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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第4章 はじめてのユニゾン】
41/647

31:花の村アクリ1

前回のざっくりあらすじ:ニースたちは、ラース山脈を越えた。

 きらきらと木漏れ日が揺れる山道を、ゆっくりと四台の馬車が通る。先頭ではグレゴリーが(なた)をふるい、道を切り開いていた。


「すまないな、任せてしまって」

「いえ、旦那。これが仕事ですから」


 稜線を走っていた道は徐々に標高が下がり、まるで獣道のような細道は、下草が伸び放題だ。所々、見えない位置に硬い枝も張り出しており、グレゴリーは馬が傷付かないよう、草と枝を払っていた。

 御者台から気遣うグスタフに、グレゴリーは笑った。


「それに、もう少しいけば村に着くはずなんですよ」

「本当か? それは有難いな」

「ええ。だからこの道も……ほら、あそこまで行けば、もう大丈夫だ」


 鬱蒼とした薮は、ある所から、ぷつりと途切れ、突然通りやすくなっていた。

 人の手が入っている事を感じさせる道に、長く険しい旅をしてきた一行の胸が高まる。グレゴリーが荷馬車に乗り込むと、馬車は速度を上げて山道を下っていった。

 程なくして、眼下に広がる森の向こう側に、小さな村が見えてきた。その様に、オルガン馬車の手綱を握るラチェットが、歓声を上げた。


「ニース、ようやく村だよ!」

「本当ですか⁉︎」


 オルガンを見張っていたニースは、ラチェットの視線の先に目を凝らした。森を切り拓いたのだろう、開けた土地に点々と木造の家が建ち、柵で囲まれた村の周囲には、広い畑があった。

 畑では、村人たちが種まきをしており、近付いてきた一座の馬車に驚き、声を上げた。


「なんだありゃ?」

「これはまた、珍しい馬車だな……」


 年に数回、山脈越えをする物好きな旅人はいるため、ただの馬車なら驚かなかっただろう。

 しかし、ニースたちは旅の一座だ。小さな村では見ることのない大型の箱馬車が、派手な装飾をつけてやってきたのだ。村人たちが驚くのも仕方なかった。

 慌てて数名の村人が村内へと知らせに走り出した。ニースは久しぶりに見る人の姿に、ワクワクを押さえきれずに問いかけた。


「ラチェットさん。ここは何ていう村なんですか?」

「アクリっていう村だよ。蕎麦とか菜種油が有名な村だそうだ」

「ソバって、なんですか?」

「植物だよ。実を引いて粉にして、料理に使うんだ。たぶん畑に撒いてるのが、蕎麦なんじゃないかな」


 一行は畑を眺めながら、のんびり馬車を進めた。ニースたちが村の入り口へたどり着く頃には、村中に知らせが伝わり、珍客を歓迎しようと村人たちが集まっていた。

 グスタフが馬車を止めると、身なりの良い老人が、集まった村人の中から現れた。


「これはこれは。旅の方、よくぞいらっしゃいました」

「これはどうも、ご丁寧に」


 誰だろうと思いながらも、グスタフは馬車を降り、丁寧に挨拶を返した。アントニーが歩み寄り、グスタフに耳打ちした。


「グスタフさん。アクリ村の村長さんですよ」


 村長自らの出迎えに、グスタフは驚いた。


「村長殿でしたか。これはどうも。私は旅の一座ハリカで座長をしております、グスタフです」

「旅芸人の方々でしたか。なるほど、それでその馬車なのですね」

「ええ。皆さんを驚かせてしまったようで、申し訳ない」


 深々と頭を下げたグスタフに、村長は笑った。


「いやいや。謝らずとも、よろしいですよ。山脈を越えてこられたなら、お疲れでしょう。良かったら、我が家に一晩泊まっていかれませんか?」

「それは願ってもないですが……いいんですか?」

「ええ。大したもてなしも出来ませんが、それで良ければ。ぜひ王国の話も聞かせて下さい」

「ありがとうございます」


 優しそうな村長の申し出に、グスタフは即座に頷きを返した。約一ヶ月半ぶりに屋根の下で眠れると、ニースたちは大喜びで、村長の家へ向かった。



 晴れ渡る青空の下、一行は馬を引き、村長の話を聞きながら、村の中を歩いた。

 ニースたちの目に映るアクリ村の家々は、木の温もりが溢れる可愛らしい建物だった。どの家にも、正面二階には大きなバルコニーがあり、小さな植木鉢がいくつも並べられ、色とりどりの花が咲き誇っていた。

 花を纏う愛らしい家々は、雄大なラース山脈の青々とした緑に映え、ニースたちが思わず感嘆の声を漏らすほどだった。


「良い村でしょう。我々の自慢なんですよ」


 にっこり笑った村長に、ニースたちは笑顔で頷いた。


 村の中心部にある村長の家も、村の家々と同じ作りだった。村長夫人は、にこやかに一行を出迎えた。


「まあまあ。ようこそ、いらっしゃいました。小さな家ですが、ゆっくりしていって下さい」


 夫人も村長と同じように、笑顔の可愛らしい、穏やかな老婆だった。

 突然の来訪にも関わらず、村長は一行を出来る限りもてなした。村長夫人は、アクリ村の特産品を凝縮した料理を皆に振る舞った。


「お口に合うか分かりませんけれど。お代わりもありますから。お好きなだけ召し上がって下さい」

「いやあ。こんなにたくさん、ありがとうございます」


 搾りたての菜種油を使った山菜の揚げ物、採りたて卵と挽きたて蕎麦粉を使ったガレット、捌いたばかりの鶏肉とゆで卵の煮込み料理に、蕎麦粉を捏ねて山の湧き水で茹で上げた蕎麦パスタ(ピッツォケリ)

 ニースは、初めて見る料理の数々に瞳を輝かせた。


「おばあさん。どれもすごく美味しいです!」

「喜んでもらえて良かったわ」


 喜ぶニースに、夫人は嬉しげに微笑んだ。ニースだけでなくグスタフたちも、新鮮な食材を使った食事に、感激して食べ進めた。


 一行が食事に満足すると、そば茶を飲みながら村長が口を開いた。


「ところで、もしよろしければ、ひとつお願いがあるのですが……」

「これだけ美味しい食事を頂いて、宿もお借り出来るんです。我々に出来ることなら、何でもしますよ」


 グスタフの快い返事に、村長は微笑んだ。


「そう言っていただけるとは、ありがたいことです。実はこの村には、あまり娯楽がありません。すでにご覧頂いた通り、小さな村でして。みなさんにお褒め頂いたバルコニーの花々も、貴重な楽しみのひとつなのですよ」


 村長は、村での暮らしについて、一座に話した。

 アクリ村は、クフロトラブラと同じようにラース山脈の麓にある。しかし、クフロトラブラとは違って、小さなアクリ村には旅人が来ることも滅多になく、冬の間は近くの町と繋がる道も雪で埋まってしまう。

 そのため村人たちは冬の間、家にこもらなければならい。人々は秋に花の球根を植え、春の花が芽吹くのを待ちながら、凍える冬を耐えていた。


「何もない村ですから。慰めになるのは、花ぐらいしかないのです。町へ行ける者も少ないので、皆さんがお越し下さったことは、我々にとって非常に大きな刺激であり、喜びなのです」


 真っ白な景色に緑色の若芽が顔を出すのを、心待ちにして暮らす村の人々は、春の花が咲き終われば、またすぐに次の花を育て始める。アクリ村では年間を通して、色とりどりの花を愛でて過ごすのが、最大の娯楽だった。

 ニースは村の美しい花々の裏側に、そんな事情があるのかと驚いた。話を聞いたグスタフは、なるほどと頷いた。


「つまり、我々一座が公演を行えばいいのですね」

「その通りです。貧しい村ですので、大して儲けにはならないと思いますが。お願い出来ませんか?」


 グスタフは村長に、にっこりと微笑んだ。


「もちろんです。我々に出来る一番のお礼でしょうから」

「ありがとうございます」


 グスタフと共に一座の誰もが笑みを浮かべ、村長は深々と頭を下げた。窓の外では、柔らかな月明かりの下で、色とりどりの花が嬉しげに揺れていた。



 煌めく朝日が、山あいの小さな村を照らす。久しぶりに柔らかなベッドで眠ったニースたちは、旅の疲れが吹き飛んだのを感じた。夫人手製の朝食を堪能すると、一座は公演の準備をしようと立ち上がった。

 ニースたちは口々に夫人へ礼を言い、村長と共に家を出る。外套を手にしたグスタフに、グレゴリーが歩み寄った。


「グスタフの旦那。何か手伝うことはありませんか?」

「いや、特にない。良かったら公演を楽しんでいってくれ。君たちには本当に世話になったよ。ありがとう」


 アントニー親子は、山脈越えの護衛兼案内役として雇われた。無事に村に着いた時点で、一座との契約は終了となっていた。

 グレゴリーの横から、アントニーが声を挟んだ。


「グレゴリー。俺たちは村中に知らせに回って、ついでに老人たちを、広場に連れてこよう」


 微笑んだアントニーに、グスタフは戸惑った。


「アントニー。君たちは、これから帰らなければならないだろう。私たちのことは気にせず、休んでくれ」

「遠慮しなくていいんですよ、グスタフさん。どっちにしろ、数日は滞在しなきゃならないんだ。時間はたっぷりある」


 山脈越えの準備には、ただでさえ時間がかかる。しかしそれだけでなく、アントニー親子は、村の菜種油を仕入れてからクフロトラブラに帰るつもりだった。

 アントニーの言葉に、グレゴリーも頷いた。


「そうですよ、旦那。ハリカの舞台は本当にすごいんだ。誰も見逃さないようにしないと、もったいないですよ」


 笑みを浮かべる二人に、グスタフは笑った。


「ありがとう。そこまで言われたら、頼むしかないな」

「それでいいんですよ」

「俺たちに任せてください」


 グスタフは気の良い親子に礼を言い、馬車を広場へ移した。


 広場に着くと、メグが鈍った体を整えるように準備運動を始めた。しなやかなメグの動きを感心して見ていた村長は、オルガン馬車のハンドルを回し始めたラチェットに目を向け、あんぐりと口を開けた。


「な……なんじゃこれは……!」

「発掘品の馬車なんですよ」


 大きく開くオルガン馬車に、村長は腰を抜かしかけた。ラチェットは苦笑しながらも、久しぶりに弾くオルガンの調整を始めた。


 控え室代わりの箱馬車は、いつものようにオルガン馬車の隣に止められた。馬車の中で、ジーナは大慌てで衣装の直しを行い、グスタフは、バイオリンの弦と弓毛を張り替える。

 手品用の鳩に餌をやり終えたマルコムは、グスタフに声をかけた。


「グスタフ。俺は今日は太鼓だけにするからな」

「ああ。分かってる。新しい鳥はどうだ?」


 マルコムは山脈越えの道中で、一羽の鳩を保護していた。オルガン馬車の飾りに、白い小鳩が引っかかっていたのだ。

 銀鳩と思われる小鳩には、足環がなかった。マルコムは、保護した野鳩を飼う事に決め、手品に使えるよう仕込んでいる最中だった。

 グスタフの問いに、マルコムは笑みを浮かべた。


「なかなか覚えがいいんだ。たぶん、次の町では仕上がってるよ」

「そうか。楽しみにしてるよ」


 マルコムは新しい鳩を籠から出し、訓練を始めた。鳩はのびのびと羽を伸ばし、くるっぽーと嬉しげに鳴いた。

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