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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第6章 二人のハーモニー】
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◆《閑話〜アンヘルの手記》第5回

お話の切り替えとして、今回もアンヘル目線の閑話を書きました。本編で詳しく書けなかった設定などを、会話文なしで描いております。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行には問題ありません。

 ニースを助けるために危険も犯したが、任務は概ね順調に進んでいるといえよう。しかし、今後は苦労することになるかもしれない。

 ベータが大事にしていた伝書鳩が、いなくなった。その鳩は最も優秀な個体で、両目の色が違うという珍しいものだったそうだ。伝書鳩は、帰巣本能を利用して通信文を運ぶ鳥だ。本来なら巣の位置を変える事はなく、砦や城など固定された場所に巣はある。しかしベータの元から消えた鳩は、珍しいことにベータがいる場所が巣なのだという。ベータがどこにいても必ず帰ってくるため、王国では重宝されていたそうだ。

 その貴重な伝書鳩は、晩餐会の直前に放たれたまま、行方がわからなくなってしまったらしい。いくら優秀といっても、伝書鳩は小さな鳩だ。鷹や鷲などの猛禽類に襲われて怪我を負うことも多い。恐らく、すでにどこかで死んでいるだろう。惜しいことではあるが、仕方あるまい。


 しかしそれよりも、書いておかねばならないことがある。今日私は、傷ついた一匹の猫を保護した。薄汚れていたが、黒い毛並みのその猫は、私にはニースに思えて仕方なかった。血が溢れていたため驚いたが、傷は幸い深くはなかった。最初は怯えて威嚇してきたが、手当をしてやると落ち着いたようだ。黒猫は今、私のベッドで寝ている。旅にあの猫を連れていけるだろうか。無理ならば、この宿の者に金を渡して、傷が治るまでの世話を頼まねばなるまい。


 明日、ニースたちが皇都を出るようだ。我々も気づかれないように、ひっそりと追わねばならない。しかしここから先は、各地にいる諜報員との連絡も取り難くなる。アルファ、ベータの二人と今まで以上に協力しなければ。

 猫を連れて行くのはやはり無理だろうか。どうしても私は、あの猫を放っておけない。猫をどうするかは、まだ決められないが、気を引き締めていきたいと思う。



 ◆◇◆◇◆◇



 ずいぶん時間が空いてしまった。なかなかゆっくりペンを取ることが出来なかった。尾行がこれほど難しいものだと、私は初めて知った。ようやく宿に入れたので、ここまでの旅について、記しておこうと思う。


 私は猫をニアと名付けた。任務に支障を来さない事を条件に、アルファとベータは、ニアの同行を許してくれた。ニアは私の懐に入り、一緒に旅を続けている。

 ニースは毒殺事件の後から、だいぶ落ち込んでいた様子だった。しかし予想外だったのは、旅の一座の手品師までもが、落ち込んだことだ。

 ニースたちの後をつけて皇都を出た私たちは、程なくして馬を止めなければならなくなった。道の真ん中にニースの乗る馬車が立ち往生したからだ。御者をしていた手品師が泣き崩れる姿は、何とも情けなかった。何があったのかは知らないが、もう少し往来の事を考えた方がいいと思う。何せ、皇都からそれほど離れていない位置での立ち往生だ。皇都を出た馬車が列をなして詰まってしまったのだから、迷惑この上なかった。

 だが、そこから先の馬車の走りは早かった。旅の一座なのだから、もう少しゆっくり公演をしながら進むのかと思ったが、一座はひたすら先へ先へと進んでいた。町や村に着く時間が早ければ、止まる事もせずにそのまま通り過ぎ、野宿をする。夕暮れが近づいていない限りは、宿に泊まろうとしないのだ。これにはアルファとベータも驚き、尾行が気づかれたのかと我々は焦った。しかし徐々に街道を南下するにつれて、私には合点がいった。これは雨雲を避けていたのだ。皇国南部はすっかり秋の装いで、空には鱗雲も浮いていた。鱗雲が浮けば雨に降られるというのは、空をよく見て過ごす者は体感的に知っているだろう。ニースを連れた彼らも、雨で町に留め置かれる事を避けようとしたのだと思われる。尾行が気づかれたと考えていたアルファとベータも、私の考えを聞いて納得してくれた。


 しかし一座の努力も虚しく、国境に近い小さな町を目前にして、とうとう雨に降られてしまった。ニースたちは、すぐさま町の宿に入っていった。私たちは当初、ニースたちの近くの宿を取ろうと考えたが、小さな町というのが仇になった。町の中に宿屋は三軒しかなく、そのどれもがバラバラな場所にあり、ほかの宿に泊まると、監視どころではなくなるのだ。

 私たちは意見が分かれて揉めた。私は、近くの民家の一室を借りて見張る事を提案したが、住民に怪しまれると却下された。アルファは離れた宿に泊まりながら、交代で浮浪者のフリをして見張ろうと言い、ベータは危険だが一座と同じ宿に泊まろうと提案した。かなり揉めたが、ニースに顔を知られているのは私だけという事もあり、ニースたちと同じ宿へ泊まる事になった。


 だが、これがまた厄介だ。私たちは、あくまでも監視が任務だ。これから先の旅を考えれば、アルファとベータの顔を覚えられても困る。結局私たち三人は、ほとんど宿の部屋から出る事なく、息を殺して過ごす羽目になるのだ。風呂も食事も、ニースたちの動きを観察した上で、鉢合わせないように細心の注意を払わなければならない。

 その上、ニアのこともある。狭い宿の中に閉じ込めておくのではなく、ニアを広い場所で自由にさせてやりたい。一座が何日この町に滞在するつもりなのかは知らないが、出来るだけ早く先に進んでもらえる事を願うばかりだ。



 ◆◇◆◇◆◇



 人間とは不思議なものだ。昔はニースの歌に対して、特に何も感じなかったのに、今は心地よいと感じる自分に驚く。心境の変化を少し書き記しておきたい。


 ニースたちは、しばらくこの町に留まるつもりのようだ。歌い手の女の子の誕生日が近いため、それを祝ってから出発するらしい。一座の出身国では、庶民でも誕生日を毎年祝うのが当たり前という事なのだろう。

 ニースは毎日のように、部屋で歌っていた。最初は、オカリナの音色と共にニースの歌が聞こえてきた。聞こえる旋律は、まるで作曲でもしているかのように、徐々に形を変えて行った。やがて曲は出来上がったようで、今度は件の女の子と歌うようになった。これは、ニースが女の子に教えているようだった。姿を見る事は叶わないが、あれほど幼かったニースが、他人に歌を教えられるほどになったのだ。私は感動している。

 しかし、女の子との歌はなかなかうまくいかないようだ。どうやらニースたちは、歌で重奏のようなものを演奏しようとしているらしい。これには、私は驚いた。ダミアンが、歌は音楽だと手紙で書いて寄越したのは、こういう意味だったのだ。私はようやく合点がいった。

 ニアも歌が好きなようで、ニースの歌が始まると上機嫌に尻尾を揺らす。歌は猫にも心地良いようだ。羊の毛並みが良くなったのだから、そのうちニアの毛並みも美しくなるかもしれない。


 ベータの話によると、ニースは新しい歌の練習だけでなく、女の子への贈り物の準備もしているという。蛍石の原石を自分の金で買い、磨いているらしい。ニースは一座から、出演料としてかなりの額をもらっていると、ベータが言っていた。わざわざ自分で磨かずとも、小さな宝石ぐらい買えるだろう。それでも、苦労を選ぶとは。まだまだ小さいと思っていたが、もう恋を知ったようだ。なんとも微笑ましい。

 兄として姿を見せられない事を、これほど寂しいと思った事はない。あれほど憎らしく思い、申し訳なさを感じていたはずなのに、調子のいい事だと自分でも思う。だがニースの小さな恋を応援するぐらいは、許されるだろう。ニースの想いが叶う事を願うばかりだ。



 ◆◇◆◇◆◇



 この町は、なんと恐ろしい町だ。今日は生きた心地がしなかった。アルファはすっかり疲れきり、ベータは泣き疲れて、すでに寝入ってしまった。私は未だに気持ちが落ち着かない。心を落ち着けるためにも、今日の出来事を書き残しておきたいと思う。


 アウクリシウムは、聖皇国との国境に近い町だ。すぐそばの聖皇国が、医療に秀でた国だからだろうか。この町では病魔を祓うための祭りを、秋に行うのだという。その祭りの内容は、とんでもない物だった。子どもに死者の仮装をさせて、病を寄せ付けないようにするというのだ。その上、わざわざ仮装した子どもたちに、大人は脅かされる事で、病に負けない精神を培うというのだ。なぜそのような被虐趣味に、わざわざ走ってしまったのか。私には理解出来ない。

 そんな祭りの夜に、ニースたちが公演を行うという。歌うのであれば、ニースを狙う輩も現れかねない。私たちは、仮装したニースの後を追った。さすがにこれには、ニアを連れて行かなかった。私のその判断は正しかった。ニアを宿に残して、本当に良かったと思う。

 小さな町であるのに、ニースの後を追うのは困難を極めた。一座の女将はただ者ではない。尾行に慣れているアルファとベータの事すら、気づかれそうだった。ここにニアがいたら、見つかっていただろう。私たちは身を隠して後を追ったが、町中の子どもたちが次々に現れて脅かしにきた。この子どもたちの仮装が、常軌を逸していた。この町の女たちは皆、凄腕の洋裁職人なのだろうか。一体どうやったら、頭に斧を違和感なく刺せるのか。腹から本物と見紛うような臓物を垂れ流せるのか。私には皆目見当がつかない。


 それにしても、仮装したニースの、なんと恐ろしく、可愛かった事か。遠目からしか見る事は叶わなかったが、金髪のカツラを被り、肌を白く塗ったニースの顔は、亡くなったニースの母に瓜二つだった。あの姿を父が見たら、ニースの母が化けて出たと思っただろう。頬の肉が剥がれたように塗られ、瞼を閉じれば白眼になるように化粧していたとはいえ、ネグリジェに熊のぬいぐるみを持つ姿は愛らしかった。

 その上、あの演技力だ。首をおかしな方向に向けて、ヒタヒタと歩く姿は、夕陽に照らされて何とも恐ろしかった。あの子は天才ではなかろうか。役者として充分やっていけそうだった。親の欲目ならぬ兄の欲目なのかもしれないが、あの山賊のような男まで、声もなく気を失うほどなのだ。これほど美しく恐ろしい死者は、他にはいないだろう。この衣装を用意し化粧も施した一座の女将は、やはりただ者ではないと思う。


 私たちは恐怖と緊張で疲れ切っていたが、ニースは女の子と楽しい時間を過ごせたようだ。薄暗がりの中で、あまり顔は見えなかったが、ニースはちゃんと贈り物も渡せたようで安心した。もう少し近づいて見守りたかったが、一座の女将がニースを見張っていたため、それは出来なかった。あの女将は何者なのだろう。我々の最も大きな障害である事に間違いない。

 しかし、ベータが泣きだしたのは予想外だった。一座の手品師が舞台で出した鳩の一羽が、ベータの鳥だと言い出したのだ。その鳩は、両眼の色が違うため、消えた自分の伝書鳩だと、ベータは譲らなかった。奪い返しにいこうとするベータを止めるのに、アルファは必死だった。二人の騒ぎが気づかれないかと、私は心底不安だった。しかし、どうにか宿へ帰ってこれた。ベータには悪いが、諦めてもらうしかないだろう。仮にベータの鳩だったとして、生きていた事が分かっただけでも、良かったと思うしかあるまい。


 明日にはニースたちと共に、我々もこの町を出る。もう数日も馬で走れば、いよいよ聖皇国だ。聖皇国と王国は、あまり仲が良いとは言えない。むしろ王国は、聖皇国には警戒されている。しかし聖皇国は医療の国ということで、万人を受け入れている。旅人として入る分には問題ない。

 だがベータの提案で、念のため私たち三人は、商人と身分を偽って入国することにした。皇国で毒を仕込むという危険な任務を終えたばかりなのだ。念には念をというわけだ。万が一、何か問題が起きた時のことも、取り決めを交わしておいた。もし三人のうち誰かが捕まっても、見捨てて残りは任務を続ける。アルファから渡された毒を、使うことにならないよう願いたい。


 商人として偽装するために、私たちはニースが買ったのと同じ、蛍石の原石を大量に購入しておいた。荷物が重くなるため馬には悪いが、これも任務遂行のためだ。頑張ってもらおう。

 そして私は、原石と一緒にニアの首輪も購入した。白い首輪に緑と青のガラス玉が付いており、留め具は鳩の形だ。ニアは鳩が大好きなようで、すっかり気に入ってくれた。これで野良猫と間違えられる恐れもないだろう。ニースの歌を聞くうちに、ニアの毛並みは見違えるほど良くなった。これなら、私にもし何かあっても、誰かに可愛がってもらえるだろう。

 私はニースの代わりとして、ニアを可愛がりすぎかもしれない。しかしこのぐらいは、許してほしい。ニースに何かを贈りたくとも、出来ないのだから。

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