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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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104:教会の守人1

前回のざっくりあらすじ:不思議な夢を見た。

 穏やかな日の光が、大聖堂のガラスと湖面に煌めく。ニースたちが大聖堂へ着くと、バードとココは早速外で遊び始めた。


「バード、ココ。ぼくたち、中にいるからね。遠くに行っちゃダメだよ?」


 ニースの言葉に、わかったというように、バードがくるっぽーと鳴いた。


 ニースたちが大聖堂の中へ入ると、大司教が出迎えた。


「ニース様。ご協力頂けるのですね。感謝致します」


 大司教の動きは早く、ニースが引き受けたらすぐに始められるようにと、()()をすでに選び終えていた。大司教は未来の指南役たちを、早速ニースに紹介した。


「四人とも若いですが、熱意は充分にあります。ニース様のご指導にも、きっとついていけましょう」


 紹介されたのは、水色のローブを身に纏った、修道士二人と修道女二人だった。四人とも、ラチェットと同じぐらいか少し年上に見えた。


 四人のまとめ役として選ばれた真面目そうな青年が、最初に挨拶をした。


「私はムルキと申します。歌い手でなくとも歌えると聞き、願い出ました。よろしくお願いします」


 ムルキは端正な顔立ちで、少し長めの髪が炎のように赤かった。

 続いて、ムルキの隣に立つ茶髪の青年が姿勢を正した。


「私はグノムです。ニース様にご指導頂ける事を感激しております!」


 グノムは、ローブの上からでも立派な筋肉が分かるほど、がっしりとした体格の持ち主で、精悍な顔立ちをしており、ニッと笑うと白い歯が輝いていた。


 修道女の二人も、ニースに挨拶をする。背の高い女性は、溌剌とした笑顔を浮かべた。


「私はウンダです。祈手に憧れてました。よろしくお願いします」


 快活そうなウンダは、長い青髪を水色のローブに流していた。

 その隣で、背の低い女性が手を合わせ微笑んだ。


「私はシルフと言います。よろしくお願いしますわ」


 肩ほどの長さに短めに切りそろえた金髪のシルフは、動作の一つ一つが優雅に見えた。

 ニースは緊張しながらも、ぺこりとお辞儀をした。


「ぼくはニースです。みなさんにちゃんと教えられるように、精一杯がんばります。よろしくお願いします」


 ニースたちが自己紹介を終えると、大司教自ら隣合う二つの部屋にニースたちを案内した。

 小さな室内扉で直接繋がる二部屋は、片方は小さな炊事場で、もう片方はまるで貴族の執務室のような立派な部屋だった。


「こちらは、今は空き部屋となっておりますが、司祭に与えられる部屋です。皆さまのご滞在中は休憩室として、お好きに使って頂いて構いません。

 それからもうひとつ。この向かいの小聖堂もご自由にお使いください」


 二つの部屋の向かいには、小さな祭壇のある広間があった。


「小聖堂は、個別に祈りを捧げる礼拝の間です。祈歌を捧げる場所でもありますので、防音処理もしっかりしております。歌われる際に、ご自由にお使い頂ければと思います」


「わかりました。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げるニースに、大司教は微笑みを返した。


「こちらこそ、お受け頂き感謝いたします。私はこの後、聖庁へ戻りますが、何か不都合がありましたら、いつでも司教にお話ください」


 大司教が去ると、ラチェットとメアリは祈歌を譜面に起こす作業を始め、ニースは四人の生徒たちに歌を教え始めた。




 ニースたちはその日から毎日大聖堂へ通った。ニースはムルキたちに歌い方を教え、ラチェットは採譜を続けた。

 教会と一定の距離を保つ事が出来るようになったグスタフたちは、ニースとラチェット抜きで、毎日のように公演を行い、慌ただしく過ごした。


 ニースはマルコムに頼まれ、大聖堂に必ずココを連れて行った。マルコムの手品の助手であるバードは、一緒に行けない事に大層落ち込んだ様子だった。


 ラチェットがようやく、三十番まである祈歌の採譜を終え、編曲を始めた頃。ニースは歌を教える中で、違和感を感じ始めた。

 四人の生徒たちは、大司教が言った通り熱意にあふれ、あっという間に歌い方を覚えてしまった。しかしニースは、何か物足りなく感じていた。


 違和感を解消出来ないまま、ニースが初めて四人にハーモニーを合わせる指導をした日のこと。アウクリシウムで作られた重唱曲は、音は合ったものの、どこかギクシャクしており、ニースは首を傾げた。


 悩むニースに、ムルキが尋ねた。


「ニース様。我々の歌は、どこか間違ってましたでしょうか?」


「ええと……間違ってはいないし、音は合ってるんですけど……。何かが違う気がするんです」


「何かが……ですか?」


「はい。なんていうか、こう……聞いてても、わくわくしないんです」


 シルフが、不思議そうに声を挟んだ。


「わくわく……? 歌はお捧げするものですから、必要ないのでは?」


「うーん……。そうなのかなぁ?」


 ニースが悩んでいると、扉を開けてラチェットが入ってきた。


「ニース、お疲れ様。もうそろそろ休憩にしないかと思ったんだけど、調子はどう?」


「ラチェットさん……」


「何かあったみたいだね? 話してみてくれるかい?」


 ニースは自分が感じている違和感と、シルフの意見を伝えた。話を聞いたラチェットは、穏やかに微笑んだ。


「うん、わかった。それはたぶん、考え方の違いだよ」


「考え方の違い?」


 ラチェットは、四人の生徒たちに顔を向けた。


「みなさんには、お話してませんでしたが、ニースはアマービレ王国出身なんです。だから、みなさんの祈歌に対する気持ちを理解するのは、難しいと思います」


 ムルキたちは、目を見開き驚いた。


「あ、アマービレ王国ですか!?」


「アマービレ王国って、アートル大陸の北にある、あの国だよな?」


「そんな……よりによって、あの国にニース様がお生まれになられていたなんて……」


「なんてこと……」


 四人のあまりの驚きように、ニースは苦笑いを浮かべた。


「えっと……ラチェットさん、これってどういう?」


「ああ。アマービレ王国は、カルデナ教徒を迫害した歴史がある国なんだ。アマービレ王国には教会がなかっただろう?」


「はい。教会って、そんなに色んな国にあるものなんですか?」


「そうだよ。世界に八つの国があるのは、ニースも知ってると思うけど、その中で教会がないのは二つだけなんだ。聖皇国と敵対していた、今は公国になっちゃった砂漠の国と、アマービレ王国だけなんだよ」


 ニースは、唖然とした。


「あの……それって、王国も聖皇国の敵ってことですか?」


 グノムが首を横に振った。


「いいえ。違います、ニース様。昔は敵対していた頃もありましたが、元々離れた国同士です。王国がどう考えてるのかは分かりませんが、聖皇国では王国を敵対視はしていません。積極的に関わろうともしないですが……」


 シルフがグノムの言葉に付け加えた。


「ですから、ニース様に対して敵対心などありませんわ。ご気分を害されましたなら、申し訳ございません」


「い、いえ! ぼくは、別に気分が悪くはないです!」


 慌てるニースに、ラチェットが笑った。


「ははは。大丈夫だよ、ニース。みんなちゃんと分かってるから。……まあ、そういうわけだから、良かったらみなさんから、カルデナ教についてニースに少し教えてもらえませんか。

 きっとニースも、カルデナ教を信じる人々の考え方が分かれば、どう教えればいいか分かるはずだよ」


 ぱちりと片目を瞑るラチェットに、ニースは頷きを返すと、四人に頭を下げた。


「ムルキさん、グノムさん、ウンダさん、シルフさん。ぼくに、カルデナ教のことについて、教えてください。ぼく、みなさんの気持ちを分かった上で、歌についてもう一度考えたいんです。お願いします!」


 四人は顔を見合わせると、笑みを浮かべた。


「もちろん、喜んでお受けします」


「ニース様にカルデナ教についてお伝え出来るとは、感激の極みです!」


「カルデナ教の教えを伝えるのも、私の憧れです。よろしくお願いします」


「お役目引き受けさせて頂きますわ」


 熱意溢れる四人に、ラチェットが苦笑いを浮かべた。


「ええと……教えるだけだからね? 洗礼を強制したりしないでね?」


「「「「はい!」」」」


 綺麗に声が揃った四人に、ニースが、ぷっと噴き出したので、皆で笑った。ひとしきり笑い終えると、ニースは四人に連れられて大聖堂を出た。




 グノムが御者台に座り、ムルキたち三人とニースは小さな馬車に揺られていた。ニースの膝の上にはココが座っていた。


「これから、どこに行くんですか?」


 ニースの疑問にムルキが答えた。


「カルデナ教を語る上で欠かせない、ある場所へご案内いたします」


「ある場所?」


「はい。奇跡の始まりの地……聖カルデナが、最初に人々を救った場所です」


「聖カルデナって、ずっと昔の方ですよね。そんな場所が今も残ってるんですか?」


 驚くニースに、ウンダが頷いた。


「私たちカルデナ教を信じる者たちにとって、聖なる場所ですから。大聖堂を含めた一帯と共に大切に保存され、長く伝えられてきているんですよ」


 シルフがウンダの言葉に付け加えた。


「普段は教会関係者以外、入ることは出来ないのですわ。でも、司教様が許可を下さいましたから、ニース様をご案内出来ますの」


「そ……そんなすごいところなんですね」


 緊張を滲ませるニースに、ムルキが笑みを向けた。


「それほど緊張なさらなくても大丈夫ですよ、ニース様。古代遺跡でもあるため、見た目はただの古びた祠ですから」


「は、はい……」


 ニースは、緊張を落ち着けるように窓の外を眺めた。大聖堂を出た馬車は橋を渡り、湖を回り込むようにして森の中へと進んでいった。


 やがて馬車がガタリと止まり、グノムが扉を開けた。


「ニース様、着きました! どうぞ、足元にお気をつけください!」


 ニースは片手でココを抱いて、グノムの手を借りながら馬車を降りた。そして、目の前に広がる光景に驚愕した。


 ――この景色……見たことがある……。


 ニースの目の前には、長い時を経た様子があるが、以前見た不思議な夢そのものの光景が広がっていた。

 半分から折れた大木の根元に、木に飲み込まれるように祠はあった。祠を形作る巨石は苔むしており、ヒビ割れのような傷は古びて広がり、倒れた石柱には蔦が這っていた。


 ニースは、思わず腕の中にいるココを見た。ココはニースの視線に気づくと、目を合わせた。


「ココ……。もしかして、あの夢って君の記憶なの?」


 囁くニースの声にココは答えず、白い傷痕が残る青い瞳と緑の瞳で、じっとニースを見つめていた。

 立ち尽くすニースに、ウンダが声をかけた。


「ニース様、大丈夫ですか? 馬車に酔われましたか?」


「……あ、ごめんなさい。大丈夫です。」


 ニースは顔を上げると、祠の入り口で待つムルキたちの元へ向かった。ココはニースの手から舞い降りて、とことこと前を歩いた。




 祠の入り口では、グノムがランプを手に持ち、ムルキが説明をした。


「ここが先ほどお話した、奇跡の始まりの地です。この祠は古代文明の技術で作られているもので、三千年ほど経っていると言われています」


「三千年……!?」


「聖カルデナが生きておられた頃が、ちょうどそのぐらいと言われています。当時大きな災いがあり、この一帯も焼け野原となったそうです。

 その際、たくさんの死傷者が出ましたが、まだ息のある人々を集めて救ったのが聖カルデナです。聖カルデナは、この祠の中で祈歌を歌い、多くの奇跡で人々の傷を癒したそうです」


 ニースは、ムルキたちと共に祠の中へ足を進めた。

 鉄錆の臭いはせず、湿っぽいカビの臭いがあるだけで、あたりに傷病者の姿もない。しかし、ニースの脳裏には、夢の中の風景が重なって見えた。


 口元を袖で覆いながら進むと、程なくして崩れかけた祠の最奥部にたどり着いた。突き当たりの壁は白く、縦に一本の線が入っていた。


「ここは行き止まりになっていますが、言い伝えでは、この壁は扉で、この奥に部屋があったと言われています。しかし、聖カルデナ以外、扉を開けることは出来なかったそうで、今もここは開かずの扉となっています」


 ムルキの言葉に、ニースはそっと扉に手を触れた。


 ――この扉の向こうに、ルイサさまみたいな女の人がいたんだ……。カルデナと呼ばれていた……。


 ニースが夢で見たのと同じように、扉の横には大きな青い水晶球があった。


 ――確か、この大きな玉は……。


 ニースは振り返り、ムルキに尋ねた。


「この水晶みたいな玉はなんですか?」


「その水晶球が何かはわかっていません。ただ、似たようなものが、色んな古代遺跡にあるので、恐らく何かの仕掛けの鍵ではないかと言われています」


「仕掛けの鍵……」


 ニースは、足元で白い扉をじっと見つめていたココを抱き上げ、目を合わせて囁きかけた。


「ココ。君、この扉を開けられたよね?」


 ココは返事をしなかったが、ニースから視線を外し、水晶球を見つめた。


 ニースが水晶球の上にココを乗せると、ココはじっと水晶球を覗き込んだ。その様子に、シルフが不思議そうに首を傾げた。


「ニース様。神の御使いがどうかなさいましたか?」


 ニースは返事をせずに、じっとココを見守ったが、扉は開かなかった。


 ――何が違うんだろう……?


 ニースは、夢との違いを考えた。


 ――もしかして、目の傷がダメなのかな? あとは……あの時、何か歌みたいのが確か……。


 ニースは、小さな声で記憶に残る夢の歌を口ずさんだ。扉はそれでも開かなかったが、ココがくるりとニースを振り返り、じっと見つめた。

 歌を聞いたシルフが、目を見開いた。


「ニース様……。その歌を、どちらで?」


「え? 歌って……今の?」


 ニースはもう一度、はっきりと夢の歌を歌う。ほんの短い旋律だが、シルフは何度も頷いた。


「ええ。それです。間違いありませんわ」


 シルフの言葉に、ムルキたちが首を傾げた。


「シルフ。この歌がなんだっていうんだ?」


「祈歌じゃないけど、シルフ知ってるの?」


「もったいぶらずに教えろ、シルフ」


 シルフは、首を横に振った。


「いいえ。これをみなさんにお話するわけには行きませんわ。ただ、ニース様には後ほど申し上げます」


「おい、シルフ。なんで私達には教えられないんだよ」


「落ち着け、グノム。ここは聖なる地だぞ。喧嘩などやめたまえ」


「そうね。気になるけれど、ここで揉めるのは良くないわ。ニース様もいらっしゃるのだから」


 ニースは何が何だかわからなかったが、ムルキたちに連れられて、そのまま大聖堂へと戻った。

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[一言] 聖カルデナの歌を知っているシルフって…… あぁまたワクワクが止まらないです。
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