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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第3章 旅のはじまり】
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★[幕間劇〜とあるスパイの話]第2回


幕間劇→演劇で、長い劇の間に挟んで演じる小喜劇。(デジタル大辞泉より)


というわけで、今回も、コメディ色強めの会話多めな小話を書きました。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。

食事の口直しのお飲み物感覚でお読みいただければ幸いです。

 雪が解けだし、森の木々のあいだに小川がいくつも生まれる。そんな春の季節の昼下がり。長い冬を耐え、ようやくやってきた春を謳歌するように、大空を鳥が一羽飛んでいた。


「ふんふーん。ふんふふーん」


 上機嫌に鼻歌を歌いながら、空を飛ぶ一羽の鳥。しかし、不思議なことにその鼻歌は「くるっぽー」という鳥の鳴き声にしか周囲には聞こえない。

 鳥の名はバードスリー。鳥とは仮の姿の、とある国のスパイである。彼の上司は、親愛の情を込めて彼を「バード」と呼ぶ。決して名前が長くて面倒くさいわけではない。……たぶん。

 バードは可憐な花が咲き始めた牧場の上へとやってくると、高度を下げ、大きな木にくくりつけられた巣箱へと降り立った。するとそこへ、初老に近いような、顔に小さな皺のある恰幅のいい女性が近づいてきた。マーサであった。


「バードちゃん、ほーら、ご飯ですよー」


 マーサの声に、くるっぽーと返事をしてバードは地面へ降り立つ。バードは決してご飯を食べはしない。優秀なスパイである彼は、他人の用意した餌など食べない……というわけではなく、単に消化器官がないだけである。


「おばちゃーん、元気してたー?」

「今日もいい天気ねぇ。たくさんお食べ」


 バードとマーサ。一人と一羽の会話は、全く噛み合わない。それもそのはず。バードは優秀なスパイである。特殊な暗号……ではなく、単にくるっぽーとしか発声できないようになっているのだ。マーサに鳥の言葉がわかるわけがない。全く会話が通じないのは仕方ないのだ。

 しかし、不思議なこともあるもので、マーサはバードと彼の名前を呼ぶ。マーサも実はスパイなのであろうか……いいや、これは単なる偶然である。

 バードは、マーサの優しさに応えるべく、餌を啄むフリをする。


「おばちゃーん、聞いて聞いてー。今度ね、エクシーが俺っちに休みをくれるって言ったんだー。俺っち国に帰るから、少しの間来れないよー」

「ようやく春になったから、たくさん美味しいものが食べれるわねぇ。だからかしら。旅の一座がこんな辺鄙な町へ来たのは」


 バードの仕事は、()()()()()()()であるニースの監視だ。普段はニースの元を離れることを許されていないが、羊毛の品質アップ事件以外に、この二年大きな変化がなかった。そのため、愛しのココに会いに国へ帰ることを許可されていた。バードの上司はバード休暇中の代替え要員を探すのに奔走している。最近のバードは、仕事をさぼって付近をぷらぷらしながら、ココへのお土産(みつぎもの)を探していた。


「俺っち、よーやくココに会えるんだー。お土産何がいいかな、おばちゃーん」

「この前、ニースが一座の公演で歌おうか悩んでたから、出たらって言ったのよ」

「羊を生きたまま持ち帰ったら、騒ぎになりそうだし……え、なんて?」


 バードとマーサの会話は全く噛み合っていなかったが、バードにとって聞き捨てならない話が、マーサの口から飛び出してきた。


「あの子ったら、ずっといじわるされてたんですって。もっと早くに相談してくれてたら、私がその子たちにバシッと()()()あげたのにねぇ」

「いやいや、いじめられてたのは俺っちは知ってたけど、だから、さっきなんて言ったの?」

「あぁ、楽しみだわぁ。まさかニースが舞台で歌う日が来るなんてねぇ」

「それだよ、それ! 舞台で歌うって、それってコンサートじゃん! ライブじゃん! いつ? どこで? なんでそんなことに!?」

「あら、もうお腹いっぱいなのね」

「いや、そういうことじゃなくて! ……まあそもそもお腹空いてないっていうか、俺っちは食べれないけども。けども!」

「さあて。そろそろマシューを連れて、私も見に行かなくっちゃ。ニースの歌が待ってるからね。バードちゃん、またね」

「おばちゃん、待って! それもうちょい詳しく! おばちゃーん! カムバーック!」


 バードの叫び……くるっぽーの連呼にしかなっていないが……もむなしく、マーサは去っていった。仕方なく、バードはマーサを追いかけた。




 ニースの初舞台のうち、午後の公演をバードは見届ける事が出来た。


「ニースすごい、すごい! 最高のライブだったよー!」


 バードは興奮していた。バードは優秀なスパイである。その辺の鳥とは違い、音楽の素晴らしさが分かるのだ。


「あ、そうだ! この感動が消える前に、エクシーに報告しなくちゃ!」


 興奮覚めやらぬ面持ちのバードであるが、この感動的で大きな出来事を、上司に報告しなければならない。これほどまでに、バードが使命感に燃えているのは、決して、誰かと感動を共有したいからではなく、優秀なスパイだから……なはずである。

 投げ銭をしながら帰る人々を眼下に見下ろしつつ、バードは広場脇の宿屋の屋根の上で、上司のエクシーに通信を始めた。


「エクシー、エクシー、聞こえますか。こちら、バードスリー。こちらバードスリー。応答願います」

「こちらエクシー。どうした、バード。また何も起こらなくて暇だっていう無駄話じゃないだろうな」


 興奮しながらも努めて真面目な声で話すバードとは対照的に、面倒くさそうに気だるい声で答えるエクシー。一人と一羽の会話が周囲へ聞こえることはない。バードの脳内で、音声通信を行なっているからだ。


「大変だよ、エクシー。ニースが歌ったんだ!」

「そりゃ歌うだろうよ。いつも羊に歌ってただろ」

「そうじゃないよ。舞台で歌ったんだ!」

「……はぁ?」


 エクシーの間の抜けた声が響く。


「んもー、だから! 楽器の演奏と一緒に歌ったんだよ!」

「なんだ、そんなことかよ。楽器の演奏みたいに羊に歌を聞かせてるんだ。そりゃそのぐらいするだろう。通信切るぞ」

「ちょっと! エクシー、エクシー!?」


 バードの興奮は、エクシーには全くもって伝わらなかった。


「んもー、エクシーのやつ! なんでわからないんだよー!」


 夕陽で染まる空に、叫ぶバードの声がこだまする。その声は、どこまでも遠くまで、くるっぽーと響いていった。




「あーあ。ニースが楽器に合わせて歌を歌うって、本当にすごいことなんだぞ。だって、そんなことするやつ、今の人間たちにいないじゃないかよう」


 ぶつぶつと、バードはひたすら愚痴をこぼしていた。ニースの初めての舞台が終わってから、もう数日が経っていたが、バードはずっとマシューの家の庭の巣箱にこもったままだった。


 ――あーあ。気にしてもらえないなら、もういいか。さっさとココに会いに帰ろうかな。


 バードがそんなことを考えていると、ニースの家の扉が開いた。


 ――ん? こんな夜中に誰だ……?


 バードがこっそり外を覗き見ると、犬と目があった。


「うぉ!?」


 思わず嘴から出そうになった悲鳴を翼で抑え、慌てて巣箱の中へと入り、バードは息をひそめた。息をひそめると言っても、バードは呼吸をしないため、あくまで比喩である。バードは優秀なスパイであるからして、犬に吠えられるわけにはいかないのだ。決して怖いからではない……たぶん。

 バードが巣箱の中で身を縮こませ、じっとしていると、さらに一人が歩いてくる音が聞こえた。


 ――これは……ニースのじいちゃんか?


 バードは二人の会話に、そっと耳を澄ませた。


 ――え? なに、どういうこと?


 ニースが旅立ちを決意するのを聞いたバードは、頭の中で警鐘が鳴るのを感じた。実際には、バードに警鐘を鳴らす機能はついていないが。


 ――やばい、これはやばい。ニースが旅に出る? そしたら、俺っちもついていかなきゃいけなくなるよね? ココとのラブラブデートはどうなるの!?


 バードは、まだ約束も取り付けていないココとのデートの行く末を案じ、慌てていた。




 ニースが旅立ちを決意した日から一週間が過ぎた。バードは、まだ報告をためらっていた。


「バード、聞こえるか。応答しろ。バード」

「んもー。うるさいなー、エクシー」

「やけに荒れてるな。どうしたバード」

「ココとのデートが! ラブラブデートがー!」


 バードの頭の中は、愛しのココのことでいっぱいだった。ニースが生まれてから、ココと一度も会っていないのだ。バードの想いは、ひっそりと胸に秘めた片想いであるからして、ココと通信で話すような間柄でもなく、声すらこの七年聞けていない。胸に秘めたと言っても、周囲にはバレバレであり、ココは実は気づいているのだが……それは知らぬが仏というものである。


「ふむ。そうか。ついに直接振られたか」

「違う! 違うよ、エクシー! 俺っちの熱いハートは、必ずココに伝わるはずなんだ!」

「はいはい。お前、あれだけ相手にされないのに、よく諦めないよな。尊敬するよ、俺は」


 ひどく呆れたような声で、エクシーは言った。


「それで、バード。お前、いつ帰ってくる? お前の代わりをフォーゲルが引き受けてくれてな……」

「俺っちが、帰れるわけないだろー!」

「はあ? なんでだよ。お前あんなに帰りたがってたじゃないか」

「ニースが数日後には旅に出るってのに、帰れるわけないでしょー!」

「なんだとおおおおおお!?」


 エクシーが突然大声をあげたかと思うと、エクシーの背後で小さな悲鳴と共に、ドンガラガシャンと誰かが派手にこけ、紙をぶちまけたような音がした。


「……え? あれ? ジャンがこけた?」

「ああ、すまん。つい大声を出してしまった。数年ぶりだから、ジャンも驚いたようだ。……バード、毎度のことながら、お前よく音だけでわかるな」

「え? あれ? もしかして、これって、本物のエクシー?」

「俺に偽物なんてあるかよ。バード、お前たちとの通信に必要な発掘品は、我が国で独占してるんだぞ。忘れたのか?」


 バードの呆然とした声に、エクシーは訝しげに返した。


「いや、だって、俺っち、エクシーとの話はてっきり、自分の妄想だと思ってて……」

「なんだそりゃ……? バード、どこか故障でもしたのか?」

「いや、そうじゃなくて……。あれ、でも待って? ……ってことは、ニースが旅に出るって、俺っち言っちゃった?」

「おう。バッチリ聞いたぞ。だからジャンのやつが、こける羽目になったんだからな」


 エクシーの言葉に、バードは固まった。


「……やっちまったあああああああ!」

「……っ! お前なぁ、急に大声出すなよ! 耳が壊れるかと思った。俺が言えることじゃないが……」

「うおおおおお……」


 バードは、エクシーの言葉を無視して、頭を抱えた。比喩ではない。実際、バードは翼で頭を抱えてのたうち回っているのだ。さすがは優秀なスパイ。実に器用である。


「……お前まさか、あの子どもが旅に出ることを隠そうとしてたわけじゃないだろうな?」

「ぎくぅっ!」

「擬態語をいちいち言葉にしてんじゃねーよ。本当、ふざけた鳥だな」

「そんな言い方ないじゃないかよう、エクシー……」

「まあ、あの子どもが旅に出るなら、お前の休みも取り消しだな。引き続き見張ってくれ」

「……え!? 待って、待ってよ! エクシー!」

「じゃあな。幸運を祈る」

「エクシー! エクシィィィィィー!」


 バードの悲痛な叫びがエクシーに届くことはなかった。エクシーが一方的に通信を切ったからだ。

 バードの八年ぶりの休みは、形となる前に跡形もなく消えた。優秀なスパイは代わりがきかないのだから、これも仕方ないことだ。決して、辺境だから誰も代わりに来たがらないわけではない。……たぶん。




 ニースが旅立つ日が来た……はずだった。


 ――筋肉痛で出発延期とか、嘘だろ……?


 ニースの後をつけて、クフロトラブラの町の入り口そばの木に降り立ったバードは、目を疑った。


 ――俺っち、せっかく厳しい旅の覚悟決めてきたのに! おばちゃんにも別れの挨拶しちゃったのに、どうすんだよー!


 バードはショックを引きずったまま、ニースの後を追って家へと戻った。バードが庭の巣箱に降り立つと、エクシーから通信が入った。


「こちらエクシー。聞こえるか、バード」

「……はいはい、こちらバードだよ」

「なんだ、ずいぶんいじけた声だな。まだ機嫌直ってないのか? 仕方ないだろ、旅に出るなら誰かついていかないと見失うんだから」

「そうじゃないよ……もっとひどいんだ……」

「……何かあったのか?」


 バードの沈痛な声に、エクシーの声がくぐもる。


「筋肉痛で、一日延期だって……」

「……は?」

「だーかーらー! 筋肉痛でニースたちの出発が延期になったんだよぉぉー!」


 思わず叫んだバードの声は、マシューの牧場に、くるっぽーと響いた。


「お、おう……。それはまた、残念だったな……」

「ちくしょう! 俺っち、めちゃめちゃ覚悟決めてたのに! こんなくだらない理由で出鼻をくじかれるとか、ちくしょう!」

「お、おう……。まあ、なんだ、落ち着け」

「これが落ち着いていられるかぁー!」


 その後一日中、エクシーはバードの愚痴に付き合わされた。全てを吐き出したバードは、翌朝、スッキリとした面持ちでニースの旅についていった。もちろん、バードは鳥なので、実際に表情が変わったのかは見てとれない。


 ニースの乗る馬車の遥か上空を、ゆったりと一羽の鳥が飛ぶ。山脈の上空で乱気流と闘う羽目になることを、バードは、まだ知らない。

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