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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
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457:天の導きたち4

前回のざっくりあらすじ:ニースは、上陸作戦を話し合う会議に参加した。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、1月14日(火)となります。

 格調高い茶の香りが、洋上の応接室を包む。ダンテ自慢の紅茶は、イサクとミランも気に入ったようだった。

 三人掛けのソファで窮屈そうにしていたミランが、ほっと息を吐いた。


「これは良い。皇国にも、こんな茶葉があるとは」

「夫の実家で作っているのよ」

「ダンテ様のご実家で? 茶園を経営されてるんですか」

「夫の実家は男爵家なの。その領地で取れるのよ」


 ミランの問いに朗らかに答えるルイサを見て、ダンテが柔らかな笑みを浮かべる。二人の関係が、おしどり夫婦と呼べそうなほど親密に見えたので、ニースは心の中で安堵した。

 イサクが興味深げに、ダンテに問いかけた。


「ダンテ様。この紅茶は、輸出もされてますか?」

「いや。残念ながら、そこまで数は取れません。国外に出たとしても、ほんの僅かな量です」

「それはずいぶん高そうですね」


 残念そうに苦笑したイサクに、ミランが、ふっと笑った。


「あんたは枢機卿なんだろう。簡単に手に入るんじゃないのか」

「私は聖職者だ。清貧を心がけているよ」

「教会の奇跡で、あんなに()()()()()いるのにか」


 カルデナ教の教会や治療院で祈歌の治療を受けるには、寄進が必要だ。毒のある言い方に、イサクはミランを睨んだ。


「私たちは聖カルデナの御心に添って、人々に安らぎを与えているだけだ。対価を得ようとしているわけではない」

「ああ、そうだよな。信者が好きでやってるだけだもんな」


 馬鹿にするように話すミランに、イサクは声の温度を下げた。


「何が言いたい」

「別に何も?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるミランに、イサクは顔を歪める。一気に空気の悪くなった茶会にニースが戸惑っていると、ルイサが声を挟んだ。


「私は信者ではないけれど。聖カルデナの、人を平等に扱う精神は好きだわ」

「殿下……」

「私たちと同じ天の導きだったのでしょう? どんな方だったのかしら」


 小さな茶会の主催者であるルイサは、ふわりと微笑んだ。ミランが気まずそうに視線を逸らし、イサクは表情を緩めた。


「お美しさは、恐らく公主殿下と同じでしょう。歳を重ねても、聖カルデナの美しさは変わらなかったと伝わっています」

「まあ」

「そして愛情深さも、殿下と同じかと。殿下がダンテ様を愛するように、聖カルデナも一人の男性を思い続けた方ですから」


 柔らかな笑みで話したイサクの言葉に、ダンテが、ぴくりと眉を動かす。その隣でルイサは、瞳を揺らした。


「……一人の男性を?」

「ええ。大崩壊で行方不明になった恋人を聖カルデナは生涯思い続け、未婚のまま亡くなっています。そんな聖カルデナに近付こうと、信徒の中には独身を貫く者もいるほどです」

「そう……」


 眉根を寄せたルイサに、イサクは、はっとして言葉を継いだ。


「ああ、ですがご安心ください。教会は、愛する者との結婚を奨励しているんですよ。もちろん私も結婚しています」


 イサクの言葉に、ミランが首を傾げた。


「教会の人間は結婚しないんじゃないのか?」

「そんな決まりはないんだ。さっき話したように、教会に入る者たちは熱心な信徒だから未婚が多いだけでね」

「それであんたも結婚していると?」

「ああ。特に祈手は、結婚を勧められるんだよ」


 ミランはカップを置き、何かを思い返すように顎に手を当てた。


「そういえば、聞いたことがあるな。歌の力を遺伝させるためとか何とか。馬鹿みたいな話だとは思ったが」

「歌の力は遺伝しない。教会で結婚を奨励しているのは、聖カルデナの願いを叶えるためだ」

「願い?」

「愛する者と結ばれ、子を成し、家族を作ってほしいという願いだよ。聖カルデナは、自分が手に出来なかった幸せを、人々が手にすることを願ったんだ」


 ミランとイサクの話す事は、ニースが以前、ラチェットや教皇から聞いた事と同じだった。ニースは懐かしさを感じて、微笑みを浮かべる。

 しかし次の瞬間、ミランの言葉にニースは固まった。


「聖女の願いか。無駄なことを願ったもんだな。俺たちに子どもは出来ないのに」

「え……?」


 初めて聞く話に、ニースだけでなくイサクもルイサも固まった。唖然としながらも、ダンテが口を開いた。


「子どもが出来ないとは、どういう意味です?」

「どうも何も、そのままですよ。てっきりダンテ様は知ってると思ったんですが」

「知ってるとは?」

「噂がありましたから。公主殿下とダンテ様の間に愛はない。お二人は()()()()で、ダンテ様には愛人がいるのだと」

「な……!」


 ルイサとダンテが夜を共にしないのは、隠されてきた事実だ。しかしダンテはルイサしか見ておらず、愛人がいるなどとんだ濡れ衣だった。

 よもや他国でそんな噂があるとは思わず、ダンテは唖然とした。ミランは肩をすくめ、苦く笑った。


「もちろん、噂が嘘だっていうのは分かりましたよ。子が望めないのだから、愛人がいて当然だと思ってましたが。ここまでお二人の仲が良いのを見せられてはね」

「あ、ああ……」

「子どもが生まれないから、そんな話が出たんでしょう。生まれなくて当たり前なのに」


 ダンテは苦しげに俯く。ルイサは戸惑いながらも、ミランに問いかけた。


「当たり前って、どういうことなの?」

「今はもう亡くなりましたが。カルマートには、歌の力の遺伝を研究していた博士がいましてね。そいつの実験に、協力させられたことがありまして」

「実験?」

「こんな茶の席で言うような話じゃないので、詳しくは言えませんが。まあその時に、言われたんですよ。天の導きは子を成せないと」


 淡々と話すミランを、イサクが睨みつけた。


「適当なことを言うな。結婚し、家族を持った天の導きは何人もいるだろう」

「何だ? もしかしてあんたには、子どもがいるのか?」


 興味深げに問いかけたミランに、イサクは苦々しげに顔を歪めた。


「いや、いない……」

「なら、諦めるんだな。博士の調べでは男女問わず、天の導きが実子を得た事例はない。過去にいたとされる天の導きの子どもは、全員が養子か、相手の女が外で作ってきた子どもだった」

「そんなもの、なぜ分かる!」

「各国の記録も、見れるものは調べたそうだが。他にも、ゲノムとかいうのを調べる古代の機械を使ったんだ。その機械で、天の導きとその子孫に血の繋がりがあるかを博士は調べた。死体からでも分かるらしいからな」

「墓を暴いたのか⁉︎」

「過去三百年分の記録に残る、カルマートの天の導きだけだがな。頭のいかれた博士だったよ」


 イサクは声を失くして、唇を震わせる。ニースは拳を握りしめ、頭を振った。


「そんなの、おかしいですよ」

「何?」

「だって古代文明の時代には、たくさんの天の導きがいたんです。天の導きから子どもが生まれないなら、そんな発展出来ないじゃないですか」

「ああ、それは俺も思ったよ。だが俺自身、十年以上かけてかなりの女と試したが、一人も子どもは出来なかった。俺にも相手にも、何の問題もないのにな。これがただの偶然と言えるか?」


 あまりに直接的な話に、ニースは不快に思う暇もなく、言葉を失った。


「そんなに……?」

「だから俺は、その博士から言われた最後の実験を、出来るならしてやろうかと思ってたんだ」

「最後の実験って……」

「歌の力を持つ者に音叉があるように、天の導きは他にも違いがあるんじゃないかと、博士は考えてた。それが何かは分からないが、どんな違いがあっても、天の導き同士なら子が出来る可能性がある」


 ニースとイサクは、唖然として息を呑んだ。ミランは、イサクに静かに語りかけた。


「もしかしたら、聖女はそれを知ってたんじゃないのか? だから恋人を失っても、結婚しようとしなかった」

「まさか……」

「それにこれなら、古代文明の時代に天の導きが栄えた理由にもなるだろう?」


 ミランはニースに振り返り言ったが、ニースは何も答えられなかった。ミランは、ふっと笑うと、切なげな目をルイサに向けた。


「もし公主殿下が、本当に愛のない結婚をしてるなら。俺と試してみる気はありませんか?」

「……っ!」


 ミランに熱っぽく見つめられ、ルイサは悲鳴を飲み込み、震える肩を両手で抱いた。ダンテが、はっとしてルイサを抱き寄せ、ミランに怒鳴った。


「何てことを言うんだ!」

「もちろん、無理にとは言いませんよ。ダンテ様との関係は良好なようですしね」

「無礼な……!」


 ダンテはルイサを抱きながら、部屋の隅に置いてある剣に目を向けた。ミランは、両手を挙げて立ち上がった。


「その気がないなら、ほんの戯言だと思ってください。もう言いませんから」

「二度とルイサの前に姿を見せるな!」

「分かりましたよ。公主殿下、失礼しました」


 ミランは静かに部屋を出て行った。震えるルイサを、ダンテは強く抱きしめる。

 三人のやり取りを聞きながらも、ニースは不安の渦に飲み込まれていた。


 ――そんな……。もし本当にそうなら、セラと結婚しても僕たちに子どもは出来ない? 僕はセラといられれば、それでいいけど。もしセラが、子どもが欲しいって言ったら……。


 愕然とするニースの隣で、イサクがルイサを宥めるように話した。


「殿下。あの男の言うことは真に受けない方がよろしいかと」

「え?」

「彼は女性関係が乱れているようですから。殿下への下心のために、口から出任せを言ったのでしょう」

「え、ええ……」

「我々天の導きが子を成せないなど、あるわけがありません。教会には長い歴史がありますが、そんな話は聞いたこともない。聖カルデナも知っていたなどと、とんでもない侮辱です」


 イサクは唸るように話すと、真剣な眼差しをニースに向けた。


「ニース。君はアルモニア音楽院で学んだのだろう? そんな話を聞いたことは?」

「ありません」

「それならやはり、彼の話は嘘だろう。もし本当にそんな研究がカルマートでされていたなら、音楽院で君に教えないはずがない」

「そうですよね……」


 イサクは、自身に言い聞かせるように話した。ニースは頷きを返したが、納得は出来なかった。


 ――バードとココなら、本当なのか分かるかな。知ってたら、僕に教えてくれそうな気もするけど……。


 ニースは、部屋に戻ったらバードに聞いてみようと心に決めた。

 ルイサを抱きしめたダンテが、そっと口を開いた。


「二人とも、申し訳ないが。私たちは先に部屋へ戻ります」

「あ、はい。ルイサ様、大丈夫ですか?」


 戸惑いながら問いかけたニースに、ルイサは力なく頷いた。


「ええ。でもまだ、少し怖くて」

「ルイサ様……」

「フェムを置いていくわ。良かったら、もう少しお茶を楽しんで」

「あ、でも……」


 ニースは、すぐにでも部屋に戻り、バードに尋ねたいと考えていた。しかし、ニースが自分も部屋へ戻ると言う前に、イサクが穏やかな笑みを浮かべた。


「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます。お気を安らかに」

「ありがとう」


 力なく微笑み、ルイサはダンテと立ち上がる。二人を見送ると、イサクはルイサたちが座っていた席へ移った。


「まったく。ミランはとんでもない男だな。同じ天の導きだと思いたくない」


 大きくため息を吐くと、イサクは新しい紅茶を出したフェムに語りかけた。


「女官殿にも申し訳なかったね。殿下を貶められて、腹が立っただろう」

「ええ。ですが、皆様が怒って下さいましたから。安心致しました」

「子どもは授かりものだというのに。大体、私たち天の導きは、そもそも数が少ないんだ。その博士が何人調べたのかは知らないが、偶然そういう結果だったとしてもおかしくない」

「その通りですわ。子が欲しくても授からないことなんて、いくらでもありますもの」


 フェムは相槌を打ちながら、ニースにも新しいカップを渡した。ニースは不思議に思い、声を挟んだ。


「あの、イサクさんはミランさんの話を信じてないんじゃ?」

「子どもの話は信じていないよ。ただ、そういう研究があったことは否定出来ない。歌の力の遺伝を研究していた学者がいたことは、私も聞いたことがあるからね」

「そうなんですか」

「だが、もし彼が本当に、その博士の実験に協力していたのなら……。彼も悲しい人間なのかもしれないな」

「え?」


 意外な言葉に、ニースは、ぽかんと口を開けた。イサクは紅茶を一口飲み、話を続けた。


「彼は、妊娠した女性はいなかったと言ってただろう?」

「はい。何人もと試したって」

「そして、皇国との関係が危なくなるのも分かっているはずなのに、公主殿下にあんなことを言った。いくら女性にだらしないとしても、そこまで愚かではないはずだ。彼は本当に、子どもが欲しかったんじゃないのかな」

「あ……」


 ニースは、ミランがどんな気持ちだったのかを想像し、カップを掴む手に力を入れた。


 ――ミランさんは、女の人に言い寄られて性格が変わったって、ハロルド先生は言ってたけど。その博士と会ったのっていつだったんだろう? 子どもが欲しくても、自分のせいで無理だって言われたら……。


 ニースは胸の痛みを感じて、唇を噛んだ。イサクは霧に覆われた窓の外に、切なげな目を向けた。


「私たちはただでさえ、人間扱いされることは稀だ。いつだって歌の力を求められ、自由に動くことすらままならない。それでも家族を得る自由ぐらいは、皆と同じくありたいものだね」

「そうですね……」


 ニースの手の中で、琥珀色の液体がゆらゆらと揺れる。人肌に近い温もりを感じ、ニースはセラに会いたいと心から思った。

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