457:天の導きたち4
前回のざっくりあらすじ:ニースは、上陸作戦を話し合う会議に参加した。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、1月14日(火)となります。
格調高い茶の香りが、洋上の応接室を包む。ダンテ自慢の紅茶は、イサクとミランも気に入ったようだった。
三人掛けのソファで窮屈そうにしていたミランが、ほっと息を吐いた。
「これは良い。皇国にも、こんな茶葉があるとは」
「夫の実家で作っているのよ」
「ダンテ様のご実家で? 茶園を経営されてるんですか」
「夫の実家は男爵家なの。その領地で取れるのよ」
ミランの問いに朗らかに答えるルイサを見て、ダンテが柔らかな笑みを浮かべる。二人の関係が、おしどり夫婦と呼べそうなほど親密に見えたので、ニースは心の中で安堵した。
イサクが興味深げに、ダンテに問いかけた。
「ダンテ様。この紅茶は、輸出もされてますか?」
「いや。残念ながら、そこまで数は取れません。国外に出たとしても、ほんの僅かな量です」
「それはずいぶん高そうですね」
残念そうに苦笑したイサクに、ミランが、ふっと笑った。
「あんたは枢機卿なんだろう。簡単に手に入るんじゃないのか」
「私は聖職者だ。清貧を心がけているよ」
「教会の奇跡で、あんなに巻き上げているのにか」
カルデナ教の教会や治療院で祈歌の治療を受けるには、寄進が必要だ。毒のある言い方に、イサクはミランを睨んだ。
「私たちは聖カルデナの御心に添って、人々に安らぎを与えているだけだ。対価を得ようとしているわけではない」
「ああ、そうだよな。信者が好きでやってるだけだもんな」
馬鹿にするように話すミランに、イサクは声の温度を下げた。
「何が言いたい」
「別に何も?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるミランに、イサクは顔を歪める。一気に空気の悪くなった茶会にニースが戸惑っていると、ルイサが声を挟んだ。
「私は信者ではないけれど。聖カルデナの、人を平等に扱う精神は好きだわ」
「殿下……」
「私たちと同じ天の導きだったのでしょう? どんな方だったのかしら」
小さな茶会の主催者であるルイサは、ふわりと微笑んだ。ミランが気まずそうに視線を逸らし、イサクは表情を緩めた。
「お美しさは、恐らく公主殿下と同じでしょう。歳を重ねても、聖カルデナの美しさは変わらなかったと伝わっています」
「まあ」
「そして愛情深さも、殿下と同じかと。殿下がダンテ様を愛するように、聖カルデナも一人の男性を思い続けた方ですから」
柔らかな笑みで話したイサクの言葉に、ダンテが、ぴくりと眉を動かす。その隣でルイサは、瞳を揺らした。
「……一人の男性を?」
「ええ。大崩壊で行方不明になった恋人を聖カルデナは生涯思い続け、未婚のまま亡くなっています。そんな聖カルデナに近付こうと、信徒の中には独身を貫く者もいるほどです」
「そう……」
眉根を寄せたルイサに、イサクは、はっとして言葉を継いだ。
「ああ、ですがご安心ください。教会は、愛する者との結婚を奨励しているんですよ。もちろん私も結婚しています」
イサクの言葉に、ミランが首を傾げた。
「教会の人間は結婚しないんじゃないのか?」
「そんな決まりはないんだ。さっき話したように、教会に入る者たちは熱心な信徒だから未婚が多いだけでね」
「それであんたも結婚していると?」
「ああ。特に祈手は、結婚を勧められるんだよ」
ミランはカップを置き、何かを思い返すように顎に手を当てた。
「そういえば、聞いたことがあるな。歌の力を遺伝させるためとか何とか。馬鹿みたいな話だとは思ったが」
「歌の力は遺伝しない。教会で結婚を奨励しているのは、聖カルデナの願いを叶えるためだ」
「願い?」
「愛する者と結ばれ、子を成し、家族を作ってほしいという願いだよ。聖カルデナは、自分が手に出来なかった幸せを、人々が手にすることを願ったんだ」
ミランとイサクの話す事は、ニースが以前、ラチェットや教皇から聞いた事と同じだった。ニースは懐かしさを感じて、微笑みを浮かべる。
しかし次の瞬間、ミランの言葉にニースは固まった。
「聖女の願いか。無駄なことを願ったもんだな。俺たちに子どもは出来ないのに」
「え……?」
初めて聞く話に、ニースだけでなくイサクもルイサも固まった。唖然としながらも、ダンテが口を開いた。
「子どもが出来ないとは、どういう意味です?」
「どうも何も、そのままですよ。てっきりダンテ様は知ってると思ったんですが」
「知ってるとは?」
「噂がありましたから。公主殿下とダンテ様の間に愛はない。お二人は白い結婚で、ダンテ様には愛人がいるのだと」
「な……!」
ルイサとダンテが夜を共にしないのは、隠されてきた事実だ。しかしダンテはルイサしか見ておらず、愛人がいるなどとんだ濡れ衣だった。
よもや他国でそんな噂があるとは思わず、ダンテは唖然とした。ミランは肩をすくめ、苦く笑った。
「もちろん、噂が嘘だっていうのは分かりましたよ。子が望めないのだから、愛人がいて当然だと思ってましたが。ここまでお二人の仲が良いのを見せられてはね」
「あ、ああ……」
「子どもが生まれないから、そんな話が出たんでしょう。生まれなくて当たり前なのに」
ダンテは苦しげに俯く。ルイサは戸惑いながらも、ミランに問いかけた。
「当たり前って、どういうことなの?」
「今はもう亡くなりましたが。カルマートには、歌の力の遺伝を研究していた博士がいましてね。そいつの実験に、協力させられたことがありまして」
「実験?」
「こんな茶の席で言うような話じゃないので、詳しくは言えませんが。まあその時に、言われたんですよ。天の導きは子を成せないと」
淡々と話すミランを、イサクが睨みつけた。
「適当なことを言うな。結婚し、家族を持った天の導きは何人もいるだろう」
「何だ? もしかしてあんたには、子どもがいるのか?」
興味深げに問いかけたミランに、イサクは苦々しげに顔を歪めた。
「いや、いない……」
「なら、諦めるんだな。博士の調べでは男女問わず、天の導きが実子を得た事例はない。過去にいたとされる天の導きの子どもは、全員が養子か、相手の女が外で作ってきた子どもだった」
「そんなもの、なぜ分かる!」
「各国の記録も、見れるものは調べたそうだが。他にも、ゲノムとかいうのを調べる古代の機械を使ったんだ。その機械で、天の導きとその子孫に血の繋がりがあるかを博士は調べた。死体からでも分かるらしいからな」
「墓を暴いたのか⁉︎」
「過去三百年分の記録に残る、カルマートの天の導きだけだがな。頭のいかれた博士だったよ」
イサクは声を失くして、唇を震わせる。ニースは拳を握りしめ、頭を振った。
「そんなの、おかしいですよ」
「何?」
「だって古代文明の時代には、たくさんの天の導きがいたんです。天の導きから子どもが生まれないなら、そんな発展出来ないじゃないですか」
「ああ、それは俺も思ったよ。だが俺自身、十年以上かけてかなりの女と試したが、一人も子どもは出来なかった。俺にも相手にも、何の問題もないのにな。これがただの偶然と言えるか?」
あまりに直接的な話に、ニースは不快に思う暇もなく、言葉を失った。
「そんなに……?」
「だから俺は、その博士から言われた最後の実験を、出来るならしてやろうかと思ってたんだ」
「最後の実験って……」
「歌の力を持つ者に音叉があるように、天の導きは他にも違いがあるんじゃないかと、博士は考えてた。それが何かは分からないが、どんな違いがあっても、天の導き同士なら子が出来る可能性がある」
ニースとイサクは、唖然として息を呑んだ。ミランは、イサクに静かに語りかけた。
「もしかしたら、聖女はそれを知ってたんじゃないのか? だから恋人を失っても、結婚しようとしなかった」
「まさか……」
「それにこれなら、古代文明の時代に天の導きが栄えた理由にもなるだろう?」
ミランはニースに振り返り言ったが、ニースは何も答えられなかった。ミランは、ふっと笑うと、切なげな目をルイサに向けた。
「もし公主殿下が、本当に愛のない結婚をしてるなら。俺と試してみる気はありませんか?」
「……っ!」
ミランに熱っぽく見つめられ、ルイサは悲鳴を飲み込み、震える肩を両手で抱いた。ダンテが、はっとしてルイサを抱き寄せ、ミランに怒鳴った。
「何てことを言うんだ!」
「もちろん、無理にとは言いませんよ。ダンテ様との関係は良好なようですしね」
「無礼な……!」
ダンテはルイサを抱きながら、部屋の隅に置いてある剣に目を向けた。ミランは、両手を挙げて立ち上がった。
「その気がないなら、ほんの戯言だと思ってください。もう言いませんから」
「二度とルイサの前に姿を見せるな!」
「分かりましたよ。公主殿下、失礼しました」
ミランは静かに部屋を出て行った。震えるルイサを、ダンテは強く抱きしめる。
三人のやり取りを聞きながらも、ニースは不安の渦に飲み込まれていた。
――そんな……。もし本当にそうなら、セラと結婚しても僕たちに子どもは出来ない? 僕はセラといられれば、それでいいけど。もしセラが、子どもが欲しいって言ったら……。
愕然とするニースの隣で、イサクがルイサを宥めるように話した。
「殿下。あの男の言うことは真に受けない方がよろしいかと」
「え?」
「彼は女性関係が乱れているようですから。殿下への下心のために、口から出任せを言ったのでしょう」
「え、ええ……」
「我々天の導きが子を成せないなど、あるわけがありません。教会には長い歴史がありますが、そんな話は聞いたこともない。聖カルデナも知っていたなどと、とんでもない侮辱です」
イサクは唸るように話すと、真剣な眼差しをニースに向けた。
「ニース。君はアルモニア音楽院で学んだのだろう? そんな話を聞いたことは?」
「ありません」
「それならやはり、彼の話は嘘だろう。もし本当にそんな研究がカルマートでされていたなら、音楽院で君に教えないはずがない」
「そうですよね……」
イサクは、自身に言い聞かせるように話した。ニースは頷きを返したが、納得は出来なかった。
――バードとココなら、本当なのか分かるかな。知ってたら、僕に教えてくれそうな気もするけど……。
ニースは、部屋に戻ったらバードに聞いてみようと心に決めた。
ルイサを抱きしめたダンテが、そっと口を開いた。
「二人とも、申し訳ないが。私たちは先に部屋へ戻ります」
「あ、はい。ルイサ様、大丈夫ですか?」
戸惑いながら問いかけたニースに、ルイサは力なく頷いた。
「ええ。でもまだ、少し怖くて」
「ルイサ様……」
「フェムを置いていくわ。良かったら、もう少しお茶を楽しんで」
「あ、でも……」
ニースは、すぐにでも部屋に戻り、バードに尋ねたいと考えていた。しかし、ニースが自分も部屋へ戻ると言う前に、イサクが穏やかな笑みを浮かべた。
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます。お気を安らかに」
「ありがとう」
力なく微笑み、ルイサはダンテと立ち上がる。二人を見送ると、イサクはルイサたちが座っていた席へ移った。
「まったく。ミランはとんでもない男だな。同じ天の導きだと思いたくない」
大きくため息を吐くと、イサクは新しい紅茶を出したフェムに語りかけた。
「女官殿にも申し訳なかったね。殿下を貶められて、腹が立っただろう」
「ええ。ですが、皆様が怒って下さいましたから。安心致しました」
「子どもは授かりものだというのに。大体、私たち天の導きは、そもそも数が少ないんだ。その博士が何人調べたのかは知らないが、偶然そういう結果だったとしてもおかしくない」
「その通りですわ。子が欲しくても授からないことなんて、いくらでもありますもの」
フェムは相槌を打ちながら、ニースにも新しいカップを渡した。ニースは不思議に思い、声を挟んだ。
「あの、イサクさんはミランさんの話を信じてないんじゃ?」
「子どもの話は信じていないよ。ただ、そういう研究があったことは否定出来ない。歌の力の遺伝を研究していた学者がいたことは、私も聞いたことがあるからね」
「そうなんですか」
「だが、もし彼が本当に、その博士の実験に協力していたのなら……。彼も悲しい人間なのかもしれないな」
「え?」
意外な言葉に、ニースは、ぽかんと口を開けた。イサクは紅茶を一口飲み、話を続けた。
「彼は、妊娠した女性はいなかったと言ってただろう?」
「はい。何人もと試したって」
「そして、皇国との関係が危なくなるのも分かっているはずなのに、公主殿下にあんなことを言った。いくら女性にだらしないとしても、そこまで愚かではないはずだ。彼は本当に、子どもが欲しかったんじゃないのかな」
「あ……」
ニースは、ミランがどんな気持ちだったのかを想像し、カップを掴む手に力を入れた。
――ミランさんは、女の人に言い寄られて性格が変わったって、ハロルド先生は言ってたけど。その博士と会ったのっていつだったんだろう? 子どもが欲しくても、自分のせいで無理だって言われたら……。
ニースは胸の痛みを感じて、唇を噛んだ。イサクは霧に覆われた窓の外に、切なげな目を向けた。
「私たちはただでさえ、人間扱いされることは稀だ。いつだって歌の力を求められ、自由に動くことすらままならない。それでも家族を得る自由ぐらいは、皆と同じくありたいものだね」
「そうですね……」
ニースの手の中で、琥珀色の液体がゆらゆらと揺れる。人肌に近い温もりを感じ、ニースはセラに会いたいと心から思った。




