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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第3章 旅のはじまり】
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◆《閑話〜アンヘルの手記》第2回


閑話→無駄話、心静かにする話(デジタル大辞泉より)


というわけで、今回もアンヘル視点一人称でのお話を書きました。

本編で詳しく書けなかった設定や「あの人はあの後どうなった?」「あの裏側ってどんなだったの?」的な誰得情報などを、会話文なしで書いてます。


読み飛ばしていただいても、本編ストーリーに全く問題ありません。無駄話ですので……。

食事の合間のお漬物感覚でお読みいただければ幸いです。



 なんと書き出したらいいだろうか……。もう二度と聞くことはないと思っていた町の名を、私は聞いてしまった。正式にはもう兄弟ではないが、大切な弟が住むはずのその町の名は、私の筆を取らせるに充分だった。


 私が王城への出仕を始めてから二年が経った。父に付いて学び、城での仕事をすっかり覚えた私は、十七歳の誕生日からは一人で仕事を行なっている。

 父はニースの誕生日パーティの時からすっかりやつれ、年齢以上に老け込んでしまった。それでも父は、どうにか城での仕事を私へ教えてくれた。ペンダントの事件が起こる前の父とは打って変わり、私を嫡男として扱ってくれるようになった。私は、父の変化に嬉しく思うと同時に、悲しくもあり恐ろしくも感じた。人の心が、これほどまでに大きく変わるのかと、衝撃を受けた。

 父は、ニースを殺そうとしたほどの憎しみの念を、月日を重ねる毎に薄れさせていった。しかし、それとは裏腹に、長年に渡る自分の行いへの自責の念が、父の心に積もっていた。父は、私が城での仕事を覚えると領地に引きこもってしまった。父の事は、今となっては気の毒に思うが、私に出来る事はない。

 私は、忙しいながらも平穏な日々を過ごしていた。


 その日、私はいつも通りに仕事をしていた。領地にいる父から送られてきた書類を抱え、王城内の廊下を歩いていた。領内の今年の作付けなどについての資料を提出するためだ。通い慣れた地方農政を扱う部署の扉をノックしようとして、私はある言葉に耳を疑った。中から聞こえる、城勤めの貴族たちの声が、もう二度と耳にしないと思っていた町の名を発していたからだ。

 クフロトラブラ……その町の名を聞いた瞬間、二年前にニースがそこへ移り住んだ事を、私は思い出した。

 クフロトラブラは、王都から遠い位置にあるが、王都の貴族たちにとって縁のない場所ではない。よって、普通に考えれば、私が普段耳にしていてもおかしくはない町の名前だ。しかし、私にはその名を滅多に聞けない事情があった。


 辺鄙な田舎町である、クフロトラブラの名が、王都で知られているのには理由があった。羊毛、羊肉、山羊肉、山羊のミルクにチーズなど。山岳地帯の特徴を活かした特産品の数々を生み出している町だからだ。特に、クフロトラブラで作られるフェルトを使った小物類は、王都の女性たちに人気がある。動物を模したぬいぐるみなどは、年齢問わず女性への贈り物として鉄板だ。

 しかし、それらはあくまでも()()()()()にとってだ。辺境の地であるクフロトラブラからの品々は、輸送に多くの時間と費用がかかる。そのため、決して安くはない価格で取引されるのだ。また、小さな山あいの町であるため、量産することも難しい。数少ない高品質の品々は相場が高く、小貴族の手に届くことはない。

 我が伯爵家は、封建貴族と呼ばれる領地を持つ貴族だ。称号は伯爵だから、決して弱小貴族ではないが、かといって裕福かというとそうでもない。そして、嫡男である私は、今は王城に仕えているが、私個人が国から頂く給金はないのだ。

 王城への出仕は、アマービレ王国の封建貴族の義務だ。王へ忠誠を誓ったものとして、国の運営の一部を担うため、王城で様々な雑務を行う。そして、領地から国へ納める税の手続きと、自身を含めた私兵の一部を王国軍へ派遣もしなければならない。

 これらの封建貴族の王都での仕事は、国の運営を支えるという理由だけでなく、土地と民を持つ領主が二心を抱かないよう、余分な資産を削ぐ役割もある。嫡男が成人すると、王城へ出仕が義務付けられているのも、人質としての側面もあるのだ。そのため、封建貴族の当主に対しては、称号に応じて国から給金は出ているが、その子弟に別個給金が出ることはない。封建貴族に与えられる国の仕事の多くは、下っ端の雑用であるため、役職手当もつかない。悲しいかな、封建貴族の嫡男が自由に使える金などないのだ。

 対して、王都に住む貴族たちは、領地を持たない法服貴族だ。領地や領民を持たない彼らは、謀反の恐れが少ないとされ、国の運営の根幹を担っており、城の役職の上位に付く。称号に応じて国から得る給金は、封建貴族より多い。これは領地を持たない分、自力で収入が得られないからである。

 しかし、世襲が可能であるために、代々王都に住む法服貴族たちは、商人たちと人脈を作り上げ、互いに便宜を図る。このため、商人たちから様々な()()をしてもらえる彼らは、実際の生活に必要な金額以上の給金をもらっているのが実態だ。そこへ、役職手当も追加で乗せられるから、上位の役職につく貴族はさらに私服を肥やす。結果、裕福な貴族が多かった。

 しかし、王都での生活に苦労するのは、封建貴族も同じだ。屋敷は家格を現すものであるため、王城で働く封建貴族の子弟は、称号に応じた屋敷を王都に維持しなければならない。屋敷では、軍に派遣している私兵たちの面倒も見なければならない。王都では物価も地価も高いため、維持費だけでも相当なものだ。

 よって、アレクサンドロフ伯爵家には、余分な金などなく、結果として王都の貴族たちのような豪奢な生活を送ることなどできなかった。こういった貴族家は、アマービレ王国では珍しくはない。金が集まるところがあれば、金のないところもある。世の中とはそういうものだ。


 長々と記してしまったが……。このような理由から、私は王城へ出仕してからの二年間、クフロトラブラの名とは全く縁がなかった。急に耳に入った、()()()()弟が暮らす町の名に反応し、うろたえながらも扉の前で聞き耳を立ててしまったが、それも仕方ないことだと、言い訳をさせてもらいたい。

 地方農政を扱う部署は、畜産についても仕事の内だ。どうやら、クフロトラブラの町を治める領主からの報告で、羊毛の質が格段に上がっているらしい。

 昨年は、突然一部の羊毛の品質が、格段に上がっていた。そのため、注意深く羊毛の品質の変化を見守っていた。すると、今年の春の羊毛は、驚くべき事に、街全体で品質が大幅に上がったというのだ。部署内からは、真剣な話し合いの声が漏れており、本来あり得ない事態なのだと、盗み聞きをしている私にも感じられた。

 しかし、私は羊毛について詳しくはない。それがどれだけとんでもないことなのか、さっぱり理解出来なかった。私は、いくつか王都の店で聞いて回ったが、やはりよくわからなかった。


 私は、本格的にクフロトラブラの羊毛の謎について調べようと思う。久しぶりに聞いた弟の住む町の名だ。何かしら関わりを持ちたいと、心のどこかで思っているのかもしれない。弟との繋がりになると期待して、今後もここに羊毛調査について記していこうと思う。



 ◆◇◆◇◆◇



 手記に記すのに、だいぶ時間が空いてしまった。これほど調査が難航するとは、思いもよらなかった。


 三ヶ月もの間、私は暇を見つけては城の図書室へと足を運んだ。王城の図書室には、国中の書籍が集められている。蔵書の数が多いため、図書室といえど、城の一角に専用の建屋が設けられている。それほど大きな建屋ではないが、図書館と言っても過言ではないだろう。

 我がアマービレ王国の印刷技術は、あまり発達していない。他の大陸の国々では技術研究も盛んだが、アマービレ王国は美食の国だ。美味しさへの探求はしても、印刷技術についてはあまり研究は進んでいなかった。他国で研究・開発・発掘された技術が、数十年かけて王国にもたらされるのだ。料理以外のあらゆる面での技術が、アマービレ王国は他国より劣っていた。

 そのため、王城の蔵書の大半は、手書きで書き写されたものだ。一部に木版印刷のような本もあるが、印刷された物のほとんどは他国から輸入された本だ。また、その書物の大半が料理のレシピであり、羊毛についての調査は困難を極めた。


 その日、私は、思わずため息を吐いた。これはと思った本を借りて、城の中庭で読んだはいいが、それはクフロトラブラのとある女性の自叙伝風料理レシピだった。

 私は、その料理レシピにより、ミルク料理の知識が増えた。羊毛について調べている間は、このような無駄知識がどんどん増えてばかりだった。私は思わず、癖のある文字で「マーサ・クフロトラブラ」と書かれた著者名を、指でなぞりながら文句を呟いた。レシピ本の題名が「羊毛と過ごした日々」などと、紛らわしいものだったのだ。本人に会う事がもしあれば、必ず抗議したいと思う。

 私が、マーサ夫人の料理レシピに恨み言を呟いていると、中庭に城の使用人たちが通りかかった。王城で働く使用人の多くは、良家の子女だ。彼女たちは、王城で働く中で有能な結婚相手を見つける能力に長けている。数少ないお眼鏡に叶う貴族の子弟を取り合い、熾烈な争いを日々繰り広げるのだ。私は関わりたくなかったので、思わず身をひそめた。


 我が伯爵家は裕福ではない地方の貴族だが、私の容姿はなぜか人目をひくようで、よく女性に声をかけられる。私は父譲りの金髪、白い肌で、母譲りの緑色の瞳だが、何がそんなに女性たちの好みに触れるのか。確かに父も母も整った顔立ちをしており、私もよく似ていると言われるが……。私には、女性たちの考えは、よく理解できない。

 しかし、いくら言い寄られても、私にはすでに良家の貴族の娘である婚約者がいる。それに、父のように正妻と妾との兼ね合いで神経をすり減らしたくはない。女性の争いに巻き込まれるなど、願い下げだ。


 使用人たちは休憩に来たようで、中庭のベンチに腰を下ろすと、男性から貢がれた品々について評論を始めた。私の存在に全く気付いていないようで、その内容は酷いものだった。私は彼女たちの会話を盗み聞きする気など全くなかったのだが、甲高い声でさえずるように話すので、話の内容は否が応でも私の耳に入ってきた。

 アマービレ王国の熊のぬいぐるみは、非常にリアルな造形であるため、あまり人気がない。彼女たちの話から、またしても余計な知識が私の脳に追加された。

 しかし、女性たちの会話を聞いてしまった事は、無駄ではなかった。話の中で酷評されている熊のぬいぐるみだが、クフロトラブラの羊毛フェルトで作られた物だったのだ。そして、その話の中で、さらに驚くべき情報を、私は手に入れた。見てくれは酷い熊のぬいぐるみだが、その手触りは極上のものであるという。そして、羊毛の品質を上げるための方法に、彼女たちは感動したそうだ。その方法とは、羊に音楽を聞かせているというのだ。


 その後も使用人たちの会話は続いたが、私の耳にはそこから先の会話は入らなかった。なぜ、羊に音楽を聞かせているのか。なぜ、音楽で羊毛の質が上がるのか。私にはさっぱり意味がわからなかったし、到底信じられなかった。

 私は手に持つマーサ夫人のレシピ本をめくったが、それらしい記述は見当たらなかった。休憩を終えた使用人たちが中庭を去っても、私はしばらくその場で考え込んだ。

 しかし、答えが出るはずもない。今、ここに記している私には、最早羊毛の謎について調べる術は残されていないのかもしれない。それでも、進歩ではあるから、書き残しておきたいと思う。



 ◆◇◆◇◆◇



 羊毛の謎の件に、ある程度、道筋をつけることが出来た。ここにそれを記しておく。


 クフロトラブラでは、羊に音楽を聞かせていると、女性たちの噂話を聞いた数日後。私の優秀な護衛、ダミアンが、話があると王都の屋敷に妻のリンドを連れてきた。我が父から許可が出たので、ダミアンは護衛の仕事をやめ、妻の田舎へ行きたいと言うのだ。

 私はこの時、自分が生まれた頃から仕えてくれていた護衛が去ることに、一抹の寂しさを感じていた。たまには手紙でも書きたいと思い、どこへ行くのかをダミアンに尋ねた。すると、ダミアンが妻と帰る場所は、クフロトラブラだと言った。

 私は驚いた。ダミアンの妻リンドが、ニースの乳母だった女性であり、ニースの養母となったことを私はすっかり忘れていたのだ。王城での仕事が忙しく、領地に帰れなかったとはいえ、ニースの養母となったリンドのことを、すっかり忘れていた自分が恥ずかしくて仕方なかった。

 リンドに、今もニースの養母であるかを確認すると、リンドは不安げに頷き、震えるような声で「そうです」と答えた。


 リンドは、私がニースを良く思っていなかったことを知っていた。私は、大人たちに気付かれないように、ニースに様々な嫌がらせをしていたが、ニースの乳母だったリンドには、全てお見通しだった。リンドは知っていても私に何も言わなかった、いや、言えなかったのだが。

 だから、私がまた何かニースに良からぬことをするのではと、リンドは心配したのだろう。ただでさえ、心に大きな傷を負ったニースなのだ。私が何かをしようとするならば、自分の子となったニースを、リンドは命がけで守ろうとするだろう。相手は、昔のような子どもの私ではなく、次期伯爵となる大人の私なのだから。


 私がニースをもう傷付けるつもりはない事と、むしろ申し訳なく思っている事をリンドに伝えると、リンドは大層驚いていた。驚かれるほど、私はニースのことを傷つけていたのだと、改めて感じた。ニースに許してほしいと願っても、私のこの気持ちはもう届くことはない。

 私はしばらく悩んだが、ダミアンに羊毛の品質が上がった謎について、調べるよう頼んだ。もう私の護衛ではなくなるから、無理に引き受けなくてもいいと併せて伝えたが、ダミアンは快く引き受けてくれた。羊毛の品質が上がる謎がしっかりと分かったら、手紙で報告するように伝えると、ダミアンは妻を連れて部屋から下がった。


 私は本当は、ニースの様子も合わせて知らせるように頼みたかった。しかし、出来なかった。心優しいリンド夫妻に、下手な心配をさせてはならない。そして、私は決してニースを害したいわけではないのだ。

 しかし私は何らかの形で、あの子との繋がりを持ち続けたかった。養父となったダミアンは、もう私の護衛ではなくなる。せめてもの繋がりとして、私はダミアンに羊毛の調査を頼んだ。

 私は、今更ニースと何かしらの繋がりを持ち続けたいと考えている自分の事を、あさましい人間だと思う。成長したニースはどんな姿だろうか。脳裏に思い浮かべようとしたが、うまくいかなかった。それに、あの子は私のことなど思い出したくもないだろう。

 私は、ニースが幸せに暮らしていてくれれば、それでいい。それこそが、私の唯一で最大の願いなのだから。ようやくニースは大好きだった乳母と共に暮らせるのだ。ダミアン夫妻の子どもたちは、気のいい子ばかりだった。きっと、私より良い兄弟となってくれるだろう。

 そう思っているはずなのだが、これを書いている私は、今一度あの子に会いたいと、心のどこかで願っている。

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