★[幕間劇〜とあるスパイの話]最終回
お話の区切りとして、コメディ色強めの幕間劇を、今回も書きました。
読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。
街道を走る馬車がガタゴトと揺れる。布を被せられた暗い鳥籠の中で、一羽の白い鳥が目を開けた。その鳥の右目は深い青色で、左目は澄んだ緑色の瞳だ。
彼の名はバード。彼はただの鳥ではなく、優秀なスパイである。バードは、キョロキョロと辺りを見回すと、集中するように目を閉じた。
「こちらバード、こちらバード。エクシー、エクシー。応答ねがいます」
「こちらエクシー。バード、時間通りだな。様子はどうだ?」
「ニースは無事に皇都を出たよー。皇国の偉いおじちゃんに勧誘されたけど、断ったみたいー」
バードは優秀なスパイである。バードの通信は、脳内でテレパシーのように行われているため、周りに聞こえることはない。
「そうか。それならしばらくは大丈夫そうだな。次に例の子どもが長く滞在する町がわかったら、すぐに連絡をよこせ。例の子どもを回収するぞ」
「そっかー。俺っちのこの旅も、これで終わりかー」
「どうした、バード。嬉しくないのか?」
バードは優秀なスパイであるが、いまは手品の助手もしている。それに以前とは違い、バードは愛しのココとも連絡が取れるのだ。バードは今の生活を、存外気に入っていた。しかしバードは、ココから口止めされているため、それをエクシーに言うことはなかった。
「そんなことないよー。嬉しいよー。だって、ココとデートさせてくれるんでしょー?」
バードは一羽の恋する鳥である。好きな子との約束の方が、何倍も大事なのだ。バードは、今の楽しい生活を振り切るように言ったのだが、エクシーの答えは何とも歯切れの悪いものだった。
「いや……うん、まあ、そうだな……」
「エクシー、どうしたの? 全くやる気が感じられないよー」
「ああ。うん……。まあ、お前はココのことしか頭にないからな。隠しておくわけにもいかないか。……はぁ」
ため息を吐くエクシーに、バードは首を傾げた。
「ちゃんと言ってよ、エクシー。ココに何かあったの?」
「バード、落ち着いて聞けよ」
「俺っち、いつも落ち着いてるよー!」
「わかった。じゃあ、言うぞ。……ココは逃げた」
「……え?」
「だからな、バード。ココが、全ての通信回線を断って、消えたんだ」
「えぇぇぇぇ⁉︎」
突然馬車が急停止し、思わずあげたバードの叫びと同時に、鳥籠がガシャンと大きな音を立てた。バードの叫びはくるっぽーと響いたが、それ以上に馬車の中は騒がしかったので、気づかれる事はなかった。
「なんで? なんで? なんでなんでなんでー⁉︎」
「落ち着け、バード。俺にもさっぱりわからん。ちゃんと制御出来てたはずなんだが……」
「そんな! ココが! ココが消えたなんて!」
バードは一羽の恋する鳥である。好きな子の事が心配でたまらなくなっても、仕方ないのだ。
「いまはフォーゲルが追っているが、なかなか見つからないんだよ。もし、お前にココが接触することがあったら、すぐに知らせろ」
「え……。あ、ああ。うん。わかった。でも、エクシー。ココを捕まえたら、どうするの?」
「それはお前、もう一度……いや、まあ、もちろん、説得して戻ってもらうさ」
バードは優秀なスパイである。エクシーが言いかけたとある言葉を聞き逃しはしなかった。
「そうか。わかった。安心したよー。じゃあ、何かわかったら、すぐ連絡するねー」
「バード、頼りにしているぞ。やっぱりお前は優秀だな」
「俺っち、天才だもーん!」
バードは優秀なスパイである。たとえ、心中穏やかでなかったとしても、好きな雌を守るためなら、いくらでも演技は出来るのだ。
「ははは。そうだな、バード、お前は優秀じゃなくて、天才だよ。例の子どもを回収したら、ココ以上に良い相手を紹介してやろう。しばらくは俺も忙しい。定時連絡はしなくていいから、長期滞在する町と、ココのことだけ忘れるな」
「やったー! りょーかいだよ、エクシー! 俺っち、頑張るから、頼むねー!」
エクシーが通信を切ると、バードは目を開いた。
――ココ以上の素敵な子なんて、いるわけないのに! エクシーのバカヤロウ! 俺っち、信じてたのに!
バードは優秀なスパイであるが、涙を流す機能はついていない。しかしきっと、感情豊かな人間であったなら、ぽろり、ぽろりと涙が出ていただろう。涙も流さず、表情も変わったようには見えないが、バードは真剣に考えていた。
――ココとのラブラブスイートな生活のために! ココと駆け落ちするぞー!
バードは一羽の恋する雄である。あまりのショックで、まだココに片思いであることをすっかり忘れ、考えが飛躍しすぎても仕方なかった。
◆◇◆◇◆◇
ガタゴトと馬車が揺れる。バードは鳥籠の中で目を閉じ、座っていた。バードは悩んでいた。ココとの愛の逃避行を成功させるために、どうしたらいいのか考えていたのだ。
――どうしたらいいのかなー。俺っちまで、いきなり回線切って逃げたら、絶対にまずいし……。それに、追跡されないように、うまく誤魔化す方法見つけないとなー。
すると、セラが鳥籠の布をめくった。
「バードちゃん、つまんないね」
「なんだよ、セラっち。どうしたんだ?」
バードは一羽の鳥である。バードの声は、セラにはくるっぽーとしか聞こえなかった。
バードは鳥籠を出ると、メグの肩に止まった。メグがバードを撫でるので、バードは目を細めた。
――そういえば、相方もここのところずっと落ち込んでるよなー。ニースっちといい、相方といい、みんなどうしちゃったんだろー?
バードが考えていると、セラがバードを呼んだ。バードは考えにふけりながらも、羽ばたき飛び上がる。すると、何かが翼に当たった。
「ああっ!」
バードが見おろすと、メグが慌てて床にへばりつき、長椅子の下の隙間に、必死に手を伸ばしてるのが見えた。
――メグっち、どうしたんだ? ああ、メガネっちからもらった髪飾りを落としたのかー。ごめんよ、メグっち。今探すからー。
バードはそのまま棚に乗り、目を瞑った。バードは優秀なスパイである。物陰に隠れた物も見る事が出来るのだ。
――えっと、髪飾り……って、うわ! 何これ! この椅子の下って、魔窟なの⁉︎
バードは驚いた。椅子の下には多数の髪飾りの反応があったからだ。騒ぐメグたちを尻目に、バードはひとつひとつ確認していった。
――これも違う、これも違う、これも違う……多すぎでしょー!
呆れながら髪飾りを探すバードの目に、ふと、とある物の反応が映り込んだ。
――これって……使えるかも!
バードが発見に喜ぶうちに、セラがメグの髪飾りを拾い上げていた。バードは、胸に手を当てて俯くセラの肩に止まると、頬をすり寄せた。
「必殺! バードおねだり! 頼むよ、セラっちー。あそこにある、アレも取ってくれないかなー?」
バードは一羽の鳥である。バードの声は、くるっぽーとしかセラには聞こえない。バードの願いが通じることなどないのだ。
しかし、ジーナはバードの言葉がわかるのだろうか? バードをむんずと掴むと、ぐいぐいと椅子の下に押し込んだ。
「え⁉︎ 自分で取れってこと⁉︎ まあ、いいけどさー。俺っち、息してないから埃っぽくても平気だけど、ほかの鳥にこんな事させるなよー?」
バードは真っ直ぐ、目的の品……ぺしゃりと潰れた鳥のぬいぐるみに近づくと、こっそり腹の中に二つ入れた。バードは一羽の鳥であるが、胃袋はついていない。代わりに、収納スペースが腹部についているのだ。中綿が抜けたぬいぐるみは、ちょうどバードの腹に収まった。
「ジーナっち、ありがとねー。俺っち、これでココと逃避行出来……え? なに? 違うの?」
用事を済ませたバードを、ジーナは逃さなかった。バードはジーナの意図を汲み取り、埃まみれになりながら、ジーナのために働いた。バードに鼻はないが、心の中でくしゃみが出るほど、バードは埃にまみれた。
◆◇◆◇◆◇
バードは宿の中にいた。マルコムがほとんど部屋にいるので、バードも部屋の中で自由に飛び回っていた。
「相方、すっかり元気になったみたいでよかったなー」
バードは心優しい鳥である。ココとの逃避行で悩みつつも、落ち込んでいたマルコムのことを、少しは気にしていたのだ。
「バード、お前もしかして、卵でも抱えてるのか? 飛び方が重そうだな」
「相方、何言ってるんだよー。俺っち、雄だよー? まあ、雌だったとしても、卵は産めないけどねー」
バードは、未だ椅子の下から入手した潰れたぬいぐるみを腹に入れていた。バードは優秀なスパイである。計画が整うまで、きちんと隠しておかなければならないのだ。
するとそこへ、ニースが部屋を訪ねてきた。
「マルコムさん、こんばんは。今日もよろしくお願いします」
「おう。ニース、待ってたぞ。頑張れよ」
「ニース! 今日も頼むよー! 俺っち、まさかニースがアレを持ってくるなんて、思わなかったよー!」
「ふふ。バード、くすぐったいよ。遊ぶのは、これが終わってからね」
バードは一羽の鳥である。感極まって、ニースにすり寄ってしまうのも仕方ないのだ。バードは、石を磨くニースの周りを歩きながら、こっそり石のカケラを啄んでいった。
――これだけあれば、俺っちのこれと混ぜて……よし、できた!
バードは気づかれないように、そっと部屋の隅に行くと、腹の中から潰れたぬいぐるみを二つ出した。そして、鳥籠から集めておいた抜けた羽を中に詰め、破れた箇所をしっかりと接着する。最後に、ニースが落とした石の欠片で作った物を、ぬいぐるみの目にしっかりつけた。
――これで完璧だー!
バードは喜んで部屋を飛び回った。
「ん? バード、ずいぶん軽そうだな。お前、どこかで卵産んだか?」
マルコムが卵を探し出したので、バードは慌ててぬいぐるみを隠した。
◆◇◆◇◆◇
バードは、祭りの舞台にいた。ニースとセラの出番が終わると、いよいよバードの出番である。しかしバードは、優秀なスパイである。自分が最もしなくてはならない任務を、忘れることなどないのだ。
――これが終わったら、うまく鳥籠から抜け出さないとなー。
バードは、颯爽とマルコムの絹布から飛び出すと、大人しく鳥籠に入った。するとジーナが、鳥籠を舞台裏手へ運んだ。
「ジーナっち、ありがとねー。俺っち、この後ちょっとだけ抜けるけど、すぐ戻るから心配しないでー」
バードは一羽の鳥である。バードの声は、ジーナにはくるっぽーとしか聞こえなかった。
「バードちゃーん。もう少し静かにしててねー」
ジーナが布をかけて立ち去るのを確認すると、バードはこっそり籠の鍵を開けて抜け出し、馬車の屋根に隠していたぬいぐるみを掴んだ。
――どの人にしようかなー。あ、あれ、ニースたちだー。
バードの目に、金魚すくいを楽しむニースとセラの姿が見えた。バードは、そっと屋台の屋根に舞い降りた。
――このおっちゃん、旅してるっぽいなー。よし、おっちゃん! 君に決めた!
バードは、ニースたちにかかりきりの店主の目を盗み、店主の荷物の底に、小さな穴を開け、器用にぬいぐるみを二つ押し込んだ。
――ちょうど二重底になってて助かったー! これなら、気づかれずに皇国中を回ってくれるはずー。
バードは丁寧に穴を塞ぐと、再び屋根の上に飛び乗った。
――あとは、おっちゃんが次にどこの町にいくのかがわかればいいんだけど……。
バードがヒントを探そうと見回すと、隣のくじの屋台の店主が、ニースたちを見送った店主に声をかけた。
「お前さん、なかなかアコギな商売するなぁ。そのポイ、壊れやすくしてあるだろ?」
「へっ。何いちゃもんつけてんだよ。お前んとこのくじだって当たりなんざ入ってねぇだろうがよ」
――うわーヤバイよー! ケンカされたら俺っちの計画がー!
焦るバードの予想と違い、二人はがっしり握手をした。
「お前、わかってんじゃねえか。次はどこの町で稼ぐ気だ?」
「俺は皇都に行くぜ。今あそこは景気がいいからなぁ」
「十日後の祭りに間に合えば、荒稼ぎ出来そうだもんな」
「おうよ。俺はそれが目当てでな。……おっと、お客さん、金魚すくいはどうだい?」
――おっ! ナイスおっちゃん! 皇都ならバッチリだよー!
バードはそっとその場から離れる。薄暗い木の上に止まると、通信を始めた。
「こちらバード、こちらバード。エクシー、エクシー。応答ねがいます」
「お電話ありがとうございます。こちらは、技術研究本部……」
「あちゃー。もうエクシー帰ってるのか。確かこの前ようやく娘っちが生まれたって言ってたもんなー。メッセージだけ残しておこっかなー」
「ピーという発信音の後に、メッセージを録音してください。……ピー」
「バードだよ、エクシー。ニースたち、なんか急に皇都に呼び出されたみたいで、皇都に逆戻りするってー。それから、俺っちにココから助けてって連絡きたよー。ココにも皇都に行くって伝えてあるから、後はよろしくねー」
バードは録音を終えると、通信を切った。
――よーし。これであとは、アレを起動させればおしまーい! これでココとラブラブだー!
バードは上機嫌で再び鳥籠に戻った。バードがその後、エクシーに通信を行うことは、二度となかった。
◆◇◆◇◆◇
アウクリシウムを出た馬車の鳥籠で、バードはココと極秘回線で通信を行なっていた。
「バード、本当に大丈夫?」
「安心していいよー、ココ。相方はすごくいい奴なんだー。きっとココのことも迎え入れてくれるよー。ニースの行方をエクシーはもうわからないし、ニースが音楽院に行っても、相方たちは旅を続ける。だから、俺っちたちが隠れるには、ちょうどいいと思うんだー」
「ありがとう、バード。それじゃあ、聖皇国に着いたら、あなたのところに行くわ」
「うっひょー! ほ、ほ、本当にー⁉︎」
「ええ、もちろん。よろしくね、バード」
バードは、叫びたい気持ちを必死に抑えた。
――嬉しい! 嬉しい! ついに、俺っち、ココと結婚出来るー!
バードは一羽の恋する鳥である。ココは結婚するなど、一言も言っていないが、あまりに嬉しくて考えが暴走しても仕方ない。歓喜に震えるバードを乗せて、馬車はゆっくり走っていった。
――――――
これにて、バードの幕間劇は終了です。今後は本編にて、バードの活躍をご覧ください。




