104:教会の守人1
前回のざっくりあらすじ:不思議な夢を見た。
穏やかな日の光が、大聖堂のガラスと湖面に煌めく。ニースたちが大聖堂へ着くと、バードとココは早速外で遊び始めた。
「バード、ココ。ぼくたち、中にいるからね。遠くに行っちゃダメだよ?」
ニースの言葉に、わかったというように、バードがくるっぽーと鳴いた。
ニースたちが大聖堂の中へ入ると、大司教が出迎えた。
「ニース様。ご協力頂けるのですね。感謝致します」
大司教の動きは早く、ニースが引き受けたらすぐに始められるようにと、生徒をすでに選び終えていた。大司教は未来の指南役たちを、早速ニースに紹介した。
「四人とも若いですが、熱意は充分にあります。ニース様のご指導にも、きっとついていけましょう」
紹介されたのは、水色のローブを身に纏った、修道士二人と修道女二人だった。四人とも、ラチェットと同じぐらいか少し年上に見えた。
四人のまとめ役として選ばれた真面目そうな青年が、最初に挨拶をした。
「私はムルキと申します。歌い手でなくとも歌えると聞き、願い出ました。よろしくお願いします」
ムルキは端正な顔立ちで、少し長めの髪が炎のように赤かった。
続いて、ムルキの隣に立つ茶髪の青年が姿勢を正した。
「私はグノムです。ニース様にご指導頂ける事を感激しております!」
グノムは、ローブの上からでも立派な筋肉が分かるほど、がっしりとした体格の持ち主で、精悍な顔立ちをしており、ニッと笑うと白い歯が輝いていた。
修道女の二人も、ニースに挨拶をする。背の高い女性は、溌剌とした笑顔を浮かべた。
「私はウンダです。祈手に憧れてました。よろしくお願いします」
快活そうなウンダは、長い青髪を水色のローブに流していた。
その隣で、背の低い女性が手を合わせ微笑んだ。
「私はシルフと言います。よろしくお願いしますわ」
肩ほどの長さに短めに切りそろえた金髪のシルフは、動作の一つ一つが優雅に見えた。
ニースは緊張しながらも、ぺこりとお辞儀をした。
「ぼくはニースです。みなさんにちゃんと教えられるように、精一杯がんばります。よろしくお願いします」
ニースたちが自己紹介を終えると、大司教自ら隣合う二つの部屋にニースたちを案内した。
小さな室内扉で直接繋がる二部屋は、片方は小さな炊事場で、もう片方はまるで貴族の執務室のような立派な部屋だった。
「こちらは、今は空き部屋となっておりますが、司祭に与えられる部屋です。皆さまのご滞在中は休憩室として、お好きに使って頂いて構いません。
それからもうひとつ。この向かいの小聖堂もご自由にお使いください」
二つの部屋の向かいには、小さな祭壇のある広間があった。
「小聖堂は、個別に祈りを捧げる礼拝の間です。祈歌を捧げる場所でもありますので、防音処理もしっかりしております。歌われる際に、ご自由にお使い頂ければと思います」
「わかりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるニースに、大司教は微笑みを返した。
「こちらこそ、お受け頂き感謝いたします。私はこの後、聖庁へ戻りますが、何か不都合がありましたら、いつでも司教にお話ください」
大司教が去ると、ラチェットとメアリは祈歌を譜面に起こす作業を始め、ニースは四人の生徒たちに歌を教え始めた。
ニースたちはその日から毎日大聖堂へ通った。ニースはムルキたちに歌い方を教え、ラチェットは採譜を続けた。
教会と一定の距離を保つ事が出来るようになったグスタフたちは、ニースとラチェット抜きで、毎日のように公演を行い、慌ただしく過ごした。
ニースはマルコムに頼まれ、大聖堂に必ずココを連れて行った。マルコムの手品の助手であるバードは、一緒に行けない事に大層落ち込んだ様子だった。
ラチェットがようやく、三十番まである祈歌の採譜を終え、編曲を始めた頃。ニースは歌を教える中で、違和感を感じ始めた。
四人の生徒たちは、大司教が言った通り熱意にあふれ、あっという間に歌い方を覚えてしまった。しかしニースは、何か物足りなく感じていた。
違和感を解消出来ないまま、ニースが初めて四人にハーモニーを合わせる指導をした日のこと。アウクリシウムで作られた重唱曲は、音は合ったものの、どこかギクシャクしており、ニースは首を傾げた。
悩むニースに、ムルキが尋ねた。
「ニース様。我々の歌は、どこか間違ってましたでしょうか?」
「ええと……間違ってはいないし、音は合ってるんですけど……。何かが違う気がするんです」
「何かが……ですか?」
「はい。なんていうか、こう……聞いてても、わくわくしないんです」
シルフが、不思議そうに声を挟んだ。
「わくわく……? 歌はお捧げするものですから、必要ないのでは?」
「うーん……。そうなのかなぁ?」
ニースが悩んでいると、扉を開けてラチェットが入ってきた。
「ニース、お疲れ様。もうそろそろ休憩にしないかと思ったんだけど、調子はどう?」
「ラチェットさん……」
「何かあったみたいだね? 話してみてくれるかい?」
ニースは自分が感じている違和感と、シルフの意見を伝えた。話を聞いたラチェットは、穏やかに微笑んだ。
「うん、わかった。それはたぶん、考え方の違いだよ」
「考え方の違い?」
ラチェットは、四人の生徒たちに顔を向けた。
「みなさんには、お話してませんでしたが、ニースはアマービレ王国出身なんです。だから、みなさんの祈歌に対する気持ちを理解するのは、難しいと思います」
ムルキたちは、目を見開き驚いた。
「あ、アマービレ王国ですか!?」
「アマービレ王国って、アートル大陸の北にある、あの国だよな?」
「そんな……よりによって、あの国にニース様がお生まれになられていたなんて……」
「なんてこと……」
四人のあまりの驚きように、ニースは苦笑いを浮かべた。
「えっと……ラチェットさん、これってどういう?」
「ああ。アマービレ王国は、カルデナ教徒を迫害した歴史がある国なんだ。アマービレ王国には教会がなかっただろう?」
「はい。教会って、そんなに色んな国にあるものなんですか?」
「そうだよ。世界に八つの国があるのは、ニースも知ってると思うけど、その中で教会がないのは二つだけなんだ。聖皇国と敵対していた、今は公国になっちゃった砂漠の国と、アマービレ王国だけなんだよ」
ニースは、唖然とした。
「あの……それって、王国も聖皇国の敵ってことですか?」
グノムが首を横に振った。
「いいえ。違います、ニース様。昔は敵対していた頃もありましたが、元々離れた国同士です。王国がどう考えてるのかは分かりませんが、聖皇国では王国を敵対視はしていません。積極的に関わろうともしないですが……」
シルフがグノムの言葉に付け加えた。
「ですから、ニース様に対して敵対心などありませんわ。ご気分を害されましたなら、申し訳ございません」
「い、いえ! ぼくは、別に気分が悪くはないです!」
慌てるニースに、ラチェットが笑った。
「ははは。大丈夫だよ、ニース。みんなちゃんと分かってるから。……まあ、そういうわけだから、良かったらみなさんから、カルデナ教についてニースに少し教えてもらえませんか。
きっとニースも、カルデナ教を信じる人々の考え方が分かれば、どう教えればいいか分かるはずだよ」
ぱちりと片目を瞑るラチェットに、ニースは頷きを返すと、四人に頭を下げた。
「ムルキさん、グノムさん、ウンダさん、シルフさん。ぼくに、カルデナ教のことについて、教えてください。ぼく、みなさんの気持ちを分かった上で、歌についてもう一度考えたいんです。お願いします!」
四人は顔を見合わせると、笑みを浮かべた。
「もちろん、喜んでお受けします」
「ニース様にカルデナ教についてお伝え出来るとは、感激の極みです!」
「カルデナ教の教えを伝えるのも、私の憧れです。よろしくお願いします」
「お役目引き受けさせて頂きますわ」
熱意溢れる四人に、ラチェットが苦笑いを浮かべた。
「ええと……教えるだけだからね? 洗礼を強制したりしないでね?」
「「「「はい!」」」」
綺麗に声が揃った四人に、ニースが、ぷっと噴き出したので、皆で笑った。ひとしきり笑い終えると、ニースは四人に連れられて大聖堂を出た。
グノムが御者台に座り、ムルキたち三人とニースは小さな馬車に揺られていた。ニースの膝の上にはココが座っていた。
「これから、どこに行くんですか?」
ニースの疑問にムルキが答えた。
「カルデナ教を語る上で欠かせない、ある場所へご案内いたします」
「ある場所?」
「はい。奇跡の始まりの地……聖カルデナが、最初に人々を救った場所です」
「聖カルデナって、ずっと昔の方ですよね。そんな場所が今も残ってるんですか?」
驚くニースに、ウンダが頷いた。
「私たちカルデナ教を信じる者たちにとって、聖なる場所ですから。大聖堂を含めた一帯と共に大切に保存され、長く伝えられてきているんですよ」
シルフがウンダの言葉に付け加えた。
「普段は教会関係者以外、入ることは出来ないのですわ。でも、司教様が許可を下さいましたから、ニース様をご案内出来ますの」
「そ……そんなすごいところなんですね」
緊張を滲ませるニースに、ムルキが笑みを向けた。
「それほど緊張なさらなくても大丈夫ですよ、ニース様。古代遺跡でもあるため、見た目はただの古びた祠ですから」
「は、はい……」
ニースは、緊張を落ち着けるように窓の外を眺めた。大聖堂を出た馬車は橋を渡り、湖を回り込むようにして森の中へと進んでいった。
やがて馬車がガタリと止まり、グノムが扉を開けた。
「ニース様、着きました! どうぞ、足元にお気をつけください!」
ニースは片手でココを抱いて、グノムの手を借りながら馬車を降りた。そして、目の前に広がる光景に驚愕した。
――この景色……見たことがある……。
ニースの目の前には、長い時を経た様子があるが、以前見た不思議な夢そのものの光景が広がっていた。
半分から折れた大木の根元に、木に飲み込まれるように祠はあった。祠を形作る巨石は苔むしており、ヒビ割れのような傷は古びて広がり、倒れた石柱には蔦が這っていた。
ニースは、思わず腕の中にいるココを見た。ココはニースの視線に気づくと、目を合わせた。
「ココ……。もしかして、あの夢って君の記憶なの?」
囁くニースの声にココは答えず、白い傷痕が残る青い瞳と緑の瞳で、じっとニースを見つめていた。
立ち尽くすニースに、ウンダが声をかけた。
「ニース様、大丈夫ですか? 馬車に酔われましたか?」
「……あ、ごめんなさい。大丈夫です。」
ニースは顔を上げると、祠の入り口で待つムルキたちの元へ向かった。ココはニースの手から舞い降りて、とことこと前を歩いた。
祠の入り口では、グノムがランプを手に持ち、ムルキが説明をした。
「ここが先ほどお話した、奇跡の始まりの地です。この祠は古代文明の技術で作られているもので、三千年ほど経っていると言われています」
「三千年……!?」
「聖カルデナが生きておられた頃が、ちょうどそのぐらいと言われています。当時大きな災いがあり、この一帯も焼け野原となったそうです。
その際、たくさんの死傷者が出ましたが、まだ息のある人々を集めて救ったのが聖カルデナです。聖カルデナは、この祠の中で祈歌を歌い、多くの奇跡で人々の傷を癒したそうです」
ニースは、ムルキたちと共に祠の中へ足を進めた。
鉄錆の臭いはせず、湿っぽいカビの臭いがあるだけで、あたりに傷病者の姿もない。しかし、ニースの脳裏には、夢の中の風景が重なって見えた。
口元を袖で覆いながら進むと、程なくして崩れかけた祠の最奥部にたどり着いた。突き当たりの壁は白く、縦に一本の線が入っていた。
「ここは行き止まりになっていますが、言い伝えでは、この壁は扉で、この奥に部屋があったと言われています。しかし、聖カルデナ以外、扉を開けることは出来なかったそうで、今もここは開かずの扉となっています」
ムルキの言葉に、ニースはそっと扉に手を触れた。
――この扉の向こうに、ルイサさまみたいな女の人がいたんだ……。カルデナと呼ばれていた……。
ニースが夢で見たのと同じように、扉の横には大きな青い水晶球があった。
――確か、この大きな玉は……。
ニースは振り返り、ムルキに尋ねた。
「この水晶みたいな玉はなんですか?」
「その水晶球が何かはわかっていません。ただ、似たようなものが、色んな古代遺跡にあるので、恐らく何かの仕掛けの鍵ではないかと言われています」
「仕掛けの鍵……」
ニースは、足元で白い扉をじっと見つめていたココを抱き上げ、目を合わせて囁きかけた。
「ココ。君、この扉を開けられたよね?」
ココは返事をしなかったが、ニースから視線を外し、水晶球を見つめた。
ニースが水晶球の上にココを乗せると、ココはじっと水晶球を覗き込んだ。その様子に、シルフが不思議そうに首を傾げた。
「ニース様。神の御使いがどうかなさいましたか?」
ニースは返事をせずに、じっとココを見守ったが、扉は開かなかった。
――何が違うんだろう……?
ニースは、夢との違いを考えた。
――もしかして、目の傷がダメなのかな? あとは……あの時、何か歌みたいのが確か……。
ニースは、小さな声で記憶に残る夢の歌を口ずさんだ。扉はそれでも開かなかったが、ココがくるりとニースを振り返り、じっと見つめた。
歌を聞いたシルフが、目を見開いた。
「ニース様……。その歌を、どちらで?」
「え? 歌って……今の?」
ニースはもう一度、はっきりと夢の歌を歌う。ほんの短い旋律だが、シルフは何度も頷いた。
「ええ。それです。間違いありませんわ」
シルフの言葉に、ムルキたちが首を傾げた。
「シルフ。この歌がなんだっていうんだ?」
「祈歌じゃないけど、シルフ知ってるの?」
「もったいぶらずに教えろ、シルフ」
シルフは、首を横に振った。
「いいえ。これをみなさんにお話するわけには行きませんわ。ただ、ニース様には後ほど申し上げます」
「おい、シルフ。なんで私達には教えられないんだよ」
「落ち着け、グノム。ここは聖なる地だぞ。喧嘩などやめたまえ」
「そうね。気になるけれど、ここで揉めるのは良くないわ。ニース様もいらっしゃるのだから」
ニースは何が何だかわからなかったが、ムルキたちに連れられて、そのまま大聖堂へと戻った。




