしている事、そしてラチェットがビオスタクトの元王家筋である事をベンは知った。

 ベンは、ラチェットの血を使う気なのかと、不安を感じていた。


 硬い声で尋ねたベンに、ココは、こくりと頷いた。


『ええ。管理者と石のことよね? でもそれも、ラチェットが協力してくれるなら大丈夫よ』


 不思議そうに答えたココに、ベンと同じく古代船の知識を持つジミーも、痛ましげに眉根を寄せる。ベンは苦しげに拳を握りしめ、言葉を継いだ。


「もし拒まれたら?」

『そんなことはないと思うけれど……。そうね。保険はかけておいた方がいいかも』

「保険?」


 何をする気なのかと、ベンは訝しげにココを見つめた。ココは申し訳なさそうに、ニースに目を向けた。


『ニース。あなたのお母様の指輪、使わせてもらえないかしら』

「母様の指輪? 何で?」

『指輪に付いてる石が、飛空船を飛ばすのに必要なの。ラチェットの家には伝わってると思うけれど、なかったら困るから』


 ニースは懐から、紐飾りに結ばれた母クララの形見の指輪を取り出した。指輪に付いている小さな青い石を見つめ、ニースは首を傾げた。


「この石で船が飛ぶの? 石音は感じないけど」

『感じなくて当然よ。それは原石だから』

「原石?」

『ええ。ここから精製して使うの。だから、このまま返せるわけじゃないのだけれど。いいかしら?』


 窺うように問いかけたココに、ニースは迷いなく指輪を差し出した。


「分かった。これでいいなら、使って」

『ありがとう』


 ココは指輪を咥えると、腹部をパカリと開けて中へ入れた。すっかり泣き止んでいたセラが、不安げにニースを見上げた。


「ニース、良かったの?」

「うん。レイチェルを助けるためなら、母様もきっと分かってくれると思う。それに……」


 ニースは言いながら、ほんの少し赤くなってしまったセラの目元を、指先で撫でた。


「セラを泣かせるなんて、僕だってしたくないから」

「ニース……」

「ごめんね。もう絶対、あんなこと言わないよ」


 セラを見つめるニースの瞳には、誠意と愛情がこもっていた。セラは、先ほどとは違う涙を溢しそうになりながらも、ふわりと微笑む。

 見つめ合う二人に、ユリウスが小さく咳払いした。


「ニース、ごめんな。でも、ありがとう」

「いいよ。フィリップさんたちに話しに行こう」

「うん」


 ニースはココとバードを懐へ入れ、ユリウスたちと幕舎を出る。ベンとジミーは不安げに顔を見合わせたが、協力するかはラチェットが決める事だと、それ以上何も言わなかった。



 ニースから飛空船の事を聞いたフィリップとアンヘルは、ココの案を受け入れた。しかし、ラチェットの協力が得られなければそもそも出来ない話だ。

 アンヘルの提案で各国には詳細を伏せる事となり、夜の会議に向けて、二人はニースたちと話を詰めた。

 話し合いの結果、()()()()()()()を運ぶためニースが二ヶ月ほど前線を離れる事。その間、ユリウスはニースの代役として前線に残り、同盟軍は帝都の包囲網を固める事。万が一、ニースがそれを用意出来なかった場合は、レイチェルを暗殺する案を再検討する事などを、会議にかける事が決まった。


 そうして行われた夜の会議には、これまで欠席していたミランとイサクも姿を見せた。アグネスから日中の話を聞いたイサクが、ミランなら帝国への対抗策を思いつくかもしれないと、渋るミランを引っ張り出したのだ。

 会議では、ニースが戦線離脱する事に反対意見が出たものの、イサクとミラン、アグネスの三人が反対する者たちを説得し、合意に至った。

 イサクは、同じ天の導きレイチェルを殺させないため。ミランは、レイチェル暗殺計画の発端がカルマート国軍司令だった事を知り、意趣返しのためにニースの案を支持したのだった。


 かくしてニースはセラやエルネスト、ルポル、ベンたちと共にカルマート国へ向かう事が決まった。翌朝早くに出発出来るよう、ニースたちは会議終了後、すぐに幕舎へ戻る。

 夜は明るいが、会議で疲れ切ったニースは、早々に眠りに落ちた。静かな幕舎から、ココが一羽でそっと抜け出したが、ニースがそれに気付く事はなかった。

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