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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
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34:ラメンタの町2

前回のざっくりあらすじ:ニースたちは、ラメンタの町へやって来た。

 影を伸ばしながら一座の馬車が向かったのは、煉瓦造りの大きな宿屋だった。二棟を渡り廊下で繋いだ宿の壁には、涼やかな蔦が這う。入り口や窓辺には植木鉢がいくつも置かれ、美しい花が咲いていた。

 清潔感に溢れ、こだわりを感じられる宿に、ニースは瞳を輝かせた。


「マルコムさん、ここに泊まるんですか?」

「ああ、そうだ。しかし、ずいぶん立派になったもんだな」

「立派? 前にも泊まってたんですね」

「だいぶ前にな。グスタフとジーナが結婚する前に、来たことがあるんだ」


 マルコムは笑って答えると馬車を止め、手綱をラチェットに預けて宿へ入っていった。しばらくすると従業員が出てきて、渡り廊下の下にある鉄製の門扉を開けた。


 マルコムが戻ると、馬車はゆっくり動き出す。渡り廊下の下をくぐり、馬車は宿の裏手に向かった。裏には、洗濯などが出来る水場と(うまや)、広い馬車置き場があった。

 頑丈そうな背の高い石塀と、建屋に囲まれた馬車置き場に、ラチェットが歓声を上げた。


「これは素晴らしい! ここなら安心して馬車を置いておける。僕もようやくベッドで寝られるよ!」


 喜ぶラチェットに、マルコムは苦笑いを浮かべて馬車を止めた。御者台から降りたマルコムに、車馬(しゃば)係の男が笑いかけた。


「いらっしゃいませ。馬をお預かりいたします。客車の掃除も行なって構いませんか?」


 車馬係は、馬と客車の両方を管理するのが仕事だ。マルコムは財布を取り出し、朗らかに答えた。


「ああ。二台分頼む。装飾が多いから、難しかったら車輪周りだけでいい」

「かしこまりました」


 数枚の銅貨を受け取り、車馬係は馬を厩へ連れて行く。男の指示を受けた子どもの車馬係が、バケツとブラシを手に、グスタフの馬車へ向かった。

 ラチェットが、オルガン馬車の荷台を開ける。ニースは仮面をつけたまま、外へ出た。


「ひっ……」


 オルガン馬車の近くを通りかかった子どもの車馬係が、ニースの姿を見て、腰を抜かして転んだ。子どもは、ニースと同じぐらいの背丈で、頬にそばかすがあった。

 帽子の下からは、赤い前髪がずいぶん長く伸びており、怯えているであろう目は見えない。車馬係にしては幼すぎるので、見習いなのだろうと、ニースたちは思った。


 ニースが驚かれるのは、検問時に続いて二度目だ。ニースは落ち着いて、赤髪の子に声をかけた。


「ぼくは、怪しい人間じゃありません。安心してください」

「いやぁぁぁ! 喋ったぁぁぁ!」


 ニースの落ち着いた話ぶりは、かえって子どもを怖がらせたようで、赤髪の子は悲鳴をあげた。その姿にグスタフが大声で笑いだし、ジーナが手を引き、助け起こした。

 車馬係の男が厩から顔を出したが、子どもが立ち上がるのを見ると、すぐに仕事に戻った。


「大丈夫よー。取って食べたりしないからー」

「ほ、ほんとですか……?」

「ほんとよー。中身はただの子どもだから、安心してねー」


 ジーナは安心させるように、にっこり笑った。赤髪の子はジーナの笑みを見て、ほっと息を吐いた。


「わ、分かりました。失礼しました」

「うふふー。いいのよー」


 子どもは、仕事に戻ろうと歩き出した。しかしその足取りは、生まれたばかりの子馬のようにぷるぷると震えていた。

 一行は気の毒に思いながらも、笑いを必死にこらえた。仮面の作者であるマルコムだけは、悲鳴をあげるほど怖がられることに、納得いかない顔をしていた。



 一行は裏口から宿へ入り、受付へ向かった。少し高い天井から吊るされた小さなシャンデリアが、炎を揺らしていた。

 受付には、優しそうな女将がいた。女将は微笑み、五本の鍵をカウンターに出した。


「マルコム様。承ったお部屋のご準備、出来ております」

「ああ、ありがとう」


 マルコムは鍵を受け取ると、皆に配った。


「ラチェットはニースの面倒を見てやってくれ。俺たちは三階の個室だが、二人は二階の相部屋になる。お前の希望通りの部屋だ」

「分かりました。どっちの建物ですか?」


 ラチェットの問いに、女将が声を挟んだ。


「お部屋があるのは、すべてこちら。本館になっております。別館は一階が食堂で、二階がお風呂とお手洗いです。三階は従業員宿舎となっておりますので、お客様の立ち入りはご遠慮願っております」


 ラチェットは、なるほどと頷いた。


「それで二階に渡り廊下があったんですね」

「はい、そうです。お部屋に水回りはご用意しておりませんので、お手数ですが別館二階、もしくは裏の水場をお使いください」

「分かりました」


 女将は丁寧に話すと、受付の片隅を指し示した。


「食堂をご利用の際は、そちらにある専用扉からお出になってください。ご宿泊のお客様には、夜や雨の時でも安全にお通り頂けるように、門の内側に通路を設けてありますので」

「門は常に施錠してるんですか?」

「はい。お客様の馬車が出入りする時のみ、開けております」

「それは助かりますね。防犯管理がしっかりしてる」


 満足げに言うラチェットに、女将は微笑み、グスタフたちは笑いを堪えた。一行は女将に礼を言うと、それぞれ部屋へ向かった。


 階段を上ろうとしたラチェットに、メグが声をかけた。


「ラチェット。また後で手伝ってもらえる?」

「ああ。もちろんだよ」


 ラチェットは朗らかに頷いた。その横から、ジーナがにっこり笑った。


「うふふー。私のもお願いねー」

「え、ええ」


 頬を僅かに引きつらせたラチェットに、ニースは不思議に思い、問いかけた。


「ラチェットさん。何を手伝うんですか?」

「荷物運びだよ」

「荷物運びって……。あの荷物、全部運ぶんですか⁉︎」


 唖然としたニースに、メグが笑った。


「やあね、ニース。そんなわけないでしょ。必要な分を、ほんのちょっとだけよ」

「そうだよね」


 ニースはほっと安堵すると、ラチェットに笑いかけた。


「それなら、ぼくも手伝います」

「いや、ニースはそんなに無理しない方が……」

「少しなら、一緒にやった方が早いですよ」

「うーん……じゃあ、まあ無理しないようにね?」


 ニースとラチェットは自分の荷物を部屋に置くと、馬車へ戻った。

 メグの言う()()()()()()()の荷物を見て、ニースは愕然とした。それでも、ラチェット一人に任せるのはあんまりだと、ニースは懸命に手伝った。



 ニースとラチェットは、メグとジーナの着替えが、パンパンに詰まった鞄を、三階の部屋まで何往復かして運んだ。ようやく仕事を終えると、二人は疲れきった足取りで部屋に戻った。

 二人の部屋には、梯子のついた簡素な二段ベッドが置かれていた。狭い室内には、小さな丸テーブルが一つと椅子が二つ置かれている。部屋の窓は、縦にスライドして開けるガラス窓だった。


 ラチェットが、入り口そばに置きっ放しにしていた荷物に手を伸ばす。その傍らで、ニースは丸テーブルに釘付けになった。


「ラチェットさん。あれ、何ですか?」


 ニースは、荷物を置きに来た時には気付かなかった、テーブルの上にあるガラス製の物体を手に取った。ラチェットが目を向け、微笑み答えた。


「ん? ああ。それはランタンだよ」

「ランタン? これが?」


 ニースがこれまで見た事があるのは、オイルランタンだ。しかしニースの手にあるランタンは、形こそ似てるものの、ガラスがしっかりと固定されており、取り外して芯に火をつける事は出来そうになかった。

 ニースは、じっとランタンを見つめた。


「確かに、似てるような気はしますけど……この丸いボタンみたいのは何ですか?」


 ランタンの台座には、給油口とは別に丸いツマミが付いていた。不思議そうなニースに、ラチェットは笑った。


「そうか。ニースは初めてなんだね。それはボタンじゃなくて、ツマミだよ。火石を使ったランタンだから」

「火石の……そんなのが宿の部屋にあるなんて、皇国ってすごいですね。これ、どうやって使うんですか?」

「簡単だよ。そのツマミを回すだけさ」


 ニースがツマミを回すと、不思議な事にランタンに勝手に火が付いた。


「うわぁ! すごい!」

「消したい時は、またツマミを捻って、戻せばいいよ」


 ニースがツマミを戻すと、火はゆっくりと消えた。


「手品みたいですね!」

「はは、そうだね。結構前に、僕の故郷で発明された物だよ。王国には、たぶんほとんど輸入されてないだろうね。皇国にも、入ってきたのは最近なんじゃないかなぁ?」

「へぇ。すごいなぁ……!」


 ニースは目をキラキラ輝かせて、しばらくランタンに火を灯したり消したりしていたが、満足すると自分のベッドへ向かった。

 ニースのベッドは、自動的に上の段に決まっていた。ニースがランタンで遊んでいる間に、ラチェットが下のベッドで寛いでいたからだ。

 ニースは梯子を上り、ベッドの片隅に荷物を置くと、窓に目を向けた。


「あ……。ここから見えるんですね」


 ニースたちの部屋は、宿の裏手側に面しており、部屋の窓からは馬車置き場が見えた。先ほどの赤髪の子が、オルガン馬車の土汚れを丁寧に払っている姿が見えた。


「もちろんだよ。いつでも馬車を確認出来ないと、危ないからね」


 ラチェットは、さも当たり前だと言うように寝転がったまま答えた。安心して馬車を預けられると喜んでいたのは何だったのかと、ニースは、こっそり思った。

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